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玄能日記
日々感じる事を思いのままに書き連ねてみます。
2022/05/19 縞模様を入れる鍛冶屋とそうでない鍛冶屋がいる。おまんに紹介した客は縞模様を入れる鍛冶屋の商品を買わない。そう師匠に諭された。即ち誰に学び誰とやるかで商売のやり方は全く異なってくる。所で起業するに当たり何をやるかを真剣に考える人は多い。だが誰に学び誰とやるかの方が遥かに重要なのだ。
2022/05/18 何をやるか。如何にやるか。誰とやるか。何処でやるか。誰に教わるか。如何に教わるか。如何に上手く成るか。如何に編み出すのか。そんな事を毎日考えながら試行錯誤を続けている。そして弟子達は私の様子を全身で受け止めつつ作業を進めている。この環境に身を置いていたなら上手く成らない訳がない。
2022/05/17 未熟者の欲する知識など取るに足らない。其れが師匠の下を訪れて最初に学んだ事だ。そこで真に自分の欲する事を師匠との雑談の中に探し求めた。すると成りたい自分が明確に見え始めたのだ。当初は玄能鍛冶で生きるつもりは無かった。だが師匠と共に過ごすうちに玄能鍛冶の感性が目覚めてしまったのだ。
2022/05/16 具体的な教えを授かる事に執着してはいけない。師匠と同じ空間に佇む事を大切にしたい。そして全身で感じなくてはいけない。すると漸く自分に足りなかったものが見え始める。其れは教えられて気付いたのではない。眠っていた感性が目覚め始めた証なのだ。感性が目覚めれば全てが学びに通ずる様に成る。
2022/05/15 師匠の引退後に弟子入りした。故に師匠の作業を見た事がない。具体的な作り方も教わっていない。ものの見方や考え方そして心構えを学ばせてもらった。お陰で鍛冶屋で食える様に成ったと思う。所で後継者育成では技能の習得に重きが置かれる場合が多い。だが哲学や理念を学ばないと迷子になってしまう。
2022/05/14 師匠は縁もゆかりもない私の面倒を見てくれた。問屋は長い目で支えてくれた。使用者も多少の不備に目をつむってくれた。家族も半ば呆れつつも我慢してくれた。左様に多くの人の恩を受けて今の私が有る。故にその恩を次世代に送りたいと思う。伝統は其の様にして受け継がれ積み重ねられてきた筈だから。
2022/05/13 鍛冶業界は後継者不足に悩まされている。鍛冶屋も業界関係者も口を開けば後継者の不在を嘆く。所が後継者の育成を始める人は少ない。私の弟子は其れを不思議に思い理由を尋ねてきた。だが私にも分からない。何故なら私ならば必要と思えば黙って始める。必要なければ何もしないで黙っているだけだから。
2022/05/12 どんな状況に置かれてもやる人はやる。彼らは黙ってやるから目立たない。しかし社会に弛みなく貢献している。一方でやれない理由を述べ立てる人も居る。彼らは社会が悪いと騒ぎ立てて目立とうとする。そして目立つ彼らが英雄視される時代もあった。だが彼らは駄々をこねる幼稚な子供と何ら変わらない。
2022/05/11 大人は教える事で考えなくさせる。褒める事で正誤を刷り込み叱る事で恐怖を植え付ける。挙句に競争させる事で視野を狭めようとする。子供にとっては甚だ迷惑な話なのだ。だが大人に悪気はないので許してやろう。その上で言う事を鵜呑みにせずに深く考えよう。すると周りを気にせず生きられる様に成る。
2022/05/10 私は誰とも競争しない。自分に負けない様にしているだけ。所で世の中を弱肉強食の競争社会と信じる人が居る。一方で分かち合いの共生社会と信じる人も居る。だが別々の社会が存在する訳ではない。両者共に自ら創り上げる世界観に過ぎないのだ。左様に世界は自ら創り上げている。故に世界は変えられる。
2022/05/09 多くの子供が教科書に書かれた事を覚えるだけ。疑う事も検証する事も無い。その習慣が無気力で従順な人間を創り上げる。故に社会に出ても疑う事を知らない。自ら検証する事も創り出す事もしない。日本はそんな扱い易い人間で溢れ返った。だが其れは社会の責任とは言えない。本人に自覚が足りないのだ。
2022/05/08 赤ちゃんは何をやっても喜ばれる。だが次第に喜ばれることは少なくなる。すると子供は周りの顔色をうかがい始める。その時に自分らしさは失われ始める。其れは社会性を獲得する為に仕方の無い事。それでも自分らしく生きる事は出来ると思っている。人生とは自分にとっての丁度良い塩梅を探す旅なのだ。
2022/05/07 熱狂は直ぐに冷める。持続させるには多大な労力を必要とする。淡泊な好意でも冷める事は有る。だが好きでいてもらうのに大切なのは労力ではなく塩梅なのだ。故に商品も私自信も露出を控えて謎めかしてある。永くぼんやりと好きでいてもらいたいからだ。無いと少し寂しくなる程度が丁度良い塩梅だろう。
2022/05/06 宿題をしてこない生徒を叱り続けて授業を潰す教師がいた。生徒の時間を宿題で奪った上に授業まで潰すのだから堪らない。災いの種を自ら蒔いておきながら結果に腹を立てている訳だ。反面教師にも程が有るだろう。左様に自らの無能を省みず他人を責める人は多い。まるで天に向かって唾を吐いている様だ。
2022/05/05 「何度注意すれば分かるのだ」と先生は言った。「何度同じ事を注意すれば気が済むのだ」と私は思っていた。同じ事を繰り返して違う結果を求めるほど愚かな事は無い。先生は其れに気付いていなかった。そもそも注意とは自ら解決できない事を相手に要望する事だろう。ならば謙虚でなくてはいけないのだ。
2022/05/04 失敗が許される環境ならば思い切り挑戦できる。納得するまで出来るから良否判定の基準は高まる。やり方を編み出せる様に成り失敗しなくなる。一方で失敗が許されないならば挑戦しなくなる。失敗を隠して取り繕う様に成り良否判定の基準は下がる。誤魔化す技能だけが向上し失敗を失敗と見なさなくなる。
2022/05/03 私は何かが切れている。他人が躊躇する事を事も無げに始めてしまう。一方で他人に普通に出来てしまう事が出来なかったりする。感情面も同様だ。他人が腹を立てる様な事でも全く意に返さなかったりするのだ。例えば弟子達は毎日失敗し続けるが私は全く叱らない。お陰で彼等は毎日豪快に捨て続けている。
2022/05/02 良いお客と巡り合い知る人ぞ知る存在に成りたい。すると腕を磨く為の良い仕事に巡り合えるだろう。その上で途切れない程度に仕事を淡々と続けたい。左様に私の夢は小さいのだ。だがこの塩梅を見極めるのは至難の技。だから微調整を続けている。来る日も来る日も少しずつ変えながら塩梅を見続けている。
2022/05/01 鍛冶屋と鍛冶職人の違いが分からないと継続も後進の育成も難しくなる。鍛冶屋には全体最適が求められ鍛冶職人には部分最適が求められるのだ。即ち鍛冶屋は事業全体を俯瞰した上で細部を検討する必要がある。鍛冶職人は技能を磨き優れたモノを創ればいい。左様に役割が全く違うから学ぶべき事も異なる。
2022/04/30 技能を身に付けても継続できるとは限らない。良いモノが出来ても独立出来るとは限らない。必要とされなければ続ける意味がないのだ。何であれば売れるのか?何処で誰にどの様にして売れば良いのか?即ち継続や独立には経営センスが求められる訳だ。後継者を育てる指導者は其れを心得ておく必要がある。
2022/04/29 弟子が一通りの仕事を覚えるには最低でも5年は掛かる。其れ迄は親方の稼ぎで食わせるしかない。故に先ずは親方が稼げる体質を身に付けなくてはいけない。その上で手間を掛けずに育てられる環境を整える必要があるのだ。所で伝統の途絶を憂うる人は多い。だが自分事として捉える人は極めて稀なようだ。
2022/04/28 価格を高く設定して其れで売れるように腕を磨く。開発に時間を割き納期は其れを見越して設定する。目利きに認められて口コミと紹介のみで販売する。給料と休日を少なく求人して本気な漢だけを採用する。教えず褒めず叱らずに育て自立を促す。2手先3手先を考えれば世間の常識などに構っていられない。
2022/04/27 私の創る玄能の価格は相場よりも遥かに高い。納期も未定で数年かかる。営業も宣伝もしていない。だが普通に売れている。求人票には給料も休日も少なく書いた。教えない、褒めない、叱らないとも公言していた。だが採用できている。非常識と叱られるが2手先3手先を考えるとこうやらざるを得ないのだ。
2022/04/26 喫緊の課題は直ぐに解決したくなる。だがちょっと待て。2手先3手先を考えれば対応は変わって来る筈なのだ。例えば顧客の減少を防ぐ為に営業を強化する。売り易くする為に価格を据え置く。求人の際に高給や休日数の多さを訴える。教える、褒める、叱る。これらが2手先3手先を苦しくしてしまうのだ。
2022/04/25 注意されたら聞くふりはするが従う事は稀だ。こちらの事をよく分かった上での忠告なら素直に従う。だが無暗矢鱈に注意する人の我儘な要望には聞く耳を持たない。自ら変わる事なく相手を変えられると思っている彼らは間抜けすぎるのだ。新聞に投書する様な人達に多いが単に我儘で不寛容なだけに見える。
2022/04/24 正しい事は人それぞれに違う。正しいやり方も人の数だけ幾通りもある。其れなのに固定された正解が有るが如く教えようとする。また、最初から上手く出来ることは少ない。出来る迄の速さも人それぞれに全く違う。其れなのに褒めたり叱ったりして急かすのだ。不寛容な社会はこの様にして出来上がるのだ。
2022/04/23 教えれば考えなくなる。其れ以外のやり方を編み出そうとしなくなるのだ。褒めれば視野は狭くなる。其れだけを正しいと信じ他を認めなくなるのだ。叱れば挑戦しなくなる。委縮し無難な選択をする様になるのだ。だがとても大きなメリットもある。従順で失敗の少ない他人に厳しい優等生を大量生産できる。
2022/04/22 自ら決めて行動する為に教える人褒める人叱る人には近付かない。お陰で多種多様な失敗を経験できる。故に教えられ褒められ叱られ育った人が得られない稀有な失敗の蓄積がある。だから多少の事では怯まない。何とかなると分かっているからだ。おまけに失敗が苦にならないから何時でも穏やかで居られる。
2022/04/21 多くの人は確認してなぞるだけ。分析しようとはしない。その必要性にすら気付いていない。故に進歩がなくつまらないのだ。分析してより良いモノを編み出す楽しさに気付いたならば世界は違って見えて来る。だが学校では分析も編み出す事も許されない。故に多くの人は編み出す楽しさを忘れてしまうのだ。
2022/04/20 中学生に成ると勉強が好きに成った。だが定期テストにペースを崩された。受験に於いては更にペースを大きく崩された。あんなものが無ければ溌溂と勉強できた筈なのに。高校では考えさせずに覚えさせるだけの勉強に辟易とした。だが社会に出たら自由に溌溂と勉強が出来とても充実している。学校って何?
2022/04/19 次々と難しい仕事の依頼がくる。一生を捧げても絶対に終えられないだろう。そもそも技能が追い付かない。訓練を重ねなくてはできない仕事なのだ。おまけに体力も落ちてきた。故に身体の使い方にも工夫が必要になる。だがなんて幸せな事だろう。出来ない事が出来る様に成る喜びを生涯得られるのだから。
2022/04/18 分かったと思った瞬間に好奇心は冷めてしまう。分からないと思い続けられる力が好奇心なのだ。指導者に「分かった?」と聞かれ「分かった」と答える様では全く足りない。「本当には分からない」や「もっと深く知りたい」と答える様でないといけないのだ。自らの好奇心は自らの心掛けで育てたいものだ。
2022/04/17 分からない事は恥ずかしくない。分からないと思える事は尊いのだ。人はニュースで分かったつもりになる。或いは検索で分かったつもりになってしまう。だが何か足りない気がしてならない。分かった刹那に更に分からないと分かるのが正常だと思うからだ。分からないが足りていない人が多すぎる気がする。
2022/04/16 未だ上達できている実感が有る。其れこそが未到達な証拠だろう。どれだけやれば辿り着けるのか?一体どこに辿り着けばいいのか?始めた頃に立てた目標はとうに達成している。だが其の目標が稚拙極まりないと分かったに過ぎない。左様に分かると分からないは表裏一体。「分かったつもり」は有り得ない。
2022/04/15 分かったつもりに成っていないか?ペテン師は複雑な事を単純に仕立て矢継ぎ早に見せてくる。慌て者は其れが全てと信じ分かったつもりに成ってしまう。だが少し離れて俯瞰してみれば良い。其の周りは相反する可能性と未知に溢れている事に気付く筈だ。分かったつもりに成るのは何も分かっていない証拠。
2022/04/14 見て学ぶ時に見てはいけない。見ようとすれば凝視してしまう。無意識に情報を取捨選択してしまうのだ。故に全体を俯瞰しなくてはいけない。目だけに頼らず全身で受け止めるつもりで臨みたい。すると要点が浮かび上がってみえて来る。そこで初めて凝視すればいいのだ。勘の鈍い人はこれが出来ていない。
2022/04/13 話を聞く時にメモを取るなと師匠に叱られた。所でメモは話の要点を取捨選択する行為だろう。だが未熟な頭で其れができる訳がない。また互いの集中力を中断する事に成り相手に対して失礼にあたる。故に聞く事に集中しなくてはいけないのだ。全身全霊をもって細部に至るまで受け止める覚悟が必要なのだ。
2022/04/12 高機能なモノは格好いい。目利きなら直ぐに其れと分かる。だが不細工なモノも巷に溢れている。目が利かない人が多い証拠だ。所で貴方は自らの直感を大切に生きてきただろうか?他人に判断を委ねて其れを鵜呑みにして生きてきただろうか?その違いが万事に於いて目利きかどうかを分けている様に思える。
2022/04/11 教える事も褒める事も叱る事も相手の勘を鈍らせる。自ら見極める機会を放棄させる行為に違いない。「ここテストに出ます」などと教える先生に至っては最悪だ。人気取りのつもりだろうが勘を養う機会を奪っているに過ぎない。左様に世の中は勘を鈍らせる誘惑に満ちている。自らの勘は自ら守るしかない。
2022/04/10 学ぶとは覚える事ではなく身体を通す事だと思う。覚える事は何かを排除する行為に思えてならない。本当に大切な事を見逃しているような気がするのだ。例えば身体を通すだけなら感触の全てが身体の隅々に行き渡る。滞る事なく細胞が整っていく感覚を覚えられるだろう。学ぶとは勘を鍛える事に似ている。
2022/04/09 勘が鈍いから苦手を苦手なまま克服しようとする。勘が鋭ければ他の方法を探る事が出来る筈なのだ。例えば他人にお願いして自らはやらずに済ませるとか。どうせやるなら楽しく出来るやり方でやる事も出来る。されば最早苦手とは言えなくなるだろう。勘を鍛えれば視野は広がり選択肢は増え自由度が増す。
2022/04/08 勘は鍛える程に冴えてくる。すると世の中の見え方や価値観が大きく変わる時が来るのだ。其れが何度でも訪れるから堪らない。どんな変化が訪れるのか想像できないところが面白いのだ。そんな気持ちで日々の仕事が出来たなら楽しくない訳がない。勘を鍛えると人生を豊かにする秘訣が見えて来る気がする。
2022/04/07 素人の勘ほど頼りにならないものはない。だからこそ勘は鍛える必要があるのだ。他の技能と同様に鍛え上げれば勘は冴え渡る。されば便利な機械や器具に頼るより遥かに速く正確に作業が出来る様に成る。故に勘が頼りにならないと言う人は其の領域に未だ至っていない。逆上がりの出来ない人と変わらない。
2022/04/06 勘に頼ればブレが生じる。だが其処が良いのだ。便利な機械や器具に頼れば失敗は少ない。だからこそ同じ事を繰り返すだけになり進歩は遠のいていく。翻って勘によるブレは多くの発見と学びを与えてくれる。故に素人の勘ほど頼りにならないものは無いが、達人の勘ほど正鵠を射るものはないと言えるのだ。
2022/04/05 直ぐに褒められる事に大した価値は無い。価値の無い事を褒める人には企みが有るのだ。分かっていれば褒められなくても淡々と自分らしく生きていける。分からなければ誰かの思う壺。自分の人生ではない誰かの為の人生を送る事に成る。直ぐに褒められたいという迂闊な欲求が人生を台無しにしているのだ。
2022/04/04 世の中は直ぐに褒められたい人で溢れてしまった。やりたい事ではなく褒められる事を始めてしまうのだ。だから褒められても満たされない。やりたかった事を忘れ自らを見失ってしまうのだ。だが私は欲張りだ。だからやりたい事をやって褒められたい。直ぐに褒められなくても最後に一杯褒めてもらいたい。
2022/04/03 やりたい時に直ぐに出来る事をやる様にしている。上達が早いからだ。故に歩いて行ける近所の川で釣りをする。市街地を流れる故に景色は悪いが隙間時間に行けるのは代えがたい。そこで早速ふらりと出かけてきた。2時間ほどで35cmのニジマスと39cmのイワナが釣れた。左様に直ぐやると良い事が有る。
2022/04/02 簡単に出来てしまえば褒められない。難しい事に挑戦すれば褒められたりする。そうやって子供達は洗脳されていくのだ。そして得意な事を止め苦手な事を始める様に成る。だから自信を持てず人生に喜びを見出せないのだ。何故か他人よりも簡単に出来てしまう事を掘り下げるだけで人生は豊かに出来るのに。
2022/04/01 何故か出来てしまう事に喜びを感じられる人は幸いだ。苦も無く其れを続ける事が出来るからだ。所で世の中には続けられない人が多過ぎる。出来ない事を出来る様にする事に喜びを求めているからだ。即ち苦手の克服こそ幸せに繋がると勘違いしているのだ。得意を続ける事で容易に優位に立てるというのに。
2022/03/31 頭が良くて手先の器用な人は幾らでも居る。だが淡々と続けられる人は少ない。多くの人がやる気に頼っているからだ。やる気とはある種の興奮状態だ。興奮しないと出来ない事を続けられる訳がないのだ。そもそもやる気とは自分に嘘をつく行為に違いない。本当にやりたいならばやる気は要らない筈だから。
2022/03/30 足りない頭なら知恵を盗みゃいいなんて歌詞が有った。だが盗めるような知恵に価値はない。盗めない知恵にこそ価値が有るのだ。そして盗めない知恵は誰にでも創れる。時間を掛けて掘り下げる事で盗み難く出来るのだ。例えば玄能は誰にでも作れる。だが訓練を重ねれば誰も真似できない玄能が出来上がる。
2022/03/29 求人する際にも目立たない様にしていた。苦労してでも見つけてもらいたかったからだ。見つけさえすれば参考に成る大量の情報を準備していた。其れを見た上で来る人なら優秀に違いないと思っていた。云わば意図的にハードルを上げていた訳だ。お陰で優秀な人を採用できた。左様に私は頭がおかしいのだ。
2022/03/28 売り上げの半分を占めていた仕事を止めた。その分野がブームに成り忙しすぎたからだ。止めると決めて1年かけて新体制を整えた。お陰で弟子達は鍛冶仕事に集中でき順調に育っている。私は更に難しい仕事に挑戦できそうだ。左様に何時も私は唐突に準備を始める。故に周りの人は私の頭がおかしいと思う。
2022/03/27 師匠は玄能鍛冶で成功できる可能性の低さを諭してくれた。時代遅れの職業である事も充分に教えてくれた。だが玄能鍛冶を目指す私を止めなかった。そして面倒を見ると言ってくれた。師匠は一文の得にもならない事を引き受けてくれたのだ。所で私は頭がおかしいと言われる。だが其れを幸いと思っている。
2022/03/26 師匠はただ寄り添ってくれた。決めるのは私自身だった。リーダーシップとは相手が自然に動き出す仕組み創りだと思う。ならば師匠は優秀なリーダーだった訳だ。そして私も自らに対しリーダーシップをとった。自ら自然に動き出してしまう仕組み創りをした。如何にして頑張らずに出来るか考え続けていた。
2022/03/25 指示しないと部下が動いてくれないと不平を言う上司がいた。上司が指示を出さないから動けないと不満を言う部下がいた。だが指示しなくても部下が動き始める仕組みを上司は作れば良い。指示がなくても動けるだけのスキルを部下は磨けば良い。先ずは相手に依存している事を自らが認めなくてはいけない。
2022/03/24 上質なお客に巡り合えない限り上質な仕事をする機会は訪れない。また普通の仕事を続ける限り上質なお客に巡り合う事はない。故に最善を尽くし普通を超えないといけないのだ。すると上質なお客の目に留まり上質な仕事をする機会に恵まれる。されば其れまでの自分が如何に稚拙だったのか思い知らされる。
2022/03/23 かつては教えて褒めて叱って洗脳する事が教育だと思われていた。だが既に行き詰っている。管理しないと動けない人間を大量生産したに過ぎなかったからだ。人間を自立させるには教えず褒めず叱らず放って置けばいい。すると自ら始めない限りは何も変わらないと気付く筈だ。時間は掛かるが其れしかない。
2022/03/22 他人を導こうとする人は多い。だが自らを導く事の方が遥かに難しく大切なのだ。動機を明確にして目的に向け自らを正確に導いてみれば分かる。他人を変えずとも自ら解決できる事が無数に有る事に気付く筈なのだ。即ちリーダーシップとは他人に発揮するものではない。自らに発揮してこそ価値が有るのだ。
2022/03/21 教えず褒めず叱らない方針で弟子達を育成している。すると教育関係者からクレームを付けられる。教えて褒めて叱って良い方向に導く事が大切と言うのだ。だが進むべき方向は弟子達に自ら決めてほしい。自ら決めて行動し其の責任を自ら取れる力が自由をもたらすからだ。されば師弟共に自由に成れる筈だ。
2022/03/20 分かり易い話を聞いて分かった気に成るのも心地よい。だが難解な話を聞いて自らの無知を知る事も充分に心地よい。また出来なかった事が出来る様に成るのも嬉しいだろう。だがもっと出来る事が有ると気付いた時には更に高揚する。左様に見えなかった事が見える様に成るのは生まれ変わるくらいに楽しい。
2022/03/19 悪い事をする人を見たら注意する様にと学校の先生は指導した。だがその考えは多くの場合に間違えている。注意されて改善する人は稀なのだ。相手には相手なりの持論が有る。先ずは其れを聞いてやる事が大切なのだ。相手を知れば自分の非に気付き改善する事も出来る。多くの場合は其れで解決してしまう。
2022/03/18 師匠は私の好きにさせてくれた。故に責任は自ら取らなくてはいけなかった。だがこれが自由で心地いいのだ。自ら決めて実行し自ら責任を取る。この当たり前な事を実行できる機会は少ないからだ。所で人を管理する事を当然と思っている人は多い。管理するから永遠に管理し続けなくてはいけなくなるのに。
2022/03/17 自分のやりたい事と相手の求める事の擦り合わせが大切なのだ。だから自分を押し付けてはいけない。相手にへつらってもいけない。言わば互いの我儘を活かし合う事で化学反応を起こすのだ。これは妥協とはまるで違う未知の解決策に成るだろう。何よりも誰も殺さず互いに有りの侭で居られるのが素晴しい。
2022/03/16 授業時間は気ままに過ごしていた。授業の進み具合を無視して自由に勉強を進めていた。だが体育の授業はそうはいかなかった。号令に従い行動する事が吐く程に嫌だった。他の生徒の従順な振舞いは異様に見えた。其れは今も変わらない。間違いなく私は異常なのだ。お陰でとても自由に生きることが出来る。
2022/03/15 鉄を加熱すると赤みを帯びてくる。更なる加熱で明るさを増していく。だがある温度を境に明るくなる速度は鈍る。暫く待てば再び速度を増し始める。動機が明確ならば其の現象に仮説を立てられる筈だ。動機が無ければ変化に気付きもしないだろう。動機が明確でないのは目をつむって生きている様なものだ。
2022/03/14 目的をもって始めれば多くのモノが見えて来る。目的もなく始めれば見えるモノも見えてこない。そもそも飽きるのは目的がなく将来像が描けないから。目的が明確なら一心に続けられる筈なのだ。そして続ける事で目的はより明確かつ具体的に成る。故に目的をもって始めるか否かで到達点は自ずから決まる。
2022/03/13 失敗したら直せばいいと考える人は過去に捕らわれる。失敗は改めればいいと考える人は未来を見据えている。前者はその場凌ぎで問題を先送りしている。後者は問題を未然に防ぎ進化し続けている。両者の到達点の違いは明らかだろう。故に暴力は暴力で解決できない。暴力以外の解決策を編み出すしかない。
2022/03/12 世界情勢に対するマスコミや世間の反応に動揺している。私の感性と大きくずれているからだ。この疎外感は子供の頃から再々抱いてきた。だが其の繊細さを私は嫌いではない。他人と違う感性で生きることが出来るからだ。即ち他人に見えないモノが私に見える。生き辛さの理由が分かれば活かせる様に成る。
2022/03/11 鍛冶屋に成る覚悟を決める迄にとても多くの実験を試みた。仮説を立て検証する事を繰り返したのだ。その上で鍛冶屋ならば生きていけると結論付けた。故に他人に否定されても動揺しなかった訳だ。世の中には動機不明なままに流されて生きる人も居る。そんな人ほど軽率に他人を信用したり否定したりする。
2022/03/10 鍛冶屋に成れば家族を不幸にすると先輩に怒られた。名工を目指す事に意味はないと新聞記者に笑われた。人を雇う事は絶対に無理と他の鍛冶屋に罵倒された。左様に否定ばかりされてきたが反論しなかった。私の見ている世界は彼等に見えないからだ。同じ世界に生まれながらも各々が違う世界を生きている。
2022/03/09 間違いを指摘しても聞く耳を持つ人は少ない。だから放って置けばいい。その上で自らの信じる道を淡々と進むのだ。結果を出せば少しは認めてもらえるだろう。だが更に淡々と進み続けるのだ。すると他人の間違いなど取るに足らないと分かる時が来る。即ち問題が他人ではなく自分に有ると分かる様に成る。
2022/03/08 鍛冶に纏わる間違えた情報が溢れていた。マスコミは検証する事なく其れを垂れ流し続けた。師匠からは放って置けと諭されていた。情報の受け取り手が賢く成れば良いだけだ。だが其れは鍛冶に限った話ではない。多くの人が検証する事なく善意で間違いを垂れ流す。ならば賢くなる好機が来たと思えば良い。
2022/03/07 子供の頃から多数決を棄権する事が多い。双方の意見に賛成できない事が多いのだ。そもそも世間の対立軸が私の感性と合わない。世間が提示する選択肢に私の選びたいものが無いのだ。例えば争いに成ればどちらかの味方に付く事を迫られる。だが古来より我が国には喧嘩両成敗という良い思想があった筈だ。
2022/03/06 自らの動機を説明出来るだろうか?出来ないならば惰性でやっているのだ。正しいとか必要という事は理由に成らない。何故正しいと思うのか?何故必要と思うのか?其れが大切なのだ。とかく世間は両極端で喧しい。だが各人の動機が明確なら両極端は有り得ない。両極端に成るのは思索を放棄している証だ。
2022/03/05 玄能創りが上達を実感させる。出来たモノが如実に成果を表すからだ。また身体感覚を伴い自在性の獲得も明瞭に感じられる。左様に玄能創りは成果を実感させ且つ多種多様な感覚を覚醒させるのだ。其れは観念と実践の相互作用が生み出している。即ち具体と抽象の往復が感性を磨き思考の枠を広げてくれる。
2022/03/04 若干の狂いは仕方がないと諦めていた工程が有る。現状でも許容範囲内に精度は出せていたからだ。だが解決策を編み出すことが出来た。少しの労力で大幅に精度を上げることが出来るのだ。やる度に少しずつ変化させながら作業するから発見できる。偶然を意図的に創り出すことで進化を加速させられるのだ。
2022/03/03 玄能鍛冶を始めると言ったら笑われた。当時は打ち刃物ブームが到来していたからだ。だが多くの鍛冶屋が刃物を造るからこそ私は刃物を造らない。他人のやらない所に自由が有る事を知っているからだ。お陰で充分に時間を掛けて準備を整えることが出来た。大して儲からないが自由に出来る事はこの上ない。
2022/03/02

自由で羨ましいと言われる。恐らく嫌味だろう。だが自らも自由だと思っている。何故なら群れる必要が無く囚われる事も少ない。丁度良い距離感と塩梅を何時でも保つ事ができる。だから何時でも止められるし何時でも始められる。この軽やかさは何ものにも代え難い。なのに元手が全く掛からないから良い。

2022/03/01 「させられている」も「してやっている」も不自由な人の言う言葉。動機を他人任せにしているからだ。翻って同じ事でも自主的にやる人は自由に成れる。と言うより既に自由なのだ。自らの動機で人生の舵取りが既に出来ているからだ。本当の自由はお金や名誉からではなく心掛けと納得感から得られるのだ。
2022/02/28 前職では頼まれもしない仕事まで引き受け忙しくしていた。主体的に動く事で仕事の選り好みも出来た。仕事の報酬は仕事と考えていたから其れが出来た。計らずも独立した時には多様な技能が身に付いていた。今では其れも活かして頼まれもしないが品質を改善し続けている。だから楽しい仕事が巡ってくる。
2022/02/27 鋼は融通が利かない。少しの勘の狂いが大きな失敗に繋がってしまう。私のお客も融通が利かない。品質の優劣だけで判断し下手な小細工は通用しないのだ。だが其の単純さが心地いい。纏わりつく嘘やごまかしを剥ぎ取ってくれるからだ。制約の中にこそ自由は有った。自由を掘り下げたら単純さに向かった。
2022/02/26 玄能の焼き入れでは大きさや形状により加熱速度や冷やし方を微調整する。些細な違いに絶妙に対処しない限りまともな玄能は出来ないのだ。其れは子供達も同じだろう。多様な子供達に一律の教育でまともに育つ訳がない。褒めて叱って支配するから子供達は自発性を失くして人生の迷子に成ってしまうのだ。
2022/02/25 玄能の焼き入れは難しい。精度高く完璧にこなすのは人類未踏の領域と言っていい。毎日試行錯誤の連続だが其処から多くを学ぶことが出来る。例えば人は見ていないという事。視覚だけでは盲目と変わらないのだ。例えば失敗を反省してはいけないという事。水に流して先に進まないと心を病んでしまうのだ。
2022/02/24 師匠の指示した生産数の半分も出来なかった。故に売り上げは半分にも至らず生活は苦しかった。だが生産数は増やさずに品質を上げ続けた。あれから今年で20年。少しずつ値上げしながら価格を2倍にすることが出来た。漸く師匠の指示した販売額に到達できた訳だ。損を覚悟でやり続けた故に後悔はない。
2022/02/23 良い機会が訪れたなら損を覚悟で期待を上回る働きをすればいい。されば信用されて良い仕事に巡り合える筈だ。其の後も更に期待を上回る働きをし続ければいい。さすれば最早誰も追いかけて来なくなるだろう。何故なら多くの人は損を覚悟で働けないからだ。ブルーオーシャンは自ら創り出すことが出来る。
2022/02/22 上手い人でも今後の上達が見込めなければ人は離れていく。未熟でも今後の上達が期待出来れば人は集まりだす。其処が肝心なのだ。期待されれば良い仕事に巡り合える。良い仕事は自らを鍛え上げてくれるのだ。左様に期待されれば良い循環が出来上がる。後は自分の未来に期待しつつ淡々と励むだけで良い。
2022/02/21 初めて売り始める時の品質は其れほど高くない。だからこそ目利きの期待感を高められる品質に成るまで販売してはいけないのだ。所で2番弟子が来月で丸3年と成る。彼は今迄に創った玄能を自らの判断で全て棄ててきた。そろそろ期待してもらえる品質に成ってきたと思う。先ずは舟手から販売を始めたい。
2022/02/20 やって見せ、言って聞かせずさせてみて、褒めも叱りもせずに弟子を育てている。失敗しても此方から声を掛ける事は少ない。弟子達も私に聞こうとしない。互いに無言で毎日仕事を続けているのだ。そして弟子達は充分に上達している。山本五十六氏のやり方では人が権威主義に陥り自ら考え様としなくなる。
2022/02/19 我流は良くないと教えられた。皆が我流で始めると統率が取れなくなるからだ。工業社会に於いては従順で平均的な労働力が求められた。故に教育による洗脳が進んだのだ。現代は未来を切り開く突破力のある人材が求められる。我流で編み出す力が求められているのだ。そして我流は我流で編み出すしかない。
2022/02/18 私の玄能創りは我流だ。師匠からは具体的な創り方を教わっていない。趣味でやっていたスキーも我流だった。だがスクールに通わずとも1級を持っている。左様に答えを教わる事が嫌いな私は殆どが我流なのだ。我流でやり方を編み出す事はパズルを解く様でとても面白い。我流は編み出す力を鍛えてくれる。
2022/02/17 動作を要素分解し各要素の意味を問い直す。動機を検討し直し段取りの再構築を図る。言葉にすれば難解だが子供でも出来てしまう。そもそも私は子供の頃の遊びで自然に身に付けたのだ。竹馬、縄跳び、魚釣りなど上達を目指せば勝手に身に付いてしまう。秘訣は答えを聞かずに一人で黙々と失敗し続ける事。
2022/02/16 鍛冶仕事を要素分解し各要素の意味を問い直す。動機を検討し直し段取りの再構築を図る。其れだけで格段に良いモノが出来上がる。其れが分かる人は普通に出来る。分からずじまいの人も居る。其の違いは自主性を重んじられて育てられたのか、褒められ叱られ教えられ誘導されて育てられたかの違いだろう。
2022/02/15 何故すぐに始めないのか?何故無用な事を続けるのか?何故他人の顔色ばかり見るのか?私は空気を読まずに始めてしまう。そして嫌な事はやらないと決めている。だから嫌われてしまう。自分だけが特別だと思うなと忠告されることが有る。人は皆が特別であり貴方も特別な筈なのだと答えるようにしている。
2022/02/14 話し合いでは空気を読み合い何も変えられない。多数決では何も考えていない多数の意見が通ってしまう。ならば一人で始めればいい。自ら編み出し実行すれば自分だけの土俵が出来る。競争もなく誰にも邪魔されずに自由に出来る筈なのだ。上手く行き始めれば周りに人は集まりだす。皆で始める必要はない。
2022/02/13 替えの利かない上手い鍛冶屋が廃業し続けている。高齢化と後継者の不在が理由だという。手抜きの出来ない人ほど儲からないとも言われている。私も良いモノを創ると儲からないと忠告されてきた。後継者は絶対に育たないとも忠告された。ならば私が良いモノを創りつつ後継者を育てる実験をしてみようか。
2022/02/12 地元では伝統工芸に科学を取り入れ品質を改善してきた。お陰で均質で安価な商品を大量生産出来る様に成った。鍛冶屋も合理化を進め工場へと様変わりした。だが掛け替えのない職人技は失われ続けた。故に科学が鍛冶を滅ぼすと師匠は言った。便利なモノで底上げは出来る。依存すれば天井は下がり続ける。
2022/02/11 初めて師匠に玄能を見てもらった時には褒められた。素人にしては上手く出来ていたから褒めてくれたのだ。しかし師匠の下に通い始めてからは褒められていない。玄人としては褒めるに値しないからだ。左様に師匠は褒める際にも明確な基準を持っていた。誰彼構わず褒める人を見ると無責任に感じてしまう。
2022/02/10 私に見栄えがするならマスコミに露出し宣伝するだろう。頭が良ければ巧みな話術で売ることが出来るだろう。だが幸いにも見栄えのしない頭の悪い私に其の選択肢は無い。創る製品の品質を上げる事で認めてもらうしかないのだ。だが其の選択は慧眼だったと思う。品質が良いだけで充分に売れてしまうのだ。
2022/02/09 以前にも採用を試みた事が有る。だが優秀な人は応募してこなかった。そもそも魅力が無いから当たり前だ。先ずはお金が無いから給料を多く出せない。休日も増やせない。そこで自らが魅力的に成ろうと腹を括った訳だ。職人の一番の魅力は良い仕事をする事だろう。だから鍛冶場に引き籠り腕を磨き続けた。
2022/02/08 目的をもって始めるから達成できる。例えばこのコラムは弟子を募る目的で書き始めた。動機が明確だから書くべきことは分かっていた。反応が見えるから軌道修正も容易にできた。お陰で二人採用できた。そして今では私を深く知ってもらう為に書いている。惰性で繰り返しても何かが達成されることはない。
2022/02/07 関わる事の全てについて即答しろと師匠は言った。その為には知識を深めるだけでは全く足りない。自らの動機を明確にする必要があるのだ。何気なくする事でも深い意味が必ず有る。其れを探る事で自らの性向は明らかに成る。すると動機を明確に意識して行動できる様に成る。世間に流される事が無くなる。
2022/02/06 自転車は漕ぎ出しに力はいるが動きだせば楽に成る。鍛冶仕事も最初は上手く出来ずに辛酸をなめる。だが出来始めれば徐々に楽しめる様に成っていく。所がスポーツ選手は上手く成るほど辛酸をなめる様に成る。そして早々に引退する人が目に付く。ビジネスモデルが自然の摂理に反しているのではないのか。
2022/02/05 マスコミに露出を増やして宣伝し少し手を抜き沢山作って流通の中抜きをする。すると売り上げは何倍にもなる。だが品質は劣化し支援者は離れていく。支援者は私の上達を前提に応援してくれるからだ。弟子達の育成も支援者の力添え無しには成し得ない。上達し続ける限り支援は続き仕事を循環させられる。
2022/02/04 基本的な玄能を創り浩樹と銘を打ち問屋に卸している。これは贅肉の無い状態と言える。だが鍛冶屋を始めた頃は流行りの販売方法を学び試していた。しかし必要なくなり全て捨ててしまった訳だ。所で人が成長するには筋肉を付ける必要がある。だが筋肉だと思って付けるモノの殆どは単なる贅肉に過ぎない。
2022/02/03 鍛冶仕事で身に付いた筋肉は細部に至るまで役割を担っている。緻密に連携しつつ思い通りに活躍してくれるのだ。私生活に於いても柔軟に働いてくれる。私の筋肉は私の人生と共に創り上げられてきた訳だ。これが過不足のない理想的な状態だろう。日常の中で創り上げられる肉体は無理がなく格好いいのだ。
2022/02/02 私は独特な体形をしている。まさしくこれが鍛冶屋の体形なのだ。よく言えばマッチョ。体毛が濃すぎるお陰でネアンデルタール人の様にも見える。だが実際は見た目ほどに力は出ない。しかし調和がとれて柔軟で粘り強く繊細に動くことが出来る。左様に必然的に付いた筋肉は少し変だが理に適っているのだ。
2022/02/01 もの創りは出来上りが目に見えるから上達を自覚し易い。更には身体感覚を通して思考と肉体の一体感を味わえる。即ち自らの変化と進化を明瞭に自覚できる。筋トレも似た動機からブームに成ったのだろう。だが筋肉は加齢と共に確実に人を裏切り始める。しかしもの創りで得られる勘は簡単には裏切らない。
2022/01/31 子供の頃からモノ創りをしている時が一番の幸せだった。モノ創りで周りに喜んでもらえたなら至福に違いない。そう考えてモノ創りの道を選んだ。お陰で今も子供の頃と同じ様に幸せを感じることが出来る。単純だから単純に生きられるのだ。わらしべ長者の様に生きたいと真面目に考えるほどに単純なのだ。
2022/01/30 喜びが幸運をもたらしてくれる。鍛冶仕事には喜びが不可欠なのだ。喜びが有れば穏やかに居られる。穏やかに居れば失敗や事故にも冷静に対処できる。日々淡々と続けられる様に成り上達も促される。その姿は周囲の信頼を得るに至り自ら宣伝する必要もなくなる。喜びが有ればやる気や自信は要らなくなる。
2022/01/29 少し出来る様に成ると有頂天に成る人が居る。だがその程度が限界であり伸び代は残り少ない。楽しむだけなら良いが仕事ならば続かない。早急に諦めて止めたほうが良いだろう。かつては宣伝で目立てば下手でも売ることが出来た。だがそれは最早終わりつつある。進化し続ける人が生き残る時代が来ている。
2022/01/28 半端なうちに安く売り始めれば其れが貴方のブランドに成る。だが目先の売り上げにつられて殆どの人は辛抱できない。安物を作り続けても上達はままならない。ブランド戦略としては最悪のシナリオなのだ。下積みを馬鹿にする人は多いが其処は辛抱の為所だ。最後に笑えると信じて歯を食いしばる人が残る。
2022/01/27 価格設定について師匠に聞いた時の事だ。師匠は自らの創る玄能と同価格を提示した。その価格に見合う玄能が出来るまで売ってはならないと言う。故に数年間に渡り出来た玄能を全て捨て続ける事に成った。だがその価格設定のお陰で今の私がある。半端なうちに安く売り始めて失敗する人はとても多いのだ。
2022/01/26 私を馬鹿にする人が居ると知人が教えてくれた。全く気にしていないと私は答えた。すると男ならやられたらやり返せと言うのだ。だが彼は何時もやり返して更にやり返されている。全く懲りない面白い人なのだ。そもそも馬鹿にされても気にしなければ何も起きない。そう伝えても彼は聞く耳を持たないのだ。
2022/01/25 玄能創りに関する全てに即答出来る様にしろと師匠は言った。作業の全ての流れに正当な動機を見出せというのだ。確かに惰性や条件反射でやってしまう事は多い。それらの必然性も徹底して洗い直す必要がある訳だ。だが多くの人が其れに気付くことはない。名人と凡人を分ける境目が其処に有るというのに。
2022/01/24 多くの人が社会の集団催眠に掛かっている。自らの行動を客観的に観てみれば分かる。殆どの行為に明確な動機は見当たらない筈だ。其れは人生の舵取りを自ら放棄している証拠。故に言い知れぬ不安を抱えてしまうのだ。ならば動機を逐一確認しつつ生きてみればいい。心は落ち着き幸福感を得られるだろう。
2022/01/23

上手い人は細分化して調整できる。一瞬の出来事を細切れにして統制できるのだ。故に必要が有れば変更入れ替えが自由に出来る。其れも瞬時に出来てしまうのだ。打撃の神様と言われた川上哲治氏は球が止まって見えたと言った。多くの人なら其れを他人事と捉えるだろう。だが私は絶対に見てみたいと思う。

2022/01/22 玄能の焼き入れ一つ取り上げてみても奥深い。以下に焼き入れの良否を決める要素を挙げてみる。・加熱勾配・最高加熱温度・加熱保持時間・急冷温度・冷却水の温度・冷却水の掛け方・冷却時間・徐冷開始の時宜・徐冷終了の時宜。書き切れないがこんな所だ。これらを組み合わせて丁度良い塩梅を探る訳だ。
2022/01/21 百人に一人の能力を三つ掛け合わせれば百万人に一人に成れる。稼ぐだけなら其れで良い。だが文化の伝承を目指すならば其れでは全く足りないのだ。品質だけで百万人に一人を目指すくらいの覚悟が必要だろう。品質が悪ければ生き残ろうが廃れてしまう。故に私と弟子は鍛冶場に引きこもり腕を磨き続ける。
2022/01/20 弟子を人前に晒す事はない。本名すら公表しない。未だ何物にも成れていないからだ。鍛冶で生き抜く覚悟も出来ていないだろう。そんな状態で人前に晒すのは危険すぎる。世間のいい加減な言動に決意が揺らぐ可能性が高いからだ。私も其の様にして師匠に育てられた。誘惑や誹謗中傷は想像以上に多いのだ。
2022/01/19 昨年から鍛冶以外の仕事を減らしてきた。残り時間の少ない私が鍛冶に集中する為だ。弟子達を鍛冶に集中させる必要もあった。お陰で私は自らを掘り下げる時間が増えた。弟子達は玄能創りに集中出来て嬉しそうだ。これからの私は衰えるばかりだ。今後は育ち盛りの弟子達の創る玄能に期待してもらいたい。
2022/01/18 注目が集まると劣化していく。ブームに成ると断然詰まらなくなる。キャンプを始めた頃は静寂を満喫できた。今では深夜まで騒々しいという。ブームに乗った浅薄な人間が増えたからだ。本当に好きならそんな所に近付かない。止めてしまう人も居るだろう。注目が集まると本当に好きな人は離れていくのだ。
2022/01/17 過飾な縞模様の刃物を好きと言ったらどうだろう。間違いなく取引先の一部は私から離れていく筈だ。左様に好きや嫌いといった言葉はとても重い。SNSの過激な投稿に「いいね」する場合も同様だ。その行為が自らの評価を決めてしまう事もあるからだ。検索されれば過去の言動さえ全て曝け出されてしまう。
2022/01/16 目指す姿を自ら定義しない努力は報われない。結果が望む姿でない可能性が高いからだ。たとえ自ら定義しても借り物の手段では報われない。手段も自ら編み出し進路を微調整し続ける必要があるからだ。自らの価値観で決めないと他人の価値観で努力させられる事に成る。故に努力が報われる事が少ないのだ。
2022/01/15 乗り物酔いが激しくて遠くへ行けない。故に地元の自然や文化に慣れ親しむ機会が多い。其のお陰で身近にあるものが尊く感じられ愛おしい。鍛冶仕事も其の一つだが素晴らしさに気付く地元の人は少ない。携わる者でさえ深く掘り下げようとする人は稀なのだ。足元を見ずに遠くばかり見ているからだろうか。
2022/01/14 乗り物酔いが激しく自ら運転していても具合が悪く成る。故に私の行動範囲は極めて狭い。だが困る事は殆どない。地元で充分に事が足りるからだ。だからお金や時間や心にも余裕ができる。乗り物酔いのお陰で健康的でエコな生活が送れている訳だ。苦手を受け入れれば打ち手は幾らでも見つかり始めるのだ。
2022/01/13 私の一番の苦手は乗物に乗る事。発車する前に具合が悪くなってしまう。故に修学旅行は一度も行っていない。平衡感覚が鋭すぎて微妙な狂いに目眩がしてしまうのだ。だが鍛冶仕事には都合が良い。微妙な作業姿勢の狂いや製品の捻じれや傾きを認知できる。苦手も活かし所を弁えれば最強の武器に成るのだ。
2022/01/12 鉄を高温に熱して叩くと叩かない時よりも温度は下がり難くなる。鉄の組織が動く事で摩擦熱が発生するからだ。だが叩く時合と速度が適切でないと直ぐに温度は下がってしまう。故に鉄は熱いうちに叩かなくてはいけないのだ。だから私は弟子達を一気呵成に鍛冶場で鍛え上げる。熱が冷めてしまわない様に。
2020/01/11 進化する程に単純に成ると師匠は言った。確かに上手い鍛冶屋の作るモノは単純で格好いい。例えば師匠の玄能は掛けるべき手間の過不足がなく潔く見える。火造り形状が残る故に製作工程が目に浮かぶ様だ。言わば進化とは丁度良い塩梅を掘り下げ洗練させていく事。すると余計な行為は削ぎ落とされていく。
2022/01/10 宣伝に労力を費やす人は多い。だが師匠は自ら宣伝する事の非効率を説いてくれた。「腕を磨くと共に品格を磨けば売ってくれる人が必ず現れて宣伝は要らなくなる」と。故に宣伝を省き腕を磨く事に専念した。お陰で速やかに上達でき売ってくれる人が現れ宣伝もしてくれる。上手く成るのが一番効率が良い。
2022/01/09 鍛冶屋の家に生まれたので鍛冶道具は揃っていた。だが既存の道具は使わず全て創り直した。快適に楽しく作業したかったからだ。お陰で随分と楽に楽しく上達も速やかに成った。左様に鍛冶仕事は工夫次第で幾らでも楽しく出来る。万事に於いて使用道具の精度を上げるだけで驚く程に楽しく出来る様になる。
2020/01/08 自ら宣伝しないと売れない様では心許ない。喜んで紹介したくなるモノを創らなくてはならない。その為には加工精度を上げ続けるしかない。口コミで売れる様に成れば利益率は上がり価格を抑える事が出来る。創る事に専念でき益々加工精度を上げる事もできる筈だ。品質の向上こそが皆の幸福に繋がるのだ。
2022/01/07 予期せぬ事が起これば狼狽えてしまうだろう。だが一瞬にして平静さを取り戻す呪文がこれだ。「なんだか面白そう」飽きた時や行き詰った時にも良い呪文がある。「もっと面白いやり方無いかな」そんな風に唱えればカラーバス効果で面白そうな事が自動的に目に入る。頑張らずに生きる秘訣は幾らでも有る。
2022/01/06 素人でも手先が器用で頭の良い人が丁寧に作ると良いモノが出来上がる。だが目利きが見れば全く物足りなく見えてしまう。充分な時間と期間を経ないと見えてこない事が沢山あるからだ。35歳で鍛冶仕事を始めた私にとって残り時間は少なかった。だからこそ覚悟が決まり習得に集中できた事は幸いだった。
2022/01/05 玄能鍛冶で飯が食える様に成ったのは奇跡と言われるが其れには秘訣が有る。先ずは報道関係への露出を控える事。自ら売り込まない事。留守にしない事。電話に出ない事。他にも有るがこんな処だ。左様に昔ながらの当たり前の事をしているだけなのだ。お陰で順調に上達でき無敵の協力者を得る事が出来た。
2022/01/04 鍛冶屋を始める時も弟子を募る時も絶対に失敗すると言われた。失敗するかもしれないが絶対ではないと私は思っていた。だから始めた訳だ。所で多くの人が勧める事を私はやらない。多くの人がしている事も始めない。何故なら其処に自由が無い事を知っているからだ。自由は他人が避けた所に転がっている。
2022/01/03 人は群れて不安から逃れる。だから同じ思想を持つ群れが出来上がる。だが其の思想は正しくも間違ってもいない。単なる群れに過ぎず気にする必要は無い。所で私は他人と感性がずれていて群れることが出来ない。故に群れと群れの間に広がる空間を自由に往来できる。多数派の不安は私を自由にしてくれる。
2022/01/02 自宅から徒歩5分で川に至る。春に成れば虹鱒や鯉や鯰が釣れる。今年は雷魚も狙いたい。左様に私にとり地元は極楽の様な環境が整っている。だが他人は全く興味を持っていない。所で人の興味は対極から対極に大きく振れ続ける。其の中間は何時も空いている訳だ。故に空いた所は何時も穏やかで心地良い。
2022/01/01 生涯の仕事を求め玄能鍛冶に辿り着いた。長谷川幸三郎さんに出会い決心を固めた訳だ。師匠は私の逸る気持ちを察し忠告してくれた。「玄能鍛冶で食えるとは限らない。今迄の仕事も止めず続ける様に。」と。故に其れ迄の仕事で当座を凌ぎ玄能創りに励んだ。お陰で焦る事なく玄能鍛冶で食える様に成った。
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玄能日記 私のどうでもいい日記です。
お暇な方だけどうぞ。(笑)