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相豊ハンマー
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玄能日記
日々感じる事を思いのままに書き連ねてみます。
2018/06/22 これからの時代に生き残る鍛冶屋は、作品が時代の要請に合い高品質であることは勿論、哲学・技能・美意識などを物語として語る必要が有る。それらを体系的にまとめ独自の世界観を創り上げ、情報を発信し続ける事で、商品が売れるだけでなく、有益な情報も集まり、さらには人材採用も容易に成るだろう。
2018/06/21 相手のことを本当に思うなら、答えを教えたりしないと思う。矢鱈と褒めたり必死に応援したりするのも同じ。相手のことよりも、自分が何かを得たいが為にやっている気がする。世の中で良いとされ推奨されている事の中には、単に自分の欲望を満たす為の策略を体裁よく美化させているものが多い気がする。
2018/06/20 三条市には日本のミケランジェロと言われる石川雲蝶の作品が残っていますが、あんな物を彫ってみたいと思う人が地元から出ないのは残念です。私なんかは、師匠に会った途端に一目惚れして、玄能作りに邁進してしまいましたから。私みたいな変態がもう一寸増えてくれないと、肩身が狭くてたまりません。
2018/06/19 乞われて助言しても、それを実行に移す人は稀です。実行に移しても、上手く出来ずに簡単に諦めてしまう人が殆どです。稀に、実行に移して進捗を知らせてくる人が居るけれど、そんな人の多くは確実に成長して行きます。そもそも、そんな人は希少且つ貴重であり、周りが支援したくなるのは当然なのです。
2018/06/18 何気ない日常から如何に多くの不思議さ面白さを発見できるかで、人生の豊かさは決まると思います。自分にとってより多くの不思議さ面白さを発見できるものが何かを考えれば、好きな事に取り組むことに決まっています。ならば、好きな事をやるのが人生を豊かにする一番の近道であることが決定しました。
2018/06/17 金属組織や硬度を基準として均質化を目指した鍛冶屋は、工業生産的に仕事を変化させていきました。お蔭で出来の悪い物は少なくなったけれど、特別に良い物を作る気概を持つ職人を減少させました。効率だけを追求する工業生産的な考え方は、製品だけでなく、携わる職人さえも均質化してしまった様です。
2018/06/16 時間や手間を掛ければ出来る事なら誰でも挑戦しますが、どうしたら出来るのか解らない事には、腰が引けるみたいです。解らない事を研究して出来る様に成るのは楽しい筈なのに、教えてもらうことに慣れている現代人は、それが嫌いみたいです。他人が知っている事を幾ら知っていても、楽しくないのにね。
2018/06/15 毎日楽しく鍛冶仕事に取り組んでいるけれど、この仕事をこんなに面白可笑しく続けることが出来るのは、稀なのかもしれない、なんて最近気付きました。それが出来る事自体が素質なのかもしれませんが、他人がやりたがらないのに、自分にとっては堪らなく楽しい事を見つけられた私は、とても幸運でした。
2018/06/14 我慢強いと言われるけれど、我慢なんてしていません。金持ちとは程遠く、肉体的にも精神的にも辛そうな鍛冶屋を続ける姿を見て、他人はそう思うのかもしれませんが、至ってへっちゃら且つ楽しいだけです。そもそも我慢は美徳ではなく、能力の出し惜しみであり、人生を停滞させる悪事だと思っています。
2018/06/13 好きで得意を突き詰めろと言うのは、甘えた考えからではありません。今後は益々競争が激しくなり、持てる能力の差が今迄以上に収入に影響し始めます。能力を高めるには、嫌いで苦手を我慢してやるより、好きで得意を楽しくやる方が遥かに有効です。そもそも我慢が報われるなんて、誰かの刷り込みです。
2018/06/12 勝つ事は相手に屈辱感を与え、恨まれもするでしょう。負ける事は屈辱感を覚え、相手を恨んでしまいそうです。私はそのどちらも我慢ならないので、競争が大嫌いです。そもそも、人間の持つ資質の中のほんの一部を切り取り、誰かの勝手なルールで優劣を決めることに、どんな意味が有るのか、解りません。
2018/06/11 廃業する飲食店が多い中で、繁盛店も存在します。行き付けのバーの廃業を残念がる後輩を連れ、繁盛店に行き、その違いを考えさせました。暫く黙っていましたが、多くの違いに気付き少しずつ語り出します。そして最後には笑顔で、この店に又来たいと言いました。起きている事には明確な理由が有ります。
2018/06/10 最初から上手い人は、何故自分が上手く出来るのかを理解出来ていないので、再現性に乏しく、壁に突き当たり易い。努力して上手く成った人は、上手く成る為の方法論を自分なりに編み出しているので、壁を乗り越えやすい。言わば、前者は神様から魚を与えられ、後者は神様から釣り方を与えられたのです。
2018/06/09 師匠の玄能に遺された鑢目の再現に17年かかりました。どんな鑢をどう使えば再現できるのか、様々な鑢を使い実験してきたけれど、偶然にも手作りの鑢に辿り着き、漸く再現できたのです。過去の物の再現には当時に使われていた道具を使わなくてはいけないと言う、当然の事をすっかり忘れていた訳です。
2018/06/08 伝統工芸品の真の魅力は解り難いものなので、それを解り難いまま相手に提示し、解る様に成るまで支援する必要がありますが、近年ではその努力を怠り、秘めたる魅力を伝えきれなくなっています。先ずは知るほどに楽しくなるという事実を知ってもらい、楽しく為に成る情報を提供し続ける必要を感じます。
2018/06/07 ヤスリ作業は素材を削るだけでなくヤスリ目にも気を配る必要が有りますが、理想的なものが既製品には無くなりました。ですから、良く削れるだけの工業製品的に作られたヤスリで荒削りし、良く削れる上に綺麗なヤスリ目の残る工芸品的に作られたヤスリは、仕上げ専用にして長持ちさせるしかありません。
2018/06/06 刃物の理想的な組織と硬度を鍛冶屋の若手に聞かれたので、刃物の種類や用途、使い手の技量や使い方により異なるので一概に言えないと答えたら、怒り出しました。この様に、本来多様である筈のものを小さな枠にはめ、唯一の答えを導き出そうとする態度こそ、工芸品的ではなく工業製品的だと言うのです。
2018/06/05 伝統工芸品の生産者が激減している。時代の流れによる需要の減少と、それに拍車をかけたのが、工業製品との差別化に失敗した事。まあまあの品質で均質な物を作るのが工業製品。日々進化させ、品質に際限が無いのが工芸品。そもそもの定義が違ったはずなのに、当事者自身がこの区別を付けていなかった。
2018/06/04 40代半ばで後が無いと気付きました。死ぬ迄にどの程度の事が出来るのか、想像が付いたからです。そこで、先達から知識を得る事での成長に見切りを付け、後進に知識を与える事で、新たな成長を手に入れようと考え、若手を採用しました。気付くのが遅過ぎた気がしますが、間に合った感じもしています。
2018/06/03 私は我儘でいい加減でやりたい放題で悩みが有りません。変態なのか病気なのか分かりませんが、生まれた時からなので、説明できません。他人が悩んでいると、何故そんな些細な事に悩んでいるのか、理解出来なかったりします。自他ともに認める完璧な変人ですが、変人は自由で豊かなので止められません。
2018/06/02 師匠の仕事を生で見たことが有りません。仕事を見てもらったことも有りません。師匠はやり方を教えず、ただ私の作ったモノを見て、良いとも悪いとも言わずに、少しヒントをくれるだけでした。それでもとても多くを学べたのは、「技は行間から盗まなければならない」ということを、先ず学んだからです。
2018/06/01 来る日も来る日も銘切を練習します。銘切は玄能作りで唯一苦手意識の有る作業です。やり始めて15年以上経つと言うのに、苦手なままです。ですが、練習は苦になりません。良い玄能を作る為に避けては通れない作業ですし、何よりも、それが出来た時の喜びを想像すると、練習せずには居られないのです。
2018/05/31 求人票には給料は高めに休日は多めに書く方が良いと言うけれど、そもそもそれって、商品を売る為に何も考えずに値下げするのと同じでしょ。鍛冶屋の様な弱小零細企業は、他所と比べられない強力な魅力を作り、それを提示するしか採用の道は無いし、採用に限らず鍛冶屋は其れを目指すべきだと思います。
2018/05/30 優秀な人材を定期的に採用出来ている社長に、その理由を尋ねたら、社員や周りが納得して付いて来る様に、自身の魅力を磨き続けているからと答えました。求人しても誰も来ないとぼやく社長に、採用の為に努力している事を尋ねたら、職安に申し込んだと答えました。見えている世界の差に、愕然とします。
2018/05/28 求人の為に哲学・技能・美意識についてブログに書き綴ったことが有ります。私を好きに成ってくれそうな人だけを募集したかったからです。勤めてみたら浩樹は嫌な奴だった、なんて思われるのは嫌ですから。お蔭で採用出来ましたが、おまけに哲学×技能×美意識が強いブランドになる事にも気付きました。
2018/05/27 比べられない為に差別化すると言うけれど、職人仕事の場合には、各々が自分の作法で道を究めていくことで、他人と比べられない領域に自ずから入っていくものだと思います。人生哲学、技能、美意識において、其々については似た様な人も居るけれど、組み合わせれば、唯一無二の存在に成れる筈ですから。
2018/05/26 「諦めなければ夢は叶う」なんて聞くと、支配者に洗脳されているのかな、なんて思ってしまいます。多くに見切りを付け新しい事に挑戦してこそ、自分の得手不得手や本当にやりたいことに気付き、其処で初めて、諦めなければ夢は叶います。洗脳を解かないと、それに固執し、反則プレーも犯しかねません。
2018/05/25 学校での一方的に教えられる授業が大嫌いで、授業の進行を無視して、教科書を黙々と読んで過ごしました。見つかれば叱られましたが、それも無視です。高校生に成るとそれも難しくなり、先生に直訴することに成ります。「俺には教えるな」と。教えられない方が、自己学習能力は遥かに高まると思います。
2018/05/24 鍛冶屋を始めてから、3年で一通りの仕事が出来る様になり、10年でやってきた事の辻褄が合い始め、15年で多少はマシな品物が出来、20年経って漸く、信用されている実感を持てる様になりました。多動力が大事だと言って、何一つ究める事無く多くの事に手を出しても、信用は得られない気がします。
2018/05/23 学生時代はモテませんでした。学校の息苦しさと呪文の様な先生の話に耐え、死んだように鬱々と過ごす私に、女子は近付きませんでした。ところが、社会に出た途端に超モテ始めました。大好きな仕事と趣味を満喫し、何時も溌剌としている姿は輝いて見えたでしょう。居る場所が変わるだけで、大違いです。
2018/05/22 性格を変える必要は有りません。性格を恨めしく思うより、素直に認めて上手く活かしたほうが、どれだけ幸せでしょうか。そもそも性格そのものに良いも悪いもないと思います。馬鹿な事をする人を馬鹿と言う様に、悪い事をする人を性格が悪いと言うのです。変えるべきは性格ではなく、考え方や行動です。
2018/05/21 私の子供は歯列矯正を勧められましたが、治療しませんでした。ですが成人した子供の歯並びは、綺麗に整っています。私は学生時代に、根暗で我儘な性格を直さないと結婚出来ないと脅されましたが、性格は其のままなのに、結婚出来ています。きっと世の中は、無理に直さなくていい事で溢れているのです。
2018/05/20 同じ様に良く切れる刃物でも、作者により金属組織の様子や硬度は微妙に異なります。また、刃先の角度や研ぎの作法、柄の形状や取り付け方等は、切れ味に大きく影響します。即ち、数多くの要素の組み合わせで良く切れる刃物は出来ており、この組み合わせの多様性が、商品の個性や面白さに繋がる訳です。
2018/05/19 新しいヤスリならサクサク切れるのに、私生活では切れないヤスリを使い続ける人が多い様です。体調不良や睡眠不足で仕事をしたり、嫌いで苦手を続けたりするのは、切れないヤスリで頑張っている様なものです。自分を最大限且つ最善に活かす為にも、切れるヤスリを使い、楽に快適に生きたいものですね。
2018/05/18 初心者が修得の為に、やり易いと言われる方法を取り入れる事が有りますが、それが本当にやり易いのか、疑問な事は多いです。例えば槌を振る際に、腕の安定の為に脇を締めると良いと言うけれど、槌の可動域が制限されて上手く使えません。そもそも、初心者こそ使い難い気がしますが、どうなのでしょう?
2018/05/17 間違いではないけれど正しくもない情報が溢れています。これが曲者で、一旦信じると、正しい情報を受け付けません。ですから、正しいと信じている事でも疑ってみる必要が有りますが、一人では難しいですね。師匠は弟子入りの条件として、今迄に身に付けた鍛冶知識を一旦全て忘れるようにと言いました。
2018/05/16 上達に行き詰った時に貴方はどうしますか?私なら、自分らしくない事をやっていると考え、他のやり方を試すか、見切りを付けて他の事を始めます。何故なら、自分らしさを発揮出来る事でないと、見えるものも見えてきません。体重は調整出来ても身長は調整出来ないのと同様に、無理な物は無理なのです。
2018/05/15 ニッチ過ぎて誰も気に留めない事や、儲かりそうもなくて誰も真似しない事が儲からないかと言えば、絶対に儲かるからと他人が勧める事よりは、儲かる気がします。他人が勧める事は、すでに競争が始まっています。絶対に負けない力を付けるまで競争が始まりそうもない事を始めれば、競争は始まりません。
2018/05/14 時流に乗った事や儲かりそうな事を始めれば、たちまち情報が広まり、真似されて競争が始まります。競争が大嫌いな私は、大好きで得意な事の中から、ニッチ過ぎて誰も気に留めない事や、儲かりそうもなくて誰も真似しない事を選んで仕事にしました。自分らしく生きようとしたら、自然とそうなりました。
2018/05/13 大好きで得意なだけでは、仕事として続けていくには、一寸足りない気がします。苦しい時に踏ん張れる、揺るぎない理由が欲しいのです。私の場合は、大好きで得意な事でしか活躍出来ません。嫌いで苦手をやっている時は、死んだようになります。だから「仕方がない」と言う揺るぎない理由が有るのです。
2018/05/12 若い頃には、嫌な事を我慢したり、周りに合わせたりするのも訓練になるけれど、30歳前後で止めても良いと思います。だって、そんなのは自分の人生を生きていません。自分の人生を生きたいなら、何時かその習慣を止めなければいけないのに、多くの人はそんな事すら考えずに、一生を終えてしまいます。
2018/05/11 時の人の言う事を鵜呑みにして皆が同じ方向を目指すのは、彼の思う壺です。彼を正当化することで盛り上げ役に使われ、後発故に競争に巻き込まれ、痛い目に合うだけです。そもそも、上手い話を軽々しく他人に言う御人好しは稀ですから、上手い話は自分で考えるしかありません。尻馬に乗るのは御免です。
2018/05/10 学校に行く理由は、自分の適性を判断する為と、社会の理不尽に耐える訓練だと考えていました。お蔭で高校生に成った頃には、モノ作りが大好きで適性に叶っている事に気付きましたが、学校が大嫌いで適性に叶っていない事にも気付き、辞めたいと先生に言ったら、親も呼び出されて大目玉を食らいました。
2018/05/09 アル中の酒乱に同情はいりません。普段大人しそうに見えて、飲酒で豹変し、周りを恐怖のどん底に陥れます。酔いが醒めれば全てを忘れ、何度でも同じ失敗や犯罪的行為を繰り返します。多くは家庭内で完結し外部に知られない為、大事に至らない限り公に成りません。奴らは人間の皮を被った悪魔だと思う。
2018/05/08 正月やGWだといっても、普段通りに仕事をします。身体が鈍るのが嫌なせいも有りますが、そもそも休みたいと思いません。他所に勤めていた時も、休日も出勤したいほど仕事が好きでした。世間では休日を増やす傾向に有りますが、私なら、休みたいと思う様な嫌いで苦手な仕事は、そもそも選択しません。
2018/05/07 商売で成功するには熱狂的信者を作れと言うけれど、伝統的工芸品の様に、職人が少しずつ成長して良い物が出来ていく世界では、厳しくも長い目で応援してくれる、淡々としたお客が必要であり、そういったお客を増やすことで、職人は安心して淡々と仕事を続けることが出来ます。淡々には淡々が大切です。
2018/05/06 「熱狂的に好き」と「大好き」は、全く違う状態ではないでしょうか。大好きなら、好奇心や探求心を持ち進化し続けられますが、熱狂的なのは、興奮しているだけのお馬鹿な状態な気がします。熱狂的は冷めれば好きでなくなるけれど、大好きは淡々と好きで居られるところが、両者の境目の様な気がします。
2018/05/05 指示通りにやるだけなのは、好奇心が足りず、素直に成れていないからだと思います。素直ならば、師匠の求めている事の真意を汲み、自分なりに工夫して行動できると思うからです。もの作りに素直さが求められるのは、そういうことであり、好奇心を持てる大好きな事をやることで、素直さは手に入ります。
2018/05/04 好きな事なら無意識に丁寧に出来ます。その心遣いは必ず相手に伝わり、喜ばれます。嫌いな事なら無意識に手を抜きます。その怠りは必ず相手に伝わり、悲しまれます。左様に、何をやるかの選択で、努力の有無に関わらず評価は変わるので、出来るだけ努力せずに喜ばれたいなら、好きな事を選ぶしかない。
2018/05/03 新しい価値の提供で驚きや喜びを与えることが商売なら、職人仕事は打って付けです。努力を惜しまない職人なら、たとえ同じものを作り続けても、日々商品は進化します。明日出来る商品は、今日の商品に新しい価値を付加した新商品と言っても良いでしょう。これが職人仕事と工業製品との大きな違いです。
2018/05/02 悩みが無くていいねと知人に言われ、能天気で羨ましいと妻からは言われます。だって、悩む行為自体は何も生み出さないのに悩むって、馬鹿馬鹿しいです。出来る事やって、運を天に任せておけばいいと思っています。そもそも出来る事は沢山有り、それをやるだけで忙しくなり、悩み事を忘れてしまいます。
2018/05/01 多くの人が、誰かの企てに無意識に反応させられ、敷かれたレールに自ら乗り込み、競争を始めます。稀に、企てに反応することもなく、自らの選択で行動できる人が居り、彼等は自分でレールを敷き、競争するもしないも自分で決めています。前者は誰かに謀られた人生を、後者は独自の人生を生きています。
2018/04/30 鍛冶屋に成りたての頃にマスコミの取材で「今の時代に名工を目指して何に成る?」と忠告されましたが、何でもお金に換算してしまう人には、その理由が分からないでしょう。それ以来マスコミの取材を受けなくなった為に、有名に成らず、チヤホヤもされず、お蔭で落ち着いて修業を積むことが出来ました。
2018/04/29 「失敗したら止めればいい」なんて無責任な忠告をする人が居ますが、止めて元に戻れる人は稀です。殆どは、本当の自分を見失い、混乱して相手の思う壺です。大切なのは、やる事を他人に決めさせない事。やる事は自分で決めて、失敗したら何時でも帰れる軸を自分の中に作りつつ、挑戦し続ける事が大事。
2018/04/28 鍛冶仕事での上達のコツは、同じことを繰り返さず、やる度に少しだけずらし、駄目ならまた元に戻すことを繰り返すことです。上手くできた場合でも、身体に定着するまでは繰り返しますが、定着したら、また少しだけずらしてみます。揺るぎない軸足を作りつつ、少しだけ離れた所の様子を診てみる訳です。
2018/04/27 伝統やその伝承を簡単に否定する人は、単にそれを理解出来ていないだけじゃないの?幾ら時代が変わろうとも、人の志向は深い所では何も変わらないと思います。時代の荒波に耐え続けて来たものには、多少不可解に思えても、深い意味があります。鍛冶屋は不可解を集大成させ、良い物を創り出しますから。
2018/04/26 20年程前に「仕事と生活は相互に深く絡み合う不可分のもので、それを切り離したいと思うこと自体が不幸せ」と言ったら、頭がおかしいと言われました。ワークライフバランスの流行で、昔の事を思い出しましたが、四六時中考えていても飽きない仕事を始めれば、そもそもバランスなど必要無くなります。
2018/04/25 飽きるのは、そこに新たな発見が無いからで、それが好きでないか、向いていないのでしょう。同様に、やっている事が簡単に感じられる場合も、新たな発見が無いからかもしれません。そこに新たな面白さや不思議さを発見出来れば、嬉しい反面、その奥深さに狼狽えもし、簡単だなんて思えない筈ですから。
2018/04/24 玄能に銘を入れる場合、字が下手クソな私は苦痛を感じます。銘切さえ上手く成れば苦痛も無くなる訳ですが、大好きな玄能造りの為なら、面倒な練習さえ苦もなく出来てしまいます。左様に、苦労は買ってでもしろと言うけれど、大好きな事を徹底的にやった方が、困難を克服する力は遥かに付くと思います。
2018/04/23 鍛冶仕事の様にマニュアルが有る訳でもなく、教えてくれる人も少ない謎だらけの仕事は、義務感でやっても続きません。本当に好きで四六時中考えてのめり込む様でないと、謎は解けず、袋小路に迷い込むだけです。伝統や社会の為という義務感は一旦脇に置いて、自分の為に楽しむことが大事だと思います。
2018/04/22 自分のやっている事をどの程度理解出来ているのか確かめる為に、動作の瞬間を切り取り、その理由を説明できるかどうか、自分に問いかけてみます。それを繰り返すと、何気なくやっていた事も、理解した上でやれる様に成り、自分を正確に制御できる様に成ります。そうやって自分の精度を上げていきます。
2018/04/21 鍛冶仕事では、作る物の有るべき姿を想定し、必要とされる作業と動作を頭に叩き込み、一気呵成に進めて良い物を目指します。その為には、何気なく行っている些細な作業や動作にも深い意味が有ると考え、それを理解した上で身に着けて置く必要がありますが、上手く成る人は、これが確実に出来ています。
2018/04/20 好きで得意を仕事にする人は、四六時中頭の片隅で考え続けます。儲かるからと嫌いな仕事をする人は、仕事の時間以外は考えようとしません。当然ですが、両者の思いつくアイデアの質と量の差は歴然です。モノやサービスが溢れる中で、新たな価値を生み出そうとすれば、好きや得意をやるしかありません。
2018/04/19 「俺はお前を認めない」なんて言われることがあるけれど、かまいませんが、勿体ないとは思っています。多くの人は、認めたくない事や理解したくない事に対して思考停止しているので、その中身を探れれば、新たな発見の宝庫です。自分が何故それを忌避するのか、じっくり考えてみるのも良いと思います。
2018/04/18 私は見た目も中身も変わっているけれど、気になりません。他人に指摘されても、申し訳ない位に気にしません。多分、他人と違うのが気になる人は、まだ中途半端なのです。もっと突き抜けて変な人に成ってください。それが徹底的なら、自分も周りも認めざるを得なくなり、もう何も気にならなくなります。
2018/04/17 他人が興味を持たない変なものが好きな人は、結構得をしています。それが物なら、手に入れる為の競争が少なく、売れ残っていれば廉価で手に入ります。それが異性なら、めでたいです。それが仕事なら、ニッチで活躍できるかもしれません。そして、誰も思いつかなかったものを創造出来るかもしれません。
2018/04/16 完成度を高める為に、しこしこ取り組んでいます。新しいものを作り出す為に、うんうん唸っています。新しい価値の創造の為に、ひいひい言っています。玄能作りに毎日しこしこうんうんひいひいするのは、私にとっては楽しいだけで、苦労を感じません。新しい文化を創り出すことが、楽しくてなりません。
2018/04/15 嫌いで苦手は克服できる気がしません。一時的に克服出来たつもりでも、時間が経てば、元の木阿弥になる気がします。子供の頃に苦手だった「人混み」「大きな音」「生臭い食べ物」等、一時的に克服出来ていましたが、最近では子供の頃よりも更に大嫌いに成りました。無駄な努力だったのかもしれません。
2018/04/14 「人は変化出来る」なんて言われたら、自分を全否定されているように感じ、腰が引けてしまいます。そもそも「三つ子の魂百まで」と言うように、性格は変わりません。ですから、性格を活かした上で、良い面を伸ばせばいいと思います。ですから、人は変化出来るのではなくて、「人は進化出来る」のです。
2018/04/13 民謡を聞いている老人を子供の頃に見て、自分も老人に成ったら民謡を聞くのかなって思っていましたが、聞きませんね。子供の頃に聞いていた曲を今でも聞いています。即ち、若い人に好きに成ってもらえれば、長期に渡り、好きで居てくれる可能性が高いということです。これって意外と見落としがちです。
2018/04/12 大好きな事を始めても失敗したら嫌だな。大好きな人に告白しても振られたら嫌だな。ダイエットして痩せてもモテなかったら嫌だな。なんて風に、殆どの人がやらない内から心配して始めないので、やった人の成功率は上がります。まるで、やらない人がやる人を応援しているかのようですね。悔しいでしょ?
2018/04/11 嫌いで苦手な事なら、いつまでも上手く行かずに叱られてばかりです。嫌いで得意な事なら、幾ら褒められてもあまり嬉しくありません。好きで苦手な事なら、最初は上手く行かなくても、一寸だけ頑張ってみる気になります。好きで得意な事なら、ワクワクする反面、実は始めるのが一番怖いかもしれません。
2018/04/10 玄能作りは歴史小説の編纂に似ている。残された数少ない断片的な資料を基に、想像力を働かせ創作する活動だ。残念ながら、過去の鍛冶職人や鍛冶技術に関する資料は、余りにも少なすぎる。ならば、職人が創作物だけでなく、創作活動の記録も残したなら、それ自体が大いなる文化遺産に成る可能性がある。
2018/04/09 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というけれど、聞いて良い事と悪い事が有ります。玄能作りなら、玄能の歴史や名称は聞いて良いけれど、作り方は聞かずに自分で考えないといけません。変化しないものは聞いて良いけれど、変化や進化の可能性の有るものは、自分で考えながらやらないと即応できません。
2018/04/08 日本の大工道具は使いこなすのに時間は掛かるけれど、熟練すれば汎用性が高く、とても効率よく作業出来ます。左様に、修行を必要とする、ある意味において未完成な道具を尊ぶ文化は、人間や創作物の完成度の高さを尊ぶ文化であり、人の成長を時間を掛けて見守る事の出来る寛容な文化なのだと思います。
2018/04/07 鍛冶仕事に関わる全ての事が、昔と今とではまるで違って見えます。起きている事象から受け取れる情報量が、遥かに多くなりました。きっと今でも達人と比べたら、何も見えていないに等しいのでしょうが、武芸の達人が指先一本でへなちょこを瞬殺出来る理由が、今では少し分かってきたような気がします。
2018/04/06 好きで得意な事を夢中で掘り下げ、先ずはその分野で一角のものに成り、その後、それまでに手に入れた技術・技能・人脈を頼りに、マネタイズを考えます。こうすると、最初は貧乏するでしょうが、好き嫌い抜きに目先の儲けを追うよりも、世の中に生み出される新しい価値の質と量は、遥かに上がる筈です。
2018/04/05 行動出来ない人は考えが足りないのだと思う。考えが足りずに不正確な故、それが不安に繋がって、踏み出せないのだと思う。そこで、考えを文字にすることを勧めます。SNSの140文字は、考えをまとめるのに丁度良い長さです。毎日書き続けるだけで、考えが正確に成り、行動を起こしやすくなります。
2018/04/04 趣味も仕事も手を抜かず、両方楽しんできましたが、最近は仕事の方が楽しくてなりません。鍛冶屋は大して金儲けが出来ないけれど、品物の出来不出来により、お客さんの反応がガラリと変わるので、スリル満点で興奮できます。なによりも、世の中に貢献できている実感を持てるのが、最大の喜びなのです。
2018/04/03 鍛冶仕事は、続けるだけでも経済面で厳しい上に、加齢で体が利かないからと言って、人を雇うにも、今迄の仕組みでは簡単ではない。そこで、現在試しているのが、鍛冶仕事に応用の利く異分野の仕事を取り入れること。他の仕事で収入を補いつつ、人を雇い育て、大好きな鍛冶仕事を続ける仕組みなのです。
2018/04/02 作業能率を上げる為に体を早く動かしても、疲れるばかりで、思った程に捗りません。その場合、根本からやり方を変えるのが一番ですが、それが出来ないなら、モノの配置や身体の位置を少し変えるだけで、随分と楽に作業出来ます。そして不思議と、楽に出来る方法を考え続けるだけで、随分と上達します。
2018/04/01 悔しさをバネに頑張れと言うけれど、悔しさは憎しみや妬みを伴い、相手に勝つことが到達点に成ってしまう。憧れをバネにすれば、相手や勝つことに囚われる事無く、もっと高尚な目標を見つけられ、相手に対する敬意や謙虚さも生まれ易い。人間心理の間違った活用が、荒んだ人間関係を作っていると思う。
2018/03/31 何でもそうですが、好きなら案外上達出来ます。ですが、好きで居続けるのは難しいのに、多くの人はその努力をしません。そもそも、好きは与えられるものではなく、作り出すものなのにね。ところが、上達すること自体が好きな人にとっては、好きで居る努力も必要なく、好きと上達の好循環が生まれます。
2018/03/30 今のやり方にこだわる人は、上達出来ません。上手く出来ているつもりでも、そのやり方は、拙い自分にも理解出来る程度の途上でしかありません。もっと良いやり方が有ると信じ、やり方を更新し続けないと、一寸だけ上手な人で終わります。達人のやりかたは、凡人のやり方の延長線上にはないのですから。
2018/03/29 進歩する人は変化を楽しみ、今の自分を捨て続けられます。それは、自分を否定してのことではなく、肯定しつつ、未来の自分を信じて捨て続けるのです。実は、こうやって毎日書き続ける事でも自己肯定感は増し、何かやってみたくなります。140文字を書き続けるだけで、世界の見え方が変わってきます。
2018/03/28 幼く見える人は、やるべき事をやらずに、逃げ回っている人なのかな。若々しく見える人は、苦労を苦労とも感じずに、溌剌と生きている人なのかな。老け込んで見える人は、避けられない苦労を背負っているからというよりも、些細な事にさえ苦労を感じ、手を打つことなく、我慢して生きている人なのかな。
2018/03/27 大好きで得意な事を楽しみながらやり続けた人が、成功した途端に苦労話を始めるのは、如何なものでしょう。苦労話が好きな人の期待に応えてのことかもしれませんが、「楽しみ過ぎて苦労を忘れていました」くらいのことを正直に言ってくれた方が、自分の夢に挑戦する人は、遥かに増える気がするのです。
2018/03/26 過去の工人の良く出来た工芸品を見ると、その精巧さに息を飲みます。何故そこまで出来たのかを考えてみると、仕事だからと嫌々やったのではなく、「好き」と「得意」を活かして世の中に貢献する事に、大きな喜びを感じていたとしか思えないのです。嬉々としてやっている姿しか、目に浮かばないのです。
2018/03/25 焼入れ温度に加熱した鋼を水で急冷すると、膨張していた鋼が収縮していき、約250℃位になると急激に膨張し、硬くなります。これは組織配列を変え、ストレスを発生させる操作ですが、硬くなると同時に脆くもなるので、この後に少し加熱して一寸だけ軟らかくします。人を育てることに似ていませんか?
2018/03/24 其れ迄に感じたことの無い新鮮な感覚を抱かせてくれる人が好きです。微妙に変な気持ちに成るけれど、つい気になってしまう様な人も好きです。そんな人との出会いは、自分の中に眠っている、未知の思考回路を目覚めさせてくれます。「はっ、何を言ってるんだ?」と思わせてくれるくらいが丁度良いです。
2018/03/23 丸鋼玄能に使われる炭素鋼S55Cは、焼きの入りが比較的良くない性質が玄能に向いています。S55Cは水焼入れしても、表面から3〜5mm程度しか硬く成らない故に、焼入れ方法を工夫することで、胴中は軟らかく、打撃面を硬く作り分けられます。以上、言葉にすれば簡単ですが、底なし沼より深い。
2018/03/22 量を質に転化させ難いことは、一途に続けても大成しない人が多い事からも、よく解ります。質に転化できない人は、同じことを繰り返すだけです。質に転化できる人は、量をこなしつつ常に改善を続ける人で、言い換えれば、魚の釣り方を自ら編み出し続ける人です。本当に好きでないと、出来ないですよね。
2018/03/21 同じ物を作るにしても、少しだけやり方を変えてみます。すると、作者にしか分からない僅かな変化が作品に生まれます。それを毎日繰り返すと、その僅かな変化が、其れまでに無く上質に変化する瞬間が来ます。左様に、普通が普通でなくなる瞬間とは、変化の質が其れまでとは全く変わる瞬間なのだと思う。
2018/03/20 人気者で居続ける職人は、やはり上手いのです。作品からは、溢れんばかりに鍛錬の痕跡が匂い立ちます。普通のものを作れば、最早、普通ではなくなり、外連味が有るものでさえ、嫌味なく素敵に魅せてくれます。以前、ある目利きに教えられたことがあります。「名人は何を作っても、名品に成ります」と。
2018/03/19 感動したことを周りに話しても、全く共感を得られないことがあります。そうです、私は他人と感性がずれているのです。お蔭で、他人には見えないモノが私には見える為に、独自なアプローチで仕事が出来、競争せずに済んでいます。ですが、他人には苦も無く出来る事が、全然出来なかったりします。(笑)
2018/03/18 今迄にやってきた鍛冶仕事について、文章にまとめ始めています。お蔭で、自分の理解出来ている事とそうでない事が明確に成り、探求心が強くなりました。不正確な知識を正確にする為に、注意深く作業を観察する習慣が付きました。書くことでやりたいことが明確に成り、益々鍛冶仕事が楽しくなりました。
2018/03/17 自分のパフォーマンスを最大限且つ最善に発揮できる状態は、好きで得意な事を活かし、世の中に貢献することだと言い続け、それを実行してきました。そんな我儘の為に敵を増やしてしまいましたが、好きで得意を活かすことでしか生きられない、哀れで不器用な人間だと解釈し、勘弁してもらいたいのです。
2018/03/16 玄能作りの上達に従い、動作が優しく成りました。始めた頃は荒く無駄な動きが多く、上手く行かない時には、使用する道具や自分の心身にさえ、傷を付けてしまいました。今では周りや自分を傷付けることも少なくなり、時々一寸だけ火傷する程度です。玄能作りの上達と人間の成長は、なんだか似ています。
2018/03/15 好きで居続けるのは大変です。好きな対象に変化が無く、自分にも変化が無ければ、直ぐ嫌になってしまいます。自分が感性を磨き、好きな対象の中に新しい発見が出来れば、お互いが変化したことに成ります。好きで居続けるには、好きな対象に変化を求めるのではなく、自分を変化させ続ければいいのです。
2018/03/14 好きや得意を仕事にした筈なのに、嫌になってしまう人が居ますが、それは自分の喜びを得る為だけにやっているからです。相手に喜びを与える事で得られる喜びこそ、本当の満足に繋がり、長続きできると思います。その為には、徹底的に自分の能力を磨き上げ、好きや得意を進化させ続けるしかありません。
2018/03/13 人を雇う為に未経験な事を多々やって来ましたが、とても楽しかったのです。なにより、駆けずり回り得た人脈は、今も私に力をかしてくれます。情報発信の為に書いた文章は、知識や考えを整理し、技能を進化させてくれます。人を雇うのは無理だと忠告をくれた人達には、この喜びが分からないでしょうね。
2018/03/12 自分を好きに成ってもらえれば、恋愛は成功します。商品やサービスを好きに成ってもらえれば、商売は成功します。餌や疑似餌を好きに成ってもらえれば、魚釣りは成功します。左様に、好きに成ってもらえさえすれば、大抵のことは成功するのに、その事実に気付き努力する人は、とても少ないみたいです。
2018/03/11 どうやら私は禁欲的で修行僧の様な人間だと思われているようです。飾らずに思ったままをSNSやブログには書いているので、それを見た周りがそう感じたのなら、きっとそうなのでしょう。好奇心旺盛でいい加減な人間だと思っていたので驚きます。自分のことは他人に聞いてみないと分からないものです。
2018/03/10 「全鋼の玄能が正しく出来れば、鋼付玄能など目をつむっても出来る」と師匠は言いました。当時それを「簡単な物が正しく出来てから、難しい物に取り掛かる様に」と受け取りましたが、今でも全鋼の玄能でさえ簡単ではないので、「正しく作ろうとすれば、両者共に等しく難しい」と言っていたのだと思う。
2018/03/09 叱られたくないからやるようでは、全然駄目です。褒められたくてやるようでは、全然情熱が足りません。期待されるからやるようでは、当たり前すぎます。褒められることや期待されることが無くても、やりたいことを嬉々として出来る人だけが、誰もやろうとしない事を始め、それをやり遂げるのだと思う。
2018/03/08 自分に有る物は普通すぎて陳腐に感じるけれど、自分に無い物を求めていても、軸がぶれて何も成せない気がします。そもそも、自分にとって普通でない事は長く続けられないので、達人でさえも当人の普通を極めただけなのかもしれません。自分にとっての普通を貫くことに、大きな意義を感じ始めています。
2018/03/07 私の作る玄能を初めて見る人は、不思議な感じを受けるそうです。理由は分からないけれど、変な感じがすると言います。私は究極の普通を目指して作っているつもりですが、他人の普通とは大きくずれているようです。ならば、それこそを唯一無二の個性と自覚し、益々「普通」に磨きを掛けたいと思います。
2018/03/06 変化の激しい時代の職人に求められる力を考えてみました。先ずは、過去の工人の優れた技能を理解し忠実に再現する力。そのうえで、今迄のルールや常識に違和感を嗅ぎ取る力。その違和感を検証し改善する力。それを基に新しい物を作り出し発信する力。どう考えても、好きでないと出来そうに有りません。
2018/03/05 鍛冶仕事にまつわるまことしやかな伝説や迷信は沢山有りますが、その誤りに気付いた鍛冶屋は好機です。検証すれば正誤の判断が簡単に付くものでさえ、盲信されている限り検証されることはありません。皆が信じている誤りを見抜き、それを解決した商品を作りさえすれば、他人を出し抜くことが出来ます。
2018/03/04 昨晩は地元の若手職人と問屋の数名で酒を飲みましたが、作るもの自体の話よりも作る姿勢や人間性の話で盛り上がりました。師匠の下に通っていた時にも、技術的な事よりも仕事に対する姿勢を中心に教わったことを思い出します。生き様が優れれば、良い物は必然的に生み出されると考えていたのでしょう。
2018/03/03 作るものの本質を見極め、思考錯誤を繰り返し良い物を作るだけでは足りません。その姿勢を継続できる人間性を認められなければ、安心して購入してもらえないのです。左様に道具の目利きは出来たものだけを見ている訳では無いのですが、人気を長続きさせられない人には、その視点が足りない気がします。
2018/03/02 気に入ったものを購入する際に奥様に相談するのは止めた方が良いのです。男のロマンを理解出来る奥様はとても少なく、説明して分かってもらえる事など、ほぼ有りません。欲しい物はこっそりと買うべきです。そしてこの歌を貴方に捧げるのです。聞いて気になり見て欲しくなり、買うてうれしい浩樹玄能。
2018/03/01 自分ならもっと上手く出来ると思う人にも2種類います。一方はすぐに始めてしまう人。もう一方は徹底的に下調べをして始める人。前者は結局何も見えていないのでしょう。後者はその難しさが分かった上でも、不思議さ面白さに魅了され、最善を尽くしてしまう人です。どちらが上手く出来るかは歴然です。
2018/02/28 真似されず競争のないブランドを作る為、商品と自分とを強く関連付けて情報発信する必要性を感じていました。その為にやるべき事は何なのかを自問自答し、140文字のコラムとして3年間ほぼ毎日発信してきましたが、期せずして、これが商品と自分とを強く関連付ける個人メディアに育っていたのです。
2018/02/27 文句ばかり言う人は、状況が改善されても新たな文句の種を見つけ、文句を言い続けます。他人に依存するだけでなにもしないので、益々思い通りに行かず、不満は募るばかりです。周りからは責任を放棄して駄々をこねているだけに見えますが、当人は相手を責める事で優位に立っているつもりなのでしょう。
2018/02/26 簡単だと言って引き受ける人に上手い人は少ない気がするので、達人に聞いてみました。私「どんな気持ちで引き受けますか?」達人「先ず、どうやったら上手く出来るか考えます」私「簡単そうな仕事だったらどうですか?」達人「簡単な仕事など有りません。何だって掘り下げれば難しいのです」流石です!
2018/02/25 その難しさに全く気付いていないのに、何故に分かった気になるのだろう。簡単な事が出来ていないのに、何故に難しいことが出来るつもりに成るのだろう。気にも留めないような些細な動作にさえ深い意味が有ると心得、無意識かつ正確に出来る様に身に着けないと、本当の難しさは見えてこないというのに。
2018/02/24 自慢する人は未熟さを露呈しています。何故なら、同じことを普通に出来ている人は自慢する気にさえなりません。威張る人からは威張らざるを得ない不安な気持ちが垣間見えて、見ていて気の毒にさえなります。自慢せず威張りもせずに淡々と熟している人からは、底知れない奥深さと怖ささえ感じられます。
2018/02/23 興奮すると失敗することが多いので、公私共に平静を心掛けています。趣味や仕事では出来るだけやる気を出さず、淡々と進める様にしています。調子が良くて鼻歌の出そうな時にも、ぐっとこらえる様にしています。面白みのない奴と言われますが、この状態が私に最大のパフォーマンスを発揮させるのです。
2018/02/22 私の仕事は大して儲からない上に極めて3Kですが、毎日楽しく暮らしています。我ながら不思議ですが、上達したいと自発的に思える仕事に巡り合い、情熱を傾け続けられている事に、喜びと誇りを感じているからかもしれません。これで儲かればいう事は有りませんが、今でも充分に贅沢な気がしています。
2018/02/21 元々備わる素質をそのまま伸ばしても、あまり伸びない気がします。素質を一旦手放す事でその本当の価値に気付き、それを取り戻す為に格闘して始めて、それを開花させることが出来る気がします。ですから子供の持つ優しさは無垢ですが、大人の持つ真の優しさは、格闘して得た血みどろの優しさなのです。
2018/02/20 人は反射的に周りと競争を始めてしまい、次第にギラギラしてきます。他人との競争を止め、主体的に理想を追い求め始めると、ギラギラから次第にキラキラに変わり始めます。ですが最初からはキラキラ出来ません。ギラギラと他人を傷つけ、その人の痛みが分かってからでないと、キラキラは難しいのです。
2018/02/19 正しく使えば高性能を発揮する物でも、間違った使い方では事故や怪我に繋がります。ですから高性能な物に高性能を発揮させるには、使ってもらう相手を選ぶ必要が有りますが、それが出来なければ、誰でも使える凡庸な物を準備しなくてはいけません。其処に工芸品と工業製品の境目が有る様な気がします。
2018/02/18 名工の作品を模写する場合、形状だけ真似て作ろうとしても、作業工程と形状に齟齬が生じて上手く行きません。作者が何故その様に作ったのか、又その様に作らざるを得なかったのかを推理し、敬意を払いつつ作業工程を組み立てないと、同じ様には出来ません。作者の哲学をも模写する覚悟が必要なのです。
2018/02/16 同じ事をするにも、やり方を少し変えるだけで結果が大きく変わることが有ります。以前より悪くなる事も有るけれど、其処からも多くを学べる筈です。多くの人達が、始めた時のやり方や最初に上手く出来た時のやり方を繰り返すだけなので、少し変えてみる習慣を付けるだけで、優位に立つことが出来ます。
2018/02/15 安定して揺らぎの無いものより、見る人に不安を与えないギリギリの不安定さに人は面白さを感じ、それを味と絶賛します。ですが見る人の鑑識眼によっては、それを不手際と酷評することさえ有ります。ですから本当に味の有る物を作ろうと思えば、そのギリギリの判断を常に突きつけられる覚悟が必要です。
2018/02/14 鍛冶仕事では視・聴・嗅・味・触の五感の全てを使います。一つの感覚だけを研ぎ澄ましても、疲れるだけで効果は上がりません。其々の感覚を最大限かつ最善に活かし合える塩梅を見つける事が肝心ですが、これは鍛冶仕事に限った事ではないでしょう。全体を成長させるには、活かし合う事が大切なのです。
2018/02/13 スポーツでは一種目に金メダルは一つなので、それを目指して熾烈に争いますが、人生においての金メダルは、自分の価値観に則り、幾らでも作り出すことが出来ます。また、人生はスポーツの様にルールに縛られることも無いので、自分のルールは自分で作り出し、自分らしい金メダルを目指せば良いのです。
2018/02/12 他人を疑わず、悪口を言わず、何時も淡々としている若者が居ます。人は良いけれど御人好しでなく、思慮深かったりします。他人に勝ちたいとか、他人を押しのけて得をしようとか、考えたことも無さそうです。理不尽な思いをして悟りを開いたのか、途轍もなく育ちが良いのか、凡人の私には分かりません。
2018/02/11 今回の大雪では除雪車不足や除雪作業者の未熟さが露呈しました。除雪車を保有する手練れの小さな建設業者が倒産や廃業で激減したのも理由の一つですが、大きな建設業者が1軒有るよりも、小さな建設業者が分散していた方が、早急に対応出来た筈です。緊急時には集中よりも分散が大切な事が分かります。
2018/02/09 雪道走行を見ると運転の上手い人と下手な人の差が良く分かりますが、前者は上手く成ろうと興味を持って運転し、後者は何も考えずに同じことを繰り返しているだけなのでしょう。髭剃りや歯磨きだって漫然とやる人と上手く成ろうとする人とでは、結果は歴然です。下手な人はそれにさえ気付いていません。
2018/02/08 降り続く雪に井戸も枯れ、雪の始末に困ります。そこで思い付いたのがピラミッド式積み上げ法です。スノーダンプで一段目を敷きつめた後に、スロープを付けて二段目を積み上げます。それを繰り返していくと、狭いスペースに楽に沢山の雪を積み上げることが出来ます。お蔭で辛い作業も楽しく出来ました。
2018/02/07 師匠は弟子を取らないと公言していたらしいですが、私は知らずに会いに行きました。知らないから行けたと思う反面、知っていたら行かなかったのかと言えば、間違いなく行っていたと思います。そもそも、知っていたら怖気付く様な人は、知らなくて始めても、いずれ怖気付いてしまう人だと思っています。
2018/02/05 多くの人が自分の理解できる範囲でしか物事を認知できません。ですが中には理解できていないにも拘らず認知できてしまう人がいます。彼ら天才が凡才と大きく違うのは、多くの人が素通りしてしまう様な事にさえ、不思議さや面白さを感じ取ることの出来る素直さと柔軟さを兼ね備えているということです。
2018/02/04 通勤途中の橋の上で信号待ちに成り、遠くに見える景色を無意識に確認し安心している自分に気付きました。世の中は目まぐるしく変わっても、故郷から見る遠くの景色は何も変わりません。人間も同じですね。自分の中に不変なものを持ち、其処に何時でも帰れると思うことで、安心して何でも挑戦出来ます。
2018/02/03 他人の作ったルールは守れませんが、自分で作ったルールなら守ります。でもね、自分でルールを作るってとても難しいらしいです。何もない状態にぽんと投げ出されて好きにして良いと言われても、多くは何も出来ないらしいです。私ならどんどん楽しい事を考えますから、一人で居られるのかもしれません。
2018/02/02 心地良い事をそのままにしておくのは勿体ないので、その先に有るもっと心地良い状態に辿り着くために、本を読み知識を増やし、人に会い刺激を受け、身体を動かし五感を鍛えてみるのも良いかもしれません。そして、日本人が皆そんな風に考えて行動を始めたなら、文化も景気も一気に向上すると思います。
2018/02/01 怒っている人は損をしています。怒らせている人は気にも留めてないのに、怒ると益々気分が悪くなります。意地悪する人は楽しんでいるのに、怒ると益々悔しくなります。気分が悪く成ったり悔しく成ったりしても何の得にもならないのに、人は何故か怒ります。そして自己嫌悪に陥り、益々苦しくなります。
2018/01/31 音楽好きなバーのマスターに好きな曲を聞かれ、最近はボサノバを聞いていると答えました。彼はボサノバにも詳しく、薀蓄を披露してくれましたが、私は自分の無知に恥じ入るばかりでした。好きなものについて語れないのは寂しいので、ボサノバの勉強を始めましたが、知りたい気持ちになるって素敵です。
2018/01/30

ほぼ毎日3年間に渡り140文字のコラムを書き続けて来ましたが、想いを書き出すことで漠然としていた考えを明確にし、行動せずにはいられない様にした訳です。お蔭でこの3年間は沢山の未経験な事を体験できました。主に守りに徹し地盤固めをしてきたので、これからは攻めに転じようと考えています。

2018/01/29 丁寧に火造りして火造り肌が薄ら残る程度に軽くヤスリで仕上げた物よりも、手間を掛けずに大まかに火造りしたものを回転工具で削り出したものの方が、素人目には良く見えたりするけれど、もしも前者で素人目にも良く見えるものが出来たなら、作者にもお客様にも、とても有意義で素敵な事だと思います。
2018/01/28

工場の消雪ポンプの水位が下がり、水が出なくなりました。仕事で安定して使う為に、周りよりも深く掘っていたのに残念です。今迄は周りが出なくなっても、私の工場だけは勢いよく出ていたというのに。きっと周りも負けじと深く掘ったのでしょう。競争は嫌いでも、こんな事で競争を強いられちゃいます。

2018/01/27 上手い人を真似る時に、目の前で起きている現象をそのまま真似ても上手くいきません。何故そのようになったのかを推理し、起きている現象を遡って真似なければいけません。例えるなら桶屋が儲かる理由を風が吹いたからだと推理する様なもので、もしもそれが出来たなら、上達は約束された様なものです。
2018/01/26 早く身体を動かせば作業がはかどり上達も早いと思っている人は、意外と多いようです。ですが、身体を早く動かすだけでは無駄な動きばかりが増え、上手く成らない上に大して早くも出来ません。正しい動作を正確に行う事で無駄を無くし、その結果として早く出来る様にしなくてはいけないと思っています。
2018/01/25 鍛冶仕事で何が一番難しいかと聞かれたなら、全部と答えます。最初は簡単だと思っていた事でも、やるほどに奥の深さに気付き、簡単などと言っていた自分を恥じるばかりです。ほんの入り口から覗いただけで、奥の方まで見ていなかったのでしょう。早々に探求すれば、全部難しい事に気付いていた筈です。
2018/01/24 短所が無いからその人を好きに成るのではなく、長所に強く惹かれて好きに成る筈です。実はその長所だって他の人から見たら短所かも知れません。もしも商品やサービスも同じであるなら、短所を無くすことに注力するより、好きになってもらいたい人を引き付けることの出来る長所を磨いた方が良い筈です。
2018/01/23 便利な測定器を使い鍛冶屋は不良品を減らしましたが、不良品を出さない事と良い物を作る事は、分けて考える必要が有ります。品質が合格範囲に入ったからと満足していると、より良い物を作る気概は失われてしまいます。失敗しない事ばかり考えて作っても平均的な物しか出来ず、益々特徴が無くなります。
2018/01/22 失敗しない様に作るよりも、良い物を生み出す為に作りたいのです。不幸に成らない様に生きるよりも、幸せになる為に生きたいのです。悪く成らない様にするよりも、良く成りたいと思うのです。恐れや不安よりも好奇心や喜びを推進力に生きたほうが、ずっと楽しく生きて行くことが出来ると信じています。
2018/01/21 興味を持ったことについては複数の著者の本を読むことをお勧めします。すると真実など移ろい易く、見方により善悪でさえ簡単に逆転する事が分かります。ですから、其れまでの見方や考え方が大きく変化しますが、この見方の幅を広げ深く考えられる様になる事こそが、人間の最大の成長だと思っています。
2018/01/20 燃える様な恋をしたいとか、血がたぎる様な仕事をしたいとか、若い頃には思っていましたが、本当に大好きに成ると、燃えもしないしたぎりもしない事が分かりました。傍から見たら好きな事に気付かないほどに、好きな対象に依存も期待もなく、少し距離を置いて、ただ静かに好きで居られる様になります。
2018/01/19 揺るぎない軸のある人は失敗しても帰る所があり、恐れず挑戦を続けられます。軸のない人は失敗して迷子になるのを恐れて、挑戦できません。ですが両者共に最初は軸がない筈ですから、その違いは何時生まれたのでしょうか?きっと、恐れを知らない幼い頃に好奇心を大切にしたか否かの違いだと思います。
2018/01/17 大好きな事を楽しいまま続けるには、自分の思い通りに出来る事が肝心なので、相手に主導権を渡してはいけません。それは相手を威圧的に抑え込む事ではなく、相手を喜ばせておいて、此方の我儘を許してもらう事です。得るよりも先に主体的に与える事で、より多くの楽しさを受け取ることが出来るのです。
2018/01/16 誰とやるかで楽しさは大きく変わります。どんなに大好きな事でも大嫌いな人とやるなら台無しですが、大嫌いな事ですら大好きな人とやれたなら、結構楽しく出来そうです。ですが、大好きな人をずっと大好きなままでいるのは簡単ではないので、人を大切にすることが楽しさを長続きさせる秘訣になります。
2018/01/15 大好きなことをやるために避けて通れない大嫌いなことは、結構出来てしまいます。例えば待つことが大嫌いな人でも、約束の時間に遅刻した大好きな異性を待つことは出来ますよね。ならば、大嫌いを克服するには大好きと関連付けてやれば良い訳ですが、多くの人は大嫌いと真正面から向き合い挫折します。
2018/01/14 目立つことよりも当たり前を自然に出来る方が格好良いと思っています。目立つことを点とし、当たり前を面と捉えるなら、面を気張らず出来る方が遥かに能力は高いと思うからです。ですが商売では目立つことも肝心なので、当たり前を自然にやりつつ目立つことが出来たなら、上手く行けるかもしれません。
2018/01/13 素人さんはピカピカのものを尊びますが、実は素っ気ない物ほど作るのは難しいのです。表面仕上げなら、ピカピカの鏡面仕上げよりもヤスリ目を立てて仕上げるヤスリ仕上げの方が、遥かに熟練を要します。私の場合なら、鏡面仕上げはやったその日に出来ましたが、ヤスリ仕上げは10年以上かかりました。
2018/01/12 大雪で何処も彼処も大渋滞です。以前ならばすぐに幹線道路はおろか、枝道まで綺麗に除雪されましたが、今では枝道は何時までも除雪されません。そして何より除雪が下手糞!上手く成る方法を考えるだけでも作業は楽しく出来る筈なのに、何を考えて除雪しているのか?きっと嫌々やっているのでしょうね。
2018/01/11 技能習得の訓練を同じ時間するならば、一人でする時間が相対的に長い人ほど上達が早いそうです。確かに、何時も群れている人の中に達人は少ない様です。他人と比べず影響されず、誰に教わるともなく自分との対話の中で自分に最適な方法を編み出し、独り淡々と訓練を進めるのが上達の秘訣なのでしょう。
2018/01/10 最近では無駄な動きも少なくなり、益々作業が地味に成りました。火造りや焼入れの際の火力は、燃料のコークスの上に青火がチョロリと出る程度で迫力も無く、他人に見せても喜びません。バーのマスターが言っていましたが、下手なバーテンダーほど無駄な動きが多く、素人目には格好良く見えるそうです。
2018/01/09 聡明で穏やかな人には、世の中がスッキリと見えているのだろうね。暗愚で不平不満ばかりの人には、世の中が歪んで見えているのだろうね。前者は目の前の事をありのままに受け止め、後者は有る筈もない悪意すら感じ取るのかもしれない。どちらにも成れる筈なのに、成ろうと思わないのは何故なのだろう。
2018/01/08 天才的に活躍する人の中には、それ以外では生きて行けそうにない人が居ます。逆を考えれば、今は全く活躍出来ていなくても、条件を変えれば飛躍的に活躍できる人も沢山居そうです。ならば、最大限且つ最善に活躍出来る条件を考え続ける事は、神頼みや宝くじよりも幸福に近づく現実的な手段に成ります。
2018/01/07 一日位は良いけれど、二日休めば調子は狂うので、若い頃は休むのが怖かったのです。年を取る程に些細な調子の狂いに敏感になりましたが、調子を取り戻す為の心身の微調整を楽しめる様になり、それが商品の均一性の担保にもなるので一石二鳥です。どんなに好きや得意でも、楽しむには時間が掛かります。
2018/01/05 上達を目指す場合には、すぐに始めずに良く考えてから始めます。楽しく長く続ける為に、誰と何処でどんな風に進めたら良いのかを時間を掛けて考えます。挫折する多くの人は、それをやらずに始めてしまうのでしょう。上達に「楽しく長く」は必須なので、その為に出来る事を先ずは考える必要が有ります。
2018/01/04 大好きで長続きさせたい事ほど、適度に距離を置くようにしています。夢中に成り過ぎ周りが見えなくなると、調子を崩してしまいます。執着しすぎて競争を始めると、嫉妬心等の余計な感情を背負い込むことにもなります。ですから、何時でも止められる位の距離感でいた方が、長続き出来る気がしています。
2018/01/03 頑張る事が大嫌いで、一生懸命に生きている意識も有りません。やらずにいられない事をやっているだけで、努力と言う言葉さえ不似合いな気がします。但し人生を思い切り楽しもうとする意識は人一倍で、それが私の原動力にもなっており、命がけで楽しむことで充分に生きて行ける確信も持ち始めています。
2018/01/02 心のままに挑戦し、何か成し遂げても誇ることなく、誰にも褒められずとも自分の行いに喜びを感じ、無知無力を知り素直に頭を下げられ、目立たず知られず静かに仕事を続け、死んだ後に残った作品を見た人が、「へえ、こんなヘンテコな鍛冶屋も居たんだ」って思ってもらえるくらいが丁度良い気がします。
2017/12/31 誰でも出来る事には興味が湧かず、誰も出来ない事をこつこつやって来ました。皆がやる事には背を向け、皆が見切りを付けた事をしつこくやって来ました。お蔭で貧乏に成り、周りからは気違い扱いされる始末ですが、漸くやってきた事が形に成り始め、来年は幾らか結果を出せそうな感じになってきました。
2017/12/30 毎日自分なりの全力を出して生きているので、年末を気分よく迎えることが出来ます。不平不満は無くストレスも溜らず、穏やかな気持ちで年を越せます。何故そんなに前向きに生きられるのか尋ねられますが、好きな事しかやってないので、やる気が無くても出来てしまいます。頑張らないから出来るのです。
2017/12/29 人が進化し火を使えるようになると、其れまでは食糧に成らなかった物まで、火を通すことで食べられる様になりました。同様に、良い所の無さそうな人でも、活かし方次第で有効な戦力になるのではと考え挑戦し、何とか一人前にすることが出来ました。自分の事ですけど、何も変えずに進化させただけです。
2017/12/28 ニッチで些細な分野ほど、それが好きで得意なら、徹底的にやってみるべきです。やる人も少なく他を圧倒出来る可能性が高いので、変えのきかない存在に成り易いでしょう。同様にして圧倒的な分野を幾つか作り、それらを上手く組み合わせたなら、向かう所敵なしのビジネスモデルが完成出来る気がします。
2017/12/26 「人は変わることが出来る」と言う言葉は相手の人格を否定しているように聞こえ、好きに成れません。そもそも変わる事は苦痛すぎます。本当に相手の成長を願うなら「人は進化できる」と言って上げた方が良いでしょう。長所だけでなく短所と思えるような所でさえ上手く活かし、それを進化させるのです。
2017/12/25 下手な人は本質的な動作をした結果として現れる些末な動きに囚われます。そして多くの些末な動作を身に付け、余計な力を使い疲れます。上手い人は目に付く些末な動きを遡り本質的な動作を探り当てます。そして必要最小限の力で容易く動きます。下手と上手には、同じ動きが全く違って見えている訳です。
2017/12/24 バブル当時と今を比べて私の暮らしは変わりません。周りに流されない性格なのでしょう。バブルの弾ける前に貯蓄し新築し結婚して、バブル崩壊に余裕を持って備えることが出来、不況の中でも夢に向かい職場を退職できました。そもそも物が売れないのは、景気のせいではなく自分のせいだと思っています。
2017/12/23 目利きの問屋に見出された見込み有る若手鍛冶屋の商品を、腕の良い使用者が目利きの小売屋に正しい使用法を指導された後に使用して初めて、その商品の能力が正しく発揮され、正確な評価が成されます。そしてその評価は鍛冶屋に伝えられ、それを成長の糧として、鍛冶屋は名工への階段を上って行きます。
2017/12/22 教育に暴力を肯定する人が居ますが、殴られて改心する人など見たことが有りません。暴力により育てられそれを肯定していた私は、言うことを聞かない幼い息子を殴った際、泣き叫ぶ息子を見てようやく目が覚めました。酷い目に合ってきた自分を慰め肯定する為に、自分を偽って来たことに気付いたのです。
2017/12/21 自信の有る人の特徴を想像してみました。噂話をしない。悪口を言わない。自慢話をしない。権威ある人の話を説得に使わない。下品に笑わない。大声を出さない。明るすぎない。喋り過ぎない。目立ちたがらない。何時までも悲しまない。無理強いしない。威張らない。虐めない。まだまだ沢山有りそうです。
2017/12/20 正しく成長すれば蝶に成るのに、多くは間違えて大きな青虫に成っちゃいます。安田佳生氏は著書「千円札は拾うな」で、本郷猛を鍛えてもより強い本郷猛にしか成らないと言いました。蝶や仮面ライダーに成るには飛躍的な成長が求められるので、飛躍できる努力とは何なのかを考え続けなくてはいけません。
2017/12/19 仮面ライダーに誰もが成れる訳では有りません。本郷猛は身体と頭脳を鍛え上げ、既に強い改造人間に成る資質を備えていたので、ショッカーに拉致され仮面ライダーに改造されました。資質が無ければ戦闘員にされるので、仮面ライダーに成りたいなら、資質を備えてショッカーにお願いすればいいだけです。
2017/12/18 やりたいことを見つけるには、子供の頃に夢中だった事を思いだすと良いでしょう。そして、何故それが好きだったのかを大好きだった場所で一人静かに考えます。大好きだった場所への一人旅は、自分を見つめ直すには最適な気がします。たったこれだけで、自分らしい本当の姿を発見できるかもしれません。
2017/12/17 受注生産は未だ出来ていない物に注文を頂く訳ですから、信用有ってのものです。受注から納品まで時間が掛かるのなら尚の事、期待も大きく膨らむでしょう。ですから、毎日少しでも良い物を作り続けないと、信用を裏切ることに成ります。鍛冶屋の様に効率度外視で信用に応え続ける仕事も悪くありません。
2017/12/16 上ばかり見て我を忘れている人を見ると辛くなります。自分が主役でないと気が済まないのでしょうが、主役が向いているとも限りません。桃太郎でなく犬や猿や雉のように、稀有な特技を活かして活躍した方が、うんと幸せな人も多いでしょう。流されて上ばかり見ていると、自分も周りも疲れてしまいます。
2017/12/15 今でも毎日上達している実感が有ります。但し若い頃と違い、その上達は知識や経験の蓄積によるものでなく、必要として身に付けたものが取捨選択され、再構築された上で成されている気がします。余計な物を捨て去り身軽になって初めて、本当に大切な事に気付き、出来る事が増えていくのかもしれません。
2017/12/14 聡明な上に聞き上手な人との会話は、自分まで聡明になった気分にさせてくれますが、トラック何周分も先で、気を使い並走してくれているのが分かります。聡明で無い上におしゃべりな人との会話は、会話が成立しない上に気分まで悪くなりますが、此方が聡明な聞き上手に成れば、問題は解決できそうです。
2017/12/13 千代鶴是秀さんは「名刀とは一度も実用されず、そのみごとな鍛え肌を目にしただけで世がおさまるほどのものを言うのです」と言いました。そこまででなくても、手にすると身が引き締まり、良い仕事をせずにいられなくなる様な玄能が出来たら本望です。そもそも良い道具とはそういったものだと思います。
2017/12/12 子供の頃から褒められた例が無いので、何故なのかずっと考えていましたが、漸く思い当りました。一般的に、苦労して成し遂げられたことは褒められますが、同じ事を白可笑しくやって出来ても、あまり褒められません。振り返れば人生面白おかしく生きて来たので、何か出来ても褒められないのでしょうね。
2017/12/11 もの作りで上達出来る人は、手先が器用だとか辛抱強く続けられるだけではなく、より上手く出来る方法、より簡単に出来る方法、より楽しく出来る方法を考え続けられる人です。中でも最後までやり遂げる覚悟が認められた人は、より高度な技を期待されることで、より高みを目指すチャンスが巡ってきます。
2017/12/10 好きで得意をやる時と嫌いで苦手をやる時に発揮できる力の差が、私の場合は歴然です。好きで得意は頭が高速回転し、身体は自動運転され周りは止まって見えます。嫌いで苦手は心身が固まり、周りが迫ってくるように思え胸が苦しくなります。実際にそうなるので、嫌いで苦手を選択する余地は有りません。
2017/12/09 楽しく仕事をする為に何をやるかは大切ですが、如何にやるか、誰とやるか、何処でやるかはもっと大切です。そして、誰の笑顔が見たいのかを具体的に想像出来るほど、仕事は楽しめると思います。誰の為なのか、何の為なのかが分からなければ、誰かに楽しみを与えてもらうのを待つだけの人生に成ります。
2017/12/08 低学歴ですが学歴コンプレックスは有りません。学校が大嫌いだし、鍛冶屋に学歴要りませんから。そもそも、幸せに生きるのに学力がそんなに必要でしょうか?学歴コンプレックスなんて、痩せていたら私だってモテるのに、なんて思うのと同程度だと思っています。太っていてもモテる人は沢山いますから。
2017/12/07 嫌いで苦手を我慢してやっても、頭が働かず、行動出来ず、結果が出せません。好きで得意を楽しんでやっている人から見たら、彼らの時間は止まって見えます。嫌な事でもやらざるを得なければ、楽しくやる方法を考えるべきであり、我慢して頑張ることが美徳だと信じているなら、洗脳されている証拠です。
2017/12/06 社会生活では考えを他人に伝える必要が有りますが、考えを思いついたりまとめたりする為には、知識や教養が必要になります。たとえどんなに良い考えでも、伝える術を知らなければ意味が無いので、人との関わりの中でそれを磨く必要が有ります。子供達には学校に通う意味をこんな風に伝えてやりました。
2017/12/05 釣り堀で釣れないからとへそを曲げている人は、本当の楽しみに辿り着けていない人だと思います。魚が居るのかどうか分からない状況なら、諦めてしまうのも無理はありませんが、確実に其処に魚が居る事が分かっていて其れでも釣れないという状況は、難しいパズルを解くようで、とても楽しい筈なのです。
2017/12/04 勝ってはしゃぎ過ぎるのは格好悪いと思います。負けて悔しがり過ぎるのも格好悪いと思います。両者共に勝ちさえすれば幸せに成れると考えているのでしょう。私は勝ち負けの結果と幸せが直接関係するとは考えていません。勝ちからでも負けからでも良い学びを得られてこそ、幸せに成れると考えています。
2017/12/03 金持ちとスカシッペの類似性に気付いてしまいました。金持ちは威張ったり見栄を張ったりしたばかりに、成金だと陰口を叩かれます。スカシッペは臭ったばかりに他人にばれ、嫌な顔をされます。気付かれなければ平穏無事なのに、気付かれた瞬間から気まずくなり、お互いに余計な気を使うことに成ります。
2017/12/02 見られている意識の違いで人は行動が変わりますから、誰にどんな風に評価されたいのかで、出来るものは大きく変わってきます。ですから、喜んでもらいたい人や高い評価を得たい所が明確な程、上達は早い気がします。そもそも、お天道様に見られていると思うだけで、いい加減なものは作れなくなります。
2017/12/01 もの作りの上手い人は何時でも上手くまとめ、作品からはその人らしさが「味」として匂い立ちます。下手な人は作る度に変わり、作品からはその人らしさが「癖」として感じられます。上手い人は高度に哲学や理論を確立させており、首尾一貫して作業出来ますが、下手な人はその必要性すら感じていません。
2017/11/30 未熟な人が舐められないようにと自信満々に振る舞っている姿を見ると、哀しくなります。同じ様な理由で自信満々に見せている人の外見を真似ちゃったのでしょうね。未熟な自分を知り努力を続けている姿こそが、自信満々に見えるのだと思いますが、努力を惜しむ人には、それが分からないのだと思います。
2017/11/29 上手く出来ない時に、それが気になって眠れない人と、寝るのも忘れて夢中で取り組める人とでは、同じ眠らないにしても、得られる成果や幸福感に雲泥の差が有ります。貴方には寝るのも忘れる程夢中に成れる事は有りますか?私には有りますが、寝るのも大好きなので、夢中で8時間寝ることにしています。
2017/11/28 秀でているからと尊大な態度を取る人を見るにつけ、秀でさえすれば尊敬されると勘違いしている人が多いと感じます。そもそも、その秀でた部分に関心の無い人にとっては、単なる無礼な人間にしか見えません。秀でる事と尊敬の間には大きな隔たりが有り、それを埋めるには品格を磨くしかないと思います。
2017/11/27 上手く行かずに苦労をしたが、努力の末に出来る様になったという苦労話を耳にすることが有りますが、きっと自分が好きで選んだ仕事ではないのでしょうね。私は今の仕事を好きで選んだので、出来ない自分を楽しむくらいの覚悟は出来ていますから、「苦労と思ったら負け」みたいな気持ちでいます。(笑)
2017/11/26 お酒を飲むのはこぢんまりしたお店が好きです。自分と周りとの距離感を大切に思っているからです。それは物理的だけでなく精神的にもそうです。そしてお店以上に、そんな気の利いたお店創りの出来るマスターを素敵だと思います。上ばかり目指す人の多い世の中で、丁度良い加減の分かる人は魅力的です。
2017/11/24 結局、趣味より仕事が楽しいのです。嫌いな事や苦手な事はやらない主義なので、自分のやる事はほぼ楽しい事ばかりですが、今の仕事も大好きで得意な上に稼げそうなものが直ぐ目の前に有ったから始めた訳です。ですから、収入が発生するが故に自動的に継続可能になった趣味が仕事なので、楽しい筈です。
2017/11/23 大した設備は無くても、火床と金床と槌と万力と鏨と鋸と錐と鑢を使い、一寸した部品なら作ります。鉄砲も昔は鍛冶屋が作っていた訳で、手作りで結構複雑な物まで出来るのです。ですが、そんなことが出来るとは殆どの人が思っていません。そもそも、火床や金床や槌や万力や鏨や鋸や錐や鑢を読めません。
2017/11/22 とても丁寧に出来ているのに、未完成に見えるものが有ります。手間を掛けた風に見えないのに、完成度の高いものが有ります。例えるなら前者は私の玄能で、後者は幸三郎さんの玄能です。やはり、正しいやり方で数を熟した人には敵いません。永く作り続けることでしか到達出来ない技を、其処に感じます。
2017/11/21 子供の頃、黙々と何かをやっている時に「頑張っているね」って褒められると、全くやる気を無くしてしまいました。その反対に「変な事をしているね」って馬鹿にされても、全然気になりませんでした。今でも何故なのか良く分かりませんが、最近一つ気付いたのです。私が途轍もなくへそ曲りだという事を。
2017/11/20 秀でる人は孤独を愛し、自分を大切にします。一時的に群れることはあっても、それより一人の時間は遥かに長いのです。自分がどの様な人間であり、どの様に生きたいのかを自覚し、他人と比較しません。周りに流されないだけでなく、他人の生き方も認めています。私もそんな風に生きてみたいと思います。
2017/11/19 深く考えて行動している時に、横から口や手を出されて嫌になる事は有ります。聞いた時に答えてくれたらいいのに、無理に教えられる事で思考が止まってしまいます。学校の先生に「俺に教えるな」と言って、酷く叱られたことが有りますが、授業を受ける度に益々バカになっていくような気がしていました。
2017/11/18 納期遅れにより何時までもご迷惑をお掛けしている訳にもいかないので、スタッフを採用育成し、出来るだけ自分にしか出来ない事に集中するようにしています。去年採用したスタッフは順調に育ち、とても役に立ってくれています。玄能も大分出来る様になりましたので、この度は少しだけお見せいたします。
2017/11/17 もの作りも会話も、相手の期待からほんの一寸だけずらしてお答えします。すると相手は一瞬戸惑いますが、深く考えてくれるようになります。相手の期待どおりの答えだと、感心してはくれますが、それで終わってしまいます。次に繋げる為に必要なのは、一寸ずつ上か横にずらし続ける事だと思っています。
2017/11/16 体毛が濃く背の低い脚の短いデブで虐められっ子だった私は、貯金をはたいて身長の伸びる秘密の教材を購入したりしましたが、あまり伸びませんでした。世の中は体重、体形、体毛など様々なコンプレックスを煽り、儲けようとする商売で溢れていますが、これでは子供たちの虐めが無くなる訳が有りません。
2017/11/15 私の様に体毛も顔も濃く、学歴も収入も身長も低く、座高とコレステロールは高く、夏は股間がかゆくなり、根暗で子供の頃は毎日のように虐められフラフラと下校していた様な人間でも、結構普通に生きています。世の中、ネガティブに捉えられていることの殆どは、大したことの無い事ばかりなんですよね。
2017/11/14 元気を出せと言われてもこれが精一杯です。元気がなくて困ったことも有りません。元気がなくても何でもやりますから御安心ください。気性は激しい方なので、この位で丁度良いのです。却って、矢鱈と元気に明るく振る舞っている人を見ると、精力を吸い取られるようで萎えます。元気ってとても厄介です。
2017/11/13 苦労は買ってでもしろなんて、冗談じゃありません。そんなもの買わなくても、何でも真剣に取り組めば苦労するものです。好きで得意を極める時でも、道程で現れる様々な問題に対処する苦労は付いてきます。ですが、夢中で出来る事なら苦労は感じないので、苦労を苦労と感じない事を見つけろと言いたい。
2017/11/12 どっしり構えたいなら、鈍感さを目指すのではなく、繊細さを鍛える必要が有ると思います。親密になりたいなら、ベタベタするのではなく、適度な距離を置く必要が有ると思います。成長させたいなら、教え込むのではなく、放って置く必要が有ると思います。多くの場合に、順番を間違えている気がします。
2017/11/11 完成品の精度は火造り時点で決定すると言っても良いので、火造りの寸法精度は0.1mm以内を目指しています。完成後0.1mm以内に収まっている事は稀ですが、それを目指さなくては到達できない領域が有ります。難しそうに聞こえますが、金属組織を整えつつ寸法精度を高めていく作業は、とても楽しいのです。
2017/11/10 挑戦したり継続したりすることにモチベーションは要りません。勝ちたい気持ちや悔しさなども全く必要ありません。勝敗や出来不出来にこだわるから、恐れや不安が頭をもたげてきます。頑張ろうなんて思うから、身体や精神に余計な負担が掛かります。未知なるものへの探求心さえあれば、何も要りません。
2017/11/09 玄能を作り始めて最初にやったのが、売れ続けている物の分析です。何故その外形なのか?何故そのヒツ穴なのか?何故その硬さなのか?その「何故」を一つずつ深堀することで、玄能に求められる要素が見えてきます。すると、何処をどの様にすればいいのか分かり、初めて進化とアレンジが可能になります。
2017/11/08 悲しいのも嫌ですが、自分の喜びが他人の悲しみの上に成り立つのも嫌なのです。だから子供の頃から競争が大嫌いでした。人の能力の些細な一部を比べ、勝ち負けを競って何が楽しいのかも理解出来ませんでした。私が変人なのは承知していますが、何でも勝ち負けで判断するのは人を不幸にすると思います。
2017/11/07 やりたい事は誰にも相談せずに始めてしまいます。相談して得られるものは殆ど無いからです。学校では先生に、職場では上司に相談を要求されましたが、多くの場合には邪魔されるだけでした。世の中は他人に影響力を及ぼしたい人で溢れているので、始める時は一人で、仲間はその後で集めるのが得策です。
2017/11/06 本日は道具作りに精を出しました。玄能も道具ですが、それを作る道具は玄能を作るよりも遥かに難しく大変です。ですがその道具さえあれば、とても楽に早く丁寧な仕事が出来る訳です。最初に手間を掛けて準備する習慣さえ付けてしまえば、それ自体が訓練にもなり、楽も出来、益々良い物が出来るのです。
2017/11/05 大好きな事を仕事にした筈なのに、飽きてしまい好きでなくなる人が居ます。飽きるのはその分野での自分の進化が止まっている証です。停滞は退化と同義であり、日々変化を加え進化させることでしか、大好きでい続けられません。大好きでい続けるのは、嫌いな事を我慢してやるよりも遥かに大変なのです。
2017/11/04 頭が良くなかったので集中力を鍛えましたが、これが楽しいのです。身体が弱かったので少ない力で出来る工夫をしましたが、これも楽しいのです。貧乏なのでお金が無くても出来る方法を考えましたが、これまた楽しいのです。何も持ってなくても、人生は充分に楽しめることを子供の頃から知っていました。
2017/11/03 朝5時に起き、1時間掛けて釣り堀に行きましたが、混雑しそうだったので帰ってきました。混雑しても釣りが出来ない訳ではないけれど、人混みは我慢できません。その時に気づきましたが、私が何かを諦めた記憶が無いのは、「出来ない」ではなくて「やらない」と見切りを付けられるからだという事です。
2017/11/02 円く穏やかに成る老人と我儘で凶暴に成る老人の違いは、こだわりを捨てられるかどうかの違いです。若い頃に気力体力で負けたことの無い人でも、加齢と共に負けも多くなります。その時になり若い人に頭を下げられれば、こだわりは一つ捨て去られ、許され愛される老人に一寸だけでも近づける気がします。
2017/11/01 結果として現れたものに固執し形ばかり真似てみても、行きつく先が有りません。それが導き出された過程にこそ本質が有るというのに、そこに気付いていないからです。誰かがやっている事を見て、自分ならもっと上手く出来ると、深く考えもせずに真似てしまう様では、人生で迷子になってしまいそうです。
2017/10/31 鍛冶仕事は科学で証明され尽くしたと言う人が居ます。一方で鍛冶仕事は未だ謎だらけだと言う人が居ます。前者は公式を使って導いた答えに満足してしまう人で、学生時代は優等生だったかもしれません。後者は公式の導き方にまで興味を持たずにいられない人で、学生時代は天才か問題児だったと思います。
2017/10/30 修業期間を一通りの技術や技能を身に付けるだけの時間と捉えてはいけません。仕事と真正面から向き合い、それを最後までやり遂げる覚悟を養う期間でも有ります。覚悟が出来ていないと目先の欲で気持ちがぶれ、稚拙なものを派手に宣伝して売るようなことを始めてしまいます。修行の意味は奥深いのです。
2017/10/29 鍛冶仕事で作られた物は、使い込む程に使用者の手に馴染み、風合いも味わい深くなっていきます。最近ではアンチエイジングが流行り、老いを拒絶する人も増えましたが、老いは受け入れて楽しむくらいでないと、何時までも成熟できません。物も人間も若々しいままより、成熟した方が格好良いと思います。
2017/10/28 自分の仕事が上手いと思った事は有りませんが、身体の使い方や道具の工夫は上手いかもしれないと思う事が有ります。50代半ばにも成り、身体も相当に弱ってきているはずなのに、以前と変わらず仕事が出来ているからです。元々身体が強い方ではなかったので、却ってそれが工夫を促したのだと思います。
2017/10/27 上手い人とそうでない人では、同じ物を見ても全く捉え方が違います。上手い人ほど多くの情報を正確に引き出すことが出来るからです。百聞は一見にしかずと言うけれど、下手な人には、目の前に有る物すらよく見えていません。そして、上手く成る人とそうでない人の一番の違いは、やはり目の付け所です。
2017/10/26 毎日同じことを繰り返しているだけで上手く成れると思ったら大間違いです。より良いやり方を考案し続け、毎日少しずつでも変化させていかないと上手く成りません。魚を与えず釣り方を教えろと言いますが、上手く成りたかったら、釣り方は教えてもらうのではなく、自分で考案し続けなくてはいけません。
2017/10/25 実績や実力が有る訳でもないのに、矢鱈と目立ちたがる人が居ます。実績や実力が有れば自ずと目立つ筈ですから、無理に目立とうとすること自体が無能を表しています。せめて努力する姿勢くらいは見せてもらいたいものですが、其れすら期待できない相手に関心が湧きません。選挙の度に考えてしまいます。
2017/10/24 二点の刃物を顕微鏡や硬度計で検査して同じ結果が出ても、使うと全く性能が異なる事が有ります。同じ様に見えても作り方の違いにより、検査機器では判別し難い違いが有るからで、それは美味しそうに見える激マズ料理が有るのと似ています。料理も鍛冶も、良いレシピを考案できる人が上手い人なのです。
2017/10/23 好きで得意な事は出来るだけ早く始めてだらだらやるのが好きです。嫌いで苦手な事はとっとと初めてさっさと終わらせてしまいます。前者は時間を掛ける程に良い結果に成りますが、後者はどんなに頑張ってもろくな結果に成らないからです。それにしても「頑張れ」って、押付けがましくて嫌な言葉ですね。
2017/10/22 鍛冶の世界では作業が上手くいかず、心を病んでしまう人も少なくありません。そんな苦労を乗り越えて良い物を作り出せば、美談に成ります。ですが私も悩むことは有りますが苦労を感じていません。好きで得意を仕事にしたお蔭で、高い壁も無意識に越えているのでしょう。だから、全く美談に成りません。
2017/10/21 地元の鍛冶屋から「自分達は特別な存在であり、支援されてしかるべきである」と聞いた時には驚き呆れました。他の業界に比べ採用が特別に難しく、育成にも手間と時間が大幅に掛かるとも考えているようです。ですが、自分達を特別だと勘違いし、変わるべきは周りだと思っている限り、何も変わりません。
2017/10/20 思い通りに成らない相手に対し、怒ってしごく場合も、注意して見守る場合も、直後の成果に大差はない気がします。違うのは、前者は恨みが募り、後者は信頼が増すことで、それは時間と共に成果として現れてきます。怒らないと舐められてしまうという人も居ますが、その様な人は何をしても舐められます。
2017/10/19 新人さんが下手くそな作業をしていたので手本を見せたところ、直ぐに出来る様になりました。本人は出来ると思っていなかったようで、出来た事に驚いていました。人は出来ると気付かないと、出来る事さえ出来ないものですが、出来ている自分の姿を想像出来さえすれば、結構な事まで出来るものなのです。
2017/10/17 仕事の最中にふと考えてしまいました。難しくて誰もやろうとしないこんな仕事を、何故こんなにも楽しく出来るのだろうかと。もの作りが大好きなことも理由の一つでしょうが、誰も出来そうにない事なら競争に成らずに済むと考えるからでしょう。私の場合は競争しないことが上達を促しているといえます。
2017/10/16 物作りの上手い人の動作は繊細かつ丁寧で滞りがなく、見ていて惚れ惚れします。そこで、上達を目指し上手い人の動作を真似てみても、人其々に心や身体に違いが有る為に上手くいきません。大切なのは、見えている動作の意味を理解し、自分に合った方法に変換することで、上手い人はそれが得意なのです。
2017/10/15 年を取ると時の経つのが早いというけれど、一年はとても長く感じます。つい先日の事ですら、随分と前の事のように感じます。楽しい時間があっという間に過ぎることも無く、充分満足できます。それは有意義に時間を使えているからなのかもしれませんが、物忘れが激しくなっただけかもしれません。(笑)
2017/10/14 政治家は苦手です。群れるのが嫌です。競争は大嫌いです。見え透いた便宜はお断りします。威張るのも威張られるのも嫌です。その訳は、自分の信念を曲げることなく、冷静に活動できるポジションの維持を心掛けているからです。そして何より一番大切なのは、実力を付けて自立することだと思っています。
2017/10/13 信用がお金を生む時代に成ったと言われますが、職人の世界は昔からそうでした。現状は下手くそでも精進している事が見て取れれば、お客様は成長を期待して出来たものを買ってくれました。正に信用がお金を生んでいる訳です。工房を訪ねても何時も留守にしているような職人は、買ってもらえないのです。
2017/10/12 最初から手取り足取り教えては、感性を鈍らせてしまいます。最初はやりたいようにやらせて放って置くのが良いと思います。言ったとおりにやらないからと、怒ったりしごいたりしたら、信頼関係さえ失ってしまいます。先ずは辛抱して、感性を研ぎ澄ますことから始めないと、取り返しがつかなくなります。
2017/10/11 以前は、理解出来る程度の事を見聞きし、自分の考えを再確認して満足していました。現在では、理解出来ずに違和感を持ったり腹が立ったりした時に立ち止まり、深く考えるようにしています。何故なら、今迄の自分が否定したくなる事の中にこそ、成長のヒントが隠されている事に気付いちゃったからです。
2017/10/10 ある瞬間に其れまでとは世界が変わって見えることが有ります。その新たな世界は今迄の延長線上にはなかったものです。目の前の事だけを必死にやっていても世界は変わりません。違った価値観で生きている人との出会いで化学反応が起き、目の前の霧が晴れるように、見えていなかったものが見え始めます。
2017/10/09 人生を飛躍させるスイッチを発見する可能性は、思考の質と量に比例する筈です。ならば、無意識に四六時中考えてしまう好きや得意の中にこそ、それは見つけ易い筈ですから、自分にとっての飛躍が何なのかを楽しみながら定義し続け、そのスイッチが目の前に現れた時に迷わず、それを押せばいいだけです。
2017/10/08 目的を達成する為に必要ならばモノを手に入れますが、他の理由で欲しくなる事は殆ど有りません。美味しい物は大好きですが、不味くなければそれで結構です。服は自分で買う事が稀で、有るものを大切に着ています。何だか味気ない人生に聞こえますが、其れでも充分心豊かに生きている実感は有るのです。
2017/10/07 もの作りに手先の器用さは必要ですが、正しい作り方を考え出す力はもっと大切です。どんなに手先の器用さを活かして精度を上げようと、それが間違った作り方であれば、精度の高い間違ったものが出来上がります。多少不器用でも、正しい作り方で完成させることが出来る人が、上手い人なのだと思います。
2017/10/06 上の上と中の上や、上の中と中の中は、素人目には区別が付きにくいものです。上の上を目指すには、中の上より見劣りのする上の下や上の中を経なければいけませんが、多くの人はこれに耐えきれず、中の上で成長が止まります。上を目指す時の一番の壁は此処に有り、それに対する答えがその人を表します。
2017/10/05 私も静かに暮らしたくて、その為の努力を続けてきた気がします。周りは絶対に失敗すると言いましたが、好きや得意を活かす方法や、嫌いで苦手な事をやらなくて済む方法を考え続け、実行してきました。失敗も沢山しましたが、今ではとても心穏やかに暮らせています。静かに暮らすのも楽では有りません。
2017/10/04 うちの新人さんにどんな風に生きてみたいか聞いたら「静かに暮らしたい」と言いました。世間の多くが目立ちたい、有名に成りたい、贅沢をしたいと我武者羅ですが、煽られて我を忘れているだけに見えてしまいます。馬鹿騒ぎばかりの世の中では、静かに暮らすことが一番の贅沢かもしれないと思いました。
2017/10/03 売るものを考え設備投資し、材料を仕入れて作るのは、お金も手間も掛かり大変ですが、しなければものは出来ません。採用して教育するのもお金と手間が掛かりますが、しなければもっと大変になります。苦しくても先に投資しないと、何も始められないどころか、今やっている事さえ続けられなくなります。
2017/10/02 若い頃に克服出来ていた筈の苦手が、最近ぶり返してきました。生臭いものや酸っぱいものが、また食べられなくなりました。少しは耐えられた人混みも、我慢出来なくなりました。きっと、克服出来たと思い込みたかっただけなのです。多少の我慢は出来ても、嫌いなものは好きに成れないのかもしれません。
2017/09/29 ゲリラな人生を歩んできたことに、今さら気付きました。多数決で物事が決まる社会では、私の様な変人の意見は日の目を見ず、何時も息苦しく生きた心地がしません。そこで気持ち良く生きる為に、数少ない気の合う仲間と人知れず活動することに成ります。少数派には、ゲリラな戦い方が向いているのです。
2017/09/28 物心付いた時から競争が大嫌いで、勝敗の付くものからは距離を置いて来ました。ですから運動会は大嫌いで、勝つ事に拘らず負ける事は苦に成らず、臆病者と罵られても平気でした。それが何故なのか分からなかったのですが、他人の敗北の上に成り立つ自分の幸せに、疑問を感じていたからかもしれません。
2017/09/27 有触れたものを有触れた方法で売ったり、有触れたものを稀な方法で売ったり、稀なものを有触れた方法で売ったりと、商売のやり方にも様々有り、其々に長短が有るみたいです。私の様な知恵や金が無く引き籠りで競争の大嫌いな者にとっては、稀なものを稀な方法で売るしか生きる道は無いと思っています。
2017/09/26 若い頃は広く浅い関係で生きていましたが、今では狭く深い関係で生きています。様々な人達とお付き合いしてきたので、人を見る目を多少は養えたからかもしれませんが、本当に良い人達とお付き合い出来ており、とても楽しく穏やかで居られます。ですから、人生は人との出会いで決まると確信しています。
2017/09/25 周りに流され責任を他人に押し付けていれば、安心して無責任に生きて行ける筈なのに、ストレスは溜ります。自分の頭で考え行動し、全ての責任を自ら負えば、不安と責任に押し潰されそうになる事も有るけれど、意外とストレスは溜まりません。人生の手綱を握っていれば、ストレスは溜まり難いのですね。
2017/09/24 作るものが捻じれたり曲がったり歪んだりしていても、気付かない人が居ます。ですが、人の眼は左右に一つずつ付いているので、縦のものを横にしたり斜めにしたりすれば、見えていなかった狂いに気付くことが出来ます。そして一旦気付いてしまえば、気になって仕方なくなり、勝手に直し始めるものです。
2017/09/22 好きな事でも飽きるのは、其処から得るものが無くなったからではなく、其処から新しい何かを見出す能力が枯れたからです。其処に目新しい物が無いのではなく、ただ見つけられないだけなのです。即ち、それは自分に向いていない訳ですから、飽きるか飽きないかは向き不向きを測る指標になる気がします。
2017/09/21 赤ちゃんは何も教えなくても色々と挑戦して覚えていくのに、多くの人間は何時からか自発性を失います。学校が悪いのか、社会が悪いのか等と色々と考えてみましたが、同じ環境でも様々な人が居るので、きっと本人次第なのでしょう。そもそも皆が自発性を持っていたなら、何もまとまらない気がしました。
2017/09/20 向いていると思う様々な事に挑戦し、本命を絞り込み死に物狂いでやれば、大抵の事は出来ますが、何時までも死に物狂いでは死にます。それを避けるには、既存の仕事は後継者に贈り、自分はさらに高みを目指せばいいので、それが出来る現代の鍛冶屋の新しい仕組みを作り、伝統を繋げたいと思っています。
2017/09/18 遅ればせながら「のだめカンタービレ」を読んでいますが、示唆に富み、とても勉強に成ります。特に印象深いのは、教える側に教える為の理論が必要なのは当然として、教わる側にも教わる為の理論が必要な事がよく分かります。然るべき場所で然るべき人に教えを受ける事で、初めて夢は実現するのですね。
2017/09/17 小さな玄能作りでは一寸したミスが即お釈迦に繋がります。とても神経を使うため、普段にも増して心身共に整えておく必要が有るのに、価格は大きな玄能に比べて格段に安いのです。ですから、精神的にも辛い作業に成りますが、その繊細な作業は確実に自分を鍛え上げるので、楽しんでやる様にしています。
2017/09/16 教える事を最小限にして技術を盗ませる場合でも、盗まれる側が何も準備しなくていい訳では有りません。見る度にやり方が違ってはお手本に成りませんから、作業がぶれない様に理論を詰め、自分を鍛えて、何時でも緊張感を持って作業する必要が有ります。口で教えるより盗ませる方が大変かもしれません。
2017/09/15 水が100℃を超えると液体から気体に変わるのと同様に、鋼の温度が1℃適温から外れただけで、良い焼きは入りません。上達するにつれてこの温度調節は上手く成りますが、より良い物を作ろうとより微妙な調節を試みて失敗することはよくあります。この克服を続けるには、楽しむ以外にない気がします。
2017/09/14 影響力を及ぼせない事に不満を抱いたり、何とかしようと努力したりしても無駄です。だって、私の身長はもう伸びませんから。ですが、体重なら努力さえすれば調整出来るので、出来る事をやれば良いと思っています。人は変われると言っても、出来ない事は沢山有ります。因みに私、身長縮みました。(笑)
2017/09/13 自信をつける為に挑戦すると、出来ない自分が露わになり自信を失います。そこで奮起して挑戦を続けると、上には上が有る事が分かり益々自信を失います。ですが、自身が無いからと挑戦し続ける人は、周りから見たら溌剌として自信が有りそうに見えます。結局、自信なんてものは幻想なのかもしれません。
2017/09/12 他人に舐められない努力をしている人が居ることに驚きました。威圧的な態度を取ったり、矢鱈と大声でしゃべったりするみたいです。見ていて可笑しくなりますが、頑張っています。そんな暇が有ったなら、多くの知識や美しいものに触れて溌剌としていた方が、ずっと舐められない人生を送れる気がします。
2017/09/11 自信が有ると公言している人を見ると、おっちょこちょいだったりします。周りから見て自信満々に見える人も似た様なものです。では真に自信を持っている人とはどんな人なのでしょうか?あまりに気負い無く自然体で居るために、周りが気付かないどころか、本人自身も気付いていない様な人だと思います。
2017/09/10 やりたいから始める筈なのに、いつの間にか自信が有るとか無いとか言い始めます。私は自信の有無を動機にすることは無いので、そもそも自分にとって自信が必要なのかさえ分かりません。自信や自己肯定感が大切と言いますが、そんな言葉を意識しなければ、もっと楽に始めたり続けたり出来る気がします。
2017/09/08 情熱も才能も有るのに、それを活かせず空回りしている人が居ます。活かしてくれる人は居る筈なのに、巡り合えません。きっと、支援者は目を光らせて此方を品定めしているのでしょうが、此方からはそれに気付けません。見えない支援者から声を掛けてもらうためには、大それた準備と覚悟が必要でしょう。
2017/09/07 天才は有る部分が突出する代わりに何かが欠けているので、欠けた部分のみが目立てば変人と呼ばれます。一般人は天才の突出した部分を理解出来ないため、欠けた部分のみを見て変人と呼び、代わりに誰もが理解出来る程度の一寸だけ優秀な人を尊重します。その結果、多くの天才児が病気扱いされています。
2017/09/06 興味有る分野で誰もが認める変人が居たなら、是非会ってみるべきです。変人と呼ばれる人の中には真に変な人も居るけれど、他人の理解の及ばない高度な領域で活躍している人も少なくありません。私の師匠は地元で変人扱いされていましたが、全く気にせず、他人の理解を越えた仕事を熟し続けてきました。
2017/09/05 技能は教えるものではなくて盗むものだとか、丁寧に教えなくてはいけないだとか様々言われますが、教えられた人は教えられないと出来なくなり、盗んだ人は自分で考えて行動出来る様に成るだけです。また、早く覚えさせるには教えた方が良いし、後々大きく飛躍させたいのなら教えなければいいだけです。
2017/09/04 他人を批判したくなった時に、もしかしたら自分が無知なだけかもしれないと思えば、冷静になれます。自分がいわれのない批判を受けた時に、相手に悪意が有るのではなく、良く知らないだけだと思えば、気も楽になります。実際にそうである場合が多いのに、有りもしない事に怒ったり怯えたりするのです。
2017/09/03 頭の良い人の思考は、興味の対象に対し離れたり近づいたり、広げたり閉じたりと振り巾が大きく、且つ速度もとても速い気がします。運動神経の良い人と同様に、自由に思考筋肉を繰れる人なのでしょう。ならば頭を良くするには、何を学ぶかよりも、如何に学ぶべきかを先ずは訓練する必要が有りそうです。
2017/09/02 出来ない時に一旦やめて放っておくと、再開した時に出来る様になっていたりします。やらない間に思考が再構築されるからでしょうが、再構築には知識の引き出しの多い方が有利です。ならば、出来るだけ多岐に渡る経験を積んだほうが良いはずなので、副業を始める事が本業を強化することに成るはずです。
2017/09/01 バイク競技をしていた若い頃のことです。小さな岩を乗り越えるにもとても多くの学びが必要だと言ったら、そんなちっぽけな事は止めて全国を旅して学べと言われました。目の前に有るちっぽけなものからでも充分に深く学べるというのに、なぜ人は遠い所に学びを求めるのでしょうか?勿体ないと思います。
2017/08/31 子供の頃、もの作りや魚釣りと言った根気と集中力を必要とする行為の虜に成りました。ですが、大人は子供に周りと同じ事をさせることで、違った種類の根気と集中力を訓練します。前者は感性を研ぎ澄ます方向に、後者は感性を鈍麻する方向に向わせますが、不思議と後者に向いた人の方が褒められました。
2017/08/30 出来ない人に向って恫喝やしごきをするのは、何故なのでしょうか?しごきによる訓練は、良い意味で忍耐強くなるのではなく、元々鈍いか、徐々に鈍くなり最後まで耐えられた人だけが上達する仕組みに思えて成りません。北風と太陽の様な良い寓話が有るのに、恫喝やしごきが無くならないのが不思議です。
2017/08/29 生半可に出来た時に、うっかり満足してしまう事が有りますが、予防は簡単です。先ずは自分が思う最高を目指します。成長して目が肥えて来れば、自覚できる最高は更新されるはずなので、次にはそれを目指します。これを繰り返すことで簡単には満足できなくなり、何より、誰とも競争せずに上達できます。
2017/08/28 うっかりしていると、いつの間にか競争させられています。競争は人を夢中にさせますが、それって本当に自分のやりたいことなのでしょうか?与えられたルールに則り生きていれば、皆と同じで安心できますが、自分にとって本当に大切な事を考える機会も、やる切掛けも失う事に成るので、競争は嫌いです。
2017/08/27 急ぐことが苦手です。早めに準備を始めて、タップリと時間を掛けてやらないと気が済みません。毎日少しだけでも関わり、一寸ずつ変えてみる事を繰り返すのです。急かされてやるよりも、そのやり方の方が、結局は早く出来る事さえ有ります。この140文字のコラムも、そんな気持ちで毎日続けています。
2017/08/26 知識や技能を深める際には、その道の達人に師事するべきです。たとえ今は理解出来そうになくても、自分の遥か上を行く人の考えに触れることで、世界は大きく変わって見え始めます。ですが多くの場合は、自分が理解出来る程度の一寸だけ上手い人に師事して、少し上手く成っただけで満足してしまいます。
2017/08/24 人を雇い時間に余裕が出来たので、考えたことの無かった事を考え始めました。ものの見え方がまるで変り、今迄と同じでは居られません。人を雇わなければ絶対に有り得なかった現象ですが、新たな進化の予感に胸が高鳴ります。分かったつもりでいても、やらない限りは絶対に気付けない事は沢山有ります。
2017/08/23 伝統工芸品の業界は、今迄のやり方では先が見えています。たとえ新しい方法で宣伝しても、直ぐに真似され目立たなくなります。最近ではマスコミ利用の宣伝が持て囃されましたが、既に飽きられたようです。他人を雇い育てられる様な永続的な組織にするには、新しい職業を作るくらいの気持ちが必要です。
2017/08/22 20年程前に通販サイトを立ち上げ、作ったものを売ってみたことが有ります。当時はネットで販売する人が少なかったせいも有り、随分と売れたものです。ですが、やり始めて直ぐに面倒臭くなり、止めてしまいました。やっていて楽しくないのです。その後は作ることに専念していますが、飽きないですね。
2017/08/21 子供の頃から体毛が濃いとかチビだとかと馬鹿にされてきましたが、全然気になりませんでした。だって仕方ないじゃない。そもそも、そんなどうでも良いことに不満を抱えて悩むのは、時間が勿体ないです。自分のやりたいことに情熱を傾け、それにエネルギーを使った方が、絶対に得で幸せじゃないですか。
2017/08/20 年を取り記憶力が落ちるのは、これ以上覚えなくていいし、もう忘れても良いよという神の思し召しです。体力が落ちて出来ない事が増えるのも、もうやらなくても良いよという思し召しです。分からない事や出来ない事は、他人にお願いすればいいだけです。そしてお願いされた人が、自然に育っていきます。
2017/08/19 職人にこだわりは大切と言われますが、年を取り益々こだわりが強くなり頑固になっていく人を見ると、背筋が冷たくなります。こだわりは多いと、それに縛られ身動きが取れません。こだわりはどんどん捨てて、それでも残ってしまうほんの少しのこだわりだけを大切にすれば、軽やかに生きて行けそうです。
2017/08/18 新人さんは時々失敗もするけれど、素直に謝り改善する姿勢を見せるので安心です。始業前に説明すれば、放っておいても自分で動いてくれるので安心です。何よりも、毎日楽しそうに仕事をしてくれるのが一番の安心です。炊事洗濯掃除も上手いので安心ですが、お蔭で結婚する様子が全く無いのが心配です。
2017/08/17 伝統工芸品の様に名品をめざし精進する仕事も面白いですが、過去に無かったものを新たに作り出すことにも興味が有ります。一寸見ただけでは、何に使うのかさえ分からない様なものです。商品開発や売り方も過去に無かったやり方で、趣味なのか仕事なのかさえ分からない事をやってみたい気がしています。
2017/08/16 受け入れ難く感じた時には、単なる自分の無知を疑うことも必要です。もの作りでは意外な結果になることも多く、それを受け入れずに前に進むことは出来ませんが、私生活では受け入れ難い事を拒否しがちです。もしかしたら自分が無知なだけかもしれないと思えたなら、それだけで大きな進歩だと思います。
2017/08/15 出来そうに見せている人ほど自信の無い事を知っています。ことさらに派手な事をして目立ちたがる人程とても小心な事を知っています。本当に出来る人は出来そうに見せません。あまりにも軽やかすぎて、目立ちもしません。出来そうに見えたり目立ったりする人が凄い人だと考えるのは、幻想にすぎません。
2017/08/14 流れる様に手際よく事は進められます。全ての動作が意味を持ち、過不足が有りません。あまりにも自然に行われるので、殆どの人はその凄さに気付きません。左様に、能力が上がる程にその実力は気付かれ難く、評価も得難いので、自問自答出来る人でないと、その道を究めることは難しいのかもしれません。
2017/08/13 多くの人の協力の下に子供は生まれ、保育園や幼稚園、そして様々な学校教育を経て成長して行きます。もしもそれを一人でやろうとすれば、膨大な能力と労力が必要になります。もの作りも同様に、得意を持ち寄りチームを組んでやれば、より良い物をより効率的に作り出し、お客様にお届けできるはずです。
2017/08/12 世の中の殆どの事はままならないと知りながら、急に降り出す雨に舌打ちしたくなったりします。ですが、雨が降ったら素直に傘をさせばいいし、たまには雨に濡れる事で、新たな発見をするかもしれません。ままならない事を嘆くより、軽やかにかわし、其れさえ楽しめる様になれたらいいなと思っています。
2017/08/10 好きで得意を見つけることが、豊かな人生を送るために大切です。その為に様々な事に挑戦し、好きや得意になりそうもない事は、出来るだけ早く見切りを付けたいものです。大切なのは、諦めるのではなく見切りを付けるという事。広い視野を持っていれば、軽やかに見切りを付けて次の挑戦に向えそうです。
2017/08/09 やりたい事が分からない人は、何時から分からなくなったのでしょう?子供の頃なら、大人達に咎められようと校則で禁止されていようと、やりたいことをやっていた筈です。私は子供のままジジイになり、相変わらずやりたいことだらけなので、やりたい事が分からないと言うこと自体が、全く分かりません。
2017/08/08 同じことをするにも、我慢して嫌々する人と軽やかにする人とでは、人生の密度が大きく異なります。即ち同じ寿命であっても、軽やかに生きる人は、そうでない人の何倍も長生きしていることに成ります。ですから、長生きの為に何かを我慢したりせずに、やりたいことは軽やかにやっていきたいと思います。
2017/08/07 非難したくなったり、目をそらして逃げ出したくなったりする様な状況でも、さらりと前向きに対応してしまう人が居ます。あまりにも何事も無かったかのように対処するので、問題が起きている事にさえ、周りの人は気付かなかったりします。きっとそういった人達が、達人と呼ばれるようになるのでしょう。
2017/08/06 性格は自発的な行動よりも、反応的な行動によく現れると思います。目の前で起きていること自体は良くも悪くもなく、ただの現象に過ぎないのに、人はそれに自分の性格を反映した理由付けをして反応します。下衆の勘繰りなどするつもりはなくても、反応は如実にそれを表してしまうので、おっかないです。
2017/08/05 相手のミスを攻め立てる人がいますが、そんな風にして人を辱める行為に、何の疑問も持たないのが不思議です。大人達が恐怖で人を動かす行為を、子供たちは日常的に目にしているので、いじめが無くならないのは当然です。相手に恐怖を与えること自体が悪事であることを、大人達は自覚するべきでしょう。
2017/08/04 鍛冶仕事では、加齢に伴う身体の衰えを受け入れることで、より洗練された動きへの移行が可能になります。衰えを筋力増強で補うのではなく、身に付けた技能をより楽に正確に活かせるように、やり方自体を進化させ続けるのです。年を取るほどに、足す事より活かすことが大切になってくる気がしています。
2017/08/03 玄能鍛冶になる前は「早くしろ、頑張れ、ペースを上げろ」と周りから責められました。玄能鍛冶を目指してからは「焦るな、無理するな、ペースを保て」と指導されています。どちらが正しいとか間違っているとかを言いたいのではなくて、様々な生き方や考え方が有る事を分かってもらいたいだけなのです。
2017/08/02 巧遅は拙速に如かずという言葉が大嫌いですが、良い物を作るために際限なく時間を掛けるのも馬鹿げています。与えられた制限時間内で最善を尽くすことが大切で、それを繰り返すことで、自然と早く出来る様になります。その制限時間も、他人に決められるのでなく、自分で決めることが大切だと思います。
2017/08/01 腰痛でダウンしていた新人さんが出勤してきました。そうならない様に予防法をアドバイスしていましたが、真に受けていなかったようです。ですがようやく今になり、予防の必要性を感じているみたいです。なってみて初めて分かる事は沢山有るので、予防の習慣を付ける良いチャンスだと言ってやりました。
2017/07/31 未熟者は独学では上達できません。上達の仕方が分からないからです。自分の上達に何が必要で、何をなすべきか判断する場合でさえ、たとえ自分を客観視できても、客観視している自分が未熟者であるが故に、正しい判断は出来ないはずです。そもそも上達の仕方が分かっていたら、独学などしないでしょう。
2017/07/30 鍛冶職人と鍛冶屋の違いは、前者は目先の要望に沿った任務の遂行を求められ、後者は持てる資源を活かし世の中に貢献する、広い視野と洞察力を求められることです。言わば前者は従業員としての資質であり、後者は経営者としての資質ですが、千代鶴是秀さんや長谷川幸三郎さんは、後者だったと思います。
2017/07/29 人を雇って世界が違って見えてきました。まずは此方の行動に対する反応を確認でき、自分を客観視できます。させていることは客観視できるので、作業内容を改善出来ます。一人ぼっちじゃなくなり、寂しくなくなります。力仕事は任せてしまいます。何より、守りを攻めに転ずる希望と勇気が湧いてきます。
2017/07/28 うちの新人さんは、私の玄能を見本に作業をしていますから、傍目には大変そうに見えます。ですが、彼は私の玄能以外をよく見たことがないので、見本通りに作ろうと黙々と作業します。そして面白い事に、なんとなく出来てしまうから不思議です。余計な知識がないが故に、素直に仕事が出来るのでしょう。
2017/07/27 意識しているかどうかに関わらず、考えている時間と深さに比例して、上達速度は変わってきます。ですから、考えるのも嫌で忘れてしまいたいことは、上達するはずが有りませんが、簡単に出来てしまい軽く考えてしまうことも上達しません。出来たつもりで深く取り組もうとしないから、上達しないのです。
2017/07/26 どんなに喧嘩別れしそうな時でも、別れると決まったら、笑顔で別れたいものです。例えば、前職を止める時には腸が煮えくり返るようでしたが、笑顔で退社したお蔭で、今でもお付き合いが出来ます。一方的に仕事を中断された協力工場さんとも、笑顔で別れたお蔭で、再びの御縁でお付き合い出来そうです。
2017/07/25 ある分野で抜きん出るには、芽が出そうもない分野を早く見切る必要が有ります。ですが、芽が出そうかどうかはある程度やらないと分からないので、早く見切り過ぎるのも問題です。ですから、やる前に期限を切ってから始め、期限が来た時点で、楽しく続けられそうだったら、続ければいいと思っています。
2017/07/24 子供の頃から文章や絵が下手で、練習しましたが上手く成りませんでした。ですが状況が変わり、ワープロやCAD(コンピュータによる設計支援ツール)が誰でも使える時代に成り、私もそれらを使い、のびのびと文章や絵をかくことが出来ています。やり方を一寸変えるだけで、出来る事ってありますよね。
2017/07/23 職人の暗黙知を言葉や文章に出来るのかと問われれば、誰もが直ぐに理解出来る表現は出来ないと思っています。ですが、技術的な面だけでなく、それが生み出される背景を分かりやすい言葉で表現し続けることで、相手の理解を促すことは出来ると思っています。ですから、私は毎日発信し続けているのです。
2017/07/22 玄能は良く効くという効率を先ずは求められ、それを追い求めていくと姿形も良くなり、人はつい手を伸ばしてしまいます。対照的に、世の中には何の役に立つのかさえ全く想像できないものも多く、つい手を伸ばしてしまうけれど、その理由さえ分からない物で溢れています。ハンドスピナーは正にそれです。
2017/07/21 ヒツ穴の小さな玄能は良く効きますが、精度高く明いてないと、挿げた木柄に負担が掛かり折れやすくなります。ですが、精度高く明けることは難しいため、大きなヒツ穴の玄能が出回ることに成り、そこに挿げられる木柄は太く折れにくいので、使いやすいと評判になったりしますが、あまり効かないのです。
2017/07/20 人生をコントロール出来ている人は、時に迷走しても、間違いなくコントロールを取り戻します。鍛冶仕事も同様に、良い品物を作ろうと一寸工夫しただけで、自分が何をやっているのか解らなくなり、迷子になってしまう事が有ります。ですが、自分の中に軸を持っていれば、何時でも帰ってこられるのです。
2017/07/19 うちの新人さんは毎日一生懸命に玄能を作りますが、出来上がると私に捨てられてしまいます。来る日も来る日も捨てられてしまいます。結構堪えているとは思いますが、本人はいたって元気です。きっと、自分がどんどんと上達している事を感じ取り、もっと良い物を作り出せる自信が付いてきたのでしょう。
2017/07/18 玄人の目と素人の目を併せ持てれば成功間違いなしと、境目研究家の安田佳生氏は言います。古武術研究家の甲野善紀氏は、武術以外のスポーツや介護、演劇などの分野でも多くの成果を出しています。ならば、玄人の目を持った上で、活躍の場を少しずらせば、素人の目が手に入るかもしれないと思いました。
2017/07/17 鍛冶屋は簡単な道具立てで結構何でも作ってしまいます。金床と槌と箸と火床を使い火造り、ヤスリで成形し焼入れすれば玄能は出来ます。その他の金属製品でも、鋸と錐とタガネを追加すれば、大抵のものは出来てしまいます。以前作った折り畳みスコップだって、これっぽっちの道具立てで試作したのです。
2017/07/16 職人が従来のビジネスモデルで仕事を続けても、商品開発や後継者育成に経費を掛けられず衰退は明白です。ビジネスモデルを変更するにしても、既存のやり方に拘っていたら、大きな進歩は見られないでしょう。ですから、安田佳生氏の提唱する「本郷猛を鍛えてはいけない」がヒントになると思っています。
2017/07/15 無くてはならないと信じていても、手放したら何てことなかったという事が殆どです。苦労して手に入れたものなら尚の事、手放すことなど考えないでしょうが、手放して初めて其れに縛られて次に進めなかった事に気付きます。ですから、やらなかったり止めたりすることは、悪い事ではない気がしています。
2017/07/14 人は自由を求めて多くを手に入れ、手に入れた物に縛られ自由を失って行きます。ゴルフクラブが有るからと行きたくもないゴルフに行ってみたり、バイクが有るからと仕方なくツーリングに行ってみたり、人は持っているものに支配され無駄な時間を費やします。手放すだけで自由が手に入ることも知らずに。
2017/07/13 やると宣言することで協力者を集められますが、やらないと宣言することでも、協力者は得られるみたいです。多くの人が流されてやってしまう仕様もない事をやらない覚悟をすると、やらない事を責める多くの凡人がいる一方、やらない姿に感心した数少ない賢明な人は、思わず手を貸したくなるみたいです。
2017/07/12 自分の事はよく見えていません。客観視すればよいといっても、所詮は自分の頭で考えているので、正しく見えません。ですから素直に諦めて、自分の事は信頼できる他人に聞いてみましょう。悪い事を言われるのではないかと心配でしょうが、覚悟を決めて聞いてみれば、意外な発見に心はときめくはずです。
2017/07/11 新しい事を始める為に多くを捨ててきましたが、捨てた筈のものが手元に帰ってきました。捨てた当時は価値を感じなくなり捨てた訳ですが、心の片隅に引っ掛っていた様です。左様に、たとえ捨てても本当に必要なものなら帰ってくることが分かったので、これからはもっと気楽に捨てることが出来そうです。
2017/07/10 大したことの無い物でも、良さそうに見せることで商売を有利に出来ますが、化けの皮を剥がさない為に、どれ程のエネルギーが必要でしょうか。ならば、本当に良い物を提供することにそのエネルギーを使った方が効果的に感じます。偉くないのに偉そうにしている人を見て、そんな事を感じてしまいました。
2017/07/09 他人の為という義務感は、何時か辛くなってしまう気がします。純粋に自分の喜びを求めるパワーこそ最強だと思っています。ただやってみたいからやるという行為が、結果として誰かの喜びになれば良い気がしています。自己満足と分かっていても、そんな気持ちでないと、良い玄能は出来そうにありません。
2017/07/08 切掛けはワクワクでいいけれど、それが無いと続けられないならば、それは貴方に向いていません。長く続けることでしか成果を出せないものである程、淡々と出来ることが貴方に向いています。ワクワクはないけれど、つい考えてしまう事や、何故かやりたくなってしまう事が、貴方に向いている気がします。
2017/07/07 理解出来ない事は受け入れ難いのです。嫌いな事なら尚の事、目の前で起きている事すら見え難いのです。ですが大好きな事なら無条件に受け入れてしまい、他人の気にしない些細な事にすら気付き、理解しようと勝手に脳は働きます。これだけ違いは明確なのに、何故人は嫌いな事を我慢してやるのでしょう。
2017/07/06 貴方よりも遥かに凄い人を、今の貴方のレベルでは見分けられません。貴方が直接会って凄いと思える人は、貴方のレベルでも理解可能な、貴方よりも一寸だけ凄い人です。ですが「良く分からないけど、この人凄いな」と思った時には注意が必要です。貴方が思っている以上に、その人は凄いかもしれません。
2017/07/05 伝承さえ覚束ないのに、革新を起こすと言っている人が居ます。天才なら可能かもしれませんが、凡人なら先ずは勉強することです。そもそも、誰よりも小さな努力を積み重ねられる人こそ天才であり、結果として起こることが革新だと思っています。師匠は何はともあれ玄能を徹底的に勉強しろと言いました。
2017/07/04 気を抜いたつもりはないのに失敗することが有ります。通常とほんの少しずれただけなので、深く考えずにやり直すだけで上手く出来てしまう程度の失敗です。ですが、何が少しずれたのかを探ることで意外な発見が有り、それが強力な武器になる事が有ります。小さな失敗でも素通りしない事が大切なのです。
2017/07/03 鍛冶仕事で起こる金属組織変化は、直接的には見えず、聞こえず、匂いも有りませんが、何かが起きている気配は確実に感じ取れます。ですが既知の情報で、こう有るはずだ、こう有るべきだと決め付けてしまうと、いきなり感覚は鈍ります。上達して知識が増える程、それに囚われる危険に注意するべきです。
2017/07/02 頑張ることが嫌いなので、嫌いな事を我慢してやっている人を見ると、気の毒でなりません。悪い事にそういう人ほど、それを他人に押し付けます。もしもその人が頑張らずに楽しく出来る事をやっていたら、どれ程人生が豊かになるかも考えずに。頑張れを押し付ける人には、肩の力を抜いて頂きたいのです。
2017/07/01 過去の工人の良く出来た物を見ると、自分は死ぬまで無理かな?なんて思ってしまいます。謙遜ではなく、やるほどに自分の至らなさを痛感します。上達には良く出来た物を見続ける必要が有りますが、目が肥えはじめると自信より落胆が多くなりますから、其れすら楽しめる人しか、上達出来ないのでしょう。
2017/06/30 身体は丈夫な方では有りません。朝起きると節々が痛み、仕事できるかな?なんて思うこともしばしばです。ですが柔軟体操をして、顔を洗い、朝ご飯を食べ終わる頃には、不思議と元気が湧いてきて、いつも通りに仕事が出来てしまいます。ですから「案ずるより産むが易し」を毎日の様に経験出来ています。
2017/06/29 同じものを見ていても、ある日突然に違って見えてくることが有ります。分かっているつもりが、実は全然気づいていなかった事に愕然とします。翻って、世の中には自信満々な人が沢山居て、見ていると羨ましくなりますが、どの様な心理状態なのでしょうか?とても聞きにくいので、未だ分からず終いです。
2017/06/28 一人で考えたり出来たりする事には限りが有るので、成長するには人との出会いが欠かせませんが、多くの人と同時にお付き合いするのは、コミュ障の私にとっては辛いのです。昔話のわらしべ長者の様に、一人とのご縁を大切にすることで、次々と新たなご縁を頂き、少しずつ成長して行くのが私の理想です。
2017/06/27 他人の困りごとを引き受けている私を見て、貧乏くじを引いていると馬鹿にする人も居ますが、引き受け手の居ない事をやることで、他人に出来ない経験が出来、誰にも出来ない事が出来るようになります。誰もが引き受けるような事は誰がやっても同じですから、自分以外の誰かにやってもらえば良いのです。
2017/06/25 有名に成ればすべて解決、みたいな風潮が有ります。ですが、かなり出来る人でも、目利きの眼に晒されれば、至らなさは明白です。私は実力と評判が同調していくのが丁度良いと思っているので、存外な注目を浴びずに細く長く生きたいと思っています。ですが、一寸位は気にして貰いたいとも思っています。
2017/06/24 師匠は金床を焼入れする際に、金箸を使い片手でヒョイと持ち上げたそうです。20kgは有ろう金床ですから信じられないようですが、真実です。現代人は便利な道具に慣れてしまい、自分の潜在能力を過小評価している嫌いが有ります。過去の工人の作った作品を見るにつけ、現代人の劣化を強く感じます。
2017/06/23 苦労して創り上げた商品も、良さそうならば真似されます。たとえ知的財産権が有ろうと、それを侵害しないように知恵を巡らすか、無視するかして真似されてしまいます。ですが、他人がどんなにお金や時間を掛けても出来ない物なら、真似されることはありません。真似されない物をずっと考えていました。
2017/06/22 若い頃から頼まれ事の多い私ですが、気楽に引き受けておいて良かったと思っています。どんなにやりたくない事でも、35歳までと決めて引き受けていましたが、やると決めれば気持ちも楽になり、結構出来てしまいました。こうやって文章を書けるのも、原稿の依頼を多く引き受けて来たからだと思います。
2017/06/21 「相田」は名簿の最初に載り易く、子供の頃から頻繁に役どころが回ってきました。引き受けたつもりもないのに、いつの間にか役が付いていて、断り難いので引き受けると、慣れているだろうからと次年度も頼まれます。だから結構面倒でしたが、お蔭で色々と経験できたので「相田」で良かったと思います。
2017/06/20 自信がないと始められないというけれど、そう思っているだけではないの?出来ない事が出来る様に成るのは楽しいので、私ならば自信が無くても興味が有れば始めてしまいます。小さな子供は自信など無くても何でもやっている筈です。出来ないという状態を楽しむつもりなら、自信などいらない気がします。
2017/06/19 上達するには最高を見続けることが大切です。最高を見れば人間が其処まで出来る事に驚き、自分の中にもその可能性を見出すことが出来ます。そして不思議な事に、見ただけである程度上達することさえあります。師匠に取って置きの玄能を見せられた時から、私の作る玄能はすっかり変わってしまいました。
2017/06/18 出来ないかもしれないと迷っている時には出来ず、他人の出来ている姿を見て自分にも出来るかもしれないと信じた時から、特別な訓練をすることもなく出来る様に成る事が有ります。私もこの様な身体の不思議さを体験したことが有るので、出来ている状態を見せることが如何に重要であるかよく分かります。
2017/06/17 師匠の指導は、最初の頃には私に足りないものを教える事で補い、途中からは質問を繰り返すことで、私の内にあるものを引き出す様に変わっていきました。お蔭で自ら課題を見つけ、仮説を立て検証するという習慣が身に付きましたが、師匠は鍛冶の名人であるだけでなく、指導者としても名人だった訳です。
2017/06/16 出来た物を見せると「あんたはどう思っているのか」と師匠は尋ねます。「上手く出来たと思いますが、この部分に課題が残ります」と私は答えます。「では其処を直してきなさい」と師匠は言います。ただこれだけです。これをひたすら繰り返すだけなのです。師匠は具体的な答えを教えてくれませんでした。
2017/06/15 人を雇うと決めた時の一番の壁は、他人の人生を背負う恐怖心でした。給料を払えるのか、雇用主として正しく振る舞えるのか心配でした。その為、初心者にも直ぐに出来て売り上げに繋がる仕組みを作り、他人に優しくなる為の訓練をしました。そしてそれを情報発信しながら、恐怖心を克服していきました。
2017/06/14 同じ物を作り続けても上手くは成りますが、限界が有ります。出来た事にしがみ付かずに次に送ることで、より進化は加速すると思っています。ではどうしたら良いのか?人を育て、その人に自分の仕事を送り、自分はもっと高度な事に挑戦すればいいだけです。ですから私は、人を雇うしかありませんでした。
2017/06/13 大好きな鍛冶仕事はあまり儲からないので、鍛冶仕事ではない稼げる仕事も一緒にやっています。本末転倒に思われるでしょうが、そもそも大きな家や高級車が欲しいと考えて金儲けをすることだって、変りありません。家や車は価値が減るだけですが、鍛冶仕事ならば楽しみながら稼げるので、よりお得です。
2017/06/12 道具には、今の技量でも出来る様にしてくれる便利そうな道具と、使いこなすには訓練が必要な一寸不便そうな道具が有ります。便利すぎる道具を使ってしまうと、それで出来たという満足感から、それ以上の上達を目指さなくなる場合が有ります。ですから、どちらに手を出すかで、未来が変わったりします。
2017/06/11 魚釣りをする時は、身体に力が入っていると竿の操作もアタリ取ることも上手く出来ません。水面や糸の動きを見ようと目を凝らすだけでも、身体に力が入ってしまいますが、力を抜くだけで広範囲がよく見えます。鍛え上げると言うと、何かを強化する印象が有りますが、弱くさせる方が大切な事も有ります。
2017/06/10 自らの行為自体にのみ喜びを感じて結果に無頓着な人も、行為によりもたらされる結果にのみ執着して行為自体には何の喜びも期待しない人も、どちらも勿体ないと思います。期待する結果を想定しつつ行為自体を楽しめれば、充実した楽しい人生になると思っているので、それが出来ている人に憧れています。
2017/06/09 やりたい事をする時は、自信が有るからでもなく、ワクワクするからでもなく、自然と始めてしまいます。多くの人達が自信とかワクワクを意識しすぎて、始める為の敷居を高くしている気がします。一歩踏み出すまでも無く、一寸手をさし延ばすくらいの意識で始めてしまえば、何でも始められる気がします。
2017/06/08 私はとても幸運でした。始めるのに16歳でも遅すぎると言われる鍛冶の世界に、周りの反対を押し切り30代半ばで入門し、大方の予想を裏切り短期間で活躍出来るようになりました。上手くいく確率は極めて低かった筈ですが、何故か出来るつもりでいました。今考えると気が狂っていたとしか思えません。
2017/06/07 好奇心が旺盛で面白そうな事が有るとやらずにはいられませんが、同じように面白そうなら、難しそうな方を選んでしまいます。例えば玄能に銘を入れる方法で、刻印を打つのかタガネで切るのかを選ぶなら、タガネを選択します。字が下手くそな私は本当に苦労することに成りましたが、それが面白いのです。
2017/06/06 悪気のある人は、注意を払えば身を守れるし、指摘することで少しは反省を促せます。悪気を悪気とも思わないサディストは、慣れてしまえば身を守れるし、距離を置けばいいだけです。悪気の全く無い人は、油断していると心の隙間に忍び込み、心をズタズタにした上に、注意しても同じことを繰り返します。
2017/06/05 師匠は答えを教えることなく次々と問い掛ける事で、私の中から答えを導き出してくれました。魚を与えるでもなく釣り方を教えるでもなく、生き抜く方法を自ら考えられるように仕向けてくれたのです。早く自立出来る様に配慮してくれたのだと思いますが、素晴らしい指導方法だと改めて感心させられます。
2017/06/04 心に芽生える怒りや悪意に対し、若い頃は我慢して抑えていましたが、時には爆発しました。ところが私の知人には、心が折れそうな精神的緊張ですら、そう感じない強い心を持っている人が居ます。そもそも我慢したり抑えたりするのではなく、怒りや悪意を生むことの無い寛容の精神を持っている人達です。
2017/06/03 仕事を楽しめる人は、出来合いの公式に数字を当てはめて答えを出すような仕事の進め方ではなく、仕事に合った最適な公式をその場で作り、それを活用しながら仕事を進められる人の様な気がします。魚の釣り方を聞きながら釣るより、魚の釣り方を自分で考えながら釣りが出来た方が、絶対に楽しいでしょ。
2017/06/02 弟子の育成は相談しながら進めています。相手は今迄に多くの優秀な鍛冶屋や道具の使用者と接し、比類なき多くの洗練された知識を持つ人で、私の性格や事情を良く理解し、的確な提案をくれます。左様にものを売るだけでなく、人を育てる面倒まで見てくれる人が居たお蔭で、鍛冶屋は成り立ってきました。
2017/06/01 師匠に弟子入りするのに「正当なもの作りに徹すること」を条件にされました。但し詳しい説明は無く、師匠が亡くなるまで答えは教えてもらえませんでした。ですが分かっていました。自分にとっての「正当なもの作り」を考え続けることが、自分の中にぶれない軸を作ると教えてくれていたのだと思います。
2017/05/30 方程式が嫌いでした。数字を入れれば誰でも簡単に答えが出せてしまうからで、何故そうなるのか知りたかった私に、それを知る時間は与えられませんでした。鍛冶仕事が大好きです。やればやる程に疑問がわいてきて、上手く成る為にいくら時間を掛けても足りませんが、時間はたっぷりと与えられています。
2017/05/29 若い頃は激しい怒りを覚える事も度々有りましたが、対処法を探ることでそれも克服出来、今では怒ることも少なく、とても穏やかに生きています。怒りは自己のコントロールを失わせ人生を狂わすだけだと教えてくれたのは、スターウォーズ帝国の逆襲のヨーダです。結構何からでも学べるものですね。(笑)
2017/05/28 目の前に有り、私には明らかに見えているのに、周りの人には全く見えていないものが有ります。ですから、周りの人には見えているのに、私には全く見えていないものが有る事を良く分かっています。百聞は一見にしかずと言いますが、とても多くのものはすぐ目の前に有っても、まるで見えていないのです。
2017/05/26 私の玄能は店頭に並ぶと一瞬で無くなると言われますが、一人で此処まで辿り着けた訳では有りません。鍛冶仕事は書籍や公的機関で知識を得ることが出来ないため、師事できる人との出会いが肝心です。販売も専門知識が必要なので、正当な販売店との出会いも必須です。私は奇跡的に、全てに恵まれました。
2017/05/25 後継者も無く従業員も雇うつもりのない事業所が多い中、後継者が入ったと連絡を受けて行ってみたら、現場に入る気が無いボンボンだった、なんて経験をずっとしてきましたが、ようやく最近になり、現場でバリバリやる気のある後継者が出始めています。のんびりしていた人達も、慌てだすかもしれません。
2017/05/24 自分の様な正直者が馬鹿を見る世の中は間違っていると言い続けている人に、簡単なお願い事をしてみたところ、得にも成らない事はしたくないと断られてしまいました。なんて正直な人なのだろうと思いましたが、得る事だけでなく与える事も考えなくては、年齢を重ねる程に、益々馬鹿を見続けるでしょう。
2017/05/23 合理化省力化できるところはそれを進め、掛けるべき所により手を掛ける様に仕事をしていると言ったら、鍛冶屋としてぶれていると言われました。その人が言うには、昔ながらの方法で全ての工程に手を掛けてこそ鍛冶屋だというのですが、砂鉄から鉄を作れとでもいうのでしょうか?謎に満ちた批判ですね。
2017/05/22 単なる大工道具を美術品に昇華させた千代鶴是秀さんや、単なる玄能を大工道具の花形に昇格させた長谷川幸三郎さんは、其れまで誰も考えなかった方向に鍛冶仕事を進化させました。今では割の合わなくなった鍛冶仕事を、今後も健全に進化できる形に再構築するため、私も新しい事に挑戦したいと思います。
2017/05/21 やりたくない事はやらないと公言している私ですら、誘われたり頼まれたりして、今迄に沢山の事をやって来ました。色々やるから色々出来る様になり、また出来るから、色々と頼まれます。頼まれた事をやるだけで、新たな事に挑戦でき能力は磨かれますから、こんなチャンスを逃す手はないと思っています。
2017/05/20 頼まれ事を引き受ける人とそうでない人では、生涯でどの程度の能力差が開くでしょう?20代ではそれ程の差がなくても、30代では大きな差が開き、40代では絶望的な差となり、50代では同じ人間とは思えない程の差となるでしょう。頼まれたら自分の為と思い、一寸位は引き受けた方が良さそうです。
2017/05/18 私は自分で売り込みません。進んで売り込んでくれる人が居るからです。当然ですが、売り易いものを作る努力もするし、手間賃も払います。本日も若衆の作った出来たての新製品を持って、売り込みに出かけてくれました。問屋さんや小売屋さんは、固定費の掛からない大切なスタッフさんだと思っています。
2017/05/17 自分だけでやっていたら、進歩は自分一人分でお仕舞ですが、自分が出来る様になったらそれを後進に譲り、自分は新たな段階に進むことで、渡す側も渡される側も高次に取り組めるようになります。そしてそれを数代繰り返せば、途轍もなく進歩できる筈ですから、なにはともあれ、後進の育成が不可欠です。
2017/05/16 師匠にはメモを取ることを禁止されました。余計な事をせずに相手の話に集中しろというのです。集中して話を聞くようになったお蔭で、メモしなくても師匠の話はよく覚えています。同様に、義務感に駆られてやっていた何かを止めるだけで、出来ないと思っていた何かが出来る様になる事は多いと思います。
2017/05/15 釣り堀で矢鱈と釣れてしまうことが有りますが、大抵の場合は「釣っている」ではなくて「釣れちゃった」事が多いです。鍛冶仕事でもなんとなく上手く出来ることが有りますが、それは「出来る」ではなくて「出来ちゃった」なのです。何時でも同じ様に出来て初めて「出来る」と言えるのだと思っています。
2017/05/14 周りになじめず孤立していた私は、ありのままの私を受け入れてくれる女性と知り合い結婚し、物作りの情熱を認めてくれる人の弟子にしてもらい、玄能鍛冶としての今が有ります。人間なんて、広い世の中のほんの少しの人に認められるだけで幸せに成れるし、そしてそれは、公私共に言える事だと思います。
2017/05/13 教えるのが苦手な私は、人を採用しても育てる自信が有りませんでした。ですが、採用した若衆は課題を与えておくと黙々と取り組み、殆ど質問してくることが有りません。心配になり「出来てる?」と聞くと、「大丈夫!」と答えます。職人仕事は教えられるのではなく、盗むものだと分かっているようです。
2017/05/12 同じ様に出来て見える事でも、2種類ある事に気付きました。1つは慣れによるもので、もう1つは上達によるものです。慣れで身に付けた事は、変化を求められても直ぐには変えられませんが、上達で身に付けた事なら直ぐに変えられます。変化を求められた際に、慣れと上達の違いはあからさまに成ります。
2017/05/11 うちの新人さんは鍛冶の素人だったので、余計な知識が無く素直に仕事が出来ます。難しい仕事でも簡単そうにやって見せると、自分にも出来るつもりで始め、実際になんとなく出来てしまいます。便利な道具は与えず、温度は火色や磁石で判断させ、硬度は砥石に当てて検査させるので、勘も冴えてきました。
2017/05/10 鍛冶の世界は奥が深く、科学で説明出来る事など極僅かです。技術のみでなく、伝承の仕方や販売方法に至るまで暗黙知の宝庫で、学ぶほどに味わい尽くせない世界が広がります。お蔭で、毎日新しい発見が有ると共に、未熟さも痛感させられますが、そんな感性を持ち合わせることが出来たことは、幸運です。
2017/05/09 最初から正当なやり方で取り組むのは難しそうですが、簡単なやり方で出来てしまうと、そこに安住し、正当なやり方に取り組めなくなります。ですから、真に上達を目指すなら、何が正当なのかを充分に考えてから始めないと、取り返しがつかなくなります。と、師匠に昔教わり、新人さんに今伝えています。
2017/05/08 自分の考えを語れる事は、それだけで素晴らしいと思うので、非難されようが馬鹿にされようが、語り続けました。お蔭で地元では変人扱いされ浮いてしまいましたが、語ることで師匠に出会い、弟子にしてもらえました。語ることで、人を雇うことが出来ました。語らなかったら、何も起こらなかった筈です。
2017/05/07 鍛冶仕事が好きで得意でしたが、それだけでは食えないので、食える他の仕事を同時にやりながら鍛冶仕事をしてきました。鍛冶仕事で食えるようになってからも、鍛冶仕事以外は新人さんにお願いして続けています。彼も同様に、一人前に成ったら、自分のやりたいこと以外は他人に任せればいいと思います。
2017/05/06 物心付く前からもの作りや魚釣り等の分析力が試される事が大好きで、今も変わりません。好きや得意は、本来は誰もが分かっている筈なのに、周りの大人が都合の良いように子供の心を操作し、混乱させている気がします。ですから、本当に好きや得意に気付くには、元の自分に戻ることが大切な気がします。
2017/05/05 上達できない人は上達の仕方が分からないのだと思います。そもそも迂闊な人は、上達と慣れの区別もついていないでしょう。学生時代は上達の仕方(勉強の仕方)を誰も教えてくれなかったので、必死に試行錯誤しました。当時は実を結びませんでしたが、鍛冶屋を始めて、漸くそれが役に立った気がします。
2017/05/04 儲ける為にやるならば、儲からなくなれば止めてしまいます。楽しいからやるならば、何としてでも続けたいと思うはずです。きっと長く続いてきた伝統や文化は、儲ける為だけでなく、楽しいから何としてでも続けたい伝えたいという気持ちが革新を生み、様々な苦難を乗り越え、残ってきたのだと思います。
2017/05/03 人を雇う為にブログやSNSで自分の考えを発信し続けましたが、来てくれた人はそれらを一切見ていない上に、私の事を全く知らずに応募してきました。ですが、情報発信は無駄には成りませんでした。文章を書き続けることで考えが深まり、覚悟も決まり、他人の人生を預かる恐怖感を克服出来たからです。
2017/05/01 現代の工芸品の殆どは、合理化省力化の為に、便利な機械器具により作られていますが、その機械器具を、手間暇を節約する為だけに使うのは勿体ないと思います。その節約された労力をより品質を高める為に使うことにより、手間暇言わずに作られた良い物に肉薄することは、不可能ではないと思っています。
2017/04/30 玄能造りで一番難しいのは、良い玄能がどんな物なのかを知る事です。良い玄能を理解出来ていなければ、見ているつもりで見ておらず、よって、見様見真似で作ってみても、良い物は出来ません。良い玄能が良いと言われる理由をとことん知ることから、玄能造りは始まります。きっと、何事も同じでしょう。
2017/04/29 購入した商品をどう扱おうと購入者の自由であり、とやかく言うのは提供者の傲慢だと言われます。ですが正しく扱うことでより快適になり、不適切な扱いで不快な思いをします。箸や筆を満足に握れない人が増えたのも、そんな態度から来ているのかもしれません。何でも上手く扱えた方が楽しいと思います。
2017/04/28 意識するしないに拘わらず、人生は毎日が失敗の連続です。その失敗の内には、重要であるにも拘らず、誰も気に留めない様な些細な失敗が沢山有ります。中にはそれを気に留め、気負わず淡々と対処している人も居ます。きっと放って置いても上達していく人は、こんな感性と性格の持ち主なのだと思います。
2017/04/27 新人さんに既存の仕事をさせるのは、とても勿体ないと思っています。適性を活かせる新しい仕事を作り出してやることが出来れば、業態は広がるし、本人にとっては大きな遣り甲斐になるでしょう。人を仕事に合わせるのか、あるいは仕事を人に合わせるのかによって、未来は大きく変わってくると思います。
2017/04/26 師匠は「俺は変化を付けてしまったが、あんたは真っ直ぐに作りなさい」と言いました。それを聞いた当時は、玄能の形状の事を言っているだけだと思っていましたが、今になりもっと深い意味に心及びます。周囲に惑わされず、物事の本質を見極め、シンプルに生きなさいと諭してくれていたのだと思います。
2017/04/25 鍛冶屋が人を採用するのは絶対に無理と言われ続けましたが、期待を裏切り、新人さんが頑張っています。現在は貯金を切り崩して給料を払っているので、早く一人前に育てるつもりですが、多くの人達の無償の支援を受け、今の私が有る訳ですから、せめて一人くらいは面倒を見てやりたいと思っていました。
2017/04/24 中学校入学時に教科書を開いた時、日本語が満足に読めていない事に気付き、訓練の為にひたすら文章を読み続け、なんとか理解出来る様になりました。同様に、出来ているつもりで出来ていない事は意外と多いもので、分からないとか出来ないとかの原因が、想定よりも、もっと根本的な所に有ったりします。
2017/04/23 私の尊敬する人の中には、その道の達人にも拘らず、威張らず、出しゃばらず、もっと稼げるはずなのに、得る事よりも与えることに喜びを感じ、ガツガツした所がまるで見られない人が居ます。そんな人達の生き様を見ていると、お金に支配されずにのびのびと生きて行く秘訣が、其処に有ると思えてきます。
2017/04/22 仕事で調子が悪いと感じる時にも2種類あります。1つは本当に上手く出来ない時。もう1つは情報感度が上がった時で、今迄に気付けなかった情報に気付いてしまうと、欠点が目に付き、下手になった気分になります。上手く出来ないと感じていたのに褒められたなら、情報感度が上がったのかもしれません。
2017/04/21 新人さんが来てから半年になりますが、相変わらず、指示を与えてからは放って置きます。すると質問することも無く、黙々と失敗していますが、自分なりに考えてやっているのが分かるので、好きにさせています。彼も私と同様に学校が大嫌いだったそうなので、あれこれ口を出されるのが苦手なのでしょう。
2017/04/20 最近はものが欲しくなりません。必要な物は買いますが、必要ないのに欲しくなってしまう様な魅力的なものが無いのです。子供の頃から物欲の少ない私ですが、ソニーのスカイセンサーなんかは、輝いて見えたものです。ですが、今はそんなものがないので、自分が欲しくなるような玄能を作る事にしました。
2017/04/19 私は変人と言われますが、それを面と向かって言う人もかなり変わっています。周りを見渡してみれば変な人だらけで、自分が普通だと思っている人でさえ、似た様な変わった多数に囲まれていて、気付いていないだけでしょう。世の中、変わった人達で満ち溢れているから、飽きずに暮らしていけるのですよ。
2017/04/18 玄能は同型でも多くのサイズが有る為に、新製品を作る場合、各サイズで試作の必要が有ります。その際、サイズにより縮尺を変えるだけでは、各々の製品自体のバランスが取れない上に、並べた際の連続性も約束できません。大いにややこしい作業ですが、この面白さが分かってしまい、止められないのです。
2017/04/17 世の中の仕組みがガラガラと崩れていく実感が有ります。善悪と損得の微妙な均衡の上に成り立っていた道徳観は過去のものとなり、先人の築き上げて来た素敵な仕組みでさえ、欲深い人達により、粉微塵に吹き飛びそうです。ですが、その変化に付いていけない私は、今迄通りの事しか出来そうに有りません。
2017/04/16 どんなに自分の頭で考えて行動しているつもりでも、何かに反応し、反射的に行動していると思う時が有ります。その行動に理由が有ると思ってしまうのも、頭で後付しているだけではないかと疑ってしまいます。きっと武術の達人や優秀な政治家は、相手に気付かれず、自由に人を操る術を心得ているのです。
2017/04/15 若い頃は走る事や泳ぐ事が大好きで、友人には「その精力を社会に活かせたら良いのに」と注意されていました。仕事ならば生産性を重視するのに、趣味では生産性の度外視に喜びを感じていた訳です。ですが玄能造りでは、生産性以上により良い物を作る事を重視しているので、趣味に近いのかもしれません。
2017/04/14 子供の頃から鈍間と馬鹿にされていたので、そうだと思っていましたが、普通にやったらとても速い事に最近気が付きました。他人と同程度にやるなら人一倍早いのに、とことんやらないと気が済まないので、時間が掛かっていたのですね。今迄、自分と他人を比べることが無かったので、気付きませんでした。
2017/04/13 鍛冶仕事を始めた時は、温度管理や出来た物の検査に身体感覚が対応しきれず、温度計や顕微鏡が欲しくてたまりませんでした。ですが、便利な道具に頼らずに、身体感覚で対応出来る様に訓練することと言う師匠の教えを守ったお蔭で、今では軽やかに作業が出来ています。存外、人間の潜在能力は偉大です。
2017/04/12 以前より他人に優しくなれた気がします。年を取り出来ない事が増え、他人に頼る必要が増えたからでしょうか?それとも、出来ない人の痛みが解る様になったからでしょうか?いずれにしても、優しくなれてよかったです。もしも若い頃と同じように元気でいたら、冷たい年寄りになっていたかもしれません。
2017/04/11 若い頃に50代のオッサンは、とても老人に見えました。自分が50代になってみて、思っていた以上に老人なので驚きました。体中が痛いし、何をやるのも面倒になってしまいましたが、何故か玄能造りは楽しいままです。きっと、玄能造りで社会に貢献出来ているという実感を持てているからだと思います。
2017/04/10 焼入れは水を掛けた瞬間の0.2秒が勝負所ですが、そんな短い時間でも、何処がどの様に冷えていくのか、とても良く見えるものです。きっと焼入れの達人なら、0.2秒がとても長く感じられるでしょう。そう考えると、剣術の達人が相手の動きを完全に見切る事等は、決して不可能でない気がしてきます。
2017/04/09 伝統的工芸品は、今出来た作品だけでなく、作者の今後の成長も見越して評価してもらいたいのです。多少稚拙でも真面目に励んでいれば、買う事で益々やる気になり腕を上げていきます。不真面目なら買わない事で反省を促せます。伝統的工芸品を買う事は、より優れた作品を手に入れる為の投資になります。
2017/04/08 知ったかぶりすると、本当に分かったつもりになり、それ以上知ろうとしなくなるそうですが、知ったかぶりしなくても、結構分かったつもりになってしまいます。それを防ぐには、自分の無知を積極的に認める必要が有りますが、思っていた以上に無知だったことが後で分かり、穴が幾つ有っても足りません。
2017/04/07 どうしても出来なかったのに、見えていなかったものが見えた瞬間に、直ぐに出来てしまうことが有ります。それは、見方や考え方が変わるだけで、出来てしまうことは沢山有る事を意味しますが、どうしたら見方や考え方を変えられるのでしょうか?答えが目の前に有ると信じて、もがくしかないのでしょう。
2017/04/06 今でもグングン上達している実感が有りますが、裏を返せば、それだけ未熟だということです。そして、その未熟さが不安を煽るかというと、そうでもなく、却って楽しめている実感が有ります。きっと、生活の不安を払拭する為だけでなく、純粋に仕事を楽しめているから、それが出来ているのだと思います。
2017/04/05 人によって態度を変えることなく、誰とでも同じようにお付き合いしたいと考えています。ただしその為には、付き合う人とそうでない人を決めなくてはいけませんが、その基準は、私がお役に立ちたいと思える人なのか、そうでないのかと言うことで、儲けさせてくれるとか、そうでないとかではありません。
2017/04/04 好きで得意なはずなのに、飽きて続けられない事があるのは何故なのか、考えてみました。飽きずに続けられるのは、自分なりの課題を発見出来、それを解決し続けられるからで、飽きるのは、それが出来ないからでしょうか。だとすれば、飽きない事が自分にとって、本当に向いている事なのかもしれません。
2017/04/03 鍛冶屋で飯が食えているのが不思議です。そうかと言って、金持ちに成れる見込みも無いのに続けているのは謎です。多くの難しい課題を克服し今が有る訳ですが、同じ労力を使うならば、もっと割の良い仕事も沢山有った筈です。ですが何故か鍛冶屋なのです。幸三郎さんに惚れちゃったからなのでしょうか。
2017/04/02 鍛冶屋を始めて数年後、酷い悪口を言われ、足を引っ張られている事を知りましたが、よく有る事だそうです。悪口だけではなく、チヤホヤされることで潰れていく人もいます。左様に、若手は様々な脅威にさらされる訳ですが、私の場合は、問屋さん小売屋さんが盾になり守ってくれていたので、安心でした。
2017/04/01 苦手意識を持って長期間放置していた事を必要に迫られてやってみたら、簡単に出来てしまいました。最近はこうした事が頻繁にありますが、今迄に蒔き続けた種が芽を出しているのでしょう。頑張ったから出来る訳では無く、放置して忘れていても、少しずつの努力が外堀を埋め、出来る様になるみたいです。
2017/03/31 大工道具鍛冶は作ったものを評価されることで上達していきます。ですから、誰ならば正しく評価出来るかを熟知し、得られた評価をさらに吟味した上で、鍛冶屋に解り易く伝えてくれる存在が必要です。そしてその役割を果たすのが、腕の良い大工が出入りする目利きの大工道具屋だと、師匠に教わりました。
2017/03/30 若手鍛冶屋に販売方法を相談されて答えました。「問屋小売屋が売ってくれないからと直販を始めたら、問屋小売屋は益々売らなくなります。問屋小売屋が何時でも売ってくれるから、良い物を作ることに専念しようと思えば、問屋小売屋は益々売るようになります。なぜなら、思考は現実化するからです」と。
2017/03/29 やっている事よりもやっていない事の方が多いに決まっているので、やっていない事をやり始めるだけで、新しいものが生まれたりします。私は師匠に「俺は玄能に変化(凹凸)を付けたが、あんたは真っ直ぐに作りなさい」と言われましたが、それを素直に実践しただけで、それ迄にないものが生まれました。
2017/03/28 以前ある鍛冶屋の小刀を見て、素っ気なくて面白くないと言った人が居ましたが、私は素直で素敵だと思いました。鍛冶仕事で最高を目指すには、飾り気を排除した素の状態で勝負する時代が、必須だと思っています。今では先の鍛冶屋の作品を、素っ気なくて面白くないと言う勇気のある人は少ないでしょう。
2017/03/27 私はもの作りが大好きで得意ですが、人付き合いがとても苦手なので、売ってくれる人が居ないと死んでしまいます。ですが世の中は良く出来たもので、もの作りは出来ないけれど、人付き合いが大好きで得意な人が、私の玄能を売ってくれます。こんな風に持ちつ持たれつ生きているので、結構幸せなのです。
2017/03/26 自信満々な人ほど、出来ていない気がします。本当に出来ている人は、自分はまだまだと思っているようです。生涯を掛けて千代鶴是秀に追い付こうとした師匠は「全く追い付けなかったが、じ代鶴くらいにはなれたかな」って、笑っていました。それを聞いて、この人は本当に凄い人だと、感心したものです。
2017/03/25 出来た物には、作者のその時の感情が現れると言いますが、私の作ったものにはあまり感情が現れない気がします。私は気分の優れない時でも、玄能を作り始めると穏やかな気持ちになります。きっと、何時も同じ様に穏やかな気持ちで取り組めるので、品物に感情が現れていない様に見えるのかもしれません。
2017/03/24 職人仕事は工業製品以上に、初期ロットの出来が良くありません。それを「しかたねえな」と長い目で見てくれるお客さんがいてくれたら、腕も磨かれ、次第に品質も良くなっていきます。ですから、お客さんが職人を育ててやりたくなる様な人間関係の構築こそが、伝統工芸の生き残りに不可欠だと思います。
2017/03/23 鍛冶屋の多くが機械器具に頼り始め、それに伴い使う言葉も感覚的な物から記号や数字に変わり、遂には考え方まで工業製品的に変わりました。そのため、鍛冶屋の強みである「しつこい迄の拘り」が失われ、伝統工芸品と工業製品の境目は曖昧になりました。使う道具や言葉は、考え方まで変えてしまいます。
2017/03/22 最初に誰に幾らで買ってもらうかが、とても大切です。師匠には最初に買ってもらう人を指名され、販売価格も最初から高く設定されました。ですから、それに見合ったものが出来るまで、販売できない訳です。左様に、正しい評価を下せる人に、正当な価格で販売することで、人は成長できると思っています。
2017/03/21 大工道具鍛冶の名工が作ったと言われる物の中には、偽物が少なからず有ります。今では新しく偽物が作られた話を聞きませんが、作っても儲からない時代に成ったのでしょうか。それとも、偽物でさえ作れる鍛冶屋が居なくなったのでしょうか。偽物が出て一人前と言われますが、当分成れそうにありません。
2017/03/20 伝統的工芸品を作る職人は、買ってもらう事で腕を上げていきます。ですが、ある程度上手くなければ、誰も買ってくれませんから、腕も上がりません。私は幸いにも、問屋さん小売屋さんに指導を受けながら、出来たものは買ってもらい、腕を上げることが出来ました。これはとても良い仕組みだと思います。
2017/03/19 今やインターネットで、お手軽に商品やサービスを提供できます。ですが私は、大工道具の知識や業界の慣習を問屋や小売屋から学ぶために、敢えて直販しません。流通業を通すと収入は少なくなりますが、それは授業料や広告宣伝費と捉えています。お蔭で時間に余裕が出来、やるべき事に集中できています。
2017/03/18 魚釣りは基本動作を身に付け練習を重ねると、見えないはずの水中の様子を把握出来る様になります。鍛冶仕事も同様に、基本を身に付け訓練を重ねると、見えないはずの金属組織の状態まで把握出来る様になります。釣りと鍛冶仕事は、状況分析や問題解決の手法がとてもよく似ており、どちらも大好きです。
2017/03/17 良い玄能を作るには、木柄を勉強しなくてはいけないと師匠に教えられました。玄能は金属の頭部と木柄という異素材の結合により成り立っており、使用時の衝撃や、温度や湿度といった外部要因で、意外とゆるみ安いものです。ですが多くの場合、鍛冶屋は頭だけを、木柄屋は木柄だけしか勉強しないのです。
2017/03/16 師匠は仕事にやる気は必要ないと言っていましたが、私もやる気は無くても、普通に仕事は出来ています。自信も同様に、無いと困ると世間が言うからそう思っているだけで、本当は必要ないのかもしれません。何事にも自信が無いという自信だけは持っている私ですら、それで困ることは殆ど有りませんから。
2017/03/15 娘の子供の頃の事です。徒競争のスタートでピストルの音に驚き耳を押さえ、皆が走り出して暫くしてから走り出します。精一杯の力で走り、勝ち負けにこだわらずニコニコしていました。それを見て私は、こんな風に生きて行けたら良いなって思ったものです。そんな娘も、もう20歳になってしまいました。
2017/03/14 経営セミナーの講師が、鍛冶屋は事業所を飛び出し、ドンドン宣伝してこいとまくし立てます。鍛冶屋は素直な善人が多いので、それを真に受け、工場から飛び出し宣伝を始めました。ですが、その間は何も生産されません。技能も向上しません。こうして真面目に勉強するほどに、伝統工芸は死んでいきます。
2017/03/13 廃業した工場が設備を競売に掛けると言うので、行ってきました。工場の中は汚れ、従業員を大切にしていなかったことが分かります。壁に掲示されたスローガンも高圧的で、経営者のワンマンぶりが目に浮かびます。工場の中は経営者の哲学そのものだと強く感じ、帰ってから自分の工場を見渡してみました。
2017/03/12 魚釣りの時に目に頼り過ぎ、他の感覚を疎かにしていた事に気付き、糸や魚の動きを見てアタリを取る意識を弱め、竿から手に伝わる感覚を研ぎ澄ましたのです。そのお蔭で、以前よりとても多く釣れるようになりました。特別な訓練や努力をする事も無く、意識を変えるだけで、結果は大きく変わるものです。
2017/03/11 玄能は金属の塊に適当に穴を明け、何となく棒を突っ込んだだけに見えますが、色々な形状のものが存在し、価格もピンからキリまであります。その理由は、仕様の一寸した違いで使い勝手が大幅に違うので、使用目的や使用方法により、様々なものが有る訳です。ですから、適当に何となく作ってはいません。
2017/03/09 師匠は何の見返りも期待せずに、何処の馬の骨とも知れない私を育ててくれました。私はその恩を返したいのですが、師匠は既に亡くなってしまいました。そこで、受け継いだ技術を次世代につなげるべく、若手を育てることに決めました。恩は返さずに次に送ることで、より多くの人に貢献できる気がします。
2017/03/08 千代鶴是秀さんが鍛冶仕事に使用した槌を模写した事が有ります。この槌はとても丈が短く、効きそうに見えませんが、使用してみた所、とても良く効くのです。丈の短い槌は効き難いと思われていますが、精度さえ出ていれば、充分に効くことが分かりました。今では私も、丈の短い槌で火造りをしています。
2017/03/07 丈の短い玄能は、力が集中しにくい上に、直進安定性に欠けます。ですが、縦横無尽に振り込む際には、その性格が役に立ちます。同様に、幾ら変わっている人でも、その性格が役に立つ場面は幾らでも有るはずです。ただし、玄能も人も、その性格を遺憾なく発揮するには、充分に精度を磨く必要が有ります。
2017/03/06

祭りやイベントには行きません。オリンピックやワールドカップを観戦しません。テレビを見ません。スマホを持っていません。キャバクラには行きません。左様に、私はとてもネガティブな人間なのです。ですがそれをやらないだけで、とても多くの時間とお金を、本当にやりたいことに使うことが出来ます。

2017/03/05 竿とリールと糸とルアーの組み合わせは無限にありますが、どれが最高ということは有りません。使用者の経験や使用方法や予算を考慮して、好みで選べば良いだけです。ただし、素材と加工精度の確かな物でないと、初心者用であろうと玄人用であろうと、後悔は目に見えていますが、見極めは難しいのです。
2017/03/04 つまらないものを洗練させても、洗練されたつまらないものしか出来ないと思っていました。例えば、原理原則を外した玄能なら、どんなに精緻に創り上げても、やはり良い物は出来ないと思っていたのです。ですが、光った泥団子やピコ太郎を見て、考えを改めました。突き抜ければ、意外と輝くものですね。
2017/03/03 新人さんが来てくれて、とても楽になりました。人を雇うと、当分の間は自分の仕事も満足に出来なくなると、周りは脅かしましたが、以前より玄能は多く出来上がります。彼の面倒を見る大変さは有りますが、其れも張り合いの一つです。なによりも、一人ぼっちでなくなったので、とても元気になりました。
2017/03/02 好きで得意な事をやっても、芽が出ない事は有ります。芽が出そうもない場合には、直ぐに見切りを付け、違った好きで得意な事を始めればいいのですが、大抵は周りが反対します。それでも周りを説得し、芽を出せた人達が声を上げれば、仕事はもっと自由に楽しんで良いと、周りも気付き始める気がします。
2017/03/01 同じ目的地に辿り着くにも、ドライブが好きなら自分で運転して行けばいいし、電車が好きなら、それに乗って行けばいいでしょう。時間が許すなら、自転車や徒歩もいいでしょう。同様に、同じ結果を出すにも様々な方法が有るので、自分の好きで得意を活かして、大いに愉快に進めた方が良いのは当然です。
2017/02/28 仕事とは、自分の好きや得意を活かして、楽しみながら他人の役に立ち、感謝された上にお金まで頂けるという、とても素敵な仕組みだと思っていました。ですが、この考えに同調してくれる人が、私の周りには殆ど居ません。どうやら、間違った信念のもとに生きて来た様ですが、間違えていて良かったです。
2017/02/27 年老いて体が効かなくなると思えば、人に助けてもらう為に、周りに親切にするかもしれません。何時までも元気で居ると思えば、そうしないかもしれません。周りを見れば、昔よりも元気な老人が増えていますが、冷たく凶暴な老人も増えている気がします。そんな老人も、何時かは体が効かなくなる筈です。
2017/02/26 以前なら、確定申告の時期は気が重くなりましたが、今ではパソコンが全てやってくれるので、なんてことありません。パソコンに数値を入力していく作業は無心に成れ、嫌な事も忘れさせてくれます。ですから、年に一度のリラックスタイムと考えて、気楽に作業をしています。と、日記には書いておきます。
2017/02/25 自然河川と違い、釣り堀なら、そこに魚がいることは確かなので、手を尽くせば釣ることは出来ると思えます。同様に、どんなに難しそうな事でも、誰かが成し遂げた事実を知れば、手を尽くせば、近いことなら出来そうだという気持ちになります。能天気なようですが、そんな気持ちで生きて行きたいのです。
2017/02/24 社会人に成りたての頃に「思い通りに生きたいなら、テレビと酒とスポーツ観戦は絶対に止めろ」と教えられました。酒を飲みながらテレビでスポーツ観戦をするのが最悪で、そんな暇が有るなら、勉強しろと言うわけです。確かに、その時間を全て勉強にまわしたなら、誰でも一流に成れそうな気がしました。
2017/02/23

公式を使って問題を解く場合、公式の理屈が解っていて使う人と、そうでない人が居ます。両者の実力は月とスッポンですが、簡単な問題なら、答えは共に出せます。もの作りにおいても公式と同じ様なレシピは有りますが、その理屈が解っていないと、簡単な物でさえ、出来たものは月とスッポンに成ります。

2017/02/22 上手く出来ているように見えても、その理由を理解した上で出来ている人と、そうでない人が居ます。前者は条件が多少変化しても同様に出来ますが、後者は難しいでしょう。自分がやっている事の理由を正確に把握した上で、思い通りに対応出来ているか否かが、上手いか下手かを決めているのだと思います。
2017/02/21 他人の作った道具を見せられ、良い物かどうか聞かれることが有ります。明らかに上手いか、一目で下手と分かる物なら、そもそも聞かれないでしょうから、大抵は良くも悪くもなく、答えようが有りません。そもそも、上手いか下手かは人其々に定義や基準が異なるので、簡単に答える事は出来ないものです。
2017/02/20 物事を好き嫌いで判断してはいけないと言われますが、好き嫌いを我慢していたら、持ち前の感性を鈍らせてしまうでしょう。たとえ、どんなに好き嫌いで判断していても、高次に辿り着ければ、好き嫌いを越えた判断が出来る様になります。好き嫌いを我慢して感性を鈍らせたら、其処にさえ辿り着けません。
2017/02/19 玄能鍛冶を目指してから浩樹銘で販売するまでの間に作った浩樹印玄能は、一部の標本を残し、全て捨てていました。ですが、その損失は取り戻せたと思っています。もしも捨てずに販売していたら、今は玄能鍛冶さえ続けていられなかった筈です。どの程度の品質から売り始めるのかで、その後が決まります。
2017/02/18 始める時点での手本には、初心者でも解り易い完成度の低いものと、初心者では解り難い完成度の高いものが有ります。その選び方次第で、本人が意識するかしないかに拘わらず、掛ける時間や手間の質が大きく違ってきます。高みを目指すなら、自分が理解出来ないくらいの完成度の高いものを選ぶべきです。
2017/02/17 新人さんが毎日楽しそうに仕事をしています。放って置かれた上に、全く怒られないので、調子に乗っているのでしょうか?そうではないでしょう。楽しくやるので上達も早いし、失敗も少ないので、放って置いて大丈夫だし、私は怒らなくて済んでいます。だから、仕事は楽しくやらなくてはいけないのです。
2017/02/16 上手く成るか成れないかは、どの時点で決まるのでしょうか?人は上達と共に、物の見方や考え方が変化していくので、自分の考える「上手い」という定義も変化していきます。その定義を更新し続ける人が上手く成るのだと思いますが、上手く成れない人はその定義すらしていないので、答えは最初からです。
2017/02/15 憧れの人に追い付きたいと、その言動や製作物を真似てみても、まるで追い付けません。言動や製作物などは、見る側の能力次第で、どんな解釈もできてしまいますから、真似る側がお粗末ならば、お粗末な似た物にしか成りません。憧れの人の目指しているものを理解出来て初めて、近づく準備が整うのです。
2017/02/14 師匠と同じ言葉を使い始めたら、其れまでは点でしか見えていなかった物が、面で見え始め、次第に立体で見え始め、終いにはその中身までもが透けて見え始めました。目だけで見ていたものを感覚で見られる様になり、情報量が格段に増えたということです。言葉を変えただけで、視界は大きく広がりました。
2017/02/13 師匠に教えを受け始めて直ぐに、自分の使っている言葉が玄能造りに向いていない事に気付きました。教科書で覚えた人間の五感で確認しようの無い画像や数値化されたものに、言葉が支配されていたのです。そこで、もっと感覚を大切にする言葉を使うように改め、ようやく師匠との会話が円滑に成りました。
2017/02/12 うっかりしていると、身近なつまらないものと競争を始めてしまいます。その相手の言動に無意識に反応して、次第に自分を見失っていきます。ですが、遥かに高い目標を設定できたなら、身近に起きている小さなことに惑わされることも無く、極めて穏やかな気持ちで、主体的に生きていけると思っています。
2017/02/11 「他人の作ったものを見るな。俺の作ったものだって見る必要は無い」と師匠は言いました。他人の真似をせずに、玄能の基本的構造だけを頼りに「自分の型」を作れと言うのです。そのお蔭で誰とも競争すること無く、自分の内面を見つめ続けることで、穏やかな気持ちのまま、修業出来たのかもしれません。
2017/02/10 師匠の下で玄能の勉強を始めた時に、玄能で食っていけるかどうか分からないので、それまでの仕事は止めずに続ける様にと言われました。そこで私は玄能造りに邁進し、それまでの仕事は他人に任せて続けていましたが、その仕事で若手を育成できると気付き、新人さんを受け入れるべく、準備を進めました。
2017/02/09 幸三郎さんから教えを受け始めた時に、程度の低い競争をしている場合ではないと、強く感じました。それでも、周りが気になる事は有りましたが、次第にそれも無くなり、競争を意識しなくなりました。それは何故か?きっと、遥かに高い目標が出来た為に、周りを気にしている暇が無くなったからでしょう。
2017/02/08 35歳で鍛冶屋に成るといった時は、無謀にも程が有ると言われましたが、成ってしまいました。最初に作った玄能は鋼付八角80匁でしたが、全鋼製の玄能ですら出来ていない頃ですから、無謀にも程が有りますが、出来てしまいました。人は最後までやると決めてしまえば、出来てしまうのかもしれません。
2017/02/07 新しい事を始める事は、不安定な状態を作り出す事なので、それ自体が不安を生みます。また、不安定な状態は思考を深め、感性を研ぎ澄ますので、愉快な発見が有る一方、苦悩も同時に現れます。この不安や苦悩が現れる事が分かっていても、不安定な状態を楽しめる人が、自信のある人なのかもしれません。
2017/02/06 子供の頃から他人と志向が大きく違う為に、自分を他人と比べることが無く、何時でも少数派だったので、自分の頭で良く考えて行動する必要が有りました。お蔭で、のびのびと思うままに暮らせて来たと思います。他人と違う事で悩んでいる人もいますが、私は変わっていてとても幸運だったと思っています。
2017/02/05 釣り堀で数釣りの競争をしている人がいますが、彼らは競争しなくては上手く成れないし、楽しくないと言います。私は釣りでも仕事でも競争をしません。相手の言動に影響を受けてペースを崩すのが嫌なのです。師匠の教えでも有りますが、自分のペースさえ掴んでいれば、競争の必要はないと思っています。
2017/02/04 地元では完璧に浮いている私ですが、分かってくれる人が必ずいると信じ、頭の中にある漠然とした考えを書き出すことで整理し、それをSNSで世に問うてみた訳です。お蔭で私と似た考えを持つ人は、全国規模なら結構いる事が分かり、安心すると共に、自分も意外と普通だと気付き、がっかりもしました。
2017/02/03 仕事は楽しまなきゃと言うと、楽しいわけがないと言われます。同じ結果を出すにも、色々な方法が有るので、楽しい方法を見つければ良いだけです。楽しけりゃ良い考えも浮かぶし、ストレスも溜らないはずなのに、何故楽しまないのでしょうか?きっと、言われた通りにやっていた方が、楽だからでしょう。
2017/02/02 アメリカの混乱には、一番でないと満足できない苦悩が見えます。戦後の日本は、どんな分野で一番になっても、総合力ではアメリカに負けていたので、一番で居続ける重圧は、それ程感じてこなかった気がします。一番になっても、それを強く主張できなかった日本の立場は、結構お気楽なのかもしれません。
2017/02/01 相手が勝っていると思える程度に、少しだけ自分が負けてやればいいのです。相手が得していると思える程度に、少しだけ自分が損してやれば良いのです。世の中は勝敗や損得にこだわる人で溢れているので、その点を考慮して相手を気分よくさせることが出来れば、自分のやりたいように出来る様になります。
2017/01/31 若者と仕事をしていると、体力の違いを見せつけられ、老いを痛感しますが、悔しいとは思いません。負けまいと意地を張っていたら、何時までも出来ない仕事が沢山有りますから、それをやれると思うとワクワクするくらいです。年寄りが年寄りらしく振る舞えなくなったら、文化は衰退する気がしています。
2017/01/30 鍛冶屋を始めたのが遅かったせいで、身体が鍛冶屋に成りきらないうちに、年を取ってしまいました。お蔭で、毎日激しい筋肉痛に耐えながら仕事をしていますが、良い事も有ります。出来るだけ身体に負担を掛けない様に、身体の使い方や道具立てを工夫しているので、大きな身体の故障や事故が有りません。
2017/01/29 世の中は競争で満ち溢れていますが、他人を蹴落としたいと思いつつも、良い人でいるのは至難の業です。競争しながら優しい気持ちを維持するなど、難しすぎて、私には出来ませんでした。そこで発想を転換して、競争をしない生き方を選びました。他人がやらないか、出来ない事をすることに決めたのです。
2017/01/28 本物の情報に辿り着くのは容易ではありません。マスコミやネットからでは手に入らないので、あらゆる人脈を駆使しなくてはいけませんが、懸命に努力していれば、誰かが助け船を出してくれるものです。但し、必ず値踏みされているので、良い情報が欲しいなら、それに相応しい自分であることが肝心です。
2017/01/27 オンリーワンを目指し個性的な事を始めても、最初は似た様なものと比べられてしまいます。ですが諦めずに続けていると、商品が洗練されると共に独自性が輝き出し、次第に認められ始めます。ですからこの様な人は、周りから見たら競争に勝ち残った様に見えても、実は最初から競争などしていない訳です。
2017/01/26 「情けは他人の為ならず」と言うように、他人の為ではなくて自分の為と思えれば、情けも掛けることは出来ます。ですが、もしも相手の為だけを思い、情けを掛けることが出来たなら、本当に素敵だと思います。きっと、子供の持つ優しさと大人の持つ優しさの違いは、そんなところに有るのかもしれません。
2017/01/25 多くの仕事で、以前ならば量的な効率が最優先されましたが、現在では量ではなくて、更なる高品質が求められています。高品質の実現には、広く深い知識と時間と労力が掛かり、それは周りの協力なしでは成し得ませんから、お世話になっている周りの人に親切にして、可愛がられるようにしたいと思います。
2017/01/24 群れから飛び出し、自分の頭で考え行動し始めると、間違いなく周りから浮いてしまいます。その不安から、つい群れに戻りたくなりますが、その宙ぶらりんの状態こそが、より思考を深めると共に、忍耐力を鍛え上げてくれるので、周りに迎合する必要もなくなり、より自分の考えで行動出来る様になります。
2017/01/23 心地良い状態というのは、得られている心地良さを、本人が認めた上で享受できている状態だと思います。ですから、たとえ心地良い状態に置かれても、それを本人が認めない限りは、決して心地良くは成れません。そして周りの人も、その状態を心地良いと認めてくれたなら、本人はもっと心地良く成れます。
2017/01/22 自信が無い様に見える人は、本当に自信が無いのでしょうが、見るからに自信満々な人も、却って自信が無い様に見えてしまいます。きっと本当に自信がある人は、あまりにも普通に見えるので、自信が有るとか無いとかを周囲に考えさせることがなく、本人もその自覚さえ無いのでしょう。自信ありませんが。
2017/01/21 周囲は今のままの貴方では先が無いと脅し、足りないものを指摘してくれます。ですが、鵜呑みにして変なものを足してしまうと、元々持っていた長所まで霞んでしまいます。長所を補強する為に足すのならまだ良いのですが、そうでないなら、足すのではなく、磨き上げる事の方が、ずっと大切な気がします。
2017/01/20 怒っている人を見ると、なぜ怒っているのか不思議に思います。現状の不満を自ら解決出来るなら、早速そうすればいいし、他人にお願いすれば済むことなら、丁寧にお願いすればいいだけです。自分でも他人でも解決出来ないなら、考えなければいいのです。怒って解決出来た様に見えても、恨みは残ります。
2017/01/19 自信が無いからと言って、直ぐに便利な道具に飛びつくのは禁物です。先ずは自分の感覚をとことん信じて、最善を尽くす事が肝心です。すると、いつの間にか出来る様になっており、便利な道具は必要なくなります。そして便利な道具の欠点も解ってくるので、使うのであれば、それからでも遅くありません。
2017/01/18 よく知らないから始められたと言う成功者の発言は、大した意味が無いと思います。多くの人は知らずに始めても、その難しさに驚いたり、面白さに気付けなかったりして、止めることが多いものです。そもそも成功する人は、始めてからその本当の奥深さと面白さに気付き、のめり込んでいく人だと思います。
2017/01/17 就職しても、思っていた仕事と違うとか、人間関係でつまずくとかして辞める人が多いですが、それでは雇う側も雇われる側も不幸です。ですから私は、企業のビジョンやミッション、そして私の考えについてネットで発信し続け、それを見て私を好きになってくれる人にだけ、来てもらいたいと思ったのです。
2017/01/16 高度な技術の習得を目指すなら、初心者だからと簡単なやり方を教えるのではなく、最初から正当なやり方を教える必要が有ります。何故なら、一度簡単に出来てしまうと、そのやり方に依存してしまい、高度な技術に挑戦しようとしません。もしもそれで挫けてしまうなら、そもそも向いていないのでしょう。
2017/01/15 潰した親指の爪が勝手に生えてきたのを見て、煩わしい雑事も自動的に始末出来たら良いのにと思いました。ですが、爪も私が意識しないだけで、身体は一生懸命に直そうとしている訳です。同様に、周りが自動的に動いてくれさえすれば、楽に生きられそうなので、もっと好かれる努力をしたいと思いました。
2017/01/14 今、何のために、何を、どの様にしているかを鮮明に意識し、それを持続していると、見えない筈のものが見えてきます。焼入れなら、温度の上げ下げにより金属組織が変化していく様子が、目で見る様に意識できます。ですが、それで仕事が上手く出来るとは限らず、上達の準備が出来たという程度なのです。
2017/01/13 他人のおもちゃを欲しがる子供は叱られますが、他人が受け取る筈の利益を横取りする大人は、優秀だと褒められます。一寸前なら、商道徳に反すると白い目で見られていた事でも、弱肉強食の今ならまかり通ります。此のまま進むと、他人のおもちゃを横取りする子供が褒められる時代が来るかもしれません。
2017/01/12 自分の才能が分からないなら、好き嫌いせずに、色々と取り組んでみる事も大切です。やってみると、続けられそうな事とそうでない事が分かるので、苦も無く続けられる事に情熱を注ぎましょう。何故ならば、継続は力なりと言いますが、続けられそうもない事を我慢してやっても、結局は続かないからです。
2017/01/11 良い玄能を作りたいのは、自分の存在を他人に認めてもらう為の自己表現に過ぎませんから、成人式で暴れる馬鹿者と大差ありません。ですが、最初から自分が目立とうとするよりも、先に他人の役に立ち、そのお礼に自分も目立たせてもらう方が、より注目を浴びる事に気付ければ、馬鹿も死なずに治ります。
2017/01/10 他人に負けて悔しがらないのは意気地なしだと言われますが、本当でしょうか。そもそも人には得手不得手が有り、殆どの事で負けてしまうのは当然ですから、その都度悔しがっていたら、何も出来なくなります。大切なのは、何に負けたくないのかをしっかりと認識して、それに集中している事だと思います。
2017/01/09 手におえないモンスターは狸かイタチだと思って生きてきました。どんなに騙されようが迷惑を掛けられようが、狸かイタチだと思えば諦めも付きます。それでも若い頃は激高する事も有りましたが、年を取りそれも少なくなりました。訓練は必要ですが、「狸かイタチメソッド」は充分な効果を期待できます。
2017/01/08 釣りに出かけた際に、車で狸を轢きそうになりました。奴が道路を横断し始めたので減速しましたが、もたもたして一向に渡り切りません。なんて鈍間なのだろうと思いましたが、それが本来の動物の姿なので、気を付けるのが私の務めです。同時に、他人に対してもそんな風に思えたら、素敵だと思いました。
2017/01/07 同じ様に見える変化でも、改良による場合と、改悪による場合と、単にぶれている場合が有ります。改良は良いとして、改悪でも熟慮の上で有れば、そこから多くを学べるはずです。ですが変化の殆どは、何も考えてないが故の単なるブレの場合が多く、本人は変化している事にすら気付いていない気がします。
2017/01/06 若い頃に最高だと思っていた事など、今になれば高が知れていたと解ります。今自分が最高だと思っている事でも、同様に高が知れているのかもしれません。ですが、何時からそんな風に思える様になったのでしょうか?きっと、年を取ったからでしょうが、年取らないと気付けないことは、沢山有りますよね。
2017/01/05 鍛冶仕事で正解を見つける場合は、多くの条件の中で1つだけ変更して様子をみます。この時に、その他の条件は固定する必要が有りますが、訓練が足りないと、それまで変化してしまい、自分が今何をやっているのか解らなくなります。これは基本中の基本ですが、ここに辿り着ける人はとても少ないのです。
2017/01/04 鍛冶仕事など既に掘り下げることが無いと、多くの人が言います。ですが、私には未だ出来る事が沢山有り、生涯をかけても、やり尽くせないとすら思っています。きっと、お金の為に嫌々やっていては、決して気付けないのでしょう。自分の足元を掘り下げていけば、汲めども尽きぬ泉が湧き出るという事に。
2017/01/03 腕を磨いて良い品物を作りたいと言うと、良い品物ほど儲からないから止めておけと言われます。確かに良いものを作ろうとすれば、手間と時間ばかり掛かり、割が合わない事も有ります。ですが、過去の名品の多くはそうやって出来てきました。何でもお金に換算していたら、文化は滅びてしまう気がします。
2017/01/02 赤ちゃんは主体的なのに、躾によって反応的な子供にさせられます。社会人になると主体的な行動を求められますが、一度でも反応的に躾けられた人の主体性など、所詮は他人との比較上のものでしかありません。ならば、比較的でないものを手にすれば、主体的になれるのか?はい、私はそう信じてきました。
2017/01/01 競技選手が気合を入れたり、はやる気持ちを鎮めたりする姿をよく見ます。同様に、鍛冶仕事に臨む際にも、心身の状態を整える必要が有りますが、その必要もなくなり、淡々と出来る様になって初めて、良い仕事が出来る準備が整ったと言えるのでしょう。ならば、今後は枯れた職人を目指したいと思います。
2016/12/31 今年一年お付き合い頂き、誠に有難う御座いました。私の様な我儘な変人にお付き合いしてくれる人は、とても心の広い優しい人達だと思います。皆様の様な人達が増えたら、虐めなど無い素敵な世の中になると思います。来年も間違いなく皆様にご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いいたします。
2016/12/30 傍から見て大変そうな仕事でも、自分が納得できているなら、苦労を感じないはずです。そもそも、お金がいらないと思える程に楽しく仕事が出来たなら、それは苦労ではなく快楽に成ります。人生の充実の為にお金が必要と考える前に、仕事を充実させることこそ、人生を豊かにする最善策だと思っています。
2016/12/29 本は取り敢えず全部読み切り、分からなかった所を後で読み返す方が、理解しやすい場合が有ります。作業も同様に、上手く出来てから先に進むのではなく、取り敢えず先に進んで最後までやり切った方が、習得しやすい場合が有ります。きっと、先に進んで振り返った方が、視野は広がっているからでしょう。
2016/12/28 多数決を取ると何故か何時でも少数派で、周りからは変人と思われている人がいます。彼には世の中が普通の人と違って見えるので、受け取る情報も違い、当然考え方も変わったものに成ります。集団行動もせず、周囲に流されることも無いので、益々ヘンテコな感性は研ぎ澄まされ、面白い事を始めるのです。
2016/12/27 若いうちに然るべき技能を身に付けてしまえば、加齢による体力の衰えを技能が補ってくれます。同様に、気配りや思いやりも若いうちに身に付けてしまえば、年老いてからも優しい人でいられるでしょう。ですが、もしも身に付けていないとしたら、年齢と共に益々情け容赦ない人になってしまう気がします。
2016/12/26 どんなに難しい物を作るにしても、一連の作業の中には、誰にでも出来る簡単な作業が散りばめられています。ですから、既存の作業を分解し、その中から初心者にも出来そうな作業を抽出して、新人さんが何時入ってきても良いように準備していました。初心者向けの新しい仕事を準備した訳ではないのです。
2016/12/25 作ろうとする物を良く調べないで始めたり、自分がやっている事の意味を良く考えずに進めたりしてはいけません。良い物と駄目な物の区別もつかないままにいたら、迷子になってしまうだけです。もしも、見当違いに駄目な物を手本にしていたら、どんなに洗練させても、洗練された駄目な物しか出来ません。
2016/12/24 毎日絶好調で玄能造りが出来ている訳ではありません。時には身も心も疲れて、意気消沈している時もあります。ですが、そんな状態でも頑張ることなく仕事は出来ています。生前に師匠が「仕事にやる気は必要ありません」と言っていたことを思い出しますが、その本当の意味が、今になり漸くわかりました。
2016/12/23 「鍛冶仕事での失敗は、使用する道具や材料、又は燃料に起因するのでなく、殆どの場合、作業者本人に問題が有ります」と教えられました。納得できない私は、考えうる限りの良い環境を整え、材料や燃料も吟味して作業した所、上手くいきました。結局、自分に問題が有ったことを証明してしまった訳です。
2016/12/22 映画「スターウォーズ」の中で、主人公を悪役が怒りや恐怖の感情で支配しようとする場面が出てきます。それを見た当時学生だった私は、正に学校そのものじゃないかと思ったものです。受験のライバルに対する怒りや、追試や落第と言う恐怖で生徒を思いのまま操る手法は、正にシスの暗黒卿そのものです。
2016/12/21 性格が悪くてもある程度上達できますが、それ以上は無理なのです。上達するには多くの準備が必要であり、その全てを自分一人では賄いきれません。性格が悪く信用されないならば、協力を得られず、腕を上げる機会を逃してしまいます。ですから、本当に腕の良い職人の殆どは、善人であると思っています。
2016/12/20 師匠の下に通い始めた頃、帰り際に「これもってけ」と、曲尺を渡されたことが有ります。最初はその意味が解りませんでしたが、暫くして、出来た玄能の打面が傾いていたことに気付きました。曲尺で確認しろと言うことでしょうが、仕事の核心に触れることは、答えを教えずに、ヒントをくれるだけでした。
2016/12/19 他の鍛冶屋に負けたくないという感情を露わにし、師匠にたしなめられたことが有ります。他人に勝ちたいと思うのではなく、良いものを沢山見て、それに負けないものを作る努力をしなくてはいけないと諭されたのです。現存する鍛冶屋にではなく、歴代の名工の作品に対して、挑戦しろと言うことでしょう。
2016/12/18 上達の動機を競争だけに求めるのは拙速です。上達の動機を他人に勝つことによる快楽とするならば、あまりにも優しさに欠けた行為であると共に、いずれ自分の力が落ちた時には、惨めになるでしょう。周囲に喜びを与える事や感謝してもらう事も、上達の動機に成ることを、覚えておいても損はありません。
2016/12/17 どんなに優秀でも、性格が極端に悪ければ支持されません。どんなに性格が良くても、スキルが全く足りてない様では支持されません。他人に支持されるには、スキルと人間性の両方が必要ですが、一方が他方を補うことは可能でしょう。ですが、長期間支持されるには、やはり両方高める必要が有りそうです。
2016/12/16 可笑しな習慣を変えない人は、それを注意されても変えないのです。その可笑しさに気付かない場合も有りますが、多くの場合、以前にそれを褒められたことや、それで良い思いをしたことが有るからです。良かれと周りが褒めたために、変な習慣が身に付いてしまった人が、世の中には溢れている気がします。
2016/12/15 基本が大事と言われますが、何時までも最初に覚えた基本にしがみ付いていたら、上手くなれません。出来る様になったら、新たな段階に合った基本を身に付ける必要が有りますが、意外と気付かない人も多いようです。スキーであれば、プルークボーゲンに磨きをかけても、深雪を滑れるようにはなりません。
2016/12/14

進化しているつもりでも、お客様に喜んでもらえないと意味が有りません。また、お客様の見る目によっても評価は分かれるので、誰に評価してもらえば正しく進化できるのか、よく検討する必要が有ります。それを間違えてしまうと、どんなに努力しても、進化の系統樹の行き止まりに辿り着いてしまいます。

2016/12/13 人を雇うことは楽しいのです。先ずは雇うと心に誓います。そして、人を雇えるだけの仕事を確保し、初心者でも直ぐに出来る様に段取りを工夫します。ですが、求人しても個人の鍛冶屋になど応募する人はいません。そこで、応募してもらう為の方法を考える訳ですが、この作業が予想外に楽しかったのです。
2016/12/12 自信を付ける為に努力を続けていると、少しだけ自信が付いてきたと思えた瞬間に、新たな扉が目の前に開き、自分が未だヒヨッコだったことに気付きます。そんなことを随分と繰り返してきましたが、そんな経験も満更悪くないと思える様になってからは、自信などなくても、何も困らないと思えてきました。
2016/12/11 「その日に作ったものの形状は、全て揃うようにしなくてはいけません」と、師匠は言いました。手作りなのだから、形が揃わないのも味であると言う鍛冶屋が多い中で、その言葉は胸に突き刺さります。幾つ作っても同じものが出来ると言うことが、技術・技能を完全に制御出来ているという証明に成ります。
2016/12/10 玄能鍛冶は刃物鍛冶より低くみられており、それを目指す私は、不思議がられると共に、絶対に失敗すると笑われていました。ですが、皆が私の事を甘く見て油断しているすきに、じっくりと腰を据えて、目立たない様に精進を続けたお蔭で、誰にも邪魔されずに、のびのびと楽しく仕事が出来たという訳です。
2016/12/09 年を取り、一人で出来たことも徐々に出来なくなると気付いたなら、今から準備して置く必要が有ります。車の運転が出来なくなるなら、他の交通手段を考えておくか、移動せずに済ませる方法を考えておく必要が有るでしょう。何よりも、常日頃から周囲に優しく接し、好かれておくことが大切だと思います。
2016/12/08 私は師匠の仕事を生で見たことが無い上に、具体的なやり方も教えられたことが無いので、とても多くの時間が掛かりました。ですがそんな作業でも、新人さんにやって見せるだけで、下手なりに直ぐに出来てしまいます。正しい作業を生で見る大切さと、一度中断した技術の再開の難しさを強く感じています。
2016/12/07 昔ながらの鍛冶屋を馬鹿にしている成功した元鍛冶屋を見て、ある人が言いました。「彼は腕が悪かったので、腕のいい鍛冶屋を見返してやろうと、必死に努力しました。ですが、成功して金持ちに成っても、心の隙間は埋めることが出来なかったのです」と。それを聞いて、可愛そうで胸が苦しくなりました。
2016/12/06 他人のやらない事や出来ない事は、世に溢れるほど有るので、やればオンリーワンに成れますが、商売にするなら、需要の有るオンリーワンに成る必要が有ります。でも、誰かが需要が有ると気付いていれば、既にされている筈なので、需要がなさそうだけど、本当は需要が有るものを選ぶ必要が有りそうです。
2016/12/05 色付糸なら糸の動きが良く見え、魚のアタリを取りやすいのですが、慣れたら透明糸を使う方が良いでしょう。色付糸は魚からも良く見えてしまい、警戒されてしまうからです。何でもそうですが、簡単な方法で上手くいくと、それに固執してしまいますが、上達したいなら、潔く捨て去らなければなりません。
2016/12/04 主役がどんなに頑張っても、周りの協力無くして、主役は引き立ちません。ですから、業界の発展の為、スターを創り上げ注目を集める場合には、スターにその自覚が必要でしょう。私は主役を生かすも殺すも背景次第だと思っており、そもそも背景の各々が、重要な役割を担う主役であるとさえ思っています。
2016/12/03 玄能だけではパッとしません。浩樹が作ったと分かっても、大差ありません。問屋さんに買ってもらい、小売屋さんで売ってもらい、御使用者様が買い求め使用し、喜んでもらった結果、口コミが広がって初めて、浩樹玄能が少しだけパッとします。絵画と同様に、背景が有って始めて、商品は際立ってきます。
2016/12/02 一人で出来ないことは、他人に協力してもらう必要が有ります。そのためには、相手に対しても自分が役立つ存在である必要が有るので、充分なスキルは必須です。ですが、性格が悪くて嫌われてしまっては元も子もないので、好かれたい人に好かれる能力は、スキルと共に常に磨いておく必要が有るでしょう。
2016/12/01 失敗した時には、修正するか、初めからやり直すかの二通りの判断が出来ますが、出来た製品を見れば、その作者がどう判断して作ったものかは、直ぐに分かります。とくに経験の浅いうちは、直すより捨てた方が上達も早く、将来的には捨てる数も少なくなるので、中断して初めからやり直す勇気が大切です。
2016/11/30 「腕を磨くと共に品格も磨きなさい」とは師匠の教えですが、人を雇うまでは自分の成長の為に磨く必要を感じていました。ですが、これからは従業員の成長の為に磨く必要を強く感じています。ところで、自他ともに認める下品な私が人を採用出来たのですから、少しは品格も磨かれていたのかもしれません。
2016/11/29 釣り雑誌を読み続けていますが、新しい理論が次々と飛び出し、活気に満ちています。なにより、既存の理論を先入観なく検証する姿勢に感動します。鍛冶仕事をしていても毎日新しい発見が有りますが、その情報交換の手段は有りません。お互いの発見を共有出来たら、業界はもっと活気付くと思っています。
2016/11/28 何時までも下手なままの人は、自分が出来ていないという事に気付いていません。他人を差別する人は、相手のことを何も解っていません。威張り散らす人は、相手の事だけでなく、自分の事すら何も解っていません。先ずは自分の無知に気付く必要が有りますが、それが怖くて、気付けないのかもしれません。
2016/11/27 他人を不快にしない方法が分かりませんでした。ですが、他人の不快が自分の不快から生まれると分かり、自分の愉快は他人の愉快に通じる事にも気づきました。自分が愉快になるには、自分を認める必要が有るので、自分の天性を活かすことで他人を愉快に出来れば、自分も他人も愉快になれる気がしました。
2016/11/26 自分の性格が嫌いでしたが、血の滲む努力の結果、少しは改善したようです。しかし、その努力出来るということも、元々持っていた性格の一つですし、改善したようにみえる事も、元々持っていた性格が引き出されただけかもしれません。やはり性格は、変えるのではなく、活かす工夫が大切な気がしました。
2016/11/25 敵意を持った相手と競争して一番になっても、有頂天になれるだけです。もっと上を目指そうとしても、もう上はいませんから、途方に暮れてしまうでしょう。憧れの人に近づこうと努力する人は、追い付く頃になって、憧れの人の目指していたものが見えてくるはずなので、もっと上を目指すことが出来ます。
2016/11/24 勉強やスポーツでは競争が盛んですが、競争を動機付けに使うと、次第に競争相手の言動やその環境に心が支配され、身動きが取れなくなっていきます。自由に生きるには、他人に勝とうとするのではなく、自分の最高である状態を想定し、それを目指して、今の自分に勝ち続けて行くことが大切な気がします。
2016/11/23 目的達成の方法は様々なのに、子供の頃から押し付けられています。多くの指導者や権力者が、目的達成の方法として競争を強います。私は競争が大嫌いなので、避けてきましたが、多くの人達が競争により自他ともに傷付き、疲弊しています。そろそろ違った方法で、目的達成を目指した方が良い気がします。
2016/11/22 教えることは2度学ぶことと言いますが、学ぶことは本当に楽しいのです。ところで、私が今までに経験したことの無いような失敗を、新人さんはやらかしてしまいます。すると、これまで考える必要の無かった事を考える機会が訪れるので、人生をもう一度楽しめているような、とても得した気分になります。
2016/11/21 過去の工人の作品を模写する場合、似せて作るだけでは只の物真似になり、大きく変えてしまえば模写になりません。出来る限り似せて作りながらも、そこに自分の最も得意とする技を投入することで、似てはいるが自分の個性が匂い立ってくるものを、原作者に敬意を払いつつ、創り上げなくてはいけません。
2016/11/20 「様々な事に挑戦するのは良いが、実験的なものを世に出すことは控えなさい」と教わりました。中途半端なものを世に出してしまうと、取り返しがつかなくなるからです。確かに上手くなる程、他人に見せても良いものと悪いものの判断が出来る様になるので、名人は何を作っても名品になるのだと思います。
2016/11/19 納めた品物の出来が良すぎて売るのが勿体ないと、問屋さんや小売屋さんに言われることが有ります。お世辞にも程が有りますが、とても嬉しくなります。ですが、次に納める品物はもっと良いものを目指すので、今あるものは安心して売ってもらいたいのです。職人の作るものは、進歩し続けるものですから。
2016/11/18 生れつき優しい子も、次第に世間擦れして、優しさを失って行きます。大人になっても優しさを失わない人は、世間の裏側を知った上でも、優しくありたいと努力して、それを維持したのだと思います。ですから、子供と大人の優しさは根本的に違うので、何もしなかったら、優しくない人になるのは当然です。
2016/11/17 鍛冶の世界は未だに謎だらけで、科学で証明出来ることなど極僅かです。また作業者の個性や鍛冶場の道具立ても様々ですから、他人がやっていることをそのまま真似ても、上手くいかないものです。ですから、出来るだけ早いうちに沢山失敗して、その改善を高速で繰り返すことが、上達には不可欠なのです。
2016/11/16 今迄の鍛冶屋は失敗しながら上達してきたが、これからは科学で証明されたマニュアルを使い、失敗しないで上達しなさいと言われたことが有ります。ですが、上手くいっている時よりも、失敗した時に得られる情報の方が、遥かに多いものです。私は師匠に「上達したければ鍛冶場で泣け」と教えられました。
2016/11/15 問題が起こりその解決方法を考えた時、大抵の場合は今置かれている状況で何とかなります。普段は絶対にやらないから気付いていないだけで、問題解決のツールは既に目の前に有ったりします。そうであるなら、自分が本当にやりたいと思っている事の準備は、自分以外はすべて整っているのかもしれません。
2016/11/14 何時まで続くか解らない事は、人を不安にさせます。例えば大病を患っても、完治すると分かっていれば我慢できます。ですが、生死に関わる病気でなくても、何時完治するか分からないのは辛いものです。ですから、新しい事を始める時には、期限を決めて始めた方が、始め易いし、続け易いと思っています。
2016/11/13 人生をやり直したいかと聞かれたら、このままで良いと自信を持って言いたい。何故なら、今迄の経験の全てが今の自分の人格を作っており、それを否定することは、今の自分を否定することにもなるからです。過去の失敗も含めて、今までの人生を受け入れたほうが、気持ちよく毎日過ごせると思っています。
2016/11/12 安っぽい商品は、何故そう見えるのでしょうか?商品は品質が良いだけでは売り難い為、良さそうに見せる必要が有ります。その為に広告宣伝などの経費を掛けすぎると、商品自体に掛けるべき手間を減らさざるを得ません。その結果、価格の割に品質が悪くなり、安っぽく見えるのでしょう。皮肉なものです。
2016/11/11 うちの新人さん、指示を出せば躊躇なく始め、出来ないなりに進めます。上手く出来たら喜んで、失敗したらやり方を改めます。自分の非はすぐに認め、謝ります。礼儀をわきまえ、周りに気を配ります。一体全体、どんな親に育てられたら、こんな素直なオッサンに育つのか、毎日不思議に思っているのです。
2016/11/10 些細なことにクヨクヨするなと言いますが、私はクヨクヨしたいのです。他人が気にも止めない些細なことを深く考えれば、考えない人の何倍も賢くなるでしょう。ならば、その分野で間違いなく秀でることが出来る筈ですから、クヨクヨせずにはいられないのです。そんな風にして、私の玄能は出来ています。
2016/11/09 高度なもの作りには、感受性の豊かさと身体の健康が不可欠です。感受性が豊かなだけでは心を壊すかもしれませんが、丈夫な身体は繊細な心を支えてくれます。その為には、情緒豊かな人や本に接し、無理な運動を控え、心身の状態を最善に整えておく必要が有ります。ですから、寝酒を止める事にしました。
2016/11/08 2〜3度やってみせるだけで、後は放って置きます。すると、期待通りの失敗をしますが、それでも放って置きます。そこですぐに聞いてきても教えません。自分の頭で考えてもらうためです。精一杯考えたすえに、出来なくて聞いてきたなら、一寸だけやってみせます。上手く出来た時に、軽くうなずきます。
2016/11/07 大工手道具は必需品ではなく、贅沢品の領域に入りつつあります。ですから大工道具鍛冶も、それを意識したもの作りをしないと、立ち行かなくなる可能性が有ります。そこで私は、贅沢品と実用品の違いを吟味して、贅沢品に限りなく近いけれど、実用品の領域から決して外れないもの作りを目指しています。
2016/11/06 好きでも得意でもないと思っていた玄能造りですが、夢中で作った玄能を長谷川幸三郎さんに見てもらい、指導してもらうに従い、それが自分に向いている事だと気付き、上達すると共に、好きになりました。きっと、自分の才能すら自分では気づきにくく、それを見分けてくれるのが、その道の大家なのです。
2016/11/05 もの造りが大好きだと言っていますが、本当は大好きなのかどうかも分かりません。ただ、得意な上にやらずにはいられないから、大好きなのだろうと思っているだけです。ただし何でもそうですが、興奮してやっているうちはまだ序の口であり、本当に好きになったら、淡々とできるものだとも思っています。
2016/11/04 スポーツをすると健康になるって本当?随分前の事ですが、元気一杯の人が病弱な人に「俺はスポーツしているから、風邪も引いたことが無い」と自慢していました。乱暴な事を言うものだと思っていたら、気の毒にその人は病気で早逝してしまいました。健康だからスポーツが出来ていたということでしょう。
2016/11/03 今春、後ろ髪を引かれる思いでバイクを売りましたが、もっと早く売ればよかったと思いました。乗っていた当時は必要でも、今は不必要になったからでしょうが、同様に、要らなくなったのに、なんとなく辞めずに続けている事は沢山有りそうです。ならば、定期的にいらないもの検査が必要かもしれません。
2016/11/02 仕事で結果を出すには、先ずは目の前の事実をありの儘に受け止める素直さが求められますが、経験を積むほどに先入観が増えてしまい、とても難しいのです。ですから、素直さは生まれつき備わっているものではなくて、意識して鍛えないと身に付かないという事実を、ありのままに受け止めたいと思います。
2016/11/01 新人さんの面倒を見ながら、仕事に必要な事を考えていました。的確な目の付け所。周囲に影響されない集中力。間違いを認めてやり直すことの出来る柔軟性。他人の話を聞ける謙虚さ。朗らかさ。礼儀正しさ。心身の健康。様々ありますが、全てが素直な心から引き出され、育まれていくものだと思いました。
2016/10/31 夜中に酔っ払いが大声で喚き、暫くして近所の自動車の防犯装置が作動し、クラクションがけたたましく鳴り響き、未明には屋根の上でハクビシンとカラスがバトルを繰り広げていたお蔭で、本日はずっと眠いのです。このハクビシンは隣の空き家に滞在している様ですが、こんなインバウンドは御免なのです。
2016/10/30 色付糸から透明糸に変えて、糸の動きを見て合わせる釣り方から、他の感覚に頼る釣り方に変えました。透明糸は見えにくいので、自然と手や腕の感覚に意識が向かい、それまで感じなかった僅かな変化に気付き、充分にアタリが取れます。今迄は目にみえる物に頼り過ぎていて、窮屈だったことが解りました。
2016/10/29 人を雇おうとすると「鍛冶仕事は一人前になるまでに時間が掛かるから、鍛冶屋が人を雇うには、丁稚奉公させるしかない」等と言われて、諦める様に諭されてきました。左様に、私の望みは何時も否定されてしまいますが、却ってやる気の炎に油を注ぐことに成ることを、多くの人に気付かれてしまいました。
2016/10/28 私は諦めの悪いしつこい奴と言われる一方で、何をやっても続かない飽きっぽい奴とも言われますが、そのどちらも正解です。目標達成の為に新しい事に挑戦すれば、不必要になる多くを捨てなくてはいけません。ですから、捨てるところを見た人は飽きっぽいと言い、真意を察する人はしつこいと言うのです。
2016/10/27

なんと、昨日から新人さんが来てくれました。求人連載ブログを1年間続けても採用に至らなかったのに、私のことを何も知らない人がハローワークの紹介で訪れ、採用が決まりました。30代半ばと若くは有りませんが、じっくり育てたいと思います。今迄応援下さった多くの人達に、心から感謝いたします。

2016/10/26 未経験な事に挑戦する時は不安になりますが、不安を紛らわすために自分を鼓舞し、興奮して進めても、冷静になるにつれて、不安が頭をもたげてきます。ですが、最初から淡々と準備を進めていけば、知識が増えることで度胸も据わり、冷静に周りを見ることが出来るので、少ないチャンスをものに出来ます。
2016/10/25 若しかしたら勝てるかな、と相手に思わせてはいけません。その為には、出来たからといって直ぐに見せるのではなく、相手が絶対に真似できないレベルに達してから、やんわりと出します。その時迄は、どんなに馬鹿にされようとケツに聞かせておいて、見えない所で一寸だけニヤニヤしていればいいのです。
2016/10/24 麓から見たら易しそうな山も、頂に近づいて初めて、厳しさに気付くことが有ります。ですが経験を重ねれば、それも平気になります。一方で、山に登ることもなく、その厳しさに気付けないが故に、平気な顔をしている人達もいます。そして、何時も不平不満や悪口を言っている人の多くが、後者に属します。
2016/10/23 沢山釣っている人達を見ると、道具立ても釣り方もまるで違っているのに、同じように上手く釣り上げています。ですがよく観察すると、バラバラな事をしている中にも、共通点が見えてきます。そして、共通点を注意深く考察すれば、釣る為の基本が読み取れますが、こうした場面で目の付け所は試されます。
2016/10/22 5年前に書いた目標を何気なく見たら、叶っていました。当時は出来たら凄いなと思っていたことも、今になったら、なんじゃこりゃです。目標を立てたことすら忘れていましたが、書いておくと叶うものですね。今後の目標も、なんじゃこりゃと後になって思えるように、しっかりと書いておくことにします。
2016/10/21 ずっと夢見て努力していたことでも、叶うと分かると、少しだけ物悲しい気持ちになります。もの作りの場合でも、完成してしまったものには、興味が無くなります。苦労して釣った魚をリリースするのも、なんだか似ています。そう考えると、人は少しだけ足りていない状態が、一番幸せなのかもしれません。
2016/10/20 私の作業を見た人は「それだけ?」って顔をしますが、ほんのこれだけです。目を三角にし、炎を吹き上げ、息を弾ませ、矢鱈目ったら槌を叩きつけたりしません。穏やかな顔で、出来るだけ弱い炎で、息を整え、必要なだけ叩きます。誰にでも出来そうに見えますが、本当の大変さは、目には見えないのです。
2016/10/19 止めたり断ったり出来ずにやりたくない事を続けても、上手く行かずに自分も周りも不幸にしてしまいます。又、本当にやりたい事をする時間が無くなり、生きている実感も持てないでしょう。もしも相手に不快感を与えずに、思い通りに止めたり断ったり出来たなら、想像以上に多くの事に挑戦出来る筈です。
2016/10/18 始めるには勇気が必要ですが、止める方がはるかに難しいものです。とにかく始めて、上手くいかなければ止めればいいと言いますが、しがらみが増え、止め難くなります。少し上手くいってしまうと、更に止められません。ですから、一度始めたことをきっぱりと止められる人は、本当に強い人だと思います。
2016/10/17 私の様に仕事を楽しむ職人は少ないそうですが、初めは苦しみました。ですが、好きで得意な事で世の中に貢献出来る事を夢見て、物作りに専念すると共に、それ以外の事を止め始めてから運が上向き、仕事を楽しめるようになりました。結局は、やって楽しい事をやったから、楽しくなっただけなのでしょう。
2016/10/16 求められないものを提供しても売れませんが、今求められているものを提供しても、競争になるし、提供するものが自分の価値観に合わなければ、長く続けられないでしょう。ですから、自分の価値観に合っていて、今は求められていないが、見せたら欲しくなるものを提供し続ければ、売れ続ける気がします。
2016/10/14 師匠も亡くなり、地元の鍛冶屋ともほとんど交流の無い私ですが、得ることの出来る情報は、とても多い気がしています。その理由は、問屋さんや小売屋さんが、様々な情報を提供してくれるからですが、出来たものを売ってもらった上に、多くを教えてもらえるのですから、なんとも贅沢な身分だと思います。
2016/10/13 玄能の基本と思われるものを自分なりに吟味し、有触れた形状のものに、それを付加してみます。すると、今までのものとは少し違った、独自な形状が生まれます。左様に、何が基本なのかは、人其々に考えが違うので、奇をてらわずに基本だけで形状を組み立てても、充分に自分らしいものが出来上がります。
2016/10/12 生活の為には、時代の要請に合ったものを作る必要が有りますが、土台に揺るぎない信念を置かないと、基本から外れて迷子になります。この日記は、玄能造りに対する私の信念を再確認し、それを土台に定着させるために書いている側面もありますが、書く程に、時代に合わせなくても良い気がしてきました。
2016/10/11 良い玄能の定義は様々で、作り手側と御使用者側でも意見は分かれます。常日頃私は、御使用者に使いよいと褒めていただけることを、一番に目指していますが、良い玄能の定義はと聞かれたら「時の試練に耐え、100年後でも高い評価を得ることの出来るもの」と、勇気を出して一寸だけささやいてみたい。
2016/10/10 人は皆、ジグソーパズルのピースの様です。入る所をすぐに見つけられる人もいるし、そうでない人もいます。微妙な違いで入れない時に、無理に自分の形を変えて入ってしまうと、そこに入るべき人が入れません。自分が無理せずに入れる所が必ずあると信じて、旅を続けていくのも悪くないと思っています。
2016/10/09 やるほどに感覚が研ぎ澄まされ、毎日新しい気づきに溢れ、飽きることが有りません。その反面、課題も多く見え、何時までも達成感が無く、自信も付きませんでした。ですが、そんな状態でも淡々と続けられる事実こそ、それが自分に向いており、上達に無くてはならない素質で有る事に、漸く気付きました。
2016/10/08 上達の切掛けは景色の変化で気づきます。昨日までの景色が違って見えたり、見えていなかったものが見え始めたりしたら好機です。立ち止まって、その理由を考えてみます。すぐに分からなくても構いません。一度立ち止まるだけでも、効果は充分です。先を急ぎ走り続けていたら、上達は逃げてしまいます。
2016/10/07 やる気が大切だと言われますが、やる気が無くても元気に仕事が出来ます。以前は、やる気が出ない事に罪悪感を持ちましたが「仕事にやる気は必要ない。やるべきことをやるだけ」と師匠に教わり、それからは淡々と仕事が出来ています。自信が無い時も同様に、取り敢えず始めれば、なんとかなるものです。
2016/10/06 ヒツ穴周りの肉はたっぷりと残し、その他の部分で意匠を凝らし、個性を表現します。基本を押さえつつ、わずかな遊べる箇所で工夫する訳です。左様に、先達の積み上げてきた基本に、一寸だけ自分らしさを上乗せした上で、洗練させていきます。すると、それが自分の型となり、熟成され、味が出てきます。
2016/10/05 偉大な師匠を持つと、比べられて大変でしょうと言われますが、到底敵わないと思っているので、至って平気です。ですから、持つべきは一流の師匠なのです。ところで最近気付いたのは、上手い仕事の本質を見抜き、敵わないと思える事も才能だということです。敵わないと思えば、のびのびと出来ますから。
2016/10/04 成長するには危機感を持つことが大切と言われますが、危機感を持たなければ出来ないなら、きっとそれはやりたくない事なのでしょう。やりたい事が明確ならば、やらずにはいられないはずですから、そちらの方がパワーを発揮出来る筈です。ならば、とっとと本当にやりたいことを探した方が良さそうです。
2016/10/03 園芸ブームの時は園芸用品を、刃物ブームの時は刃物を作れと急かされました。私はやりませんでしたが、多くが作り始め、出来上がった頃にはブームは去っていました。現在は包丁ブームだそうで、気付いたら多くの鍛冶屋が包丁を作り始めています。またしても私は、ブームに乗り遅れてしまったようです。
2016/10/02 一流の師匠がいとも簡単に成果を出すので、見ている弟子は、自分にも出来そうな気がしてきます。そこで張り切って始めますが、簡単には出来ないので、挑戦心に火を付けられ、謙虚に精進します。三流の師匠の仕事を見ても、弟子は出来そうな気になりますが、本当に出来てしまい、調子に乗っちゃいます。
2016/10/01 仕事について相談に乗ってくれる、強力な支援者が沢山います。それは問屋さんや小売屋さんですが、私が良いものを作るほど沢山売れるのですから、喜んで協力してくれます。最近では、彼らの存在を無駄だと切り捨てる人も増えましたが、私の様な未熟者にとっては、無くては成らない大切な先生なのです。
2016/09/30 玄能を百個も作れば、中に一つ位は幸三郎に負けない物が出来ると言った鍛冶屋がいますが、分かってないにも程が有ります。玄能に限らず、同じ様な事を言う人は沢山いますが、出来ていない人ほど変な自信を持っています。幸三郎さんには到底叶わないと思っている私は、自信が無くてよかったと思います。
2016/09/29 他人のせいにして何も努力しない人には、何を言っても無駄なので、自分に出来る事をするだけです。たとえ、注意しなければ直らないと思っても、ほぼ徒労に終わるので、自分に出来る事をするだけです。左様に、他人に変わってもらうより、自分に出来る事をした方が、随分と幸せになれる気がしています。
2016/09/28 基本を押さえつつ内容を洗練させていくと、同じ様な形状に落ち着いてしまいます。例えば、現在試作中の玄能に、自分なりの特徴を出そうと工夫してみましたが、その後師匠の玄能と比べたら、そっくりでした。きっと同じ様な思考の道筋で、この形状に辿り着いたからでしょう。嬉しくも哀しい出来事です。
2016/09/27

理解できない可笑しなことをする人がいても、私に知識が無いだけなのだと、自分を納得させることにしています。事実、可笑しなことだと思った事が、世の中の標準になったりします。どんなに馬鹿げたことを言っても、それが多数派ならば、通用してしまいます。事実、日本は民主主義で成り立っています。

2016/09/26 誰かが成してしまえば、当たり前に感じてしまうことでも、誰も成さなければ、そんなことが人間に出来るとすら気付けないことが有ります。幸三郎さんが高品質な玄能を造ってくれたのは幸運です。彼が成さなければ、玄能がこんなにも探り所の豊富な物であることに、多くの人が気付けなかった筈ですから。
2016/09/25 始めたことを精一杯にやると、続けるか辞めるかの判断が直ぐにつきます。大凡2年くらいで先が読め、3年くらいで方向付けできるでしょう。これが、船頭が多い場合には、何時まで経っても結論が出せません。先が見えず不安になった時こそ、群れることなく、自分の足で前に進むことが大切だと思います。
2016/09/24 変わった形状の玄能を試作していますが、基本の形は八角形です。八角玄能は勿論、丸玄能も四角玄能も一文字型も、全て基本の形は八角形です。これが分かっているかいないかで、完成度は大きく異なりますが、意外と誰も考えていないようです。こういった事を発見するのが、もの作りの醍醐味なのにな〜。
2016/09/23 学生時代の不良が大人になり事業に成功すると、真面目になったと感心されますが、本当でしょうか?彼らは自分の性格を活かせる仕事に巡り合えただけで、真面目になったわけではない気がします。大人の世界は清濁併せのむ許容力が有り、どんな性格であれ、活躍出来るチャンスが有ると言うことでしょう。
2016/09/22 子供達が幼い頃、喜んで通っていたテニス教室の指導員に、素質が無いから止めろと言われ、止めてしまいました。その程度で止めるのも、いかがなものかと思いますが、素質が無いからとは一体何を指しているのでしょう。やりたいと思う気持ちこそ尊い素質だと思っていた私は、とても考えさせられました。
2016/09/21 頑張らずに生きていますが、世間は矢鱈と頑張れと急かします。ですから、此のままでいいのだろかと、時々心配になりますが、何を頑張っていいのか分からないので、やはり今まで通りにしか出来ません。私は今のままが丁度良いと思っていますが、「丁度良い」を見つけられただけでも、幸せだと思います。
2016/09/20 「名人は何を作っても、それは名品になります」これは若い頃、玄能の自分の型を模索している時に、有る方からいただいた言葉です。名人の域に達すれば、基本から外れていない限りはどんな型であれ、洗練された最高の状態を作り出すことが出来るので、つべこべ言わずに名人を目指せと言うことでしょう。
2016/09/19 最初は玄能など造りたくありませんでしたが、諸事情でやむを得ずやったら、なんとなく出来てしまい、その気になりました。左様に、天職と思われる様な事でも、偶然が切掛けの場合も多いでしょう。ですから、やりたい事が分からないなら、他人に付き合ってやってみることから始めるのも良いと思います。
2016/09/18 同じ経験でも人其々に感じ方は異なるのに、なぜ意見をまとめようとするのか。ある随筆家の文章が国語のテストに出た際に、著者の心情を推測する問の答えを見た当人が、こんな心情ではなかったと言っていました。左様に、答えの無いものに答えをこじつけて他人をコントロールすることは往々にあります。
2016/09/17 老眼鏡をかけたら、世界がまるで違って見えました。出来ているつもりでいた事が、出来ていないのに気付き、とても恥ずかしくなりました。ですが、気付いてしまえばこっちのものです。幾らでも改善する方法は思いつきますから、後は行動するのみです。一番困るのは、出来ていない事に気付けない事です。
2016/09/16 商品やサービスは目立たせる必要が有ります。すると、多くの場合は露出を増やしますが、私のお客の小売屋さんは「浩樹」が何処の誰なのか、尋ねられても教えなかったそうです。お蔭で謎めいて、より御需要者様の興味を引くことが出来ました。敢えて情報を絞り、目立たなくすることで目立たせた訳です。
2016/09/15 最近の製品精度が凄いと、目利きのお客様に褒められました。ですが、私は普段通りに仕事をしているだけで、特別な事は何もしていません。強いて言えば、老眼鏡をかけただけ。この様に、何の努力も無しに飛躍的に進歩する方法も有るのですね。上達を目指す人は、意識して取り入れる必要が有りそうです。
2016/09/14 私は仕事が上手いと思ったことが有りません。自信が無いから、毎日努力出来ます。また、自信が有るとはどんな状態なのか、とても興味が有るので、自信をつける為に努力します。ならば、自信が付いたなら努力しなくなるのでしょうか?それも自信が付いてみないと分からないので、取り敢えず努力します。
2016/09/13 思い通りにならないと腹を立てる人がいますが、直ぐに思い通りになることなど、高が知れています。ままならないから、何とかしたい、挑戦したいと思えるのであり、直ぐに出来てしてしまいそうなことなど退屈ですから、放って置けばいいのです。なにより、なかなか実現できないことほど長く楽しめます。
2016/09/12 「浩樹さんは有名だから、訪問者が絶えず大変でしょう」と言われますが、ピンときません。引き籠りな上に、人を寄せ付けないオーラが出ているらしく、訪問者も有りません。近所の人も私が何者なのか知っている人は少ないようです。ですが、仕事は成立しているので、お客さんだけには有名なのでしょう。
2016/09/11 人間が自由意思で行動している事を科学では証明できません。考えて行動しているようでいて、実は既にプログラムされた通りに行動しているとも言えるそうで、実にややこしいのです。ですがそんな難しい話ではなく、悪口を言われて反応的に腹を立てている様では、自由意思が有るとは言えないのでしょう。
2016/09/10 「誰かの成し遂げたことであれば、誰でも出来る筈です。同じ人間のやったことですから、レベルは違っても、近いことは出来るでしょう」なんて、気楽に考えられたら、色々と挑戦できそうです。そして、成功する人はそう考えているのでしょう。そう考えるか、そうでないかが、人生の分かれ道になります。
2016/09/09 他人から苦労が足りないと言われますが、然り。良い師匠やお客様に恵まれて、とても順調に来ました。時には上手く行かずに作業が深夜に及ぶことも有りますが、絶対にできると信じているので、それ程苦痛に感じません。きっと、こう感じることが出来る事が、大好きな事を仕事にしたご褒美なのでしょう。
2016/09/08 私の鍛冶仕事にイメージトレーニングは欠かせません。無意識に出来るくらいまで頭の中で繰り返し動作を確認すると、作業の本番前には、既に上手く出来た気分になります。これって神仏に願い事をするのに似ていますよね。強く願うことで叶った状態を強くイメージできれば、願いは叶いやすくなる訳です。
2016/09/07 世の中は科学で証明されていないか、その必要すらない事で満ち溢れているのに、科学的でないからと多くを否定してしまうのは、誠に勿体ない話です。又、科学で証明されたことは絶対だと言う人も居ますが、反証可能が科学の前提ならば、それ自体が科学的ではありません。そこに人のエゴが隠れています。
2016/09/06 嫌々仕事をしている人には申し訳ないのですが、私は仕事が楽しくてなりません。そもそも大好きな事を仕事に選んだので、楽しいのは当たり前ですが、同時に、出来るだけ好きな人と一緒に仕事が出来る環境も整えてきました。そこで気付いたのは、誰と一緒にやるかで、楽しさは格段に違うと言うことです。
2016/09/05 コロンブスのアメリカ大陸発見やイエーガーの音速の壁突破など、それが可能と解れば、多くがそれに続きます。それとは反対に、簡単に出来る事でも出来ないと思い込んでいたら、始めようとも思いません。ですから、超一流の人の出来ている状態を見て、自分にも出来そうだと勘違いすることが第一歩です。
2016/09/04 充分な地位やお金が有ったら、自分は何をしたいと思っているだろうか?大きな家に住み、高級車を運転し、貧乏人を笑うのだろうか?実は全く想像がつきません。きっと私が金持ちに成れないのは、そうなった時の自分を想像出来ないからで、そもそも金持ちに成りたいとすら思っていないのかもしれません。
2016/09/03 鍛冶仕事の上達には現場での訓練が欠かせませんが、同時に頭の中での訓練も欠かせません。必要な知識を身に付けたり、段取りの確認をしたり、常日頃から意識して取り組む必要が有ります。ですが鍛冶仕事が好きならば、無意識に四六時中考えてしまいますから、頑張らなくても勝手に上達してしまいます。
2016/09/02 難しい事を難なくこなすと、他人には簡単そうに見えます。簡単な事でも苦労していると、難しそうに見えます。何かを始めるのに、上手い人を見るか、下手な人を見るかで、難易度の印象は随分と変わります。初めて師匠の仕事を映像で見た時に、凄そうだけれど出来そうな気がしたのが、まさにこれでした。
2016/09/01 子供の頃からもの作りが大好きでしたが、出来上がると捨てていました。表彰されたりした賞状も、すぐに捨ててしまいます。釣った魚の大きさを測ったり、写真を取ったりもしません。これは過去に未練やこだわりが無いからなのでしょうが、お蔭で何時も前だけを向いて、元気に生きてこられた気がします。
2016/08/31 気付いて試してみると、いきなり上手くなることが有りますが、これが上達です。意識せずとも少しずつ上手くなっていくのは、上達ではなくて慣れです。ですが、慣れることで無意識に出来る事が増えると、新たな上達のヒントが露わになってきます。ですから、上達にはそれを意識した慣れが必要なのです。
2016/08/30 変な物を見ると目が腐るので、良い物だけを見なさいと師匠に教わりました。ですが、最初は変な物と良い物の区別がつきませんでしたが、自分の目指す方向が決まると、区別がつくようになりました。ですから、世の中に絶対的な変な物と良いものが有るのではなく、自分の中にそれを作る必要が有るのです。
2016/08/29 繊細過ぎる神経は脆いと言われ、鋭すぎる刃物は長切れしないとも言われます。では、どのくらい鈍ければ人は強くなり、刃物なら長切れするのでしょうか?その丁度良い塩梅を見きわめるには、やはり感性に繊細さや鋭さが必要なのではないでしょうか。これは矛盾しているようで、そうでもない気がします。
2016/08/28 間違いに気付いた時の感情にも、二つあることに気付きました。誠実に対応しているつもりで間違えてしまった時には、自分に進歩の余地が有る事に希望が持てます。いい加減に対応して間違えてしまった時には、自分の馬鹿さ加減にただ呆れてしまいます。どうせなら、希望の持てる方が良いなと思いました。
2016/08/27 ネアンデルタール人はヨローッパにとどまり、滅びました。現生人類は世界各地に移動し、生き残りました。この違いが好奇心の多寡によるものだとすると、現生人類の中においても、好奇心の強いものが生き残り、そうでないものが滅びるのかもしれません。好奇心を持ち行動することの大切さを痛感します。
2016/08/26 玄能は硬すぎれば使っていて欠けることが有り、軟らかすぎればまくれてしまいます。そこで玄能鍛冶は、欠けずまくれずの丁度良い硬さを目指して作業を進めますが、それは人生も同じだなと感じました。自分にとっての丁度良い加減を、言い換えれば自分らしさを追い求め、日々もがき苦しむ様なものです。
2016/08/25 下手な人ほど教えたがるといいますが、確かにそのようです。上手な人は教えないのかと考えると、確かにその傾向は有ります。その理由を考えてみれば、下手な人は教えられなければ上達できず、上手い人は教えられなくても上達できたからでしょう。であれば、上手な人は教える訓練が必要になりそうです。
2016/08/24 最近は成金趣味な人が増えている気がします。以前なら下品と捉えられる様な身なりや振る舞いを、当たり前に目にします。少しくらい高価なものを身に付けても、誰も振り向いてくれないので、益々エスカレートするのでしょう。そういった意味では、相対的にお金の価値が下がってきているといえるのです。
2016/08/23 好奇心旺盛で多くの事に手を出してきましたが、やるほどにそれが自分に向いているのかどうかの判断は早くなります。それでも時々、向いていないと思う事でもしたくなり、他人に最近読んで面白かった本を聞いて読んだりしています。すると、自分の知らなかった楽しい事に出会え、とても嬉しくなります。
2016/08/22

自分らしく生きることで得る対価は、お金に換算すると低い場合もあるでしょう。ですが、生き生きと生きていれば、ストレス解消の為に散財することも無いので、意外と貧乏でも構わないのかもしれません。既に充分成熟した日本では、それで生きていける事に気付き始める人が、益々増えていくと思います。

2016/08/21 自分らしく生きている人は、自分らしく生きている人が周りに集まり、益々生き生きとしてきます。自分らしく生きていない人は、自分らしく生きていない人が周りに集まり、足を引っ張ってきます。どちらも自分で選ぶことが出来ますから、私は前者を選び、沢山の素敵な人に囲まれ、励まされ生きています。
2016/08/20 私は直感をとても大切にしており、それが正しい場合が頻繁にあります。先日、工場内に設置した棚の位置が気になり、移動しないと危険だなと思っていたところ、翌日にその棚と荷物を載せた台車の間に左手親指を挟み、爪を剥ぎました。滅多に怪我をしない私ですが、直感を信じなかった罰が当たりました。
2016/08/19 玄能造りは資料が少なく、パズルの抜け落ちたピースを探すような地道な作業になります。そんな作業が嫌いな人にはまるで地獄の様ですが、好きな私にとっては胸高鳴る魅惑的な仕事です。そしてこの仕事を始めたのも偶然でなく、必然だと分かっています。人生もパズルのピースを探すような作業なのです。
2016/08/18 最初は金属組織や硬度、或いは意匠等の表面的な知識を頼りに仕事をしていましたが、良いものは出来ませんでした。師匠の下に通い始め、玄能を造るのであれば玄能を学びなさいと言われ、玄能の本質を探究し始めたら、金属組織や意匠等の枝葉末節は、後から自然に付いてきました。順番がとても大切です。
2016/08/17 職業訓練校に入りもの作りの道に進みたいと言ったら、何故大学に行かずに肉体労働の道を選ぶのかと、クラスメートに叱られました。勉強は未来の選択肢を増やすためのものと思っていたのに、彼等には減らすためのものだったようです。どんな生き方も選べるはずなのに、なぜに自分を縛るのか不思議です。
2016/08/16 もの作りが大好きで良いものを見続けてきたせいか、自分の作る物が良いものに見えません。まだまだ上がいることを良く知っているし、自分は不器用だとも思っています。ですが、そう思えたことは不幸ではなく幸いでした。お蔭で、自分の作るものに満足することなく、毎日楽しく挑戦することが出来ます。
2016/08/15 子供が小さい頃、困っている人に「だいじょうぶ?」と声を掛けたことに驚きました。誰も教えないのに、本能なのでしょうか。それと比べて、自分は他人を思いやる気持ちが、其処まで有るのかと自問すれば、恥ずかしくなるばかりでした。人は何時の時点から、思いやりの気持ちを失ってしまうのでしょう。
2016/08/14 作業を見せることは滅多にありませんが、普段から見られても恥ずかしくないように心掛けています。大好きなバーのマスターを見ていても思いますが、些細な動作に至るまで、見られて恥ずかしくないように振る舞う事こそ、格好良いなと。見られていようがいまいが、同じように振る舞えることが目標です。
2016/08/13 若い頃は全能感が有り、無茶な事にも挑戦できます。年を取ると自分の限界も見え、落ち着く所に落ち着きますが、それを諦めと言う人も居ます。ですが、挑戦したうえでの落着きは、自分の適正を見つけたという事であり、素敵だと思います。挑戦せずに落ち着いてしまうことが、私は諦めだと思っています。
2016/08/12 通学中の子供たちはニコニコして楽しそうですが、通勤中の多くの人は不機嫌です。私はこのギャップこそが、世の中をギクシャクさせている元凶だと思っています。どこかの段階で価値観がすり替えられているのであり、それは「楽しむための人生」から「勝たなければいけない人生」への変化だと思います。
2016/08/11 乗物や人混みが苦手なので、出来るだけスキー場に行かずに、イメージトレーニングでスキーの上達を目指し、1級を取ったことが有ります。人の脳ミソは現実とイメージの区別がつかないそうなので、もしも四六時中考えていても苦にならない事であれば、イメージするだけで上達は約束された様なものです。
2016/08/10 中学生になった時、同級生が成績で一喜一憂している姿を見て、他人と同じ様に自分も成績が上がると嬉しいのかどうか気になりました。そこで勉強して一番を取ってみましたが、別に嬉しくなかったので、自分には学校の勉強が向いていないと思ったものです。当時から相当にへそが曲がっていたのでしょう。
2016/08/09 ある鍛冶屋が言いました。「これは手作りだから良いもので、形が揃っていないのは味です」と。この「手作り」や「味」を商品の付加価値とするテクニックを指南する人も居ますが、そんなものは甘えでしかありません。はっきり言っちゃいますが、私の商品が揃っていないのは下手だからです、御免なさい。
2016/08/08 鍛冶屋は儲かる仕事ではありませんが、真面目にやっていれば、現在でも充分に仕事は有ります。私は欲張らないせいか、有りがたい事に数年先まで仕事の予定が入っており、毎日穏やかな気持ちで、楽しく生きることが出来ています。若い頃からの想像通りに、お金や権力など無くても充分幸せになれました。
2016/08/07 他人と自分を比較したり、競ったりすることが嫌いな私ですが、もの作りなら、今まで作ったものよりも良いものを作る事を目指すので、言わば今迄の自分と競い、自分の既存品と比較し評価します。ですから他人と競うこと無く、気兼ねなく上達を楽しむことが出来ます。戦う相手は自分で選べば良いのです。
2016/08/06 やっつけ仕事だからといって、気を抜いてしまうのは勿体ないのです。そんな時程、段取りや体の使い方を工夫するチャンスです。余裕を持ってできる分、色々とアイデアも浮かぶことでしょう。そんな風に思えたならば、嫌々していた仕事も、楽しくなるかもしれません。仕事は楽しくやった者勝ちですから。
2016/08/05 師匠の鍛冶理論は理解しづらく、習得にも時間が掛かるために、地元では蔑ろにされてきました。師匠も無理に解ってもらう気も無かった様ですが、私はその理論に惚れ込んでいるので、是非多くの人に知ってもらいたいと思っています。その為にも、私は毎日良い玄能を造り続ける必要が有ると考えています。
2016/08/04 考えるより行動しろと周りは尻を叩きますが、間違った努力をすればするほど、間違いに気付いた時に、後戻り出来難いものです。師匠は言いました。「技術を身に付ける前に、作るものを学びなさい。そうすれば、必要な技術が見えてきます」と。先に技術を身に付けてしまうと、それに固執してしまいます。
2016/08/03 出来ていない人ほど出来ていると思い、出来ている人ほど出来ていないと思っています。これは当然ですが、威張っている人も同じだと思います。威張ってはいけない人ほど威張ってしまい、もっと威張ってもいいのに、と周囲が思う様な人ほど、自分はまだまだと思っていて、やたらと腰が低いので驚きます。
2016/08/02 手間に見合わない仕事をしてはいけないと言われますが、つい夢中になってしまい、手間を掛け過ぎてしまうことがあります。ですがそのお蔭で、お客様から喜んでいただき、口コミと紹介のみで仕事が出来る様になりました。ですから、合うか合わないかは、何を得たいのかによって変わってくると思います。
2016/08/01 子供の頃から、真面目なだけの無能と言われてきました。何でも丁寧にするので、他人より時間が掛かりますし、急がされても急げませんから、何時も叱られてばかりです。ですが、今では同じ仕事をするのであれば、他人よりも遥かに早く出来てしまいます。ですから、真面目は立派な才能だと思っています。
2016/07/31 「焼入れに使う水は人肌が最適」「焼入れ温度は一寸高めが良い」とは師匠の言ですが、言われた当初はよく意味が呑み込めず、師匠は理由を教えず、ニヤニヤしているだけでした。あれから15年以上がたち、ようやくその意味が理解できました。亡くなられた後も、ずっと私は試されていたということです。
2016/07/30 意外かもしれませんが、私は業界最後発のヒヨッコ爺です。当初その遅れを取り戻すために、我武者羅に取り組みましたが、全く売れませんでした。そこで、玄能の本質が何なのかを改めて探求し、辿り着いた答えが「良く効く」でした。そしてそのためにどうしたら良いのかを考え続けて、今に至っています。
2016/07/29 過去の工人の偉業の数々を、科学で証明出来ないからと蔑ろにし、科学で証明された近年の細やかな発見を、大層なものとして宣伝に利用するのは、如何なものでしょうか?人が解り易いものに飛びつき易いという性質を、上手く商売に結び付けたいのでしょうが、みすみす進歩の機会を逸することになります。
2016/07/28 屑を出さない鍛冶屋は上手いと言われます。失敗の屑を出さないだけでなく、加工方法にも屑の出ない工夫をします。玄能ならば、メクソ(ぬきカス)は小さいほうが良く、ヤスリ掛けも出来るだけしなくていいように、精度高く火造らなくてはいけません。実はそんな工夫を楽しめる人が、上手くなるのです。
2016/07/27 水道水の温度が高くなっても安定して焼入れ出来る様に、春から仮説を立て検証してきましたが、この度証明できました。今迄は本に書いてある通りにやって、上手く行かなかったのですが、これからは大丈夫そうです。いくら偉い人が書いたバイブルのように読まれている本でも、疑ってみる価値は有ります。
2016/07/26 毎日驚くことばかりですが、殆どの事は直感的に理解できます。ですが時々、凄いと思うけれど、何が凄いのか、自分でも良く分からない事に遭遇します。そんな時には素通りせずに、時間を取って理由を考えてみることをお勧めします。私はそんな時、人生を変えてしまう程の事実に気付くことが有りました。
2016/07/25 世の中は、ごく普通のものを良さそうに見せて高く売る方法で溢れています。モノやサービスの質はそのままで、物語やパフォーマンスで良さそうに見せる訳です。ですが、結局は皆が同じことを始めるので、競争は激しくなるばかりです。ならば、少しでも良いものを作った方が、高く売れそうな気がします。
2016/07/24 本に書かれたことを再現するには、それと自分の現場とでの条件が異なる為に、多くの調整が必要です。又、古い書物からの情報は、現在否定されていることも多く、やはり其のままやってみても上手く行きません。ですが、全く上手く行かない訳では無く、なんとなく出来てしまうのが、とても厄介なのです。
2016/07/23 最初の頃は他の鍛冶屋のことが気になり、心身共に委縮していました。それを止めたら、心身は解き放たれ、出来なかったことが出来るようになったのです。他人との競争を意識した時点で、心が囚われていたのでしょう。意識が外に向かうと思考は内向きに成り、意識が内に向かうと思考は外へと向かいます。
2016/07/22 「玄能の焼入れには人肌(温度)の水が最適」とは師の言ですが、難しいので普通はやりません。水の温度は低い方が失敗し難く、それで充分に良い焼きが入るので、そこで満足してしまうからです。ですが、理想を目指すならば人肌に挑戦するべきで、出来て初めて、今まで見えなかったものが見えてきます。
2016/07/21 どんなに忙しい時でも、鍛冶仕事をすると落ち着きます。揺らめく炎を見ていると、穏やかな気持ちになります。何よりも、本当にやりたいことが出来ている実感が持てることで、安心できるのかもしれません。若い頃は、お金持ちに成りたかった時も有りましたが、それより大切な物を見つけられたようです。
2016/07/20 今の私は大人しい老人ですが、若い頃はもっとギラギラしていた気がします。年齢と共に色々な事が解ってきて、怖くて何も言えなくなったのでしょう。ですが本当は言いたくてたまらないので、こんな風に毎日つぶやいています。なんだか最近、溜まっていたマグマが吹き出しそうで、むずむずして来ました。
2016/07/19 分からないと大きなことが言えますが、分かってくると何も言えなくなります。ですが、そこを乗り越えて、分からないなりに解ったことだけでも、上手く表現する必要が有る気がしてきました。すると、しばらくして本当に分かった時には、理解者が周りに出来て、自分は言わずに済むようになる気がします。
2016/07/18 上手く行かずにストレスが溜った時というのは、問題を解決出来ないうちは解放されません。そこから逃げたところで、何時までも追いかけてきて、益々深刻になるばかりです。此処はやはり、問題に正面から立ち向かい、とっとと終わらせた方が、結局は早く楽になれると、何時も自分に言い聞かせています。
2016/07/15 流行に流されることなく技を磨き続け、遂に世の中に認められ、不動の地位を築いた長谷川幸三郎師匠。とても憧れますが、何よりも素晴らしい事は、その技を後進に伝えることが出来たことです。それは物作りに長けていただけでなく、人間的魅力も併せ持っていた証でしょう。品格の大切さを強く感じます。
2016/07/14 知人に虐められているオッサンがいます。家が貧乏で、子供の頃から何時もからかわれていました。一時はグレたりしましたが、必死で稼いで起業し、今も一生懸命に仕事に励んでいます。ですが世間は今でも虐め続けます。抵抗すれば、益々虐めはひどくなるばかりです。見ていると悔しくて涙が出てきます。
2016/07/13 著名人を好きになり、もっと深く知ろうと調べたり、著書を読んだりしていると、その人に思考が似てきます。そして、自分の考えを発信していると、何故か当人に知られ、連絡を頂いたり、出会いのチャンスが巡ってきたりします。全ての人は何処かで結び付いており、色々な人脈を辿り、繋がるのでしょう。
2016/07/12 期待されると応えたくなります。相手は私なら出来ると思い期待してくれるのだから、嬉しくもなります。そして何よりも嬉しいのは、自分には出来ないと思い、意識すらしていなかったことに、挑戦するチャンスをもらえることです。人は期待されて初めて、自分に出来そうなことに気付くことも有るのです。
2016/07/11 子供の頃から引っ込み思案な私ですが、何時でも誰かから声を掛けられて、人前で何かしていたような気がします。今でも相変わらずの引っ込み思案ですが、多くの人にあちこちと引っ張り出されて、何かしている気がします。目立たない様にとコソコソしているので、余計に目立ってしまうのかもしれません。
2016/07/10 私の場合には釣れても釣れなくても楽しいのです。自分の思った通りに釣り道具を操作し、期待通りに釣れれば、その再現性を高めます。思ったように釣れなければ、問題点を探り、解決策を練ります。釣りはこの作業が楽しいのであり、簡単に釣れないから楽しいわけで、そこに勝ち負けや損得は有りません。
2016/07/09 あらゆるものに基本は有りますが、それには許容幅が有り、自分に丁度良い基本を身に付ければいいのでしょう。それを繰り返すことで自分の中に軸が出来て、あらゆることを自分らしく判断し、行動できるようになる気がします。そうなって初めて、松岡修造さんに煽られても、平常心でいられると思います。
2016/07/08 他人の幸せを自分の幸せと思える人は、とても強い人だと感じます。それは他人の為に辛抱出来る人だと思うからで、尊敬させられます。自分の幸せだけを考えている人は、自分の為だけにしか辛抱出来ません。多くの人の為にする辛抱と、自分の為だけにする辛抱では、人間的強さがあまりにも違いすぎます。
2016/07/07 私は見るからに元気が有りませんが、これでも結構元気です。その証拠に、毎日楽しく生きることが出来ています。きっと、生きるのに必要な元気の量は、人其々に違うのでしょう。ですからもっと元気を出せと言われて、松岡修造さんの様になったら、具合を悪くしたり死んだりする人が多く出る気がします。
2016/07/06 凡人は自分より少しでも上手い人を見習ってしまいがちですが、それは大きな間違いです。本当に上手くなる人は、自分よりも遥かに上手い人を手本にします。ですから、先ずは本当に上手い人が何処にいるのかを調べなくてはいけませんが、殆どの人は、身近にいる一寸だけ上手い人を手本にしてしまいます。
2016/07/05 威張っている人を見ると、この人は何に怯え、何を守ろうとしているのだろうと、何時も考えます。心が満たされているならば、周りに優しく出来る筈ですから、心は空虚なのでしょう。ならば威張ることにより、心を満たそうとしているのでしょうか?もしもそうなら、死ぬまで満たされる事は無いはずです。
2016/07/04 スキーを始めた時の衝撃は忘れません。引力に体を任せ、少し体を傾げただけで、行きたい方に曲がるのですからビックリです。実はこれ、鍛冶仕事にとてもよく似ています。槌は振り降ろすというより、落ちていく槌に体の動きを合わせた方が、楽に正確に作業出来ます。漸く、年を取ってから気付きました。
2016/07/03 それまでモヤモヤして出来なかったのに、解った瞬間に出来てしまうことが有ります。さらには、人間に出来ないと多くの人が思っていたことを誰かが成し遂げたとたんに、次々と出来る人が現れたりします。ですから、自分にも出来ると希望を持ち、そのやり方が解ってしまえば、夢は叶うのかもしれません。
2016/07/02 あからさまに職人を馬鹿にする人がいますが、今すぐに止めた方が良いと思います。職人は馬鹿にされると意固地になり、益々一生懸命に仕事をして、どんどんと良い品物を作ってしまいます。ですから、もし見返されたくなかったら、馬鹿にするのではなくて、適当にチヤホヤしておいた方が良いと思います。
2016/07/01 グローバル化は世界の人々を、否応なく同じ土俵で戦わせます。それまで各々の地域で一番だった大勢の人達も、同じ土俵なら一番は一人に絞られます。又それは、他流試合で勝手の違う戦いを強いられることにも似ています。私はそんなのはとても嫌なので、自分の土俵を見定めて、コツコツやっていきます。
2016/06/30 15年ほど前の事、ある若手鍛冶の作る小刀を二人の鍛冶屋が見て言いました。一人は「基本に忠実で、手を掛けるべき所をわきまえている」と。もう一人は「素っ気なさすぎて、見栄えがしない」と。先の若手鍛冶は現在素晴らしい実績を上げていますが、後の二人の現在は、皆さんのご想像にお任せします。
2016/06/29 既に完成されていて進化の余地が無いと思われているものを進化させるのが楽しいのです。もの作りの醍醐味がそこに凝縮されている気がします。誰も気付いてない進化の余地を探り、そこに工夫を加え、それを世間がどの様に評価するのか、楽しみに待っています。時には叱られますが、それも良い勉強です。
2016/06/27 誰かに勧められている訳ではありませんが、一寸ずつでも昨日とは違う事を試しています。その変化は微妙すぎて誰も気付かないので、褒めも注意もされません。ですから、何時でも大きな孤独と共に進めることになりますが、何をするのも自分次第なので、これが本当の自由なのかな、なんて気がしています。
2016/06/26 私だって他人の失敗を喜んでしまうことは有ります。そんな気持ちで仕事をしている時は、自分も失敗しがちです。では、他人の成功を喜びながら仕事をすれば、上手く行くのかといったら、そんなことも有りません。只々目の前の事に集中し、良いものを作る事だけを考えた時に、上手く行く様な気がします。
2016/06/25 師匠が言いました。「俺は玄能に少し変化を付けたが、あんたは俺の真似をしちゃあいけない。自分の型を作らなくてはいけません。だから、出来るだけ変化を付けずに真っ直ぐに作りなさい。それが一番、玄能が効く形なのだから」と。言葉にすると簡単そうですが、「真っ直ぐ」は途轍もなく難しいのです。
2016/06/24 一人では何も出来ないけれど、人は決して一人ぼっちではありません。一人ぼっちだと思っているのは、多くの支援者がいる事に気付いていないからです。それに気付くには、自らの能力を高め、人格を磨く必要が有りますが、もしもそれが出来たなら、沢山の人が手を差し伸べているのが見えてくるはずです。
2016/06/23 町工場ならぬ「待ち工場」ではいけないと言いますが、冗談でしょう?売れる仕組み作りがマーケティングなら、その究極は何もせずに注文が来る仕組みづくりでしょう。ならば「待ち工場」は理想的な形ではないですか。注文が来ないのに待ってばかりいてはだめですが、目指すは「待ち工場」だと思います。
2016/06/22 苦労は買ってでもしろと言いますが、何をしたって突き詰めれば苦労は付き物ですから、買う必要は有りません。そして、どうせ苦労するなら、好きな事で苦労した方が良いでしょう。だって、他人が苦痛だと感じて青筋立てている事でも、それが好きな人なら、さほど気にせず、さらりとこなせる筈ですから。
2016/06/21 仕事で成果を上げさせたくない人がいたら、先ずは徹底的に仕事を教えることです。そうすれば自分で考えることを止め、常に貴方を頼らずにいられなくなるでしょう。逆に、意地悪をして何も教えないと、必死に自分で考えるようになり、貴方を凌駕する成果を上げ、とっとと独り立ちしていくことでしょう。
2016/06/20 他人の褌で相撲を取るのはいけませんが、本当に褌の貸し借りは止めた方が良いでしょう。剣道をしていた学生の頃に、袴を忘れて先輩のものを借りたことが有ります。袴の下はパンツをはきませんが、そのせいもあって、酷いインキンタムシをうつされてしまいました。暑くなると思い出す、素敵な教訓です。
2016/06/19 ストレート麺よりも縮れ麺の方がスープの絡みが良いと信じられていますが、実験すれば全くの逆だと分かります。これくらいは少し考えればわかりそうですが、多くの人が言っていると信じてしまいます。左様にどんなに間違った意見でも、多数決では多数の意見が通ってしまうので、選挙って怖いですよね。
2016/06/18 未熟なうちは些細な事に感動し、そこから大きな影響を受けてしまいますが、成熟すると解ったつもりになり、感情が鈍くなってしまいます。ですが時々、昔の感動した記憶を思い出して、未熟なりの誠実さに触れると、あの頃の感情を忘れずに成熟できたなら、とても素敵な大人になれるような気がしました。
2016/06/17 おもちゃコンテストで落選したおもちゃ屋ケンちゃんのパパを、ケンちゃんが慰めた時にパパが言うのです。納得のいかない未完成なままで出品した自分が悪いのだと。それを聞いて、他人の目は節穴でない事と、最善を尽くすことの大切さを強く感じたという、インチキばかりしていた10歳頃の思い出です。
2016/06/16 どんなに優れた道具でも、下手くそならば使いこなせず、駄作と判断されるかもしれません。多少拙い道具でも、上手な使い手ならば上手く使いこなして、名品と呼ばれるかもしれません。左様に同じ品物であっても、駄作とも名品とも判断されますから、名品になるには、それを使いこなせる名人が必要です。
2016/06/15 本当に大切な事をするには、それ以外の事を止めなければいけないこともあるでしょう。そんな犠牲を払ってまで求めた「大切な事」ですら、始めてみたら思っていたほどに重要でない事に気付き、がっかりすることも有ります。ですが、そうやって日々価値観を更新することが、とても大切な気がしています。
2016/06/14 何度でも思い出してしまう過去の過ちは、自分の価値観を映し出す鏡です。何故それを思い出すのかを深く考察すれば、自分が何者であり、何処に向おうとしているのかが見えてくるはずです。他人を裏切ってしまった記憶等は忘れたいものですが、忘れられない過ちの記憶には、沢山の示唆が含まれています。
2016/06/13 同じ物を見ていても、各々の見方が全く違うことに驚きます。良い所を見つけて褒める人。悪い所を指摘して非難する人。作り方を考える人。手触りを確かめる人。値段を気にする人等々、見ていて飽きません。こんな風に、同じ場所で同じ事をしていても、人其々に全く違う世界を生きていることが解ります。
2016/06/12 師匠の下に通っている時には答えを聞きませんでした。うっかり答えを聞いても、師匠は教えてくれませんでした。お蔭で、自分で考える習慣が付きましたが、もしもそれが出来ていなかったら、師匠亡き後は誰も指導してくれる人がいなくなり、途方に暮れていたでしょう。師匠はそこまで考えていたのです。
2016/06/11 鍛冶仕事は見える事から見えない事を想像しながら作業します。金属組織や硬さなどは、作業中には確認できませんが、五感を研ぎ澄まして、あたかも目で見ているかの様に頭に像を描きます。でも考えてみれば、世の中は全てそんなものなのかもしれません。見えている事なんて、ほんの一部分なのでしょう。
2016/06/10 鍛冶屋に成ると決めてから浩樹銘で販売出来るまでの数年間は、今思い出しても吐きそうになります。どんなに頑張っても上手く出来ずに、孤独と不安で頭がおかしくなりそうでした。それを乗り越えられたのは、多くの人達の協力は勿論、物作りが大好きで、それで生きて行く覚悟が出来ていたからでしょう。
2016/06/09 仕事で失敗した時に、以前ならば材料や燃料等の自分以外を疑いました。今では、不注意や未熟な故に失敗することを良く知っていますから、直ぐに検証して、同じ失敗をしないように気を付けています。失敗した時に「自分が悪い」と確信を持てるようになるのに、どれ程多くの時間が掛かったことでしょう。
2016/06/08 仕事を通しての気付きを商品に反映させて、お客様に提供すると、直ぐに反応が帰ってきます。その反応は商品についてのみならず、仕事の進め方や哲学にまでおよび、全てが自分の評価となって現れます。これって素晴らしい事だと思いませんか?仕事は自分の考えを世に問うための、絶好のツールなのです。
2016/06/07 しくじった場合に、直しても痕跡が残りそうな時にはすぐに捨てます。出来上がったものでも、気に入らなければ捨てます。それにも拘らず、売られている商品を見ると「あちゃー」と思うことが有ります。そんな時には、評価基準の低さを反省しますが、これが無くなった時が進歩の終焉なのかもしれません。
2016/06/06 へなちょこなのに自信がある人を見る度に、なんじゃこいつは?と思っていました。ですが、赤ちゃんはどんどんと色々なことに挑戦していきますから、誰にでも生れながらに根拠のない自信が備わっており、へなちょこの彼はそれを持ち続けているのでしょう。それはとても素晴らしい事なのかもしれません。
2016/06/05 製造業者が問屋さん小売屋さんをないがしろにする姿を目にします。私は下手で売れない頃から、問屋さん小売屋さんに買い支えてもらい、生かされてきました。もしも彼等が滅んでしまったなら、そんな風に支援してくれる人はいなくなりますから、若い職人は育ちません。そんなのは寂しいじゃないですか。
2016/06/04 失敗する時は何らかの予感が有りますから、その場合には原因が解ります。予感が無いのに失敗した時は、その原因を探るために仮説を立てて検証し、問題を絞り込んでいきます。そして解決の暁には間違いなく上達しているのですから、失敗は有りがたいものです。なんて、素直に思えずに悔しがっています。
2016/06/03 一生懸命に取り組んでいる人にも2種類あるように思います。1つは、やりたいことに素直に取り組んでいる人。もう1つは、本当にやりたいことに気付くのが怖くて、やりたくない事に忙しく取り組んでいる人。この両者の違いが何処から来ているのか、子供の頃からずっと考えているのですが、解りません。
2016/06/02 自分にとっての理想のものを作ると、そうでないものを作っている人の反発を受けるので、止めた方が良いと言われました。私は自分の作ったものが一番良いなどとは思っていませんが、自分の理想を体現しているつもりですから、まさに反発を受けていることに成ります。では何を作ったらいいのでしょうか?
2016/06/01 ベテランの鍛冶職人が言うのです。どんなに良いものを作っても、食べていけなければやる意味は無いと。ですが、最初から儲かる仕事ならば誰でもやると考え、そうでない事を私は選びました。その結果何とか生活できていますが、最初から儲かることを選んでいたら、恐らく今も生活できていないでしょう。
2016/05/31 「知名度が高いのだから直販すれば儲かるのに」と言われますが、それは勘違いです。製作側の知名度が高いほど、流通側とチームを組んだ方が相乗効果は高くなります。ですから、出来るからといって良く考えずに始めてしまうと、得をしているつもりで、取り返しのつかない損をしてしまうことが有ります。
2016/05/30 特許申請済みの新商品を日本最大手メーカーに真似されたことが有ります。そこで改めて勉強する為に、工業所有権の講習会に参加しました。講習の第一部は工業所有権の取り方を、第二部は他社が取得済みの工業所有権の上手いかわし方を教えるというものです。私は馬鹿馬鹿しくなって会場を後にしました。
2016/05/29 男の顔は履歴書と言いますが、作られた物は製作者の履歴書です。製作者が何を考えてその作業を行ってきたのかが、そこに如実に現れます。自分の作ったものを見てもそれが解るのですから、目利きの第三者が見たらもっと強く感じるでしょう。人は顔にも製作物にも責任を持たなくてはいけないと思います。
2016/05/28 他人がどんなに腰が引けてしまう事でも、いとも簡単に成し遂げてしまう人がいます。無理をして頑張っているようには見えないし、却って楽しそうにさえ見えます。きっと情熱に駆られて、ただやりたいからやっているだけなのでしょう。強い情熱は、その人を目的地に向けて自動操縦するのかもしれません。
2016/05/27 百年後の大工の会話。「ビルゲイツ?無断で他人の窓を交換する奴だって?知らないね。それよりもこの芯が通ってキレッキレの玄能もその頃出来たらしいよ。この浩樹って奴は全身毛深くて蚊に刺されたことが無いんだが、猟師に撃たれたことが有るらしいぜ。全くすごい奴だ」こんな風に褒められたいです。
2016/05/26 鍛冶屋を始めたのが35歳なので、急いで一人前になる必要が有りました。そこで、師匠の「鍛冶屋は工場で泣くことが全て」との言葉を信じ、自分以外でも出来る事は全て他人に任せ、ひたすら工場で泣きました。他の鍛冶屋が私の存在に気付いた時には手遅れになる領域まで、息を止めて突っ走ったのです。
2016/05/25 小売屋さんから直接ご注文いただいても、地元の問屋さんをご紹介させてもらっています。するとその問屋さんは、私以外の鍛冶屋の商品も小売屋さんに紹介することが出来て、その鍛冶屋の商品も売れることに成ります。こうして分かち合うことにより、多くの人が幸せになりますから、私も幸せになります。
2016/05/24 手先が器用で上手いだけでは物足りません。鋭い感性を働かせて、一般人が気付かない進歩の余地を見つけ、それを具体化します。皆が気にかけていない所にこそ、変化をもたらしビックリさせるのです。その為にも日々の鍛練は欠かせませんが、楽しく仕事が出来なかったら、それも続かないと心得ましょう。
2016/05/23 師匠の長谷川幸三郎さんが目標とした千代鶴是秀さんは不世出の名工と言われ、師匠は300年に一人の名工と言われました。私だって少しは褒めてもらいたいと思っていますが、凡百の職人の一人と思ってもらって結構ですから、何とか死ぬまで可愛がってもらいたいと思います。一生懸命に仕事しますから。
2016/05/22 人は出来ると思うとやってしまい、もっと得意になり止められなくなります。勉強のできる人は偏差値の高い学校へ行き、人気企業に就職したりしますが、それは誰にとっても幸せなのでしょうか?どんなに得意でも、自分の本当にやりたいこと以外に時間を費やしていたら、才能を潰すだけだと思っています。
2016/05/21 人は生れながらに自分に相応しい役割を持って生まれて来ます。ですがそれが何か分からないので、見つける為の長い旅をすることになります。そして多くの人は目の前にその役割が現れても、もっと相応しい役割が有るのではないかと、何時までも探し続けてしまいます。悪い事にはそれを周りが応援します。
2016/05/20 出来るとはどういう状態なのかを、先ずは経験する必要が有ります。ですから最初は遅くても構いません。最初から急がせると、出来ている状態を思い描けず、何時までも良い仕事が出来ません。暗闇に手探りでは正しい所に辿り着けないのです。これからの時代は特に、急ぐより丁寧が大切な気がしています。
2016/05/19 こいつは凄いなと唸ることが有ります。他人より周回数が滅茶苦茶多いのに、周回遅れの人と同じ様に振る舞っているので、多くの人が気付きません。そして周りが気付いた時には、手の届かない領域に至っています。日々淡々としているので目立ちませんが、一番強いのはそういった人なのだと思っています。
2016/05/18 ヤスリは強く押し付けたからといってよく削れるものではありませんが、弱すぎても上滑りするだけで削れません。そこには丁度良い加減が必要です。この加減は、削る素材の違いだけで無く、作業者の体形や体力による個人差によっても変わりますから、自分に合った「丁度良い」を見つける必要が有ります。
2016/05/17 心の乱れは製作物の乱れになって現れるので、良い仕事のために平常心を心掛けています。その為には自分の精神状態を常に把握する必要が有りますが、心が乱れている時でも、自分と向き合うだけで不思議と心は穏やかになり、対処の必要は無くなります。ですから、職人に瞑想は必要ないのかもしれません。
2016/05/16 相手を素敵だと思い恋は始まりますが、時を経ると嫌な所が目につき始め、冷めてしまうことも有るでしょう。ですが、嫌な所も含めて素敵だと思えるように成れたら、それは愛に変わります。同じ様に、全業務が素敵だと思える仕事など有りませんが、嫌な所も含めて好きになれたら、それは天職に成ります。
2016/05/15 基本通りにやったのに上手く出来ないからといって、簡単に諦めてはいけません。基本と違うやり方で上手く出来ても、必ず何処かで行き止まります。多くの先人が試し続けた結果、一番と判断された方法が基本なのですから、きっと貴方にもそれは当てはまります。今出来ないのは、単に下手くそだからです。
2016/05/13 幾らでも見せてやるから、真似出来るなら真似してみろと、有る職人が言うのです。とても自信ありそうな事を言いますが、世の中には見ただけで出来てしまう人は沢山います。今迄真似されないのには他の理由が有るのかもしれません。自分に出来ないからといって、他人も出来ないと思ったら大間違いです。
2016/05/12 良い刃物ほど使われ、研ぎ減らされて消滅していきますが、玄能は使われても減ることが有りません。そして良いものほど使い続けられますから、500年後、1,000年後に使われている可能性もあり、銘入りなので名前も残ります。玄能鍛冶の仕事はなんて遣り甲斐とロマンに満ち溢れているのでしょう。
2016/05/11 完成後に現れる姿にも2種類あります。1つは、求められる機能を追求した結果として現れる姿。もう一つは、その姿を作る為だけに作られた姿。深い思考を伴った上で現れる姿は、付き合う程に趣が増します。機能を伴わない姿は、安っぽく飽きられ易いものですが、目が肥えていないと騙されてしまいます。
2016/05/10 師匠の作ったものを見ると、どの様に作ったのか解らないものが沢山有ります。ですが、必ずヒントが有り、それを頼りに試作を繰り返すと、正解に辿り着けます。ですが、そんな呑気な事をする人は限られているので、似て非なるものが世の中に出回り、伝統が失われたことにすら、多くの人は気付きません。
2016/05/09 釣り堀での何時もの光景です。とても上手い人は自分と向き合い黙々としています。上手い人はとても上手い人の仕草を静かに注視しています。少し上手い人は同じ程度の人と教え合っています。そして下手な人は、自分より下手な人に口うるさく教えています。ひとの悪い私はそれを見てニヤニヤしています。
2016/05/08 解ったつもりで満足してはいけません。無意識に何度でも同じように出来るまで鍛錬が必要です。条件が変わっても同じ様に出来なくてはいけません。何時でも10回やって同じように出来た時をスタートだと思うくらいで丁度良いのです。そうなって初めて、先人の創り上げて来た伝統の重さが解るはずです。
2016/05/07 鍛冶屋に成りたての頃は、私の話に耳を傾けてくれる人はいませんでした。ですが実績を重ねてくると、少しずつ話を聞いてくれるようになりました。私は同じことを話しているのに、これは大きな変化です。ここから分かる事は、信頼を得るには誠実なだけではだめで、実績を作る必要が有るということです。
2016/05/06 熟達してくると、些細な現象から多くの情報を得ることが出来ます。一瞬で出来不出来が決まる焼入れも、何処からどの様に冷えて、どう変化していくのかが、まるでスローモーションの様に見えます。一瞬がとても長く感じられるのです。又、目の前に集中している筈なのに、周りがとても良く見え始めます。
2016/05/05 昭和44年初版の岩崎航介著「刃物の見方」を読むと、著者の業績が三条の刃物文化に及ぼした影響が絶大な事が解ります。氏の教えで「教えてはいけない」「仕事場を見せてはいけない」「金持ちを希望する人は駄目」等とありますが、現在それを守れる職人は皆無でしょうから、氏の憂いは増すばかりです。
2016/05/04 日本の伝統工芸は貧乏を承知で夢中になれる魅力を持っていましたが、現在では生活出来なくなることも有り、魅力を失ってきました。ですが、生活できるような仕事のやり方を新たに築き上げれば、継承も可能でしょう。そして、それは何時の時代でもやってきた事であり、それが革新につながる気がします。
2016/05/03 人が丸くなる事は、刃物でいえば軟らかくなったり、刃先が丸まったりする印象が有り、そんな風に鈍くなるのはいやだなと思っていました。ですが鋭ければ他人を傷つけるので、丸くなることは大切です。玄能の面取りの様に、欠け難く、相手に傷を付け難く、且つ思い切り使えるようになるのなら素敵です。
2016/05/02 日本古来のたたら製鉄は、砂鉄から直接に鋼を作ります。現代では先ず銑鉄を作り、それを加工して鋼を作る2段方式で、効率を考えると後者が、出来た鋼の純度では前者が優秀です。これは、直接幸せな働き方をするのか、儲けてからそのお金で幸せな事をするのかという、幸せの求め方に何故か似ています。
2016/05/01 ドМを告白しますが、子供の頃の座右の銘が「苦は楽の種」でした。実践して分かったのは、苦しいだけの苦と楽しく出来る苦の二種類有る事で、前者も楽の種にはなりますが、心身を病んでしまいそうです。苦しいはずなのにそれを楽しめる苦こそ、本当に自分を鍛え、楽をもたらしてくれるのだと思います。
2016/04/30 変わっていると言われ続けて五十有余年、私はこれで至って普通なのです。ですから普通に考えて行動するだけで、周りの目には独創的に映るようで、自分ブランド創りにとても重宝しています。ですから、変人と言われて悩んでいる人は、それが掛替えない才能で有り、褒め言葉だと思っていればいいのです。
2016/04/29 五感を研ぎ澄まして得られた情報を元に、足りない情報を想像するのです。すると、目に見えていない火床の奥にある材料の温度や、槌で叩いている材料の組織状態でさえ、見えている感覚を持てる様になります。自分が行っていることで、何が起きているのかを想像しながら作業を進めることが大切なのです。
2016/04/28 自分のしている作業の意味を良く考えて、金属内でどのような変化が起きているのかを想像しながら作業します。出来たものを分析して、自分の思っていた様になっているか確かめ、そのフィードバックを次の作業に活かしながら、また想像しながら作業するのです。この想像することが、とても大切なのです。
2016/04/27 ご使用者様から直接ご注文いただいた時には、小売店様を紹介させていただいています。すると、ご使用者様だけでなく、小売店様や問屋様も私を大好きになってくれます。こうして大好きな人が増えると、私も張り合いが出ますから、もっと良い玄能を造ることが出来て、益々好きになってもらえるわけです。
2016/04/26 人生は短いと言われますが、結構長いと感じています。振り返れば、落ち着き無く色々とやってきたお蔭で、結構身に付いていることが多くて驚きます。ただしその身に付いた事に対する他人の評価は、即お金になることを良しとするのか、人生の充実に繋がることを良しとするのかで、人それぞれに別れます。
2016/04/25 新しい事に挑むときは、やり方を考えて、現場で試行錯誤します。上手く行きそうな方法を見つけたら、工程を組み立てて、通してシミュレーションします。あとは何度もイメージトレーニングをして、実際に作業してみます。それで上手く行ったら成功ですが、上手く行かなかったら、最初からやり直します。
2016/04/24 前をノロノロ走る車がいれば、追い越したくなり、隣の人が魚を釣り上げれば、もっと大きく、もっと沢山釣ってみたいと思う。これは人間の本能であり、進化の源泉でもあると思いますが、同時にとても不幸にしている気がします。他人よりも少しでも良くありたいと思う気持ちは、永遠に続くでしょうから。
2016/04/23 出来なかったことが出来るようになると、ステージが上がり視野も広がります。すると、より自分の事が良く見えるようになるので、出来ていないことの多さにも気付いてしまいます。ですが上達し続ける人はめげるどころか、それを心地よく思い、より高みを目指します。あいつらは間違いなく変態なのです。
2016/04/22 私は非常に短気なので、丸くなる決心をしたのです。まず、車を運転している時に横断歩道に人がいたら、必ず止まることにしました。それが出来るようになったので、ノロノロと走る車の後ろについても、絶対に追い越さないと決めたのです。ですがそれを実行していると、なぜか涙が出てくるのです。(笑)
2016/04/21 焼入れで肌が荒れてしまうので着色することが有ります。左様に対症療法も必要な場合もありますが、出来れば根本から解決したいものです。どうしたら肌が荒れない様に出来るのかを考え、それが出来たなら、後工程は必要なくなるのですから。師匠の言う正当なもの作りとは、そういう事なのだと思います。
2016/04/20 無意識に出来ている事でも、奥深いものは数多く有ります。歩行であれ車の運転であれ、工夫することでより楽しく、より上達出来るのに、殆どの人は何も考えずに行っています。ですが、どんなに簡単そうなことでも、その中に難しさや奥深さを感じ取れる人は、人生をとても豊かに送ることが出来そうです。
2016/04/18 どんなに嫌いな事でも、始めれば出来る様になりますが、これが厄介なのです。人は出来たことに執着して、それを手放せなくなり、新しい事に挑戦する気概を無くしてしまいます。ですがそれを好きになったなら、夢中で取り組むことで次々と新しい扉が開き、否が応でも新しい事に挑戦したくなるはずです。
2016/04/17 嫌いな事を我慢してやっていても、楽しくありません。興味が持てません。周りが見えません。集中できません。覚えられません。上達しません。誇りが持てません。生きる意味を見出せません。ですが、やってみもせずに嫌いだと決めつけるのは、自分の可能性を潰し、折角のチャンスを逃すことに成ります。
2016/04/16 やれば出来るようになるのは当たり前なので、始めることは大切ですが、出来たらそれが好きになるかといったら、そうとも限りません。私は訓練して人前で話したり歌ったりすることが得意になりましたが、いまだに大嫌いです。出来るからといって未練がましく続けることが、一番いけない気がしています。
2016/04/15 年を取ると丸くなると言われますが、残念ながらそんなことは有りません。多くの年寄りは、益々意固地になり意地悪くなっていきます。中には丸くなったように見えて、実は人生を諦め、元気が無くなっているだけの人も少なくありません。ごく少数の丸くなる準備の出来ている人だけが、丸くなれるのです。
2016/04/14 厳しい試練に耐え自分一人を鍛え上げれば、一度きりの勝負では勝てるかもしれません。ですが勝ち続けるには、周りの協力を得て戦う必要が有ります。そこで一番大切なのは、直接の協力者だけでなく、戦う相手をも尊重することです。ですが、それが出来たなら、勝敗は結果にすぎない事に気付くでしょう。
2016/04/13 起業するには忍耐強く自分を律する必要が有ります。起業後にその事業を継続するには、協力者に対して忍耐強く寛容であることが求められます。ところが、自分に厳しい人は他人にも厳しくなりがちですが、起業して経営を続けるには、自分に厳しく他人に寛容であるという、忍耐強さの使い分けが必須です。
2016/04/12 難しい事を為すには、その根幹をなす多くの簡単な事が無意識に出来る必要が有ります。ですがどんなに簡単な事でも、最初は出来るまで時間が掛かるので、それを続ける必要が有ります。この「続ける」ことが一番難しく厄介なのですが、これが出来ると、何時の間にか難しい事が出来るようになっています。
2016/04/11 自分の車の前をノロノロと走る車がいてイライラする時には、自分は忍耐力が無いなと思います。地道に訓練を重ねて、出来なかった玄能が出来るようになると、自分は忍耐力が有るなと思います。この他人に対する忍耐力と自分に対する忍耐力の両方が付いた時に初めて、本当に幸せになれる気がしています。
2016/04/10 先を急ぐあまりに、途中の工程を省いてはいけません。必ずしっぺ返しを受ける事になりますが、世の中はそれが出来るかの様な宣伝で満ち溢れています。その点大工道具は正直で、使いこなすのにズルは許されません。玄能も自分で柄を削り仕込むことが出来て初めて、上達のスタートラインに着けるのです。
2016/04/09 子供の頃から苦手な事が多く、それを他人が平気ですることに驚いていました。なんとか苦手を克服しようと努力して、克服出来たことも有りましたが、益々嫌いになったことの方が多い気がします。ですが、私が得意で他人には苦手な事も多い事に気付き、自分と他人を比べることの愚かさを痛感しています。
2016/04/08 全ての人間には、独自の生まれ持っての役割・使命が有ると信じています。ですから他人には上手く出来ないけれど、自分なら上手く出来る事を子供の頃からずっと探して来ました。それを見つけ、思う存分に力を発揮して世の中に貢献できたなら、間違いなく幸せに生きることが出来る気がしているからです。
2016/04/07 以前やってみて駄目だったからといって、それが本当に駄目とは限りません。その時の能力が不十分なだけで、今の自分なら上手くいくかもしれません。同様に、どんなに間違えているように思える事でも、今の自分には理解出来ないだけかもしれないので、すぐに否定してしまうのは止めた方が良さそうです。
2016/04/06 何でもお金に換算することを多くの人が無意識にしておりますが、お金を価値の基準にしていることは、考えてみると気持ち悪いです。確かに価値を比較しにくいものをお金に換算して比較することは便利ですが、その行為がお金に代え難い多くの尊いものを、とても安っぽくしているように思えてなりません。
2016/04/05 好奇心旺盛な人は新しい興味の対象を見つけようと、何時も周りを気にしています。好奇心の少ない人は、既存の興味有る事だけに集中し、周りで何が起きようと無頓着です。この両者は同じ環境に居たとしても、見えたり感じたりするものに雲泥の差が有りますから、全く別の世界を生きているのと同じです。
2016/04/04 金槌が造れるからといって、玄能も造れると思っていたら大間違いでした。同じ素材を使い、同じ設備が有れば出来ると思っていたのは勘違いだったのです。そもそも金槌は金物を叩く道具であり、玄能は木槌から進化した鑿を叩く道具です。見た目が似ているからといって、同じ様に造っては用を為しません。
2016/04/03 管理釣り場(釣り堀)の脇をカモシカが歩いていきました。それを見た人達が「大きな犬だ」とか「ヤギがいる」とか「牛が逃げてきた」とか言うのです。カモシカを見たことのある人なら一目見てそれと分かりますが、知らない人には犬やヤギや牛に見えてしまうのです。これはとても大きな教訓になります。
2016/04/02 師匠は魚の釣り方を教えるかわりに、魚の釣り方を自分で考える習慣を私に付けてくれました。きっと師匠は、自分が何時までも元気でいられる訳では無く、自分がいなくなった後でも、私が十分に活躍できるように、配慮してくれていたのだと思います。お蔭で、今でも何とか自分で問題を解決出来ています。
2016/04/01 子供の頃から身体を動かすことが大好きで、剣道や水泳で体を鍛えていましたが、試合や競技会は興味が有りませんでした。競争することが嫌いなせいなのですが、負けたくないという気持ちを持った時点で、既に相手に感情を支配されている様な嫌な気持ちになるからです。なんて面倒臭い性格なのでしょう。
2016/03/31 師匠は答えを教えてくれず、自分で答えを出すことを私に求めました。師匠が亡くなられてからは、玄能造りの具体的技術について相談できる人はいませんが、困ることは有りません。何故なら自分で考えて答えを出す習慣が付いているからで、50歳を過ぎた今でも、日々着実に上達している実感が有ります。
2016/03/30 物心付いた頃には玄能を握りものを作り、その後は魚釣りにはまり、水泳に明け暮れ、自転車とオートバイを乗り回し、剣道とスキーで体を鍛え、詩を吟じ、社交ダンスで女子にもて、キャンプで自然を満喫してきました。今ではそのほとんどを止めてしまいましたが、結局元に戻り、玄能を握っているのです。
2016/03/29 仕事だと夢中になり我を忘れてしまいますが、趣味は長続きしません。それが何故なのかずっと考えていましたが、解った気がします。その理由は飛び抜けて好きな事を仕事にしてしまったためでしょう。又責任感を伴う事も楽しいですし、楽しんだ上にお金がもらえることも、夢中になる要因かもしれません。
2016/03/28 百聞は一見にしかずと言いますが、たとえ同じものを見たとしても、人により見え方が違うだけでなく、人によっては全く見えない事も有ります。他人のやっていることを見て、自分ならもっと上手に出来ると思った時には、もしかしたら自分には何も見えていないのかもしれないと、注意した方が良いのです。
2016/03/27 やりたい事が見つからないと言う人がいますが、なんじゃそりゃと思うのです。そういう人は子供の頃に何をしていたのでしょうか?周りの大人の言うことを鵜呑みにして、やりたくない事ばかりやっていた訳では無いでしょう。何か一つでも好きな事をやっていたはずです。それがやりたい事ではないですか?
2016/03/26 玄能鍛冶になる前の事です。ある人に玄能鍛冶になりたいと言ったら、金持ちに成りたかったら玄能鍛冶などやらない方が良いと言われました。私は金持ちに成りたいから玄能鍛冶になりたい訳では無かったのですが、その人は金持ちに成ることが一番の目的で、その為に何をやるかは二の次だったのでしょう。
2016/03/25 以前「玄能鍛冶は歯が命」というコピーで「キシリトール入り玄能」を作ったことが有ります。その際に特保を申請したのですが、あっさりと断られてしまい悔しい思いをしました。そこでこの度は、舐めるだけで鉄分その他のミネラルを補給できる「ミネラル玄能」を作り、特保を申請してみるのです。(嘘)
2016/03/24 高校生の頃のことです。私は飲み込みが悪いために授業に付いていけず、何時も他の生徒に迷惑を掛けていました。そこで、自分のペースで勉強したいから、そういった変わった生徒専用のクラスを作ってくれと作文に書いたら、弁論大会の代表になってしまいました。きっとこれは公開処刑だったのでしょう。
2016/03/23 誰とでも仲良くしろとか、親孝行しろとか押し付ける人がいます。誰とでも仲良く出来ないから戦争は起こるし、暴力的な親は子供を殺すことさえありますから、どうしても合わない人とは、距離を置くことも許してやった方が良いと思います。心無いアドバイスで、どんなに多くの人が苦しんでいるでしょう。
2016/03/22 前の職場では一生懸命なだけの無能と言われ、馬鹿にされ続けましたが、周りをみても一生懸命な人は僅かですから、一生懸命なだけでも、それは能力だと思っていました。今は一生懸命なだけで応援してくれる人が沢山いますが、私は何も変わっていないのに、周りの反応がこんなに違うのは面白いですよね。
2016/03/21 鍛冶屋になる決心をした私は、やるだけの事はやってみたものの、どうしても越えられない壁にぶつかりました。そこで周りに助けを求めたのですが、世の中は優しい人がいるもので、多くの人に助けられて今の私がいる訳です。師匠には何時も「あんたは図々しい人だ」と笑いながら言われていましたけれど。
2016/03/20 今日出来たから明日も出来るとは限りません。明日になれば多くの条件が変わり、特に自分自身はとても大きく変わります。これを最初の頃に私は良く分からず、失敗の原因が燃料や材料等にあると思っていたのですが、今では自分の感情や感覚が原因だと気付いており、訓練の大切さが身に染みているのです。
2016/03/19 お金が儲かるからだけでなく、それをすることで世の中に貢献している実感を得たいのです。それも苦手や嫌いな事では無くて、最大限且つ最善に自分の力を発揮できるであろう得意で好きな事で、それを実現したいのです。仕事をすること自体に喜びと幸せを感じたいのです。笑いたい人は笑えばいいのです。
2016/03/18 子供の頃から目標を決めたらじっくりと腰を据えて取り組むタイプの私を、周りはグズと呼びましたが、気にせずケツに聞かせていました。そういった経緯で出来上がったのが今の私です。ですから、巧遅は拙速に如かず等と無理強いされて、どれ程多くの人が能力を発揮出来ずにいたかを考えると悔しいです。
2016/03/17 黙読の際に文章を音として認識している人と、そうでない人がいるらしいです。私は音として認識しているので、誰もがそうだと思っていたので驚きました。同様に、自分は簡単に出来るので、他人も簡単に出来ると思っていたら、全く出来なかったなんてことが有ります。それこそが商売のチャンスなのです。
2016/03/16 他人への憧れは大きな力になります。その人に強烈な興味を抱き、あんなふうになりたい、あんなふうに振る舞いたいなど、自然に考えて行動に移します。また、その人の言動を肯定的にとらえ信じることで、効果的に行動出来ます。ですから、憧れの師匠を持つだけで、上達は約束されたようなものなのです。
2016/03/15 見るからに変人が言うのです。子供の頃から自分の性格が嫌で、それを変える努力をしたおかげで普通になりましたって。彼の持つ滅多に無い可笑しな性格を活かせば、他人のやらない事や、やれないことが出来たはずなのに、なんてもったいない事をするのでしょう。普通なんてものが一番つまらないのにね。
2016/03/14 脳みそは夢と現実の区別がつかないと聞いたことが有ります。確かにリアルな夢を見ると、現実と区別がつきにくいことが有ります。イメージトレーニングが上達に有効なのも、同じ理由からでしょうから、イメトレを最大限且つ最善に活かすためにも、最高のお手本になる師匠を見つける必要が有りそうです。
2016/03/13 釣り針は素人目に同じに見えても、出来の良し悪しで釣果が驚くほどに違います。ですが初心者は釣り針が悪い事に気付かず、自分の腕が悪いと思ってしまいます。腕が悪いと判断し努力するのは結構ですが、道具が悪いと腕も良くなりません。又、道具を見る目が肥えることで、道具文化は進化するものです。
2016/03/12 足りないものを足すことが「教える」だとすると、既に有るものを最大限且つ最善に活かすことが「育てる」なのでしょう。そもそも人は足りないことだらけですが、足りないからと何でも足していくと、既に有るものを殺してしまうことがあります。有るものを活かすように足していくのが教育なのでしょう。
2016/03/11 師匠の話は知らない事ばかりで、何時も驚かされました。ですが興味深く聞く人は、殆ど居なかったそうです。あるセミナー講師に聞きました。人は自分の知らない事を聞くより、知っていることを聞いて安心したいのだそうです。きっと知らないことを聞いて、自分の無知に気付くのを恐れているのでしょう。
2016/03/10 上達すれば安心できると思い、ひたすら仕事に励んできましたが、どうやら間違いのようです。やればやるほど、それまでは気づけなかった不手際が気になり出し、それを解決するほどに、次の不手際が目に付きはじめます。仕事嫌いには無間地獄そのものですが、ドМな仕事好きにとっては極楽浄土なのです。
2016/03/09 自分を最大限且つ最善に活かすことが、この世に生を受けた者の務めだと思ってきました。ですが、それぞれに生きたいように生きているのですから、そんな風に考えるのは余計な御世話なのだと気付いたのです。蟻だって2割は怠け者らしいです。人間だって2割の怠け者がいても良いんじゃないでしょうか。
2016/03/08 色々と挑戦してきましたが、自分らしくない事をどんなに頑張ってしても、ストレスが溜るばかりで、上手く行くことは有りませんでした。ですがやってみないことには、それが自分らしい事なのか、そうでないのかよく分からないので、他人に勧められた事は、騙されたつもりでやってみるのも良いものです。
2016/03/07 1つの事に最善を尽くそうとすると、その他の事は疎かになってしまいます。ある人はその最善を尽くしている部分を見て感心し褒め、有る人は疎かにしている部分を見て落胆し非難するのです。左様に、同じ人物でも人により印象が違ってくるので、誰からも好かれようとすること自体、無駄な努力なのです。
2016/03/06 競争が嫌いなので、他人のやらない事や出来ない事をやり、人の眼に出来るだけ触れないようにしてきましたが、とても目立たないはずなのに不思議と人脈には恵まれており、そのお蔭で穏やかな気持ちで生きることが出来ています。間違いなく世界には目に見えないネットワークが張り巡らされているのです。
2016/03/05 スポーツ選手が地元の小さなチームから徐々にメジャーなチームに出世していく様に、職人も出世していける筈です。その為にも、一人で出来る事には限界が有るので、得意を活かし不得意は補い合う様に、お互いの資質を分かち合いながら切磋琢磨出来たなら、職人だけでなく、産地自体が出世するでしょう。
2016/03/04 20代の頃は50代のおっさんを見て、もう進歩など何もないただの年寄りだと思っていました。ですが50歳を過ぎて、ようやく頭の中の整理整頓が付きはじめ、見えていなかったことが見え始めました。そして本当の幸せが、得ることではなく与えることだということにも、一寸だけ気付くお年頃なのです。
2016/03/03 しくじったものをどんなに修正しても痕跡は残り、誰も気付かないと思っていても、目利きにはばれてしまいます。そして目利きであるほど世の中に影響力を持っているので、悪い評判は立ちやすく、逆に目利きに認めてもらえるならば、良い評判が広がります。どんな業界にも目利きが居る事を知るべきです。
2016/03/02 玄能を始めた頃は、見える部分だけにこだわって作っていました。ですが研究するにつれて、見えない部分こそが大切だと気付き、それからは見える部分を後回しにしたのです。すると不思議にも、見えない部分が上達するにつれて、見える部分までもが磨かれてきました。左様に人間と玄能は似ているのです。
2016/03/01 他人には出来ても私には出来ないことが沢山有るので、その穴をどうやって埋めるか考えていた時に、はっと気付きました。竹輪には穴が有りますが、有ると言っても何もないから穴であり、穴が有るから竹輪なのです。他人に有っても私にはないものが有って私なので、竹輪と私はとても似ている気がします。
2016/02/29 掛け算九九をどんなに早く暗唱できても、方程式が解ける様にはなりません。普段の仕事がどんなに上手く出来ても、より難しい仕事が出来る様にはなりません。ですから、難しい仕事の依頼が無くても、普段から訓練しておかないと、売れなくなった子役の様に、いつの間にか通用しなくなってしまうのです。
2016/02/28 売れている成功本は、当たり障りなく多くの人に好まれる内容になっているので、言うなれば大量生産の既製品です。参考になることが有れば取り入れればいいでしょう。ですが、成功の定義は人それぞれに違い、その導き方も千差万別ですから、自分らしく生きたいなら、自分流を特注で創る必要が有ります。
2016/02/27 そもそも正解だと思っている事が間違えているなら、どんなに真面目に努力しても、間違えた結果にしか辿り着けません。世間の同調圧力に流されて自分で思考することを放棄していると、この罠に嵌ることがよくあります。ですから、烏合の衆がもっともらしく言っている事やアドバイスには注意が必要です。
2016/02/26 商品開発など馬鹿馬鹿しい。売れている物を真似ればいい。これは以前同業者から聞いた言葉で、金物問屋さんも推奨していました。私の地元は他所で売れている物を真似て、何処よりも安く作ることで栄えてきた側面が有りますが、物が売れない昨今はその安さがあだとなり、地場産業が地盤沈下しています。
2016/02/25 興味無い事に一生懸命に成れと言われてもやる気になりませんが、大好きな事ならやるでしょう。ならば、他人の役に立つことの素晴らしさを説き、大好きな事を発見する方法を指導できる先生がいたら、子供たちは放って置いても大好きな事で世の中に貢献したいと考え、一生懸命に勉強するのではないかな?
2016/02/24 年を取ると、それまで気付けなかった新しい発見が有ります。体力の衰えを工夫する為に身体の動かし方を工夫すると、人間の潜在力に気付きます。視力の衰えを補う為に老眼鏡をかけると、何も見えていなかったことに気付きます。そして、不自由な人の気持ちが解るようになる等、結構いいことが有ります。
2016/02/23 頑張らないと出来ない事は、きっと向いていません。それが大好きなら続けてもいいと思いますが、そうでないなら早く見切りを付けた方が良いのです。幸せに生きる秘訣は、やらずにはいられないことを早く見つけて、それを淡々とやることだと思います。何故なら、思わず一生懸命になっている筈ですから。
2016/02/22 最近は矢鱈と前向きになれとか元気を出せとか喧しいですが、前向きでなくても元気がなくても、立派に生きている人は沢山います。皆がジョブズになりたいわけではないし、中には良寛さんを慕っている人も居るでしょう。ですから、人間はもっと自分の個性を生かして、のびのびと生きて良いと思うのです。
2016/02/21 何時でもやりたいことがはっきりとしている私は、暇というものが有りません。子供の頃からそうなので、暇がどんなものなのかも解りません。時には意識して暇な時間を作ろうと、一人で何もない山奥に行ってみたりするのですが、その環境をつい満喫してしまいます。昼寝すら一生懸命にしてしまうのです。
2016/02/20 戦後直後の日本は、稚拙な技能でも出来る仕事が沢山有りました。ですが今の成熟した日本では、最初から高度な技能を求められるので、それを持つ一部の人とそうでない人で、収入格差は益々開きます。努力しても収入の見返りの少なくなる大多数は、お金に変わる新たな価値を見出す必要に迫られています。
2016/02/19 若い頃の様には体が動かないので、色々と工夫します。それは体の使い方だったり、使う道具の改良だったりしますが、一寸の工夫でとても楽に、そして上手い具合に作業出来るので、もっと早くにやっておけば良かったと、何時も悔しがるのです。しかし、身体が痛くなって初めて、気付くことが多いのです。
2016/02/18 上手く行かない時に、一度に多くを変えてしまうと迷子になります。だから先ずは一つだけ変えてみる。それでだめなら元に戻って、他を一つだけ変えてみる。それで少しでも改善したら、そこを軸足にして、また一つだけ変えてみる。これを繰り返していくことで、迷子になることなく目的地に辿り着けます。
2016/02/17 目の前で起きていたはずなのに、ある日突然それに気付くことが有ります。出来ていると思っていても、出来ていなかったと気付くことも有ります。もの作りは毎日が勉強であり、気付きの連続ですが、気付く準備が出来ていないうちは、自分に何が足りないのかさえ気付けないので、絶対に威張れないのです。
2016/02/16 問題を一つずつ潰していくと次の扉が見えてきます。それを開けるともっと厄介な問題だらけですが、実はそれに気付けること自体が才能です。ですがそれ故に、何時になったら答えにたどり着けるのか不安にもなりますが、もしも不安よりワクワクの方が大きいなら、それが貴方に向いている事なのでしょう。
2016/02/15 焼入れの際に玄能を加熱し、硬くしたい所に水を掛けて急冷しますが、焼きが入り硬くなった所は急激に膨張し、そうでない所との境目にヒビが入ることが有ります。ですが、焼入れ前の鍛造でしっかりと鍛え上げておけば、ヒビを防ぐことが出来ます。人間も同じで、日々の鍛練は心と体のヒビを防ぐのです。
2016/02/14 手っ取り早く便利な手法を取ると、感覚が身体から離れていきます。すると、勘に頼れば簡単に出来る事まで、機械や器具に頼ることになり、益々勘が鈍くなります。そして勘を磨く面白さが忘れられ、上達する楽しみまで失われてしまいます。ですから、便利は勘を鈍くし、楽しみまで奪うことが有るのです。
2016/02/13 子供の頃から、自分は価値の無い人間だと思っていました。しかし仕事を始めると、喜んでくれる人がいるのです。それまでは自分のやることに喜んでくれる人などいなかったので、夢中で仕事をしたものです。私にとって夢中になれるかどうかは、誰かの役に立っているという自覚の有無なのかもしれません。
2016/02/12 1件の新しい優良なお客さんとお取引出来たなら、嫌なお客を1件だけ切っていいと、ある社長が社員に言いました。ですが、私なら嫌なお客と縁を切ったのちに、新しいお客さんを探すと思います。何故ならば、優良なお客さんは、嫌なお客とお付き合いの有る人とは、お取引したいと思わないでしょうから。
2016/02/11 仕事ばかりしていると飽きてくることも有るので、たまには趣味をしてみたりしますが、仕事ほど夢中になれないのです。何故なのか考えてみたのですが、趣味は夢中になる人が多く競争が激しいので、勝てる見込みが有りませんが、仕事は夢中になる人が少ないので、勝てそうな気がするからかもしれません。
2016/02/10 世間は貴方に「巧遅は拙速に如かず」と言って急かしますが、「急いては事を仕損じる」とも言います。急ぐことも大切ですが、たった一つでいいので、時間を掛けて深く掘り下げてみると、見えていなかったことが見え始めます。そしてその経験は、人生のあらゆる面に素敵な影響を及ぼすに違いありません。
2016/02/09 失敗はその瞬間ではなくて、ずっと以前に問題の芽を抱えていることが多いので、過去に遡りそれを排除しなくてはいけないのですが、それが難しいのです。何故ならば多くの人は、築き上げてきたものの否定を無意識にためらってしまうために、年齢を重ねるほどに、過去の過ちを素直に振り返れないのです。
2016/02/08 仕事の報酬は仕事であり、それも今迄より自由に、そしてより楽しく出来る条件付きの仕事なのです。もしもそれが実現できたなら、同じ仕事をしても、より良いものが出来て当然ですから、そのサイクルを回し続けさえすれば、お客様も自分も、そして関わる人全てが、より幸せに生きることが出来そうです。
2016/02/07 子供の頃から物作りが大好きで、何時も小遣いを注ぎ込み、何かを作り続けていました。それはプラモデルや木の工作だったりしたのですが、出来上がると直ぐに全てを捨てていたのです。それが今では、大好きな玄能作りをして、それが売れてしまうのですから、なんだか申し訳ない気がしてならないのです。
2016/02/06 「玄能の評価を聞かせてください」と師匠にお願いしても「あんたはどう思っているのだ」と言われただけでした。お客様に同じことを聞いても「悪かったら言うから」と言われるだけなのです。そこで自分で考える訳ですが、不思議と自ら気付くことが多いのです。答えは何時でも自分の中に有るのでしょう。
2016/02/05 趣味は楽しい事ばかりでしょうか?苦しい時も有りますよね?仕事は楽しい事ばかりでしょうか?苦しい時もありますよね?それでは、趣味と仕事の違いは一体何なのでしょう?それはやりたくてやっているか、そうでないかの違いだけなので、やりたいことを仕事にすれば、それは趣味になってしまうのです。
2016/02/04 接客の勉強をするのに、お役所はピッタリです。随分待たせた挙句、横柄で不親切な対応と、何度でも手間取らせる良く分からない説明で気持ちを逆なでる。それでもお客さんはそこでないと出来ない手続きの為に、歯を食いしばって辛抱するのです。お客の心をつかんで離さないお役所の接客はすごいのです。
2016/02/03 商品は良さそうに見せなければ売れません。ですが、志向がバラバラな不特定多数を対象に良さそうに見せると、商品の特徴がぶれてしまいます。ですから、誰に対して良さそうに見せるのかが大切になりますが、私なら儲けさせてくれそうな人よりも、大好きな人が喜んでくれるものを作りたいと思うのです。
2016/02/02 出来た物の検査を装置に頼れば点ですが、勘に任せれば面で確認できます。例えば玄能の硬度の検査を硬度計に頼れば、一度に一点しか測れませんが、砥石で研げば、砥石の上での滑り具合や研ぎ面の光沢を身体で感じることで、面全体を一度に確認できます。どちらの情報量が多いのかは推して知るべしです。
2016/02/01 自己顕示欲の強すぎる人は無能に見えて嫌いでした。ですがよく考えてみると、有能で自己顕示欲が強く、それが大いに歓迎されている場合もあることに気付きました。自己顕示欲は誰もが持っており、それ自体は善でも悪でもないけれど、顕示されるものの質によって、嫌われたり歓迎されたりするのですね。
2016/01/31 大好きな事をやった素敵な思い出は、何時までも心に残ります。嫌いな事を我慢してやった嫌な思い出は、早く忘れたいものです。人生を学び多き有益なものとするには、自然とやる気になり、やった記憶が何時までも残ることをした方が良さそうです。ならば、やはり大好きな事をやらざるを得ないでしょう。
2016/01/30

上手い下手以外にも、その人の品格やその時の感情が出来たものに現れます。それは誰かに指摘されなくても、本人が一番解るものです。もしも解らないとするならば、その作業が好きではないのでしょう。ならば上達も望めませんから、向いていないと見切りを付けて、早く違うことを始めた方が良いのです。

2016/01/29 自信のない自分を時々責めてみたりしますが、自信を持たなくてはいけないという強迫観念から脱した時に、自信はついているのかもしれません。それは即ち自信の有無などに関わりなく何でもできる状態なので、やることに対して無理せず自然に出来ているなら、自信などそもそも必要ないのかもしれません。
2016/01/28 肉体労働を見下す人でも、究極の肉体労働であるスポーツの観戦はします。そして、そのパフォーマンスに大喜びします。では鍛冶屋も訓練を重ね、良い商品を創り上げさえすれば、大喜びさせられるのでしょうか?私は出来ると思います。ですが、「良い商品」の定義を先ずは決めなくてはいけないでしょう。
2016/01/27 地元の鍛冶屋が私に言うのです。自分は何でも作るし、玄能作りも鋼付けも簡単だと。私は他人の作るものが簡単そうに見えることは少ないので、そんなことを言える人は自信が有って羨ましいですが、そういう人に限って大した仕事をしていないのが、一寸だけ気になります。自分の事は見えにくいものです。
2016/01/26 「オンリーワン」とは誰かにとっての「ナンバーワン」な訳で、故にただ「一生懸命になればいい」訳ではなく、誰に対してどんな状態であるのかが大切なのだと思います。もしかして、その誰かは「そのままの君が好きなのだから、花なんか咲かせるなよ」と言うかもしれません。独りよがりは禁物なのです。
2016/01/25 玄能鍛冶を始める前は幸三郎さんの玄能を見ても何も感じませんでした。自分でやってみると、徐々にその素晴らしさと製作上の難しさが身に染みてくるのです。ですから物事を客観視することは大切ですが、どっぷりと浸からない限り解らない事の方が多いのかもしれません。他人の苦労は解りにくいのです。
2016/01/24

騙されたと思ってやってみろと言われても、騙されると思えばやりません。ですが、その花を咲かせることだけに一生懸命になればいいなんてSMAPに言われたら、その気になってしまいます。どちらも何の根拠もないのに物は言いようですが、実は誰にそう言われたかで、人は決めているのかもしれません。

2016/01/23 職人仕事の衰退は時代の趨勢とはいえ、あまりに急過ぎます。もっと掘り下げるべき事が有り、新しい発見も有るはずなのに、多くの人が止めてしまった様です。お金だけを求め、目に見えるものだけを信用し、感覚的なものを疎かにしたからでしょう。科学の発達が人間の五感を著しく鈍らせてしまいました。
2016/01/22 技術的に行き詰った際に、幾度も科学的な技法を取り入れようか迷いました。ですが思い止まり、師匠の教え通りに自分の感覚を頼りに仕事を進めてきたのです。そして時間は掛かりましたが、一旦身に付いてしまえば極めて単純な工程で作業出来、精神的余裕も出来たため、伸び代が大きくなった気がします。
2016/01/21 これさえ出来れば自信が付くと考え、難しい事に挑戦しますが、出来た瞬間に大したことは無いと気付くと共に、新しい課題が見えてきます。その課題をクリアできれば自信が付くと考えて取り組むのですが、また同じことの繰り返しなのです。左様に何時までも自信はつかない訳ですが、これが楽しいのです。
2016/01/20 加齢により無理が効かなくなり、それと共に自分の限界が見えてきたおかげで、生きているうちに出来そうな事とそうでない事の境目が、ようやく解るようになってきたのです。お蔭で、本当にやりたいこと以外を他人にお願い出来るようになりましたが、もっと沢山お願いしないと、何も出来ずにお陀仏です。
2016/01/19 所属することには、守ってもらえるという長所と、支配されるという短所が有ります。支配が嫌なら所属しなければいいし、所属後に自立したいなら、早くその準備を始めなくてはいけません。そうでないと支配されていることを忘れ、自分の実力で全部出来ていると勘違いし、自立の際に足元をすくわれます。
2016/01/18 作業の記録を取ることを習慣にしていますが、大雑把だと後で読んでも解りません。細かすぎると細部に囚われて技能の更新が難しくなります。その丁度良い塩梅は、新しい事を追加して不要な事を捨てた増減の無い状態ですが、この不要な事とは、文字のレベルを超えて、感覚として既に理解できたことです。
2016/01/17 人は生まれてそこにいるだけで、周りに希望を与え幸せにします。なのに、その素晴らしさを次第に忘れ、向いてないことに一生懸命になれとか、頑張れとかけしかけるのです。そして折角の素質を殺し、本人のみならず、周りも巻き込んで不幸になります。人は一体、何処で何を間違ってしまうのでしょうか?
2016/01/16 何かを始めるのにお金が無い事を言い訳にするなと言われました。お金が無くても頭を使えば、なんだってできるとも言われたのです。ならば、慌ててお金を稼ぐ必要もなくなりますから、のんびりと好きな事をやって生きて行けそうです。因みに、こう言ったのは、お金を稼ぐ秘訣を教えるセミナー講師です。
2016/01/15 私は学校に行く目的が解らずに低学歴ですが、知的好奇心を満たす為の勉強は大好きだったのです。同じ様に仕事でも、お世話になっているお客様の為にはパワーが漲ってくるのですが、目的もわからない事には元気も出ず、やる気も起こりません。ですから、一生懸命になるには、確たる目的が必要なのです。
2016/01/14 売るために作ったものをタダでくれるのはいけません。相手に失礼ですから。くれるには、そのために作らなくてはいけないのです。又くれた物の評価を真に受けてはいけません。どんなに拙くても、きっと相手は褒めてくれるはずですから。これらは些細なことかもしれませんが、物作りの落とし穴なのです。
2016/01/13 誰かの口車に乗り、頑張ることが良い事だと信じていると、いらない資格を取るために浪費したり、ストレス解消のために散財したりで誰かの思う壺です。のんびりと倹しく暮らしている人を見下し、自分は最先端で活躍していると思っていても、実は誰かの思い通りに動かされているだけなのかもしれません。
2016/01/12 豊かな老後のためだけにひたすら稼ぎ続けていると、現在の豊かな時間を犠牲にしたあげく、来るはずと信じていた未来が、違った形に変化するかもしれません。ですから、自分がどんな風に生きて行きたいのかを決めた上で、今を大切にしながら、将来必要な事をのんびりと準備していけばいいと思うのです。
2016/01/11

苦労は買ってでもしろと言いますが、あえて嫌な事を勧めている様で、私は馴染めません。例えば新しい事に挑戦すれば想定外の困難に合うことも有りますが、大好きな事をやっているならば、大して苦労と思わないはずです。ですから「苦労と感じないほど夢中になれる事を見つけよう」と応援したいのです。

2016/01/10 言えばやらざるを得なくなり、やれば次の扉が開きます。扉の向こうは得てして想像とは違います。何故ならそこは、それまでの自分の思考レベルでは理解できない所だからです。それは楽しみでもあり恐怖でも有りますが、やると言ってしまえば情報が集まりますから、先ずは言ってみることが大切なのです。
2016/01/09 根暗な性格を改善する為に色々と試してみましたが、やるほどに深く考え込んでしまい、益々根暗になってしまいました。本を読み、セミナーに参加して勉強したのは楽しかったけれど、根暗のまんま。「人は変わることが出来る」なんて言う人は、統計を取り、それを証明してから言ってもらいたいものです。
2016/01/08 何時でも不平不満や他人の悪口を言っている人が、まれに人を褒めている場合に、うっかり同意の相槌を打ってはいけません。そういう人は最初褒めている様でも、そのうちに「それに比べて〜といったら」といった具合に、悪口が始まります。うっかり相槌を打ってしまった貴方は、もう逃げられないのです。
2016/01/07 物心付いた時からもの作りが大好きです。進学は職業訓練校の精密機械科を選択しましたが、肉体労働を見下す同級生にバカにされました。何故好きな事をやるために好きな学校へ入るのを馬鹿にされなくてはいけないのか?倅が同じ学校を志望した時に、あそこは止めた方が良いと、先生に言われたそうです。
2016/01/06 私は考え過ぎだとよく言われますが、私が尊敬する人達は皆とても良く考えるのです。軽く考えるだけだと、頭の中に余計なごみを溜め込み面倒くさいことに成りますが、深く考えることで、それを整理整頓できます。ですから、シンプルに生きようと思ったら、混沌とした状態を経る必要が有ると思うのです。
2016/01/05 酒席で仕事の話はいけないと、若い頃に職場の先輩に注意されました。酒席では楽しい話や夢のある話をしろと言うのです。ですが、私は仕事が楽しく、そこに夢を持っていたので、変な事を言うものだと思うと同時に、同じことを楽しいと思える人と一緒に仕事がしたいと思い、そこを辞めることにしました。
2016/01/04 古い牛タンを食べてしまったのです。賞味期限が1月13日だったので安心して食べたのです。少し酸っぱかったので改めて賞味期限を見直すと、2015年の1月13日だったのです。母親に「子供の頃の浩樹はすぐに腹を壊すから、手が掛かった」と言われ、負い目を感じていましたが、犯人はお前じゃね?
2016/01/03 大工道具でいう偽物とは、本物でないものでは無くて、本物ぶった物なのです。それは本物より本物らしい特徴をてんこ盛りしており、素人にはそれらしく見えますが、玄人には直ぐにばれます。人間も同じ様に、どんな人に好かれたいのかを良く考えて行動しないと、素敵な人ほど自分から離れていくのです。
2016/01/02 馬鹿な事をしている人を見ると馬鹿だなと思うのですが、それをあからさまに馬鹿にしている人も馬鹿だなと思うのです。ですがそんな風に馬鹿にしている自分も馬鹿だなと思うので、他人を肯定的に見る難しさを何時も感じているのです。そしてこんなことに正月から悩んでいる自分が呑気に思えてきました。
2016/01/01 若い頃から飲食に関心が薄く、カロリーを取るだけの食事をしてきました。最近ではSNSで食べ物の画像をアップする人が多い事を不思議に思っていたのですが、それだけ関心が高いのでしょう。今でも適当に口に放り込んで飲み込むだけのことが多いので、今年からはもう少し味わってみようと思うのです。
2015/12/31 今年一年も、ほぼ頑張ることなく過ごすことが出来ました。頑張ることが大嫌いな私にとって、とても素敵な年だったと思います。世の中は自分の都合で他人を頑張らせようとする人で溢れていますが、来年も頑張らずに出来る楽しい事や夢のある事に目を向け、生きる喜びを実感しながら過ごせたら幸いです。
2015/12/30 人間性を高めるには陰徳を積む必要が有ると言うので、正直に生きようと若い頃から決めていました。拾いものは交番に届け、誰も見ていなくても赤信号は守るのです。ですが何か物足りないので思案していたのですが、他人が気付かない所も手を抜かずに仕事をするだけでも、充分立派な事だと気付きました。
2015/12/29 威張る人が何故威張りたがるのか解らないのです。お金や権力をちらつかせ、他人を思い通りに動かしているつもりでも、心までは支配できません。いや、そうでもないのかな?いつか自分も威張りたいと思っている人の心なら、支配できるのかもしれませんね。需給バランスは取れているのかもしれないな〜。
2015/12/28 「そこまで手を掛けたら手間賃が合わなくなる」と思ったところが、職人の限界です。お客様も気付かない様な高付加価値を提示し続けるなら、職人の評価も上がり、手間賃の限界はどんどん高くなります。当初は合わないと思っても、どれだけの価値を提示できるのかに挑戦してみるのも、良いと思うのです。
2015/12/27 反面教師には何時も感謝させられます。私の師匠は具体的な答えを教えてくれなかったので、自分で答えを探るしかありませんでしたが、そんな時に反面教師が現れると、解りやすく失敗してヒントをくれるのです。ですがその反面、多くの迷惑も掛けられるので、感謝はすれども、複雑な気持ちになるのです。
2015/12/26 仕事をしていると、とても穏やかな気持ちになります。手を動かし目の前の事に集中していると、嫌な事も忘れられます。揺れる炎を見ていると、邪気が祓われる様でとても心地よいのです。何故なのだろうと何時も思っていたら、相田さんは仕事が瞑想なのですねと、ある人に言われてなるほどと思いました。
2015/12/25 人を支配する為に、敢えてその人の成長を阻害する人がいます。相手の何も出来ない状態を維持し、自分に依存させて言うことを聞かせるのです。ですが、他人の成長を促し早く一人前に育てた方が感謝され、言うことも聞いてくれるはずです。半人前に言うことを聞いてもらっても、イライラするばかりです。
2015/12/24 「自分の仕事に関する質問にはすべて即答できるように」と師匠に言われたのです。そこで、「どうしても答えが分からない時には、師匠はどのようにされていますか」と聞きました。すると、「あんたにはまだ早い」と言ってその場をしのぎ、次に会う時までによく調べて、その答えを準備していたそうです。
2015/12/23 槌打ちやヤスリ掛けにおいて、槌やヤスリは進行方向が変わるたびに、速度がゼロになります。これは非常に効率が悪いようですが、作業者本人は動きが止まった様に感じていません。槌やヤスリを内燃エンジンのピストンに例えるなら、人の関節や筋肉がコンロッドやクランクの様に働いているからでしょう。
2015/12/22 私は不器用なので、人が無意識に出来る様な事でも、よく考えないと出来ないのです。子供の頃は上手く歩くことが出来ず、考え過ぎてズッコケそうになったりしました。ですが、そんな変な事を考える習慣が付いたおかげで、玄能造りのために必要な動作を、速やかに身に付けることが出来たのだと思います。
2015/12/21 普段は気にも留めていなかったのに、存在に気付いてしまうと気になって仕方がない。手に入れた際には思ったほどの感動は無いが、使い続けると愛着が増していき、無くてはならない相棒となる。そして不注意で失くしたり壊したりしたら、哀しくて泣きたくなってしまう。そんな玄能を私は作りたいのです。
2015/12/20 時間は掛かろうとも、最後まできちっと仕上げる人は見込みが有ります。たとえそれが稚拙であっても、いずれ良い結果が得られるはずです。反対にどんなに早くても詰めの甘い人は、何時まで経っても上達出来ません。巧遅は拙速に如かずと闇雲に急だけの人は、物事の上面をなぞり続けているだけなのです。
2015/12/19 人は生まれてすぐに学び始め、教えられなくとも多くの事が出来るようになります。それにもかかわらず、何もやってみなかったり、少しやってみただけで出来ないと言う人のなんと多い事でしょう。出来るということが沢山の失敗の上に成り立っていることを、赤ちゃんから教えてもらう必要が有りそうです。
2015/12/18 趣味のサークルは楽しいのに、職場は楽しくないと言う人がいます。それは同じ志の人がいないからです。趣味のサークルは同じ楽しみを求める人が集まりますが、職場は人それぞれに求めるものが違います。ですから楽しく仕事をしたいなら、自分と同じことに喜びを感じる人の居る職場を探すべきなのです。
2015/12/17 私の師匠は「仕事にやる気など必要ない」と言いました。なるほどと思い、やる気を出して仕事をすることを止めたのです。すると自然体で仕事が出来るようになりました。きっと意識し過ぎるから、いま一歩踏み出せなくなるのでしょう。ですから特に難しい仕事ほど、気楽に始めた方が良い気がするのです。
2015/12/16 サザエさん症候群というのが有るそうです。日曜日の夕方になると、早く仕事がしたくてそわそわしたり、仕事の段取りが頭に浮かんできて幸せな気分になったりするそうです。え、違うんですか?てっきり私はそうなので、勘違いしていました。やはり大好きな事を仕事にしていると、他人とは違うのですね。
2015/12/15 玄能を作っていると、幸せな気持ちになるのです。とても優しい気持ちにもなります。そして良いものを作りたいと、素直に思えるのです。きっとそれは喜んでくれる人の顔を思い浮かべることが出来るからでしょう。私は自分勝手な人間だと思っていますが、意外と他人の事も考えているのかもしれませんね。
2015/12/14 物作りが大好きで得意な人は、作品を見ると作者が何を考えているのか分かるのです。それは何処に手間や時間を掛けているかで分かるのです。その作業を好きでやっているのか、稼ぐために嫌々やっているのか。お客さんを大切にしているのか、そうでないのか。全て作品に現れるので、物作りは怖いのです。
2015/12/13 手を掛けない事と手を抜く事を混同している人がいます。手を掛けないのは最小限の作業で期待する結果を得ることで、手を抜くのは掛けるべき手間を掛けない事です。フィギュアスケートなら、リカバリーの必要のない演技と、飛ぶべきジャンプを跳ばない違いでしょうか。私の定義ならそんなイメージです。
2015/12/12 手間に見合うだけの代金を取れるのがプロでしょうが、それにも2つあります。1つは、代金が先に決めてあり、それに手間を合わせる場合。もう一つは、手間を掛けただけ代金を請求できる場合。この2つはともに難しく、これらを2つとも上手く使いこなせると、仕事は飛躍的に楽しくなる気がするのです。
2015/12/11 出来ると思って始めても、上手く行かないことは有ります。努力しても成果の上がらない事もあります。ですが、出来ないと思って始めたなら出来る筈がなく、努力なくして成果は上がりません。ですから、何なら出来そうか?何なら努力できるのか?これを考え続けることが、結果を出す秘訣だと思うのです。
2015/12/10 始めるのに遅すぎる事は無いと言いますが、始めた人はもっと早くすれば良かったと、自分の無知を悔やむはずです。始めない人は自分の無知にすら気付かず、益々何も始めようとしません。毎日少しでもいいので新しい事を始めてみれば、その度に自分の無知に気付き、努力せずにはいられなくなるはずです。
2015/12/09 自由の定義は人それぞれでしょうが、私にとっては大好きな人とやりたいことだけをやって生きていくことが、最大の自由なのです。また、その自由を得る為に不自由を負うことも否定するので、何ともわがままな生き方ですが、大好きな人と一緒なら、それを実現させるための努力も不自由と感じないのです。
2015/12/08 上達を目指していると、それまでは良く思えていたものに不満が出てきます。ただし、ダメなものをダメと決めつけて排除するだけでは、自分の器を狭めてしまう気がするのです。ダメをダメと認識したうえで、そこにも何かしらの価値を見出す努力をしていかないと、小さな人間で終わる気がしてきたのです。
2015/12/07 他人を苦しませて悦に入っている人がいます。反省もなく、自分は悪い奴を懲らしめているだけだと言うのです。そしてこれが国家規模で起きていることを、マスコミは伝えています。人種や宗教に優劣をつけ、人を差別し迫害するような行為が無くならない限り、子供たちのいじめが無くなる訳がないのです。
2015/12/06 子供の頃は壊れた時計やラジオも修理できました。今のものは複雑すぎて、買い替えるしかありません。新しいものが出来るのは良いけれど、それが複雑になりすぎると、人の手からどんどん離れて行くようで、寂しい気がします。もっと簡単な方が、たとえ少し物足りなくても、愛され続ける気がするのです。
2015/12/05 女性管理職が増えない理由は、ごく少数存在するバリバリキャリア志向の成功した女性をロールモデルにするからで、それでは殆どの女性の共感を得られないでしょう。同様にどの分野でも、ごく少数だからかえって目立つという様な成功者をロールモデルにすると、共感を得られず上手く行かないと思います。
2015/12/04 近頃では目立たない事は存在しないに等しいとまで言われて、マスコミに取り上げられたり、ネットで上位に検索されることに血眼です。私はそういった事が苦手ですから、皆がそちらに時間と労力を取られている間に、こっそりと上達して目立とうと考えているのです。ずる賢いなんて言わないでくださいね。
2015/12/03 やる人はポジティブで、やらない人はネガティブと言われます。ですが、何かをやればそれ以外は出来ないし、やらなければそれ以外のことが出来ます。周りの勧めであれこれと始めてしまうと、結局何も成さずに人生を終えてしまいそうですから、やらないとポジティブに決めることも、大切だと思うのです。
2015/12/02 苦手な人ごみは避けていても、うっかりパーティー等に参加することが有ります。すると始まる前から具合が悪くなり、途中でこっそり抜け出すことに成るのです。こんな失敗を繰り返すこと30有余年。何時になったら慣れるのか。はたまた勇気を出して断ることが出来るようになるのか。全くトホホですね。
2015/12/01 嫌いや苦手を克服する努力をすると、ある程度は慣れることが出来ます。ですが、そのストレスはボディーブローのように効いているのです。そしてそれが何かの切掛けで、アナフィラキシーショックの如くに、激しい拒絶反応として現れることが有ります。本当の嫌いや苦手は克服出来ないのかもしれません。
2015/11/30 スポーツ好きにスポーツ観戦はたまらないでしょう。おねえちゃん好きにキャバクラは天国でしょう。私もスポーツ観戦やキャバクラに誘われる事も有りますが、どちらも大の苦手で、お金をもらっても行きたくありません。好きな人にとっては天国なのに、嫌いな人にとっては地獄といった事は沢山有ります。
2015/11/29 苦手を克服するために、どれだけの時間を無駄にしたでしょうか。中には多少は慣れて、それ程苦にならなくなったものもあります。ですが、殆どの事はいくら頑張っても得意になるどころか、慣れさえしないのです。早く見切りを付けていたら、これほど苦しまなくても良かったと考えると、とても残念です。
2015/11/28 どんなに先を急いでいても、赤信号で止まってばかりでは何時までも辿り着けません。どんなにゆっくりでも、青信号ばかりなら意外と早く辿り着くものです。もの作りも同じで、巧遅は拙速に如かずとばかりに先を急いでも、失敗ばかりで先に進めません。先ずは基本に忠実に、正確な作業を目指すべきです。
2015/11/27 面白おかしく暮らすために、報酬が多いなら何でもするという人がいます。もしもそれが好きで得意ならよいのですが、そうでないなら肉体的・精神的に辛くなり、ストレスを溜めて散財してしまいそうです。世界を見渡せば、お金は無くても面白おかしく暮らしている人は沢山いるのに、なんとも不思議です。
2015/11/26 「きもい」と「かわいい」を組み合わせて「きもかわいい」。言われてみれば、あるあると思いますが、誰よりも早く考え付くのは難しいのです。これはビジネスモデルにも当てはまり、意外なものの組み合わせで収益を生み出せそうです。収益の出ないもの同士の組み合わせでも、収益を生み出せるかもです。
2015/11/25 ドアが開く気配を感じ振り向くと、幼い子供が笑顔で立っているのです。そんな姿を見ただけで、20年前にはとても優しい気持ちになりました。ところが、年を経るに従い憎たらしくなっていくのです。ですが、怒鳴り付けたくなった時に、可愛かったあの頃のことを思い出すと、心が穏やかになるのです。
2015/11/24 若い頃には、何故年寄りは若者の話を聞かないのだろうと思っていました。年を取ってきたら、何故若者は年寄りの話を聞かないのだろうと思うようになりました。ですがようやく気付いたのです。話を聞かないのは自分の方だったと。そして、人は話を聞いてくれる人の話には耳を傾けてくれるということに。
2015/11/23 仕事でもプライベートでも、自分の行いが世の中にとって、どんな意味や価値が有るのかを考えながら行動することはとても大切です。ですが自分に出来ていることを他人と比べることには全く意味が無いのです。自分の出来る精一杯と比べて、どの程度のことが出来ているのかが、とても大切だと思うのです。
2015/11/22 負けたくないという気持ちは勝者の思う壺なのです。勝ちたいと思えば思う程、勝者のやり方を肯定することに成るからです。それでも良ければ、既存の勝者と同じ土俵で競え合えばいいと思いますが、自分らしく生きようと思ったら、彼等とは違う土俵で努力した方が、気持ち良く生きていけると思うのです。
2015/11/21 何を持って成功と言うのか?何を持って幸せと言うのか?何を持って平和と言うのか?ネットで様々なコメントを見ていると、混乱して洗脳されてしまいそうです。ですが、自分の中ではしっかりとした答えを持ち、堂々と生きていきたいので、それぞれの定義を決めて、流されないようにしたいと思うのです。
2015/11/20 鍛冶屋にも種類が有ります。合理化・機械化を進め工場に進化させた鍛冶屋。時代の変化に対応しきれずに停滞している鍛冶屋。そしてもう一つは鍛冶仕事が好きで、それ自体を掘り下げて進化させている鍛冶屋。私はそれを自認しておりますが、こんな変わった鍛冶屋も、日本には少なくなってしまいました。
2015/11/19 問屋さんや小売屋さんが中抜きされると言って泣きつくのです。私の場合は彼らに育ててもらった恩が有り、何よりマーケティングやセールス、クレーム処理等の煩わしい作業をお願いしたいために中抜きしないのであって、そう考えない人であれば、中抜きもいいと思うのです。但し、全て自己責任なのです。
2015/11/18 三条名匠会の会長をしておりますが、設立当初は入会を拒否していたのです。まだ鍛冶屋になる決心すらついていなかったからです。ですが初代会長に、会員になり自覚を持つことこそが大切なのだと諭されて、渋々入会したのです。気が付けばそれから十数余年。知らず知らずに高みを目指していたようです。
2015/11/17 簡単な事を指示されても、引き受けたくない場合が有ります。どんなに嫌な事でも、この人の為ならと一肌脱ぎたくなる場合が有ります。左様に、人は簡単だからとか、好きだからとかだけで動くのではなく、相手によって動くのです。それが分からないリーダーは孤立するので、好かれる努力が大切なのです。
2015/11/16 自分には簡単な事でも、他人には難しいことが山ほど有ります。それは立場が逆でもそうでしょう。ならば、自分の得意な事を持ち寄りチームを組めば、大抵のことは簡単に出来てしまう気がします。ですが、どうやってそのメンバーを集めるのかが問題なのです。それが求人や求職の難しい所なのでしょうね。
2015/11/15 飛躍的に上達する人は変態なのです。やるほどに見えていなかったことが見え始め、やらなくてはいけないことが次々と現れるのです。理想は高くなるばかりで、いくら追いかけても追いつけず、四六時中その事で頭が一杯になります。そんなに辛そうなことを楽しそうに続けられるのは、やはり変態なのです。
2015/11/14 自分に出来そうにない事をやってくれと言われますが、やってみると出来たりするので驚くのです。自分がどの程度なら出来るのかを自分で判断するのは難しいので、信頼できる人に相談すると、出来そうにない事を出来ると言われるので困るのです。もしかしたら、人間の可能性は無限なのかもしれませんね。
2015/11/13 たとえ虐めにあっていたとしても、人生は永いのです。多くの人と出会えば、世の中は悪い人ばかりじゃないことにも気づきます。素敵な人達から多くを学び、幅広い知識・知恵・人脈を手にすれば、今後何が起ころうと怖気づく必要など無くなるはずです。さあ、元気を出して胸を張って生きていきましょう。
2015/11/12 鍛冶屋の仕事が出来る状態とは、もの作りが上手いだけではダメなのです。仕事のための様々な知識や技能を身に付け、素敵な人間関係を構築し、商売として続けられなくてはいけないのです。だから1人前になるのに10年掛かるというのであり、それを2年程度で出来るようにするなど、無理な話なのです。
2015/11/11 大きすぎる目標を掲げる人にも様々あるのです。1つは本当に高い志を持ち、努力を怠らない人。もう1つは周りの圧力で仕方なしに掲げる人。そしてもう一つは、失敗した時の言い訳を担保するための人。そしてその見分け方は、上手く行かなかった時にやり方を変えて、すぐにやり直せるかどうかなのです。
2015/11/10 その人が信用出来るかどうか、調べる良い方法を思い付いたのです。酒席ですっぽんぽんになって踊るのです。同席者がそれを他言すれば、その人は信用できません。他言しなければ、その人は信用できます。ですがこの方法には些細な欠点が有るのです。その時点で自分自身の信用を無くしてしまうからです。
2015/11/09 大人は汚いと言っていた子供も、次第に何の疑問も持たずにそのヒエラルキーに属していくのは何故なのか?洗脳されてしまうからなのか?諦めてしまうからなのか?欲深くなるからなのか?世間を騒がせている子供のいじめは、ずる賢い大人社会を見た子供たちが、ただ真似をしているだけの気がするのです。
2015/11/08 上手く出来ていたのに、急に出来なくなったと感じることが有ります。1つは初心を忘れた場合。この場合には、胸に手を当てて深く反省する必要が有ります。もう1つは目が肥えた場合。この場合に困るのが、上手くなっているのに下手に感じてしまうことです。そして、これらの判断はとても難しいのです。
2015/11/07 避けられない嫌な事はとっとと片づけて、楽しい事は後回しにするのです。すると不思議な事に、嫌な事も習慣化されて苦にならなくなります。ですが嫌な事を後回しにすると、何時まで経っても嫌なままなのです。ですから、楽しい事を気兼ねなく存分に楽しむためにも、嫌な事は先にやった方が良いのです。
2015/11/06 何事にも良い面と悪い面があるもので、否定する人はその悪い面を見ており、肯定する人はその良い面を見ているものです。それを無視して善悪や正義不義で決めつけて事を進めようとするから、混乱と対立が起こるのです。いっその事好き嫌いで決めて、その理由を説明してもらえた方が、有りがたいのです。
2015/11/05 需要が有るのに他人はやりたがらない事にこそ、チャンスが有ると言われています。ですが、他人だけでなく自分もやりたくなければ、やっても続きません。重要なのは、人が嫌がるけれど、自分にとっては嫌でない事をすることです。ましてやそれが大好きで得意な事ならば、成功は決まったようなものです。
2015/11/04 周りを見回すと、壊す人と作る人がいることに気付きます。壊す人は何でもかんでも壊しまくり、作る人はこつこつと作り続ける。世の中にはどちらの役割も大切ですが、その両方を一人で出来る人はとても限られているでしょう。ですから自分の特性を見極め、チームを組んで物事を進める必要が有るのです。
2015/11/03 商売に競争はつきものですが、どの土俵で戦うかは自分で決めることが出来ます。安さか?品質の良さか?PRの仕方か?等、様々な要素が有りますが、自分の得意を生かせる土俵を選ばないと長所が生かせません。そして最も大切なことは、どの土俵が自分にとって居心地がいいのかを考えることなのです。
2015/11/02 数年ぶりにする仕事は簡単すぎて驚くのです。当時は全力を出してやっていたことが、簡単に出来てしまうのです。ですが、もっと良いものを作ろうとすると壁にぶち当たり、再び全力で取り組まなくてはいけなくなるのです。左様に、もの作りは何時まで経っても完成にたどり着けないところが楽しいのです。
2015/11/01 同じことを繰り返して違う結果を求めることを精神異常と言うそうです。それは言い過ぎとしても、失敗しても同じことを繰り返す人は自分の中に基準が無く、挑戦するのが怖いのでしょう。基準が有れば、挑戦してダメなら元に戻ればいいだけなので、先ずは確固たる基準を一つでも作ることが肝心なのです。
2015/10/31 もうちょっと上だとか下だとかではダメなのです。丁度良いポイントが有るのです。下手なうちは振れ幅が大きく、ぶれてしまいますが、上手くなろうとしたら、ピンポイントを目指さなくてはいけないのです。自分の中に何時でも「ここ」という基準を持つことで、初めて飛躍できる可能性が生まれるのです。
2015/10/30 大好きで得意な事をしていて、これは絶対に出来ないなと思った時が好機なのです。その時点で貴方はかなりできている筈ですから、やると決めて準備を始めたらいいのです。すると多くの課題が出てくる筈ですが、そもそも大好きで得意な事ですから、他人より苦労もせずに、多くの事を解決出来るでしょう。
2015/10/29 俺だってあれくらいならできると思った時は要注意なのです。一旦立ち止まり、冷静に観察しなくてはいけません。今の実力では見逃してしまうような大切なポイントが、往々にしてあるもので、大口をたたくとえらい目に合うのです。ですが、大口をたたいて背水の陣を敷くのも、有りかもしれませんけれど。
2015/10/28 上手い人は何を作っても上手くまとめてしまうのです。下手な人は何を作っても下手なのです。であれば、様々なものを上手く作りたいと思うなら、一つでいいから、誰にも負けないものを作れるようになれば良いのです。ですが下手な人ほど、彼是と手を出してしまい、何時までたっても下手なままなのです。
2015/10/27 どんなに理不尽な親であろうと、自分を育ててくれたことには感謝しなくてはいけないのでしょう。どんなに暴力を受けて心が折れそうになっても、親は尊敬しなくてはいけないのでしょう。どんなに裏切られて絶望しても、親孝行はしなくてはいけないのでしょう。ですが、そんなことが出来るのでしょうか?
2015/10/26 やりたいことの見つからない人は、今までやってきた事の中で、なんとなくでも楽しかったことや苦にならなかったことを、もう一度やってみるのです。その中で少しでも楽しいと思った事を掘り下げていくと、それ自体が本当にやりたいことに成ったり、そのすぐ隣にやりたいことが見つかったりするのです。
2015/10/25 自分の見ている色と他人の見ている色が、同じように見えているのか疑問なのです。物体の輪郭や文字などは、皆が同じように認識できるでしょうが、色については確認のしようが無いのです。魚釣りでも、私には透明な釣り糸がよく見えないのですが、良く見えるという人も多いので、とても不思議なのです。
2015/10/24 嫌いや苦手を好きや得意にしようと思うから思考停止するのです。学校の先生に苦手科目の克服を強いられて、委縮した人も多いでしょう。ですが世の中は嫌いや苦手以外のことで溢れ返っているのですから、些細な事に囚われずに、好きや得意をより大好きや大得意に進化させる方が、賢明な気がするのです。
2015/10/23 本人が自由と思っていても、周りがその行動を許せない場合は多々あります。ならばその状態は自由と言えないのです。本人が自由であると認識し、周りもそれを認めている状態が本当の自由だと思うので、自由になりたいなら、周りに喜んでもらい、わがままを許してもらえる存在になる必要が有りそうです。
2015/10/22 苦労して出来るようになったことは尊ばれ、なんとなく出来るようになったことは軽くみられてしまいますが、なんとなく出来てしまうということは、自分に向いているということなので、じっくりと掘り下げてみたらいいと思うのです。他人がどんなに頑張っても出来ない事でも、きっと楽に出来る筈です。
2015/10/21 目の前で起きていることについて、その理由が分かっているか分かっていないかで、受け取り方は大きく異なるのです。そして分かっているにも、分かっていないにも色々あるので、当然意見は百人百様のはずなのに、ろくに説明もされず決められていくことに、多くの人が納得してしまうのには驚くのです。
2015/10/20 どんなに正しい事でも、決められたルールに従わずに行われたならば、反発を受けるものです。どんなに喜ばれようとしてやったことでも、手順を踏まずに行われたならば、嫌われてしまうものです。これは自惚れた優等生がよくやらかしてしまうことですが、大人の世界では学生時代より根が深くなるのです。
2015/10/19 美味しそうに見える料理でも、食べてみたら激マズなんてことはよくあります。ですが、刃物の顕微鏡写真を見せられて、これはとても良い組織だなんて説明されると、納得する人が多いのには驚くのです。刃物だって研いで使ってみない事には、その良し悪しは分からないはずなのに、本当に可笑しな話です。
2015/10/18 大玄能の丈は4寸3分が基本ですが、これは人が使いこなせる最大の長さで、使いこなせたなら、最大に効かせることが出来る寸法です。ただしそれを使いこなすには、柄の形状や仕込み方、そして体の使い方を一から勉強し直さなくてはなりません。ですがそれは、それを作る鍛冶屋にも言えることなのです。
2015/10/17 年を取ると1年が短く感じられると言いますが、本当でしょうか?年を取ろうが1日を精一杯生きていれば、1年を振り返った時に、とても沢山のことが出来ていることに驚くでしょう。そうであれば年齢などに関係なく、益々1年を永くすることが出来、ぼーっとしていたら、あっという間にあの世行きです。
2015/10/16 無意識に出来る範囲が広いほど、多くの難しい事や新しい事に挑戦できるのです。この無意識の範囲は訓練で広げることが出来るので、色々と経験したうえで、情熱を傾けられる事に的を絞り、それを体に叩き込む必要が有るのです。ですがここで的を絞れないから、何時までも先に進むことが出来ないのです。
2015/10/15 現状に甘んじることなく新しいことに挑戦し、上手く行ったことは再現性を高めるべく、徹底的に体に叩き込む訓練を積む。そしてそれを繰り返すことでしか上達はありえないと思うのです。ですがほとんどの人は、少しやってみて上手く行かないと止めてしまうか、上手く行っただけで満足してしまうのです。
2015/10/14 叩き玄能の丈は何故4寸3分なのか?ヒツ穴の形状が何故縦長の長方形なのか?ヒツ穴の脇が張っているのは何故なのか?胴のくびれにはどんな意味が有るのか?何故に火造りが重要と言われるのか?何故掛焼なのか?これらの問いに答えることが出来て初めて、良い玄能をつくる準備が出来たと言えるのです。
2015/10/13 完成させた時点で良さそうに見せる事は大切ですが、如何に手際よく作業するのかは、もっと大切なのです。道具の良し悪しは目に見える所だけではなく、使い込むほどに明らかになっていく、見えない部分にこそ本質が有るのです。そこを作り込むためには、滞りなく流れるような作業が求められるのです。
2015/10/12 過去の工人の作ったものに感心することが、よく有ります。大した設備や道具が無いのに、よくぞここまでと敬服するのです。翻って現在出来るものは、設備や道具に頼りすぎて、底の浅いものが目立ちます。今の設備や道具を活かしつつ、過去の工人と同じ程度の志をもてれば、彼らに勝てる気がするのです。
2015/10/11 大好きなことが分からないという人がいます。ですが気が付くと何時も考えていることが有りませんか?もしもあるなら、それが大好きな事です。楽しい事を考えている人は勿論、苦しくて嫌な事を考えている人も、その中に大好きな事が隠されているのです。人は大好きで興味あることを考えてしまうのです。
2015/10/10 上達するにはライバルが必要だと言われますが、他人に勝ちたいという気持ちは、邪念を引き寄せる気がするのです。出来た人間ならいざ知らず、私の様な未熟者では、相手に悪い感情を持ってしまいがちなので、他人をライバルとするのではなくて、今の自分を越える気持ちを持ち続ける様にしているのです。
2015/10/09 精一杯に仕事をして良い作業が出来たと思っていても、出来た品物を翌朝見てみると、とても情けなく思うことが有るのです。なぜなら、作業中は理想に近い物を作っているつもりでいても、一晩眠ると脳みそが更新されて理想も高くなっているからで、これがいわゆる目が肥えた証だと、最近気付いたのです。
2015/10/08 目が肥えてくると混乱するのです。それまではよく思えたものが、ある日突然に魅力を感じなくなることがあります。自分の作っているものでも同じで、ある日突然にへたくそに感じてしまうことがあるのです。そして、それは目が肥えたせいなのか、油断したせいなのかを判断するのが、とても難しいのです。
2015/10/06 変人にも2種類あると思うのです。一方は、まともな発想が出来ずに、他人と違うことをしてしまう変人。もう一方は、まともな発想を深く掘り下げることで、普通とは違う結論に行きつき、結果的に他人と違うことをしてしまう変人。そう考えると、後者はもはや変人では無く、いうなれば先人なのです。
2015/10/05 どんなにちっぽけな分野でも、それを突き詰めて1番になることは素晴らしいのです。ですがそこで大切なのは、どうやって1番になるかなのです。1番手が辞めたり死んだりしてなるのか。1番手を凌駕してなるのか。前者が続くと、その分野は間違いなくすたれてしまうので、優秀な継承者が必要なのです。
2015/10/04 世の中はすぐに結果を求めることばかりで、薄っぺらくなりましたが、他人に求められていないけれど、どうしても掘り下げずにはいられないことに、人生の1%位をつぎ込むことを国民全員がしたなら、日本は途轍もなくすごい国になる気がするのです。1日15分程度ですが、続けるのは難しいでしょうか?
2015/10/03 軽い気持ちで似た業種の仕事場に入ってはいけないのです。仕事場は主の哲学そのものであり、そこに勝手気ままに立ち入ることは、主の精神に土足で踏み込むことと同じなのです。入りたければ、許可を取るのは当然の事、そこの主を師匠とするくらいの覚悟が必要なので、普通は入ろうと思えないはずです。
2015/10/02 難しいことに取り組み、それをやり遂げることは素敵です。ですが、それに取り組まずに結果を出せたら、もっと素敵です。私はずっと自分を鍛え上げ、他人が難しがっている事でも、最後までやり遂げることを目標にしてきました。ですがこれからは、自分が取り組まずに結果を出せる方法を考えるのです。
2015/10/01

天才はある部分が欠落していると言われますが、欠落した部分を持つ凡才の方が多いでしょう。ですから、欠落しているから天才なのではなく、欠落を許される存在が天才なのです。ならば、子供の頃から欠落を許して、何か突出したものを磨き上げることが出来たら、誰でも天才になれるのかもしれませんね。

2015/09/30 30代前半に、自分の得意と苦手、好きと嫌いの確認のため、他人に進められたことは何でもやってみたのです。そして積極的に、苦手や嫌いとは距離を置き、得意で好きに接近したのです。成功しそうにないことに早く見切りを付けるためにも、出来るだけ若いうちに、何でもやってみると良いと思うのです。
2015/09/29

何でも出来ると思っているのは、何も出来ていないのです。一事を全うするのでさえ、人生は短すぎるのに、そんな風に思っている様では、底が浅すぎるのです。出来ないことが出来るようになって初めて、スタートラインに着けたのだと思えば、もっと掘り下げるべきことを見つけることが出来る筈なのです。

2015/09/28 魚釣りの上手い人は、普段から情報を集めて分析し、現場では次々と違う手を使いながら釣り続けます。下手な人は目の前だけを見て、たとえ釣れなくても、同じことを繰り返すのです。なんでもそうですが、状況の変化に気を配らずに、同じことを繰り返して違う結果を望むことほど、愚かな事は無いのです。
2015/09/27 間違った努力は人生の無駄使いなのです。 以前勤めていた会社では、上司や先輩から根暗だと言われ続け、それを直すために真面目に訓練したのです。ですが、陽気になるどころか、益々暗くなったのです。ところが、そこを辞めたとたんに、明るくなったのです。ですから、何処で誰とやるかが大切なのです。
2015/09/26 絶対に上手く行かないと思っていたことでも、意外と簡単に出来てしまうことが有ります。この年になってもそうなので、若い頃にはもっと有ったのでしょう。そう考えると少し残念ですが、気づいただけでも、とても幸運だと思うのです。だって、上手く行かないと思っていることは、まだ沢山有りますから。
2015/09/25 すかしっぺは臭いが嘘だと気付いたのです。音がすれば、臭かろうがそうでなかろうが、他人に気付かれるのです。ですが音がしないと、匂ってきて初めて、すかしたことに気付くのです。そこで、すかしっぺは臭いと言う都市伝説が生まれたのでしょうが、臭くないすかしっぺは、気づかれないだけなのです。
2015/09/24 好きな事を始めるには、嫌いな事を止めればいいだけです。好きな事を始めたら、大好きな事が見えてくるので、好きなことを止めて、大好きな事を始めればいいのです。次に超大好きな事が見えてきたら、大好きな事を止めて、それを始めればいいのですが、普通はそこで満足し、始めようとはしないのです。
2015/09/23 知らない人ほどよく喋るのです。知らない人はそれを隠すために知ったかぶりして、本当に知っている気になるのです。そしてそれを繰り返すことで、自分でも真偽の区別がつかないことを、しゃべり続けるのです。自分が何も知らないことに、先ずは気付くべきなのでしょうが、そうなったら手遅れなのです。
2015/09/22 初心者のうちは、好き嫌いで判断してはいけないのです。美味しいものを色々と食べてみた人の好き嫌いと、不味いものしか食べたことの無い人の好き嫌いは、自ずと違ったものになり、後者の話は参考にならないのです。ですから、充分な知識を持ったうえではじめて、好き嫌いでの判断が許されるのです。
2015/09/21 玄能の出来不出来によって、作業効率は格段に違ってきます。良いものは同じ重さでも効きが全く違うのです。その結果疲れにくく、おまけに正確な作業が出来るとくれば、打ち損じによるトラブルも少ないでしょう。こんなに良いこと尽くめなのに、お姉ちゃんに金を使い、玄能には使わないとは何事なのか。
2015/09/20 誰も何もしてくれないから、売るためには自分でマーケティングしなければならない、買ってもらうためには自分でセールスしなくてはならない、情報を集めるためには自分でリサーチしなければならないと考えると、当然、一人で全部をこなせるわけが無く、どれも中途半端になり、負の連鎖が始まるのです。
2015/09/19 学力も体力も根性も忍耐力もなく、人見知りが激しく、人ごみが苦手。学校が大嫌いで、友達も少なく、何時も一人ぼっちでしたが、一人でいるのが大好きでした。今では昔と違い、親しい人が沢山いますが、一人の時間も大好きです。人の性格なんて、結局死ぬまで、なにも変わらないのでしょうね。私だけ?
2015/09/18 出来ない事を他人に教えてもらう時は、最後までやり遂げる覚悟をもって臨むこと。こう師匠に教えられた後は、無暗に聞けなくなったのです。下手に聞いてしまったら、やらなければならないからです。ですが、最後までやるつもりで師匠に聞いても、次々と私に質問するだけで、教えてくれなかったのです。
2015/09/17 教え合うことは良いことなのでしょうか?随分と昔のこと、バイクの限定解除で試験に落ち続けている人が、お互いに教え合っていたのです。私は優秀な教官に教えてもらい、すぐに合格しましたが、教え合っていた人達は、その後も落ち続けたのです。自分と同程度の他人に聞いている場合ではないのです。
2015/09/16 何時までも考えてばかりで行動しない人は、結局は何も考えていないのです。動いてみない事には、分からないことがほとんどなのに、動き始めないで何を考えているのでしょうか?やらない理由でしょうか?何も考えずに始めるようではいけませんが、動き始めなければ、考えることも出来ないはずなのです。
2015/09/15 似た業種の他人に、軽々しく仕事を教えてもらいたがる人がいますが、私は怖くて出来ないのです。他人に仕事を教えてもらうことは、その人との関係だけでなく、関わる多くの人達との関係にも影響を及ぼすので、私は慎重になるのです。ですから、誰彼かまわず聞いて回るような人は、信用できないのです。
2015/09/14 やらない理由にも2種類あるのです。1つは、出来ずに、若しくは挑戦せずに諦めてやらない場合。もう一つは、他の何かを達成するために、それをやらないと決めている場合。とかく見る目の無い人は、両方ともネガティブととらえがちですが、後者のネガティブさは、もはやポジティブといえるのです。
2015/09/13 鍛冶職人の作った商品や腕前の良し悪しを尋ねられた時には、以下のように答えるのです。「同じ時に作られた同じ種類の商品を、最低でも3個、出来れば10個程度を並べて眺めてください。各々が区別できないほどに揃っていれば、その商品は良く出来ており、その職人は腕が良いと言えるでしょう」と。
2015/09/12 巧遅は拙速に如かずという言葉が嫌いでしたが、速いが巧くなる秘訣であることに気付いたのです。速さには、取り掛かるまでの速さ、習熟までの速さ、終わらせるまでの速さの3種類あり、これが速ければ、上手くならない訳が無く、それを加速する一番の方法が、好きで得意なことに取り組むことなのです。
2015/09/11 恋愛は性格が合わなければ、別れることが出来ます。結婚すると、合わせる努力が必要になります。同じように、就職も自分を他人に合わせなくてはいけません。恋愛と同じように、就職の前に自由に別れられる期間が有り、お互いに気持ち良く別れられたら、その後も良い関係を保てそうな気がするのです。
2015/09/10 初心者でも正しい方法ですれば、時間はかかるにしろ、確実に上達するのです。ベテランで有ろうと、間違った方法では行き詰るのです。ですが、これが理解できずに、間違った方法を繰り返す人は多いのです。同じ方法を繰り返して、違う結果を望むことほど、愚かな事は無いのですが、気づかないものです。
2015/09/09 苦手や嫌いな事でも、好きで得意な方法で工夫すれば、楽しく出来るのです。ですが、上司がやり方にこだわる人だと、思い通りにさせてもらえないのです。もしも、上司を思い通りに動かすことが出来れば、天下を取れると思うのですが、人付き合いは仕事以上に難しく、挫折する人が後を絶たないのです。
2015/09/08 間違いを改められない人は間違いに気付いてない?間違いを受け入れられない?正しい方法が分からない?正しい方法で出来ない?正しい方法でやっても出来そうにないので、尻込みしている?私は気付かないことが多いのですが、気付きさえすれば改める努力をするので、指摘してくれる師匠が必要なのです。
2015/09/07 玄能を作っていると、穏やかな気持ちになるのです。興味あることに次々と挑戦しますが、やっていて気持ちよくない事は、すぐに止めるのです。気持ち良くても、飽きてしまうのも、すぐに止めるのです。ですが、玄能造りは気持ちよくて飽きないのです。それは、支援して下さる方が素敵だからなのです。
2015/09/06 私は変な人を好きになるのです。他人の意見に左右されずに、自分の考えをしっかりと持ち、他人の知らないことを沢山知っている人。そんな人を世間では変人と言っておりますが、わたしは大好きです。流されて群れているような人は、どうしても好きになれないのです。ですから私も変人になりたいのです。
2015/09/05 宴会の席で、皆にお酌をしてまわるのが苦手なのです。ですから、両隣の人だけで許してもらいたいのです。短い時間に多くの人にお酌してまわっても、挨拶程度で深い話が出来ないのです。それならば、両隣の人とのご縁を大切に、じっくりと話をした方が、楽しく有意義に過ごすことが出来ると思うのです。
2015/09/03 他人にお願いできる人が成長するのです。自分に出来ない事も出来る事も、お願いするのです。そして空いた時間に、好きで得意で興味のある新しいことに挑戦するのです。これで成長しないはずがないのです。成長しない人は、嫌いで苦手で興味もないのに、一寸だけ出来てしまう些細な事に執着するのです。
2015/09/02 上手く行かなかったら、上手く行くところまで戻ればいいのです。小学5年生の算数でつまずいたら、4年生に戻ればいいのです。ですが、50歳になって4年生に戻るのは、ちょっと難儀なのです。ですから、自分が駄目なのに気づくのは、早い方が良いってことですが、気づくだけでも大きな進歩なのです。
2015/09/01 始めるには勇気がいりますが、止めるのはもっと勇気がいるのです。一人では出来なくても、仲間とやれば上手く行くことが有ります。ですが、依存し合っているグループでは、上手く行くはずもなく、それに気づいても、抜けるに抜けられないのです。お金が絡んでくると、抜けるのはほぼ不可能なのです。
2015/08/31 好きになりそうもない事でも、我慢して続けていれば、慣れるのです。そして、そんな事が何度か重なると、自分が本当は何が好きなのかが分からなくなってしまい、たとえ好きで得意な事が目の前にあったとしても、一生涯見逃してしまうのです。ですから、せめて好きになりそうなことをやるべきなのです。
2015/08/30 イライラして八つ当たりしている人を見ると、羨ましいのです。子供の頃から、八つ当たりをする相手がいなかったので、イライラすることを諦めたのです。ですから若い頃は、自分と意見が合わないからと、徒党を組んで大声を出し行進する人達を見て、あこがれたのです。ですから、とても羨ましいのです。
2015/08/29 もの作りは、無言のまま哲学を語れるのです。ですが、見る目の出来ていない若者には、そのままでは伝わらないので、分かりやすい言葉で伝える工夫がいるのです。それは誰もが使う言葉では伝わらないのです。自分だけの言葉で伝えなくてはいけないのです。それは、もの作りと同じくらいに難しいのです。
2015/08/28 私には足りないのです。子供の頃からずっと、足りない何かを探し続けていたのです。また、何をやっても満足感が無く、だから自信も持てなかったのです。それでいて、何かに不満が有る訳ではないのが、とても不思議だったのです。ですがようやく、その心に空いた穴が何なのか、分かった気がするのです。
2015/08/27 信念は行動して見せるだけでは伝わらないので、言葉にする必要が有るのです。信念を言葉にするには、知識が必要であり、知識は読書や他人との出会いから得ることが出来るのです。ですが、それだけでは正確さに欠けるのです。思っているまま正確に信念を伝えるには、書くことによる洗練が必要なのです。
2015/08/26 やり方をすぐに聞く人は、最後までやらないのです。そのうえ、同じような人が集まり、教え合ったりするのです。ですが、最後までやらない人どうしでは、最後までやる方法を学べず、やはり最後までやらないのです。最後まで出来る人は、とことん自分で考えてから、自分よりもはるか上の人に聞くのです。
2015/08/25 好きで得意ならすぐにやるべきで、嫌いで苦手ならやめた方が良いでしょう。では、好きで苦手、または得意で嫌いならどうでしょう。得意は周りが期待するだけに、嫌いだと辛くなるのです。苦手でも好きなら続けられるので、大きな力になるでしょう。ですから、苦手でも好きを選んだ方が、よさそうです。
2015/08/24 私は子供の頃から、「考え過ぎ」とか「慎重過ぎ」とか「繊細過ぎ」とか「毛深すぎ」とか言われ、いじめられてきたのです。ですが、考えずに、軽率で、大雑把で毛が少ししかない人ではなかったので、良かったと思うのです。きっと、他人の事をとやかく言う人は、相手がどうであれ、文句を付けるのです。
2015/08/23 本を読むだけでは賢くならないと思うのです。読んだものを他人に話したり、実践したりしない限り、自分に定着しないのです。自分で文章を書いてみるのも良いのです。すると、考えがまとまり、自分の中に軸が出来始めるのです。ですが、殆どの人は本を読まないので、読むだけでも一歩先を行けそうです。
2015/08/22 上手く行かない時に、他人を責める人と自分を責める人がいます。前者は絶対に成長できないでしょう。後者は鬱になってしまうかもしれません。どちらもいいことは有りませんから、そんな時には、ただ上手く行く方法を考えればいいのです。上手く行かないことと、責めることをつなげてはいけないのです。
2015/08/21 他人の話を聞くときには、メモしてはいけないと師匠に叱られたのです。メモすると集中力が途切れるし、相手に失礼だからです。どうしてもしたい時には、相手にことわりを入れるようにとも言われたのです。おかげで、大事な事をその場で覚える苦労は増えましたが、集中して聴けるようになったのです。
2015/08/20 職人仕事は、自分の身を削り取って、切り売りするようなものだと思うのです。少しずつ新しいものを身に付け、少したまったらそれを売る。その繰り返しなのです。ですから、新しいことが出来るようになったからと言って、すぐに売りはじめたのでは、身を細らせることになり、長続き出来ないのです。
2015/08/19 過去に兼業から専業の玄能鍛冶が生まれたのです。今は鍛冶の需要が減り、鍛冶屋が激減したので、専業化した鍛冶屋は昔の様に兼業に戻るのでしょうか?私は無理だと思うのです。兼業できる程度の品質では、今後立ちいかなくなると思うからです。だから、他人の出来ない事をやるか、止めるか、なのです。
2015/08/18 本当にやりたいことをするには、やりたくないことはしないことです。その為には絶対にやらないことを決め、それを周りに分かってもらう必要が有ります。やりたくないのに、情に流されて時々やってしまうのが一番いけないのです。徹底的にやらなければ、誰もそれについては貴方に期待しなくなるのです。
2015/08/17 私の関心事は、多くの他人とは違うようなのです。多くの他人が始めたり勧めたりすることには興味が無く、他人が馬鹿にしたり怒り出したりすることに興味を持ってしまうのです。その理由は良く分からないのですが、子供の頃から何となく、そちらにこそ真実が隠されているような気がしてならないのです。
2015/08/16 「盗用」が騒がれていますが、そうでないものが有るのでしょうか。世に原理原則が有り、全てがそれに則り存在するならば、モノマネでないものなどないのです。鍛冶屋は先人の業績に手を加えることで成り立っており、もしもオリジナルの玄能しか造ってはいけないと言われたら、廃業するしかないのです。
2015/08/15 引き継いだ事に自分なりの工夫を加えるだけでは足りないのです。これだと自分だけの進歩で完結するので、他人に伝える必要があるのです。すると進歩の連鎖が始まり、他人も自分も進歩出来るのです。ですから、本当の進歩は次に渡すことから始まると心得て、早いうちから、その為の訓練が必要なのです。
2015/08/14 一家に一台のロボットが人の代わりに働く時代になったら、それを買ったり維持したりするのに、どれほどお金がかかるのか、子供の頃にアニメを見て心配したのです。そして現代は私の心配通り、豊かになりたくて働いているのではなくて、豊かになったが故に、無理して働かざるを得なくなっているのです。
2015/08/13 誰でも他人には嫌われたくないと思いますが、誰からも好かれる事は出来ないのです。何かを支持すれば、何かを支持しないことになるのと同じで、誰かに好かれれば、誰かに嫌われる。これを受け入れ、選択を狭める決断が出来た時に初めて、その選んだ人に好きになってもらえる可能性が出てくるのです。
2015/08/12 先の無いことに気付き、いかにそれを早く止めるかが、成功の秘訣なのですが、止めるのは負けるような気がして、つい続けてしまうのです。ですが同じ止めるにしても、あきらめることはマイナス思考だけれど、見切りを付けることはプラス思考だと考えを切り替えると、すぐに止められる気がするのです。
2015/08/11 仕事が出来るとは、お客様の期待を上回る成果を出し続けることだと思うのです。ですが一度に大きく上回ると、後が続かなくなるので、少しずつ上回ることが大切なのです。ところが、出来なかったことが出来たりすると、つい有頂天になり披露したくなるので、このコントロールはとても難しくなるのです。
2015/08/10 プロフェッショナルは、アマチュアがどんなに時間やお金を掛けても出来ない事が出来ることは勿論ですが、プロであり続けるには、作り出したものを思い通りに進化させる力が必要なのです。どんなに他人の出来ない事が出来たとしても、オリジナルを生み出す力が無くては、プロではい続けられないのです。
2015/08/09 私は子供の頃から自分のやりたいことが明確過ぎて、他人に合わせることが苦手だったのです。一時は頑張って、人付き合いの練習もしたのですが、もう諦めたのです。すると不思議な事に、同じような人たちが集まり出し、今では自分の好きな事をしているだけで、他人と仲良く出来るようになったのです。
2015/08/08 師匠は呼吸するように作業していたのです。私はそれを目指しているのですが、経験が浅い故に難しいのです。ですから普段から仮説を立てて検証し、それを確認することで、正しいやり方を見つけ、それを考えずにできるまで体に叩き込み、難しい仕事であっても肩の力を抜いてできるようにしているのです。
2015/08/07 140文字コラムを書き始めて半年過ぎました。何時ネタ切れするのか心配だったのですが、書けば書くほどに、思いがあふれ出て、まだまだ続けることが出来そうです。そして意外な効果として、対面で聞かれたことに対して、即答できるようになったのです。きっと、頭の中が整理されてきたのでしょうね。
2015/08/06 何時も頑張れと説教されている怠け者の私は、自分の意志の弱いことを知っているので、頑張らずにできる方法を考えるのです。すると、色々とやらなくてはいけないことが出てきて、大変なのです。ですから更にそれを頑張らずに出来る方法を考えるのです。すると本当に頑張らずに出来るようになるのです。
2015/08/05 自分のお客様が誰であるべきかを定義するのは大変ですが、そのお客様に可愛がられるために、何をしたらよいのかを考えることは、もっと大変です。そこで私は、理想のお客様に直接聞いたのです。これから私は、どの様に仕事を進めて行ったらいいのですか?と。すると、親切に指導していただけたのです。
2015/08/04 年を取って丸くなるにも2種類あります。1つはこだわりを捨て自然体になる場合。もう1つは諦めて大人しくなる場合。それとは逆に、益々とげとげしくなる場合もありますが、こだわりを捨てられずにいるのでしょう。こだわりは時と場合により、とても大切ですが、コントロールがとても難しいようです。
2015/08/03 等身大を目指すと、尊大になったり、謙虚になり過ぎたり、自分が振り子のように揺れてしまうのです。その原因は、目指すべき等身大がどんな状態なのか、分かっていないからだと思っていたのですが、たった今思い直したのです。等身大は目指すものでは無くて、そもそも、なりたい自分そのものなのだと。
2015/08/02 私はどうしたら仮面ライダーになれるのか、ずっと考えて来たのです。変身する前の状態ではどうしても弱っち過ぎるのです。ですから、色々と身に付けることで武装してきたのですが、どうやらそれでは変身出来そうにないのです。そこでこれからは、今まで付けてきた鎧を脱ぎ捨てることに決めたのです。
2015/08/01 私は子供の頃から褒められるような事をしてこなかったので、褒められたりすると恐縮し、いたたまれなくなってしまうのです。ですから他人を褒めるのならば、その相手が子供の頃から褒めてやり、充分に免疫を付けてやらなくてはいけないのです。年を取ってから急に褒められるのは、とても辛いからです。
2015/07/31 私は何かを諦めたという記憶が無いのです。きっと、執着心の強い人は、中断することに罪悪感を持ってしまい、諦めるという負の観念に到達するのでしょう。ですが私は執着心が少なく、何かを中断するのに、新たな希望すら持つことが出来るので、諦めでは無くて、自ら見切りをつけたという感覚なのです。
2015/07/30 知人が言うのです。等身大の自分で死んでいくのが目標だと。私はこれにグッと来たのですが、実際に彼は世間に媚びず、自分のスタイルを貫いているのです。そしてそれが出来る一番の理由は、彼が皆に好かれたいと思っているのではなくて、誰に好かれたいのかをはっきりと決めているからだと思うのです。
2015/07/29 私の幸せの基準が他人と違うことに漸く気付いたのです。私は「心の平安」を一番に今まで生きてきたのですが、どうやら他人は違う様なのです。世の中の多くの人はどんなにストレスを抱えようと、お金や権力を得ることに邁進している様なのです。ですが私にはそれが誰かの企みに思えてならないのです。
2015/07/28 「真面目な人間が馬鹿を見る社会は間違っている」と声を荒げる人がいるのです。私ももっともだと思うのですが、本当に真面目な人は直面する問題を自分の事として捉えるものです。ですから、それを社会や他人のせいにして声を荒げたりする様では、その人に関しては馬鹿を見ても仕方がないと思うのです。
2015/07/27 ありのままに生きようとすると飾ってしまうのです。きっとありのままに生きている人は無意識に生きていると思うのです。ですが、意識し続けなければ絶対にありのままの自分には成れないとも思うのです。ですから一時的に見苦しく見えても、ありのままに生きるとは何かを考え続ける必要が有るのです。
2015/07/26 言われているうちが花などと申しますが、年を取ってくるとそれが身に染みるのです。たとえ言ってもらえたとしてもそこには遠慮があり、素直に受け取ってはいけないことが多くあるのです。ですから若い頃から客観的に自分を見る習慣をつけていないと、勘違いしたり不安になったりすることが多いのです。
2015/07/25 子供の頃から夢と現実の区別がつかないのです。例えば玄能鍛冶を目指す私に「夢みたいなことを言うな」と殆どの人は否定したのですが、きっと夢とは叶わないものと皆は思っているのでしょう。それともあの夢とこの夢は違うのでしょうか?私はどちらの夢でも信じることで実現すると思っているのですが。
2015/07/24 カッコ付けている奴は格好悪いですが、格好良いとは何かを考えずに格好良くは成れないと思うのです。ですから格好良く生きたかったら、格好良い憧れの師匠の元に押し掛けるか、それが無理なら素敵な本を読むべきです。何故なら憧れの師匠も素敵なストーリーも格好良く生きるための道標になるのです。
2015/07/23 最近は涙もろいのです。人の優しさに触れ、心打たれることが多くあるのです。今迄だって多くの人達に支えられて、とても恵まれて来たと言うのに、それにまるで気付かず、世間の悪い所ばかりに目が向いてしまったのです。ところが50歳を過ぎて、漸く周囲を冷静に見られるようになって来たのでしょう。
2015/07/22 知人と友人の数が反比例するのです。私は仕事を一生懸命して社会に認められれば、多くの友人に恵まれると思っていたのです。確かに仕事を通じて多くの人と知り合い、付き合いの幅も広がったのですが、心は空虚になっていくのです。きっと一人一人との付き合いが浅くなってしまったからなのでしょうね。
2015/07/21 人前に出て褒められたりすると自分は舞い上がってしまうのではないかと恐れていたのです。ですが勇気を出して人前に出てみたのですが、やはり中には褒める人もいる訳です。ところが私は舞い上がるどころか、恐縮して罪悪感さえ持ってしまうのです。ですから当分の間はまた引きこもることにしたのです。
2015/07/20 まだ見ぬ私の技術継承者に伝えたいのです。私の身に付けたことや成し遂げたことなど高が知れたものですが、世の中はこのちっぽけな事の積み重ねによって素晴らしい文化が育まれてきたのです。ですから私は自分のしてきた事を無駄だとは思っておらず、これを次世代に伝えたいと心から思っているのです。
2015/07/19 自分の仕事に対しての正確な評価が気になることが有るのです。ですが何を持って「正確」と言えるのでしょう?ご使用者様それぞれに技量や知識も大きく異なり、私や私の商品に対する先入観も有る事でしょう。ですから大切な事は「自分にとってたった1人の大切な人」に認めてもらうことなのでしょうね。
2015/07/18 商売の世界では商品やサービスの質だけが勝敗を決める訳ではないのです。様々な戦略や戦術を駆使してライバルを蹴散らしていくのです。ですが何時の間にか戦略や戦術がメインとなり、商品やサービスが置き去りになっている気がするのです。何故なら最近の物は昔の物より早く駄目になるからなのです。
2015/07/16 場当たり的な対応をしていると何時しかそれが主たる作業となり、そもそもの目的が何だったのか解らなくなってしまうのです。鍛冶仕事で気付くのは、そもそも技能が無い故に止む無くやっている作業が、何時しか無くては成らない仕事になっていたりするのです。そして誰もそれに気付かないものなのです。
2015/07/15 自分と世間の感覚がずれてきている気がするのです。地場の鍛冶の将来を考えて何か手を打たなくてはと私が行動を起こすと、予想外の展開になるのです。一番の予想外は鍛冶屋の後継者が鍛冶技術の勉強や継承に消極的な事と、商品やブランドは古いままなのに、それを売る事ばかり考えていることなのです。
2015/07/14 周りの人が歪んで見えることが有るものです。ですがもしかしたら自分の見る目が歪んでいるのかもしれません。毎日同じことを繰り返していると、どんなに間違ったことでさえそれが日常になり、自分が正しいと錯覚してしまうものです。ですからそれを厳しく指摘してくれる人の存在はとても貴重なのです。
2015/07/13 主体的に生きるとは外界からの影響を受けずに生きることだと思っていたのです。ですが、気が付くと周りのあらゆるものに影響を受けているのです。ですから周りに影響されずに生きることはもう止めたのです。その代わりに、影響を受けてしまうことを前提に自らの行動をコントロールしようと思うのです。
2015/07/12 目標を達成することは自分の生き様を絞り込んでいく作業だと思うのです。覚悟を決めて先に進み、現在地を確認して軌道修正し、最終的にはピンポイントに目標にたどり着く。そして一番大切な事はこれを自分の意志で行っているという自覚なのです。させられている感が有ると、必ず逃げてしまうものです。
2015/07/11 「GANTZ」からは学べるのです。主人公が他人に期待されることで自己成長を遂げていくのです。たとえその期待が幻想から来るものであっても、無意識に期待に応えようとするのです。振り返ってみると、私も他人が私に抱いた幻想に追いつくために、無意識にもがいていたのかもしれないと、ふと思ったのです。
2015/07/10 書籍やマスコミの情報だけを信じている人がいるのです。ですが、そんな情報は世の中の出来事全体から見たらほんの些細な事であり、間違えていることすら多々あるのです。ですから、自分の知っている事や触れている情報が大海の一滴であると自覚できれば、物の見方や考え方も変わってくると思うのです。
2015/07/09 小学校に入学して初めて給食を食べた時は感動したのです。世の中にこんなに美味しいものが有るなんて、信じられなかったのです。でも今同じものを食べたら、きっとあまり美味しく感じないでしょう。これは舌が肥えたためであり、ある意味進歩したということなのですが、ちょっと寂しい気もするのです。
2015/07/08 好き嫌いで決めておけばいい話を善悪に置き換えてしまう人がいるのです。こちらにしたら好きな事を悪いと決めつけられたりして、変な罪悪感さえ持ってしまうのです。飛躍して言えば「原発再稼働」にしても「憲法改正」にしても同じだと思うのです。善悪ではなく、皆がどうしたいのかが大事なのです。
2015/07/07 テストで良い点数を取る秘訣は得意科目で100点を目指しつつ、苦手科目を克服してその点数も上げていくことなのでしょう。ですから私は社会人になって暫くは同じ様に考えていたのです。ですが仕事で100点を取っても所詮は凡百でしかないことに気付いてからは、苦手な事は捨てることにしたのです。
2015/07/06 一旦身に付いてしまった習慣は中々変えられないのです。ましてや年を取ってからは殆ど無理と言ってもいいのです。ですが健康診断に行くと運動しろとか果物を食べろとか言われるのです。ですが仕事で疲れているので運動はしたくないし、果物を食べると血糖値が上がり過ぎて、健診に引っかかるのです。
2015/07/05 年を取るほどに一人では何も出来ない事を実感するのです。若い頃は仲間も少なく、悩み事を相談できる相手も居なかったのですが、今では助けてくれる人にも恵まれ、穏やかな気持ちで過ごすことが出来ています。ですから師匠の言っていた「腕と共に品格を磨き続けなさい」の意味が漸く解ってきたのです。
2015/07/04 健康診断に行く度に思うのです。もしも世の中から健康診断が無くなってしまったらどうなるのだろうかと。1つはっきりしていることは健康診断に関わる仕事をしている人の仕事がなくなることです。あとは何が変わるのでしょうか?健康を害する人が増えてしまう?それとも何も変わらないのでしょうか?
2015/07/03 上達の妨げとなる最大の障害の一つに「間違いではないけれど、正しくない知識」が有ります。初期段階でこれを身に付けてしまうと、そこから抜け出すことは容易ではありません。ですが、それをいったん手放して「正しい知識」を身に付けなくては一歩も前進できないのです。だから最初が肝心なのです。
2015/07/02 何かを選択することは他の何かを選択しないという事ですから、その時点では確実に選択肢は減るわけです。ですがその選択が正しければ、より魅力的な選択肢が増えることになるのです。左様に人は有意義に生きていくために勇気を持って一時的に選択肢を減らす行為が求められ、これが「決断」なのです。
2015/07/01 娘が言うのです。「高学歴を身に付けて人生の選択肢を増やすって言うけど、そう考えた時点で選択肢は減っているよね」って。「娘よ、お前凄い事に気が付いているな」と思ったのですが、自分が勉強嫌いなことの言い訳だとすぐに気が付いたのです。娘は私の知らない間にとてもずる賢くなっていたのです。
2015/06/30 名人鍛冶から聞いたことが有るのです。「気力・体力共に充実して仕事に臨めることなど、1年に1度有ったら良い方だよ」って。世の中には少し気分や体調が優れないだけで文句を言う人もおりますが、何も言わずに淡々としている人もいるのです。この違いが長い時を経て、凡人と名人の違いを生むのです。
2015/06/29 基本の先には更なる基本が有る事に気付かなければいけないのです。そうでないと身に付いてしまった今の基本にしがみ付いてしまうのです。ですが厄介な事にこの更なる基本に気付くには研ぎ澄まされた天才性が必要であり、普通の人には難しいのです。ですからそこに到達している師匠が必要となるのです。
2015/06/28 業界人同士で話す際に出てくる「良い商品」と言う言葉ほどいい加減なものはないのです。例えば10人が自分の考える「良い商品」を定義付けしたなら、10通りの定義になることでしょう。ですが現状はその認識が無く、お互いに解ったつもりで話を進めていることが、私にはとても理解できないのです。
2015/06/27 世の中は出鱈目な情報で満ち溢れている訳ですが、それを承知で適当に騙されているのも楽しいのです。特に私が大好きなのが宇宙人系とUMA系なのです。いないと分かっているのに、いたらいいなと思ってしまうのです。全てにおいてこの程度に考えていれば、騙されても大して腹も立てずに済むのです。
2015/06/26 「魚を与えるのではなく、釣り方を教えなくてはいけない」なんて言いますが、大間違いだと思うのです。そんなことをしたら何時までも自立出来ないのです。ですから魚の釣り方を自ら考えられる様にすることが重要であり、そのためには教えてはいけないのです。それが人を育てる秘訣なのだと思うのです。
2015/06/25 子供の頃の事です。転んで膝小僧をすりむいて「どうして自分だけがこんな酷い目に合うのだろう」なんて思ったりしたものです。ところが大人になっても同じ様な事を言っている人がいるのです。「こんなに頑張っているのに、どうして自分だけ報われないのだろう」なんてね。とてもおっちょこちょいです。
2015/06/24 「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」等と言いますが、やってみせられた事も、言って聞かされた事も、させられた事も、褒められた事も殆どない私にはピンと来ないのです。この言葉は子供たちの自己成長を待つ余裕の無い学校教育の悪しき産物で有ると、私は思うのです。
2015/06/23 人見知りが治らないのです。訓練のために無理を承知で交流会等に出てしまうのですが、予想通りに神経をズタズタにされてへとへとになってしまうのです。私は生来のチャレンジャーの為に色々試してみるのですが、人見知りはちっとも改善されないのです。人見知りとそうでない人の境目が知りたいのです。
2015/06/22 地元の鍛冶屋の若手が育たないので、彼らに助言してくれと頼まれることが多いのです。ですが私はそれに応じないのです。なぜなら彼らは与えられることに慣れてしまい、自分で考えることを止めてしまっているからなのです。彼らが育つには自立しなければ自滅してしまうことに自ら気付くしかないのです。
2015/06/21 問題に直面してすぐに逃げ出してしまうのは論外ですが、どうにもならないことを考え続けてしまうのも問題なのです。すぐに問題解決出来そうなことには速やかに取り組み、そうでない場合には少し距離を置いて様子を見ていることも必要なのです。今は駄目でも時が経てば解決出来る問題も沢山有るのです。
2015/06/20 以前は自分の目標とする到達点に達し、誇らしい気持ちになることが自信を持てた状態だと思っていたのです。ですが最近は自信など無くても、自分の目指す方向さえ間違っていなければ、それで良い様な気がしてきたのです。その上で格好付けずに、有りのままに生きていければそれで十分な気がするのです。
2015/06/19 スキルが全然足りてないことに気付いていないのも困りますが、充分にスキルが有るのに始めようとしないのも困るのです。大切なのは身に付けたスキルを活用しながら行動することで、初めて本当に必要なスキルが解るということなのです。その上でそのスキルを身に付けさえすれば、鬼に金棒になるのです。
2015/06/18 地元で私の事を知る人はとても少ないのです。そして御近所でも私が何をする人なのか知らない人が殆どなのです。隣の住人と顔を合わせることも無く、反対隣りの一人暮らしのオッサンはいつの間にか亡くなっていたのです。ところがこれで別に困る事が無いというより、かえってとても暮らしやすいのです。
2015/06/17 他人が弱音を吐けば助けたくなるのに、自分は強がって他人を遠ざけてしまう。よく有ることですよね。皆がありのままに自分の弱さをさらけ出してしまうと、鬱陶しくなってしまうのでしょうが、時々ならそれが潤滑油になる気がするのです。私は此処に人間関係や商売のコツが隠されていると思うのです。
2015/06/16 寡黙に仕事を続けるAさんと、自己宣伝に余念のないBさんがいます。もしも、この2人が同じ程度の技量を持つ職人でしたら、貴方ならどちらを応援したくなるでしょうか?私ならAさんを応援したくなりますが、多くの人はBさんの様に振る舞ってしまうものです。立場が変わると思考は逆転するのです。
2015/06/15 銀婚式のお祝いに倅と娘が夢の国と豪華ランチのサプライズプレゼントをくれたのです。そこで家族4人で行ってきたのですが、こんな経験は生まれて初めてなのでとても感動し、危うく涙を流してしまいそうになったのですが、そこはアクビをしてごまかした次第です。ああ、やはり長生きはするものですね。
2015/06/14 ヤンキーも優等生も根は同じだと思うのです。周りを気にしながらそれに反応している姿は、見た目の服装や態度の違いとは対照的に、私には同じに見えてしまうのです。ヤンキーを非難する優等生も優等生に劣等感を抱くヤンキーも同根なのです。世の中違うように見えて、実は同じことがとても多いのです。
2015/06/13 私なりに手道具の有るべき姿を突き詰めていくと、極めてシンプルな形状で使いやすいものが導き出されるのです。それは所見での驚きは有りませんが、コストパフォーマンスが高く、且つ使う程にその良さが分かるのです。であればリピート率は上がる訳で、収益率の高いビジネスモデルたり得るわけです。
2015/06/12 かつての私は身の程をわきまえず、完璧主義者と陰口を叩かれていたのです。ですが玄能製作を始めて、あまりにも自分が未熟である事を思い知らされてからは「今の自分に出来る精一杯を常に目指す」と考えを改めたのです。ですから、今は駄目でも少しずつ良くなると思いますので、ご辛抱願いたいのです。
2015/06/11 地元で私は「ぶれている」と言われることがよく有ります。ですが、信念に基づいて行動しているつもりなので、自分ではそんな風には思っていないのですが、どうなのでしょうか?まあ別に気にもしていないのですが、私にそんなことを言う人はきっと今でも「天動説」を信じているような人なのでしょうね。
2015/06/10 同じことを繰り返してさえいれば今日と同じ明日が来ると思っている人がいます。ですが、明日には1日だけ年寄りになっただけで前日と同じことしかできない自分がいるのです。そして年を取った分だけ確実にタイムリミットにより出来なくなることが増えていくのです。まさに「後悔先に立たず」なのです。
2015/06/09 一人で出来る事なんて些細な事ですが、これをネズミ算的に拡大したネットワークで出来るなら、途轍もないことが出来そうです。実はこのネットワークは既に出来ており、見える人には見えているのです。ですから、自分をそのネットワークに如何に結びつけるのかが、とても大きなカギを握っているのです。
2015/06/08 神様は望むものは何でも与えてくれるといいますが、手に入れることによる不幸もあると思うのです。人は何かに執着して欲張るほどに本当に大切な物を見失い、そして余計な物ばかりを溜めてしまうものです。そしていらない物まで手放せなくなり、本当に大切な物は何時までも手に入れられないままのです。
2015/06/07 27年間使い続けたウォシュレットのパッキンが壊れて、たらたらと水が滴り落ちているのです。夜中に辺りが静まり返ると、ピチョン・・・ピチョン・・・と微かに響き渡り、まるで水琴窟の様なのです。これが疲れた心と身体に響き渡る心地よい音色なのです。これも一寸した神様の贈り物なのでしょうね。
2015/06/06 私は他人と一緒にいると緊張するのです。子供の頃から家族に対しても緊張するのです。ですから結婚は出来ないと諦めていたのですが、何とか出来たのです。ですが女房と一緒に居ても、子供と一緒に居ても緊張するのです。これは何時か慣れるのでしょうか?ですが困ったことに一人でいると寂しいのです。
2015/06/05 リーダーシップを発揮するには自分が主役にならなければいけないと思っていたのです。ですが自分が主役のリーダーは何処でもあまり上手くいっていない様なので、他人を主役にするリーダーの方が良いのかなと思ったのです。ですから人前に出るのが苦手な私はそちらの方が向いている気がしてきたのです。
2015/06/04 私が他人を評価(好き嫌い)する時の基準がずっと解らなかったのですが、ついに解ったのです。その基準は「ギバー(与える人)」「テイカー(受け取る人)」「マッチャー(バランスを取る人)」なのです。因みに、師匠は私を指導するという一文の得にもならないことをした愛すべきギバーだったのです。
2015/06/03 社会に巣立つ日に目を輝かせ夢を語っていた若者も、半年もすれば「食べる為に我慢して働いているのです」なんて言うのです。人生で本当に楽しいのはこれからだというのに、なんてもったいない事でしょう。そんな人に私如きがアドバイスは出来そうにありませんが、話を聞くくらいなら出来そうなのです。
2015/06/02 売れそうにないものを売るためのパワーを売れそうなものを新しく生み出すパワーに変換すれば、殆どの問題はコロコロと転がり始めると思うのです。但しこの場合は売り方も含めて「商品」であることを忘れてはいけません。私はこの両者のパワーはたとえ同じ大きさであっても、向きは真逆だと思うのです。
2015/06/01 人は自分の価値観でしかモノを見ることが出来ません。善い行いをする人は他人も良い行いをすると信じ、悪い行いをする人は他人も同じように悪いことをすると思っているのです。俗にいう下衆の勘繰りと言うやつですが、自分が他人を疑ったりするときは胸に手を当てて深く考えてみる必要がありそうです。
2015/05/31 ルアー(疑似餌)を遠投する際に、上手い人は竿先を平行移動させるのです。そして最後は竿先がぶれない様に力を抜くのです。よって力は無駄なくルアーに伝わり直線に近い軌跡で飛んでいくのです。下手な人は竿先が円弧を描くように移動し、ルアーの飛んでいく向きは定まらず、飛距離も伸びないのです。
2015/05/30 ピアニストで作曲家のグレングールドが言うのです。「芸術の目的は瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある」って。私の仕事は芸術ではありませんが、この言葉にはグッと来たのです。結局仕事は淡々と日々想いを積み重ねていくしかないのですよね。
2015/05/29 手道具にスタンダードは無いとも言われますが、使いやすい道具には確固とした理論が有ると思うのです。私はその理論を探求することが楽しいのですが、意外とその理論を受け入れてもらえないのです。何故ならば、時には道具に自分を合わせる必要があることに、多くの人が気付いていないからなのです。
2015/05/28 心からお詫びしたいのです。6月13日(土)に開催を予定しておりました工場の開放ですが、諸般の事情によりましてこの度は中止とさせていただきます。ご期待を裏切り誠に恐縮いたしますが、日を改めて開催させていただきますのでよろしくお願いいたします。この度は本当に申し訳ありませんでした。
2015/05/27 私は暇を潰すことが無いのです。そもそもやりたい事が多すぎて暇が無いのです。例えば普段は読みたい本を持ち歩いているので、隙間時間は絶好のチャンスなのです。そうでない時でもすぐに興味の有る事を身の周りに見つけるので、やはり暇にならないのです。きっと好奇心旺盛な人には暇はないのですね。
2015/05/26 世の中で起きていることの殆どは良い事と悪い事のセットなのです。辛い経験は人を強くし、哀しい経験は人を優しくします。転んで膝小僧をすりむけば、大きな怪我をしない様に注意もするでしょう。人には辛いときにそんな利点を考える余裕はないでしょうが、実は世の中はとても良く出来ているのです。
2015/05/25 管理釣り場(釣り堀)に行った際には魚が釣れなくても楽しいのです。沢山釣れる時というのは何となく釣れてしまうのであまり練習にならないのですが、釣れない時というのは状況を分析して手を変え品を変え釣りをするので、とても良い練習になるのです。私はその分析すること自体がとても楽しいのです。
2015/05/24 6月13日に工場を解放しようと思うのです。午前8時から午後4時まで、御連絡頂かなくても自由に遊びに来てもらいたいのです。お客様のいない時には仕事をしておりますので、タイミングが合えば仕事を見てもらうことも出来るのです。ですが誰も来なかったらどうしようかと今から心配しているのです。
2015/05/23 他人を変えられると思っている人は何時までも不満を持つことでしょう。自分を変えられると思っている人はとても意志の強い人か変える努力を未だしたことの無い人でしょう。私なら自分など変えようとせずに、自分の適性に合ったことで活躍しようと考えるでしょうし、他人にもそれを勧めると思うのです。
2015/05/22 プロフェッショナルはアマチュアの延長線上にはないのです。プロを目指すならば最初からプロのやり方で始めなくてはいけないのです。アマチュアのやり方ではどんなに頑張ってもプロにはなれないので、よく考えてからスタートしなくてはいけないのですが、殆どの人がスタートで間違えてしまうのです。
2015/05/21 「やらされている」も「してやっている」も周りに反応しているだけなのです。大切なのは周りからの刺激を客観視し、その上で本当に自分がやりたいことに取り組むことなのです。平常心を心掛けつつ「やらずにはいられないことをやる」に徹する。そうすれば無限のパワーが溢れ出てくると思うのです。
2015/05/20 流行を追いかけて仕事をしている人はお腹が一杯の人にご飯を勧めている様なものです。お腹の空いている人にご飯を勧めれば、多少不味かろうが喜んで食べてくれるので、美味しい御飯の準備をして、流行の振り子が戻ってくるのをじっと待てばいいのです。実はその時が一番お腹を空かしているのですから。
2015/05/19 私は自分の事を泥水の様な人間だと思っているのですが、本当に喉の渇いている人は泥水でも飲んでくれるのです。例えばいくらきれいな水でも喉の渇いていない人には飲んでもらえません。ですから飲んでもらうには喉が渇くまで待っていればいいわけで、そのタイミングを見定めるセンスが大切なのです。
2015/05/18 子供達はスポーツや勉強が出来ると褒められ、出来ないと叱られることで競争を身に付けるのです。競争は人間の進歩発展に欠かせないと言われますが、同時に他人にコントロールされ易い人間を作ってしまうのです。ですから自立するためには向上心を持ちつつも他人と競争しない方法を目指すべきなのです。
2015/05/17 私はお金持ちや権力者を羨ましいと思ったことが無いのです。これは子供の頃からの事で、大きな家に住んだり高価な玩具を持っていたりする子を見ても羨ましく思わなかったのです。これは自分にとっては当たり前の事だったのですが、今頃になって私がものすごく変態だったことにやっと気が付いたのです。
2015/05/16 偉い人は尊敬されますが、偉そうな人は嫌われてしまいます。ですが最初から嫌われていた訳ではなく、上辺と中身の大きな違いが分かった時点で嫌われる訳です。ですから良さそうに見せているだけで内容が伴っていない商品やサービスも、それが明確になった時点で大きく嫌われてしまう訳です。怖いです。
2015/05/15 選挙の度に思うのです。立候補者は応援してくれた人にどんな恩返しをするのだろうかと。当落で恩返しに差が有ってはいけないと思うのですが、どうなのでしょうか?全力で応援演説をしている人を見るにつけ、私なら恩返し出来そうにないなと怖気付くと共に、立候補者は勇気が有るなと何時も思うのです。
2015/05/14 鑿は国弘、鉋は義廣を手本に千代鶴是秀は不世出の名工と言われるまでになりました。この国弘と義廣は兄弟で三条市から八丁堀に移り住み名声を得た鍛冶屋です。その他にも鋸の深沢伊之助、大場正一郎、山口助左衛門、玄能では長谷川幸三郎と名工に事欠かない三条市ですが、地元で知る人は少ないのです。
2015/05/13

あることに夢中になる時は自分の喜びからスタートするのです。ですが続けているうちにその楽しさを誰かと分かち合いたくなり、そして何時かその分かち合う人の喜びが自分の喜びになったりするのです。最初は自分の楽しみから始まり、最後は他人の喜びのためにやってしまう。それが人なのでしょうね。

2015/05/12 直線、直角、対称を甘く見ていたようです。昨年のこと老眼鏡を掛けて仕事を始めてから、それまで気にならなかった事がとても気になりだしたのです。それが直線、直角、対称なのです。そのために仕事が遅くなってしまいとても困るのです。いっそ老眼鏡なんか作らなければよかったと後悔しているのです。
2015/05/11 先日の事、女房とUSJに行ってきたのです。私は人ごみや大きな音が苦手な上に、アトラクションの乗り物に酔うのです。ですが女房となら少しは頑張ってみようかなと思ったのですが、予想通りに大変具合が悪くなったのです。一体何故そんなに頑張ってしまうのか?女房を恐れているからなのでしょうか?
2015/05/10 安易で合理的な考え方が三条の鍛冶文化を滅ぼすのです。なぜならば一見無駄なように見えることでも、長く続けられてきた事には何らかの意味が有り、そういった事の中にこそ大切な本質があるものです。ですから、何が無駄で何がそうでないのかを判断するのは容易でないことに早く気付くべきなのです。
2015/05/09 商品やサービス自体に問題が有るというのに、それ以外をいじり回しても良い結果は得られないのです。問題の本質から目をそらして問題の周りをぐるぐると回っていると、頑張れば頑張るほどに遠心力で本質から遠く離れていくのです。ですから一旦立ち止まって、問題の本質に切り込む勇気が必要なのです。
2015/05/05 初めてやる仕事は何故か上手くいくのです。きっと先入観なく素直な気持ちで且つ集中して出来るからだと思うのです。ですが慣れるに従い集中力を無くして余計な事を考えるようになり、その結果失敗してしまうのです。ですから何時でも初めてやるような気持ちで臨めば、きっと上手くいく気がするのです。
2015/05/04 時々無性に休日に仕事がしたくなることが有るのです。どんなに楽しい仕事でも、平日の仕事は他人に喜んでもらう為や食べる為にする意識が有るのです。ですが休日にはあくまでも自分の為に自分がやりたい様に仕事が出来るのです。電話も訪問者も無く、のびのびと集中して思う存分楽しんで出来るのです。
2015/05/03 自分に足りない物が有るからと、あれこれと身に付けるのは注意が必要なのです。何故ならば人は身に付けたものに執着してしまい、それが視野を狭め人生の選択肢を減らすことにもなるのです。ですから良い学校を出れば人生の選択肢が増えると思ったら大間違いで、その学歴が自分を縛ることもあるのです。
2015/05/02 利益を上げるためには顧客獲得コストの削減はとても効果が高いので、私は自分の商品のPRやセールスをしないのです。なぜなら商品が人見知りで口下手な私の代わりに一生懸命に宣伝してくれるからなのです。この様に商品に饒舌に語ってもらうことはとても効率が良いので、皆さんにもお勧めするのです。
2015/05/01 難しい仕事に挑戦した後にはそれまで難しかった事がいとも容易く出来るようになるものです。ですがそれに油断することなく、それまで以上に慎重に取り組むべきなのです。そうすれば容易く出来ると思った事でも、もっと掘り下げるべき事が有ると気付き、それに挑戦することで益々上達するものなのです。
2015/04/30 年を取るとあっという間に一日が過ぎると聞いていたので、私も年を取ると充実感を得ることなく一日が過ぎてしまうのではないかと恐れていたのです。ですがそんな事も無く、毎日自分の大好きな事を思う存分して、とても充実した気分で一日を終えることが出来ています。これも人それぞれなのでしょうね。
2015/04/29 年を取ると好奇心が衰えて新しいことに挑戦しなくなるということを聞いていたので、私も50歳を過ぎる頃には未経験な事に取り組むことが億劫になるのではないかと恐れていたのです。ですが今のところそういった兆候もなく、何時でも新鮮な事を求めてワクワクしているので、人それぞれなのでしょうね。
2015/04/28 「一番」は幾つも有るのです。「一番安い」「一番粗末」「一番みじめ」など沢山あります。ですが「一番を目指す」と言う号令で組織が動く際に、その定義をしっかりと確認し合うことは殆どありません。各人が違った「一番」のイメージを抱きつつ活動する組織は一体何処に向かおうとしているのでしょう?
2015/04/27 以前の私は周りに反応してイライラすることがよく有りました。ですがスティーブン・R・コヴィーの「刺激と反応の間にはスペースが有る」と言う言葉を知ってからはイライラせずに主体的に生きていると思います。ですからこの「スペース」を如何に活かすかで、人生は大きく変わってくると思うのです。
2015/04/26 人格は持って生まれた多くの性格の要素と生活環境によって形成される多くの性格の要素の組み合わせで出来上がっていくのだと思うのです。ですから人格は自分自身の心掛け次第で幾らでも磨くことが出来るのです。そのためには今自分がどんな性格の要素を持っているのかを深く考える必要が有るのです。
2015/04/25 「良い製品をPRしてブランドを確立する」なんて言いますが、良い製品の定義もPRのやり方もブランドの捉え方も確立する対象も人それぞれ違うのに、皆が分かったつもりでいることに疑問を感じているのです。価値観が多様化した現代において、それぞれの言葉の定義を改めて議論する場が必要なのです。
2015/04/24 「仕事が出来る」とは様々な事が出来ることでは無く、一つの事をとことん掘り下げて出来る事だと思うのです。様々な事はそれに秀でた人を集めれば出来ますが、掘り下げる作業は訓練を積み鍛えないと出来ないのです。そして、それさえ出来てしまえば人を集められると思うので、私はそれを目指すのです。
2015/04/23 工場の脇を舗装してプレハブ小屋を建てているのです。主目的は作業場兼物置なのですが、面積の半分は会議にも使えるような自由空間にしておくのです。そこの本棚には私の蔵書を置き、訪問者には自由に見てもらえるようにしておくのです。他にどんな事に活用できるのかワクワクしながら考え中なのです。
2015/04/22 私は子供の頃から他人と競うことに興味が無く、スポーツ等の勝負事をすることが少なかったのです。また、ライバルの必要性も感じたことが無かったのですが、女房と子供には「どんだけ負けず嫌いなんだ」と何時も言われるのです。一体私は何に対して負けたくないというのでしょうか?少し考えてみます。
2015/04/21 もの作りは仕事の度に新しい発見が有り、毎日がとても新鮮なのです。ですから次々とやりたいことが沢山出てくるので、人間の一生が短過ぎる気がするのです。ですが私の周りではやり切った感満載の人が多く「もう掘り下げる事は何も無い」なんて言う人が殆どなのです。なんて勿体ない事なのでしょうか。
2015/04/20 「進撃の巨人」を読んでいるのです。これは我々の住む現実世界を実に上手く皮肉っていて素晴らしいのです。劇中では徐々に世界の謎が解明されていくのですが、現実世界では何時までも何も変わりません。ですから、せめて漫画のラストでは「結局は何も変わりませんでした」で終わってほしくないのです。
2015/04/19 一旦複雑にしたものを単純に戻すのはとても大変なのです。自分に足りないものが有るからと多くを身に付けてしまうと、本当に大切なものを人は見失ってしまうのです。ですから本当に大切なもの以外は出来るだけ早く手放した方が良いのですが、一度手に入れたものを手放すのはとても勇気が必要なのです。
2015/04/18 玄能の柄の仕込みと和釘を木材に打ち込む理論は同じだと思うのです。抜けない様に良く効かせ、振動や衝撃が加わった際にはそれを上手く逃し、それが治まれば元の様にしっかりと効いている。そんな風に出来たらとても素晴らしいのですが、私はこんな話をしながら酒を飲める友人が今とても欲しいのです。
2015/04/17 私は簡単な仕事であっても集中して全力で取り組む習慣が付いているので、他人が尻込みするような難しい仕事でも、比較的緊張せずに取り組むことが出来るのです。そしてそういった時に神様は降りてくるのですが、失敗して当たり前という気持ちで取り組むから、きっとリラックス出来ているのでしょうね。
2015/04/16 悪い状況を打開するために人を裏切るような解決策を取り、状況が更に悪くなると、より自分の首を絞めるようなことをする。ここまでポジティブにネガティブなことをする人を私は知っておりますが、こういった人は悪気が無いので同じ過ちを繰り返す上に、とかく周りを巻き込もうとするので困るのです。
2015/04/15 「やらされている」も「してやっている」も自分の事として捉えていないことでは違いが無いのです。大切なのは自分の事として受け止めた上で、責任を持って取り組むことなのです。「自分がしたいからやる」「自分はさせてもらっている」こんな風に考えないと、途中で投げ出したくなってしまうものです。
2015/04/14 5月から東京で一人暮らしをするために、本日は新居を決定しに現地に行って参りました。初めての経験でとてもいい勉強になりましたが、電車に酔ってしまい大変な思いをいたしました。ですが、新しい人生のスタートと言うことでとてもワクワクしております。と言っても、私がじゃなくて娘がですけどね。
2015/04/13 ダイエットも自己啓発も似たような物なのです。「痩せたい」とか「変わりたい」等と単に思っているだけだと上手くいき難いのです。何のために痩せるのか?何のために変わるのか?が重要なのです。ですがそれを達成するのに、本当は痩せる必要も変わる必要もないのかもしれないので注意が必要なのです。
2015/04/12 私の仕事のスタイルを「自己満足」だと揶揄する人もおりますが、「大好きで得意な事をして」いるだけなら自己満足かもしれませんが、「他人に感謝されている」のですから、自己満足ではないでしょう。実はここが大きな境目で「鍛冶職人」と「鍛冶屋」、若しくは「作業者」と「経営者」の違いなのです。
2015/04/11 付き合う人は熟慮しないといけないのです。私は子供の頃から自分をとても駄目な人間だと思ってきたのですが、私を否定する人とは少し距離を置き、肯定してくれる人と積極的に関わる様になってからは少しだけ自信を持てる様になってきたのです。左様に付き合う人を変えるだけで大きな変化が有るのです。
2015/04/10 自分の駄目な所を改善しようと努力すると、悪い所ばかりが目につき始めて、自分の事が嫌いになってしまいます。自分の良い所を伸ばすように努力していると、意外と沢山の良い所が有る事に気付いたりして、自分の事を見直しちゃったりします。どうせ努力をするなら、私は後者を選びたいと思うのです。
2015/04/09 人に褒められたいとか、楽にお金を儲けたい等の目先の欲だけで動いていると、周りに流されてしまい行き詰ってしまうものです。ですが人を育てるために褒めたり、手当を沢山支給したりすることは当たり前に行われています。きっと、本当は誰もがどうして良いのか分からずに、周りに流されているのです。
2015/04/08 不安を払しょくするために努力するのか。期待を胸に努力するのか。同じ努力に違いありませんが、不安は強いエネルギーを引き出すので大きく成功出来そうです。ですが、私は期待を胸に何時でもワクワクしながら努力していきたいので、きっと大きな成功は出来ないのでしょうが、それで充分満足なのです。
2015/04/07 努力しても報われなかった人が、居場所を変えただけで成功することが有ります。それは付き合う人や周囲との関係性が変化し、自分が上手く生かされたからです。左様に自分自身は何も変わらずに、結果を変えることは出来るのです。ですから自分が何処でなら報われるのかを真剣に考える必要があるのです。
2015/04/06 「人は変わることが出来る」これは真実です。「人は見た目で判断できない」これも真実です。ですが、可笑しいと思いませんか?当たり前のことであれば改めて言う必要は無いと思うのですが、実は真実が当たり前だとは限らないのです。「滅多にない真実」これに人は騙されやすいので注意が必要なのです。
2015/04/05 誰からも好かれようとするのは無駄な努力なのです。人それぞれに思考が違うのですから、ある人に好かれたいと思えば他の誰かに嫌われてしまうのは当然なのです。ですから、自分が本当に好かれたい人が誰なのかを明確にした上で、その人のために全身全霊を捧げるのです。仕事だって同じだと思うのです。
2015/04/04 人生を充実させる為には「誰と付き合うか」がとても大切なのです。有る事で秀でるつもりなら、それに相応しい人とお付き合いをしなくてはいけないのです。ですが殆どの人がそれまでの付き合いを絶つことが出来ずに現状維持してしまうのです。ここで勇気を持たない限りは決して次の扉は開かないのです。
2015/04/03 私は依頼事をする際に、それを好きでしている人にお願いするのです。たとえお願いする時点で稚拙であってもお願いするのです。何故なら、そうすることでその人は上達できるし、御飯も食べられるからなのです。皆がこんな風に考えたら、好きな事を仕事にして生活できる人が増えて楽しいと思うのです。
2015/04/02 少しの変化では少しの進歩しか望めません。ですが少し変化を加えただけで、大幅に進歩してしまうことも有ります。毎日少しずつ進歩していくことはとても大切ですが、時には少しの努力で大きく進歩してみたいもの。きっと、そういった事を意識して暮らしていると、人生はより楽しくなると思うのです。
2015/04/01 悪気の無い人は厄介なのです。明らかな間違いを注意しても、悪気が無いので反省もないし、よって改善もされません。そこで何故悪気が無いのかを考えてみたのです。その答えは「過去に同じ事をして褒められるか得したことが有り、その時と今では状況が変わっているのにそれを続けている」という事です。
2015/03/31 「人生の充実には人との出会いが欠かせない」と私は何時でも言っておりますが、最も大切なのはそのタイミングなのです。どんなに魅力的な人でも出会う時期によって、持てる能力や精神的な成熟度は全く違いますし、立場や考え方もまるで違うでしょう。ですから、何時出会うかがとても重要になるのです。
2015/03/30 「この人の為なら」と思える人に出会えたら幸運です。それまでの人生では考えもしなかったことに取り組むチャンスになるからです。人は大好きな人が出来ると意識の焦点がその人の望んでいることに向かい、自分中心の考えから脱皮することが出来ます。そして自分のやりたい事の枠が大きく広がるのです。
2015/03/29 私はとてもネガティブな性格ですが、全く気にしないのです。時には「根暗」とか「面白くない奴」等と非難されますが、そんな時でもそれを受け入れて自分を笑ってやっているのです。何故なら折角生まれ持った性格ですから、大事に活かす方が賢明だと考えているからなのです。なんだかポジティブですね。
2015/03/28

「社会人の常識」的なベストセラーを読むと心が痛むのです。その内容は支配者側の都合で書かれており、実践するほどに扱い易い人間に成長して行くのです。早くその絡繰りに気付き自立出来ればいいのですが、義務教育により従う事に慣らされている為に、殆どの人が気付かずに一生を終えてしまうのです。

2015/03/27 地元の鍛冶屋が言うのです。問屋に道具の知識が無くて、自分の商品を売ってくれないし、情報もくれないのだと。そして、自分の出来ないことばかりを要求されるから付き合っていられないと嘆くのです。ですが、私にはそれだけでも充分な情報だと思うのですが、彼は問屋に何を求めているのでしょうか?
2015/03/26 結果がシンプルなだけではダメなのです。そこに至るプロセスも出来るだけシンプルにする必要があるのです。そうすればその結果自体もよりシンプルになり、洗練されていくのです。そしてそこに一寸だけ足したり、そこから一寸だけ引いたりすることによって、誰も真似できない「味」が付加されるのです。
2015/03/25 無暗に知識や技能を身に付けてしまうと、それまでに身に付いていたものの精度を落としてしまう場合が有ります。ですから出来るだけ必要最小限のものだけを身に付ける必要があるのですが、何が本当に必要なのか判断するために、先ずは今身に付いているものだけで実践してみる勇気がとても大切なのです。
2015/03/24 技芸を習得しそれを極めようと思ったら、超一流の人から習う必要があるのです。取り敢えず身近にいる一寸だけ上手い人から教えを受けている様では全くだめなのです。意外ですが、世の中の1番手と2番手の差は途轍もなく大きいものです。ですから教えを受けるなら1番の人でなければいけないのです。
2015/03/23

「上手い」「美味い」「楽しい」「素敵だ」等々、こんな風に言える人生は素晴らしいと思うのです。若い頃の私は心に余裕が無くて、この様な自分の前向きな感情ですら、素直に受け入れることが出来ませんでした。ですが最近は素直になれている気がするのです。それはよく笑うようになったからなのです。

2015/03/22 価値観の大きく異なる人との会話は自分の知らない世界を垣間見る様でワクワクするのです。また価値観の同じ人との会話も楽しいもので、お互いに共感し合い心が弾むのです。ですが少しだけ価値観が違う人との会話は落ち着かないのです。これは当選番号が1番違うと大きく落胆するのと同じなのでしょう。
2015/03/21 「何をやるかでは無くて誰とやるかが大事」とは境目研究科の安田佳生さんの言ですが、どんなに難しくて辛いことでも、大好きな人とやるならば苦も無く出来てしまうことが有ります。私は物造りが得意で大好きではありますが、師匠以外の人に教えを乞うていたら、玄能造りを投げ出していたことでしょう。
2015/03/20 大人になるとは自分の頭で考えて自立することだと思うのです。ですが他人が「大人になれ」と言う時というのは、考えることを止めて俺の言うことを聞けと言うことなので、その場合に正しい日本語は「奴隷になれ」なのでしょう。左様に日本語は難しいので、充分に注意して使わなくてはいけないのです。
2015/03/19

自分では成長しているつもりでも、実は本当に大切な物を無くしているだけなのだと思うことがあるのです。子供の頃は先生や親に褒めてもらうために自分に嘘をつき、社会人に成れば先輩や上司に褒めてもらいたくて調子を合わせる。人間はそうやって本当の自分を見失い、本来の天才性を失っていくのです。

2015/03/18 同じものを目の前にしても、その良い所を見つけられる人と、それとは逆にその悪い所しか見つけられない人がいます。私が思うに、良い所を見つけられる人はそうでない人よりも随分と幸せになれる気がするので、人は良いものを良いと認められる分野で活躍する方が間違いなく幸せになれると思うのです。
2015/03/17 良いものを作るには良いものを沢山見なければいけません。ですが良いものをいくら見ても、その良さが分からない人がいます。同じように、私は良い玄能のことは解りますが、野球やサッカーを見てもその良さが分からないのです。きっと分からないのはそれが自分に向いていないというサインなのでしょう。
2015/03/16 我々より上の世代が若い頃にはまだ日本の経済も成熟しきっておらず、自分自身と経済が同調するように成長することが出来ました。ですが現代の若者はいきなり成熟した社会に放り出されることになるのです。この点を深く考察し、それに充分に配慮出来れば、鍛冶屋も後継者の育成が出来る気がするのです。
2015/03/15 目的が崇高すぎると、始める前からプレッシャーが掛かり辛くなってしまうものです。ですが、憧れはどんなに大きくてもワクワクするだけで辛くはならないのです。ですから何かを始める前には崇高な目的ではなくて、大きな憧れを持つべきなのだと思うのです。そうすれば気持ちよくスタートできるのです。
2015/03/14 技芸を短期間で修得する方法や誰もが簡単に金持ちになれる方法を提案する人がいます。そして書店はそんな本で溢れかえっています。ですが、そんなに簡単に誰でも出来るのなら本も売れなくなるでしょうから、それが売れ続けていると言うことはそれは嘘で、騙され続けている人がいるということなのです。
2015/03/13 良いモノを造るだけでは売れませんが、良いモノを造ることが出来なければ買い叩かれてしまいます。ですからこの場合にはまず良いモノを造り、その後に上手に売らなくてはいけないのです。この順番がとても大切なのです。これを「卵と鶏」の関係などと言って思考停止してしまうと痛い目に合うのです。
2015/03/12 周りの人が期待していない努力を続けても報われ難いものです。ですが、周りの人が期待している努力をしてもたかが知れているのです。大切な努力とは周りは期待していないのに取り組み始めたら期待が高まっていくような努力なのです。周りがまだ気付いていないことに取り組む努力は報われやすいのです。
2015/03/11 お願いもしていないのにあれこれとご指導くださる方がいらっしゃいます。適当に聞いたふりをしておいた方が良さそうですが、時間の無駄になることが多いでしょう。本当に大切な事は自分で気付き、此方から取りに行かないと手に入らないのですが、おせっかいを焼く人にはそれが分かっていないのです。
2015/03/10 他人に「素直になるように」などと言う時の本音は「黙って俺の言うことを聞け」ということなのです。ですから人生経験を積んだ大人にそんな言葉は通用しないのでしょうが、若い人の中には罪悪感を持ってしまう人も多いものです。以前は私も子供達に頻繁に言っていたので今はとても反省しているのです。
2015/03/09 明らかに間違った事をしている人に此方から助言をするのは止めようと思うのです。もしかしたらそちらが正しいのかもしれませんから。またたとえ本当にそれが間違いであったとしても、致命傷でない限り口出しするのは余計な御世話なのだと気付いたのです。だってそれも当人にとって貴重な経験ですもの。
2015/03/08 嫌いな事を好きになろうとすると意識し過ぎて益々嫌いになるのです。ですからそれを好きになるには自分の大好きなことに関連付ければいいのです。大嫌いな英語を覚えようと思ったら、アメリカ人のガールフレンドを作ればいいのです。ですが私は女房がおっかないので英語が話せるようにならないのです。
2015/03/07 料理の際には食材の持ち味を上手く引き出すことがとても大切です。それなのに他人に対しては持ち味を引き出すのではなくて、つい相手を変えようとしてしまいます。ですがそれはとても可笑しな事だと思いますから、もし自分が相手を変えようとしているのであれば、自分の無能を恥じるべきなのでしょう。
2015/03/06 自分が尊敬されないのは学歴が低いからだといって、大学院に通っていた知人がいました。「ほう、なるほど」と思いましたが、自分を変えなくてはいけないとか、ダイエットして痩せなければならない等と言っている人と同じなのですよね。結局は自分の抱えている問題から目を背けたいだけなのでしょう。
2015/03/05 小さな子供と言うのは次から次へと変な事をやらかすものです。ですがそれは本当に変な事なのでしょうか?もしもその変な事を否定せずにさせてやったら、どんな人間に育つことでしょう。既に私の子供は大きくなってしまったので試せませんが、誰かにぜひ挑戦してもらいたいのです。責任は持てませんが。
2015/03/04 釣りを始めたばかりの頃は釣った魚は持ち帰りたいと思ったものですが、経験を積み何時でも沢山釣ることが出来るようになると、持ち帰りたいとは思わなくなったのです。同様に、何時でも稼ぎ出す能力を身に付けてしまえば、必要以上に儲ける必要もなくなり、穏やかな気持ちで暮らせる気がするのです。
2015/03/03 娘が小学生の頃の事です。私も参加した学校行事から帰ってきた娘が言うのです。「私がハーフだってみんなが騒いでいたよ」って。なんでも子供たちが私を外国人だと思ったらしいのです。ご存じない方のために言っておきますが私は純粋な日本人です。しかし子供の頃のニックネームは「ガイジン」でした。
2015/03/02 大好きで得意な事をやっておりますと、比較的容易に上達した上に益々それが好きになっていくのです。するとそれまで何となく好きだったものが、なんだかとてもちっぽけに感じてしまい、それ程好きではなくなってしまうのです。左様に何かを好きになることは何かを嫌いになっていく作業でもあるのです。
2015/03/01 「他人は変えることが出来ないが、自分は変わることが出来る」なんてことを言いますが、本当なのでしょうか?だって、それって相手を変えようとして言っているのですから、それが本当なら矛盾していますよね。左様に人を操るための方便がまことしやかに流布されておりますので、注意が必要なのです。
2015/02/28 おっちょこちょいな人を見て馬鹿にして笑っている人がいます。その馬鹿にして笑っている人を見て、笑いながら陰口を言っている人がいます。おっちょこちょいな人は何時でも笑われています。ですが、そのおっちょこちょいな人が一番利口な気がしてきました。だって何時も皆を笑顔にしているのですから。
2015/02/27 鍛冶仕事をしていると頭がスッキリとしてとても爽快なのです。目の前の事に集中しているはずなのに、色々な考えが湧き出してくるのです。ですがその考えに囚われてはいけないのです。もっともっと目の前の事に集中しなければいけないのです。きっとこれは神様が自分を試しているのだと思うのです。
2015/02/26 滅私奉公を勧める人も多いものですが、賛成出来ないのです。なぜなら、一時的に成立しえても、必ず破綻すると思うからです。大切な事は何時でも自分を生かすことだと思うのです。ただ相手のために誠心誠意尽くすだけではなく、同時に自分も幸せになれる方法を考え出すことが何より大事だと思うのです。
2015/02/25 大好きで得意なことを活かして社会に貢献できたら、どれほど楽しく充実した人生を送れることでしょう。なんて思っても、現実はお金の為に嫌な仕事を我慢してやっている人が多いのでしょうね。では何故お金の為に大好きで得意なことをやらないのでしょうか?実は殆どの人が深く考えたことが無いのでは?
2015/02/24 此方が何も聞いていないのに事細かくご指導下さる方がいます。善意からのことであっても、それはとても危険なことなのです。人は答えを教えられてしまうと自ら考えることを止めてしまいます。ですから放っておけば自分で考えて行動出来るようになる可能性のある人の自発性を損なうことになるのです。
2015/02/23 「魚を与えるのではなく釣り方を教えろ」なんて言いますが、私は「釣り方を教えるのではなく釣り方を考えられるように育てろ」を推奨したいのです。しかしある方は「魚が釣れなくなった時を想定し、次に何をするかを考えられるように育てろ」と言っておりました。左様に時代の変化は凄まじいのです。
2015/02/22 時間を掛ければ出来てしまう程度の仕事をしていてはまだ駄目なのです。他人がどんなに時間を掛けても出来ない所までたどり着く必要があるのです。それを実現させるには日々の鍛練を積み重ねること以外に方法はないのですが、これに気付いている人はとても少ないので、気付いた人はとても幸運なのです。
2015/02/21 高い志を持っているにも拘らず、食べる為だからと言って安い仕事を低い志で行ってはいけないのです。たとえ安い仕事といえども、高い志を持ってそれを行えば、それはとても尊い仕事になると思うのです。なぜならその行為は自分を鍛え上げ、次の安くない仕事に必ず結びついていくと思うからなのです。
2015/02/20 子供は皆生れながらに天才だと言われます。ですが成長するにつれて平凡になっていくのが普通です。その原因は自分の天才性に気付かず、それを伸ばすことをしないからなのでしょう。ですが中にはその天才を開花させる人も居ますが、その違いは大好きで得意な事を続けられたかどうかだと私は思うのです。
2015/02/19 素質もあり高い技能を身に付けているのに、何故か良いものを作り出せない人がいます。その原因はあれこれと欲張って手を広げ過ぎ、一つの事に集中出来ていないからだと思うのですが、何故そんなに欲張ってしまうのかが私には分からないのです。きっとそれは私の頭が悪く、不器用だからなのでしょうね。
2015/02/18 20代は欲張るだけ欲張り、30代では本当に必要なものとそうでないものを見極め、40代では捨てるべきものを捨ててきました。そして50代になりましたが、まだ捨てたいものが沢山有るのに、それらを捨てきれずにいます。きっとそういった意識が無くならない限り、心の平安は訪れないのでしょうね。
2015/02/17 地元の有る鍛冶屋に言われたのです。「大工道具は科学により分析済みだから、技能の伝承が途切れてもすぐに再現できるのです」と。私はそれを聞いてとても感動したのです。私ときたら、毎日鍛錬を続けても思うような玄能が出来ずに日々苦悩しているというのに、世の中はそこまで進んでいたのですよね。
2015/02/16 若い頃に詩吟を習っておりましたが、同時にカラオケも好きでよく歌っていたのです。そんなある日の事、自分の詩吟が歌謡曲風になっていると注意されたのです。自分では歌い分けているつもりでいたのですが、この付いたしまった癖は最後まで治らなかったのです。これがとても大きな教訓となったのです。
2015/02/15 「夢を持ちなさい」と言う人は多いものですが、私は若い頃に夢など持ったことが無いのです。ただ望んだことは「心の平安」でした。そしてその望みが叶う切掛けが、長谷川幸三郎さんとの出会いでした。その時に「心の平安」とは自分の大好きなことに気が付き、それが出来ることなのだと分かったのです。
2015/02/14 私は何時も若い人達に「人間の社会的成長は主に人との出会いと読書からもたらされる」とよく言います。すると「どんな人と出会い、どんな本を読めばいいのですか?」などと聞かれるのです。ですが、それを考えることがまず重要であり、行動し始めることで初めてその意味が良く理解できるはずなのです。
2015/02/13 百聞は一見にしかずなどと言いますが、嘘だと思うのです。人間は目の前のものを無意識の内に自分の都合に合わせて見るものです。例えば目の付け所の悪い人はどんなに目を凝らしても他人とは違って見えてしまうのです。そしてそれを直すためには「自分の都合」が何なのかを良く考える必要があるのです。
2015/02/12 長く続いていることには意味が有ると思うのです。それを科学的ではないと言って簡単に切り捨てるのは早とちり過ぎるのです。世の中は科学で説明できないことや説明するまでもないことで溢れ返っています。それらを一括りに科学的ではないと言うのは何か裏が有るのではないかとさえ思えてしまうのです。
2015/02/11 当たり前の事を当たり前に続けることは難しいのです。一寸気を抜くとそれに集中できずに色々と手を出してしまうものです。ですがいつの間にかそれが日常になり、当たり前のことを地道に続けている人が馬鹿に見えてくるのです。ぶれているのは自分だということに気付かずに、他人を否定し始めるのです。
2015/02/10 簡単な方法はやめた方が良いと思うのです。巷には簡単に目的を達成するための方策が溢れ返っています。ですが人間の達成感や自己満足などは所詮相対的なものですから、皆が同じ様に出来てしまえば成立しえません。ですから本当の満足を得たいならば、他人のやらない方法に挑戦する必要があるのです。
2015/02/09 知らないことを知ることや、出来ないことが出来る様になることは素晴らしいのです。ですがその反面、それまで知っていたことや出来たことが陳腐に感じられてしまうのです。ですから進歩するということは嫌いなことが増えていくということになるので、人は無意識の内にこれを避けてしまうものなのです。
2015/02/08

「やる気の起きない時にはどうしたらいいのですか?」と師匠に聞いたことが有ります。すると「仕事にやる気は関係ないのです」と仰るのです。ですから私はやる気が有ろうと無かろうと、ただ淡々と仕事をすることにしたのです。すると不思議なことに、やる気が無くても仕事が出来るようになったのです。

2015/02/07

技・芸の習得の際には「型」から入ることがとても大切なのです。ですが、その「型」がどんな考えの下に生み出されたものなのかを考えずに、表面上だけをなぞってみても身に付かないのです。あくまでも「型」は結果として現れたものなのですから。何時でも一番重要なことは目に見えないものなのです。

2015/02/06

仕事の時に「もうひと皮むけたいな」なんて思うことが有るのです。ですが、むけてどうなりたいのか、どうすればむけるのかが良く分からないのです。考えてみると若い頃からずっとそうです。ですがむけた時ははっきりと分かるのです。それはそれまで見ていた景色が全く違ったものに見えるからなのです。

2015/02/05

玄能はヤスリ掛けによる成形を無理なく行うと、削って小さくなるはずのものが削る前より大きく見えるようになるのです。人も同じように、欲張って身に付けた多くの要らないものを思い切って削り落とすことで、より大きくなれるのだと思うのです。玄能も人も格好付けない方が格好いいのだと思うのです。

2015/02/04

他人の持っているものが欲しくなる気持ちは分かります。ですがそれを達成しても所詮は他人と同じ状態になっただけなのです。他人に出来て自分に出来ないことにコンプレックスを感じるのも同じです。そんな風にいつも他人を気にして、それに反応するだけの人生はとてもつまらないように私は思うのです。

2015/02/03

私は子供の頃から精神を蹂躙されることを嫌い、それを表明してきたため周りとの軋轢を生んでしまうことが度々ありました。ところで最近ではブラック企業が問題にされていますが、それは私と同じように考える人が増えてきている証拠なのでしょう。きっと精神とお金の価値の対決が始まっているのです。

2015/02/02

人質が殺されたりすると複雑な気持ちになってしまいます。自分は正しくて相手は間違っていると善悪で判断した瞬間に、人間は矛盾した存在になってしまうのでしょう。職人の世界では自分の商品の優秀さを宣伝すれば、間接的には他人の商品の欠陥をあらわにしてしまいます。なんでも簡単ではないのです。

2015/02/01

一般的に何かを習得する際には簡単な方法を選択してしまいがちです。ところで、技芸の習得の際には「守破離」が大切だと言われています。ですが大抵の人は最初の「守」ですら守れずに挫折するのです。であれば簡単に出来る方法など無いということですから、最初の選択は間違っていることになるのです。

2015/01/31

我々鍛冶屋の出来ることは一生涯掛けたって高が知れたものなのです。それは先人の築き上げて来たものの上に一寸だけ上乗せして次世代に渡すことくらいです。ですがそれとて今はとても難しい時代になりました。でもその一寸の事に気付き、それに情熱を傾けることの出来る人はとても幸せだと思うのです。

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玄能日記 私のどうでもいい日記です。
お暇な方だけどうぞ。(笑)